はこちん!   作:輪音

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今回のお話は、『不健全鎮守府』の犬魚様の書かれました『提督と北国の中佐』の『はこちん!』仕様です。
どちらかというと翻案作品です。
その筈です。
下ネタがやたらに多いのは今回の仕様です。
今回はお話が長めですのでご留意ください。
一五〇〇〇文字超えと現在最長のお話です。
分割しようとも思ったのですが、勢いのままに書き連ねました。
あちらとの差異をお楽しみください。




CⅩLⅦ:えらしぃ戦艦棲姫とおりきらん提督、九州へ向かう(後編)

 

 

「なんじゃ? まーた、『客員提督』が来るんかいの。」

「ええ、今度は本式ではなく内々の調査だそうですが。」

「しかも、艦娘ごろしじゃと? どえれえ奴が来るの。」

「艦娘ごろしじゃありません、中佐。艦娘たらしです。」

「中佐じゃなかと。限りなく大佐に近い中佐じゃけん。」

「まあ、降格くらいのことはどうでもいいことですが。」

「オレはそんな話なぞ聞いちゃおらんけんおかしかね。」

「今日明日中くらいには、本式の通知が来る予定です。」

 

九州の暑い執務室の午後。

生暖かい風が気だるさを助長する昼食後。

南国の気温は鰻登りで、麦茶の消費量が格段に増えてゆく。

こん暑さがまだ三ヵ月も続くんか。

あー、北海道にでも行きてえなあ。

あっちは冷房いらずって聞いたぞ。

けっ、羨ましい。

バカンスしてえぜ、コンチクショーめっ!

送付された書類を団扇代わりにしてパタパタあおぐ。

先日の中将の監査でなんやかやは凌いだ筈だが、また新たに監査員が来訪すると聞いた。

何故、また来る?

内々の監査とは聞いたが、まさかこの鎮守府を潰すつもりじゃねえだろうな。

ふんっ、やれるもんならやってみやがれ。

冴えない男の写真が添付された書類を机上に放り投げた。

 

「ところで艦娘たらしとはなんじゃ? そげなとんでもキャッチコピー付けられるちことはこのおっさん、絶倫か? 毎晩艦娘を取っ替え引っ替えウハウハガハハグッドな二四時間戦えます野郎か?」

「それなんて妄想系薄い本ですか。よその艦娘がそのたらしな提督と会って夕方話をしたら、大抵翌朝には函館へ転属願いを出すって話ですよ。」

「なん……だと? どんなイカサマを使っているんだ? もしかして、次々にアヘアヘウヒハさせてしまうんか? バンコラン少佐みたいに目からビームでも発射するんか? なんにせよおっとろしいのう。お早うからお休みまで艦娘に囲まれまくって全員バッタンバッタンと昇天させる勢いで……おい、五月雨。そいつ、ちいとハジいてこい。」

「私はそもそもアサシンじゃありません。艦娘です。第一、その提督を殺す理由が存在しません。」

「バーカ、あらゆるモテ野郎死すべし慈悲はなか。生きてるだけで大罪じゃけえ、すべからく絶滅させるんじゃ。」

「そういうことを言われているから、ちっともモテないんですよ。」

「ふん、好きに言うとれ。オレのナイスガイな魅力は小股のきれあがったハクいスケにしかわからんちゃ。」

「はいはい。」

 

『艦娘たらし』ねえ。

こんなおっさんがモテるなんて、どんな妄想世界な異世界アラフォー転移系チーレム小説なんだよ。

有り得ねえ、と言いたいが、提督による報告書を読むと実際ホラーだよな。

昨日まで会ったこともない提督に部下の艦娘が惹かれ、辛苦を共にしてきた筈なのに突然翌日その娘が転属願いを出す。

提督にとっては淫夢……じゃねえ、悪夢めいた男だ。

メフィストフェレスめいてさえ見えるな。或いは笛吹き男。

奴が笛を吹いたら、ぞろぞろ艦娘が付いてゆくって寸法だ。

大本営に在籍する知り合いからの情報によると、投降した戦艦凄姫を護衛にして奴はここへ来るらしい。

その写真も書類に添付されていた。

ほう、なんとはなしに陸奥っぽい。

 

「この戦艦凄姫はえらしぃのう。」

「別に可愛らしくないでしょう。」

 

打てば響くように応える秘書艦の五月雨。

気のせいか、どこかムスッとして見える。

今日食べた昼飯が今一つだったのかねえ?

よそのサミーはドジっ子で可愛らしいが、あいにくうちの駆逐艦殿はそういう気質でなくなってしまった。

あの頃は……いや、やめておこう。

それはただの感傷に過ぎないしな。

お前はすっかりオレ色に染め上げられているよなってこないだ冗談で言ったら、卍解且つ悪即斬な目付きで睨まれた。

女心は難しい。

 

「この提督はおりきらん奴じゃいう話らしいの。」

「彼は艦娘の間では人気の高い提督です、組長。」

「組長じゃなか、提督じゃけんの。」

「函館へ休暇に行っていいですか?」

「なに唐突に言うとるんじゃ、お前は。」

「函館の珈琲文化を吸収したいんです。」

「あげな不味かもんばかり飲ませといて、なにほざいちょる。」

「何気にとても失礼なことを言いますね、若頭は。函館の提督ならば、そのようなことは言われないでしょうに。」

「若頭じゃない、提督だ。おーおー、ええ根性しとるやないか、サミー。オレの前でよその提督を褒めるとはな。」

「サミーじゃありません、五月雨です。函館には同姿艦がいませんから、あちらに所属しても問題なさそうです。」

「……お、おまん、ま、まさか……まさか、このオレを捨てる気なんか? こ、このオレをよ! な、なあ、う、嘘だと言ってよ、バーニー!」

「しませんよ。落ち着いてください。泣かないでください。貴方のことは別に好きでも嫌いでもなんでもないですし、お給金はそれなりにいただいていますし、業務内容だけに関して言えば一切問題ありません。それだけの関係ですけどね。」

「……なんか物騒なことを言われちょる気がするのう。」

「それでは、これから『客員提督』をお迎えする準備に取り掛かります。」

「お前にすべて任すよ、秘書艦殿。ビッグママの鳳翔へ接待連絡を頼む。」

「畏まりました。」

「ま、ヤバそうな奴なら酔い潰して、ヒドい写真でも青葉に撮らせるか。」

「うわーっ、やり方がいつもながらエグいですね、こんミナミの帝王は。」

「ミナミの帝王ではない、提督だ。では、そのように取り計らってくれ。」

 

 

 

そいつらは夜、やって来た。

タクシーで来させようと思っていたのだが、香取先生が気を効かせて迎えに行ってくれたのである。

頼りになる先生だ。

今もぴったりとオレにくっついてくれている。

少し顔の色が赤い。

夜でも九州は暑いからなあ。

 

「ハッハッハ、わざわざ遠い北国から遠路はるばるご苦労様ですなあ、ハッハッハ。」

「どうも、よろしくお願いいたします。」

「よろしくね。」

 

函館から監査員の役目を負った提督がとうとう来訪した。

なんだかパッとしねえ、なんとも冴えねえおっさんだな。

隣に何故戦艦棲姫がいるのかよくわからんが、暴れなきゃ別にかまわんな。

うちでも駆逐棲姫が春雨のフリして一緒に暮らしているし、今更ではある。

 

と、そこへ。

重厚極まる安来鋼の扉をガンガン叩き、着古したジャージ姿の白い髪の娘が執務室に入ってきた。

 

「しっつれーしまース。テイトクぅ、なんかネットが繋がらないんだけどぉ~。今イベント中だから、マジで困っ……って!? げえっ! 孔明! じゃなくて、あ、貴女はタウラスのアルデバラン!?」

「あらあら、お久しぶりね。貴女も投降した口なの?」

 

オレは叫んだ。

 

「ハイッ! ハイッ! ハイーッ! や、やあ、ハルサメ君! ハルサメ君! 艦娘で駆逐艦のハルサメ君! 麻婆春雨を作るのが得意な駆逐艦のハルサメ君! 話は外で聞こうかーっ! 今! 今! 今ねっ! 北海道からお客様が見えているから、お外でお話しよっか! 黒衣の騎士のサミダリューン! もとい、五月雨君! 中佐殿に杵築(きつき)紅茶を! 紅茶を出してあげて! やせうまと一緒にね!」

 

 

「テ、テイトク、ヤベエよ、マジヤベエ。ついにここまで刺客が来ちまったよ。『あの御方』がとうとうワタシを始末スる気だよ!」

「やかましい、お漏らしまでしおって。落ち着かんか、たわけ。」

「で、でも! でも!」

「お前が始末されようがしまいが、そんなことは正直どうでもいい。だがな。ハルサメ。いや、『春雨』。」

「は、はいっ!」

「今んとこ、お前はオレの『春雨』だ。」

「え……それって、テイトク、ワタシのこと……。ワタシ、テイトクの……。」

「いいな、間違ってもお前は今駆逐なんたらとかいう姫級じゃない。いいな、お前はオレの『春雨』だ。髪の色は薬剤強すぎて失敗したバカなオレの『春雨』だ。わかったな。」

 

駆逐棲姫の顔が赤いな。

緊張しているのだろう。

 

「テ……テイトク、そんなにワタシのことを思ってくれているんだ。……アリガトウ、アリガトウ、テイトク。……ワタシをそんなに大切に思ってくれているなんて、守ってくれるなんて、こんなに嬉しいことはないヨ。テイトクはワタシの……。」

「やかましい。いいな? 兎に角、お前はオレの『春雨』だ。わかったら、とっとと自室に帰って自家発電でもしていろ。」

「う、うん。あ、あのね、テイトク。女の子に自家発電とか言わない方がいいよ。でも、今日くらい開放しちゃおっかな。」

「ああ、モヤモヤするより、どんどんやっちまえ。あ、そうだ。ネットが繋がらねえなら、ネットカフェにでも行け。明日まで帰ってこなくていいぞ。ほれ、金。」

「うん、テイトクの……になった時に向けての予習と予行演習をしておくよ。で、なんであの方がいるの?」

「函館の提督の護衛だとよ。」

「へ? そんなことあるの?」

「知らね。ま、あるんだろ。」

「あのヒトは、ワタシが知っている『彼女』とは違うみたい。」

「ふーん、まあ、そういうもんか。」

 

扉を少し開いて二人で執務室の中を覗くと、五月雨は自信満々で珈琲を客人たちに出していた。

おーい!

サミー!

マジカルサミー!

おんどれ、なにしてけつかんねん!?

二人は微妙な顔をしながら飲み、その後中佐はみどり牛乳をカップにたっぷりと注いだ。

戦艦棲姫もじゃんじゃん牛乳を入れて飲んでいた。

お代わりは如何ですか? と聞かれ、中佐は一瞬詰まった後黒糖と牛乳を要求した。

戦艦棲姫はきっぱり断った。

 

 

ま、挨拶でもさせてみっかと思ったのが大変不味かった。

艦娘を集め、『艦娘たらし』がどの程度か図ろうとしたのがよくなかった。

 

「ちんちんぬきなもっしたなあ。」

 

壇上の『客員提督』は、開口一番薩摩言葉で挨拶しやがった。

意味は段々暑くなってきましたねえだが、県外の連中は先ず理解出来ん!

 

うちのワルどもはおおはしゃぎだ。

ちんちんちんちんと連呼している。

駆逐艦どもが提督に群がってゆく。

やらかしやがるとは思わなかった。

しかも、うちのアホがねえ提督童貞なの童貞なのと聞いたら、ばか正直に「はい童貞です。」と答えやがった。

 

「自家発電は? 自家発電は週何回?」

「そりゃあ、男ですからね。たまにはしますよ。」

「オカズは? 一体、誰をオカズにしているの?」

「それは相手の名誉のために禁則事項とします。」

「誰とケッコンするの?」

「たぶんうちの子全員でしょうねえ。」

「そこの深海棲艦のお姉さんともするの?」

「ええ、勿論。」

 

あらあら、と喜ぶ姫級。

大興奮するうちの艦娘。

興奮の坩堝が始まった。

祭状態になり収拾不可。

騒ぎまくる駆逐艦ども。

提督にひっついている。

ペタペタと触り始める。

他の艦種も加わりだす。

冷や飯喰い系が多いな。

なんだ、あの目付きは。

おおいに気に入らねえ。

すがるような感じだぜ。

 

顔をしかめる香取先生。

おろおろする鹿島先生。

おっ、早霜は冷静だな。

オレをじっと見ている。

長門がスッと挙手した。

頼むぜ、ビッグセブン。

 

「提督は駆逐艦が大好きか?」

 

オイッ!

なに質問してんだ!

陸奥が隣で呆れているぞ!

 

「ええ、とても好きですよ。」

「そ、そうか!」

 

鼻からオイル漏れしているぞ、長門。

両目から血涙まで流しやがってよう。

見ろ、真意は殆ど伝わっちゃいない。

お前の考えとあっちの考えは違うぞ。

こっち見んな。

そのサムズアップはどういう意味だ。

結局、そうした狂乱は数時間続いた。

 

 

函館の提督を引き連れ、鎮守府内を歩く。

五月雨と戦艦凄姫が大人しくついてくる。

明石や夕張が彼へ食い付き気味に話しかけていたのが意外だったし、『客員提督』はそれに対して普通に話をするように対応していた。

こいつ、もしかして喰えない系か?

普段のオレからの扱いに当て付けるが如くに、函館の提督へじゃれつく艦娘までいる。

香取先生からは、早めに帰ってもらった方がいいと思われますと意見具申されていた。

気にしちゃいなかったが、『艦娘たらし』の噂はどうやら本当だったようだ。

呉を混乱に陥れたのは冗談でも誇張でもなかったってことか。

おもしれえ。

やってやろうじゃねえか。

 

 

途中、バスケットボールで殺し合い……じゃなくて一試合終えた駆逐艦たちとばったり出くわした。

いつものように賑々しいガキどもは新しいオモチャを見つけたかのように、函館の提督にまとわりついた。

遠慮呵責なくペタペタと体を触ってゆく。

おいおい、ずいぶんとフレンドリーだな。

 

「おっさん、体を鍛えてねえなあ。」

「ケツも張りがねえぞ、おっさん。」

「二の腕がプニプニしてダメやん。」

「なあ、おっさん。駆逐艦たちといつも一緒に風呂に入っているってホントか?」

 

なに?

こいつ、艦娘と混浴しているの?

すると、戦艦凄姫が口を開いた。

 

「そうよ、私も一緒に入るわ。他の艦種も当然のように入るし、函館では当たり前のことよ。」

「ヒュー、やべえな。マジでやべえ。」

「あなたたち、これから入浴するの?」

「そうさ、ひとっ風呂浴びてオパーイの比べっこをするのさ。」

「うちの提督と一緒に入る?」

「やべえ、マジやべえよ、この深海凄艦様はよ。」

「なになに、おっさん、あたしたちと一緒に風呂に入りてえのか?」

「別に構わないよ。」

「あの、皆さん、こんなおっさんと一緒に風呂に入ってはいけません。」

「あら、いつもは一緒に入っているじゃないのよ。」

「それはあなたがたが乱入してくるからでしょう。」

「なになに、おっさんが風呂に入っているところへ艦娘たちが乱入するのか? マジやべえな、その鎮守府。」

「なんだ、慣れてんのか。じゃあ、おっさん、一緒に風呂へ入ろうぜ、いろいろ話を聞いてみたいしな。みんなも呼ぼうぜ。」

「『一緒に風呂に入ってはいけません』ってなんかお父さんみたいだな。」

「決まりだ、おっさんはこれからお父さんだ。お父さんなら一緒に風呂に入っても問題ない。そうだよな、司令官。」

「あ、ああ? そ、そうなるのか?」

「じゃ、行こうぜ!」

「他の子も呼んでくるね。」

「よーし! お父さんの相棒をみんなで見よう!」

「あの、その、ちょっと皆さ……提督、申し訳ありません。」

「『申し訳ありません』って言葉、建造されてから初めて聞いたぜえ、お父さん。」

「お父さん、オパーイ見慣れてんだろ、オパーイ。ちょっと大きさを見てくれよ。」

「こいつ、生えてねえんだぜ!」

「お前だって生えてねえだろ!」

「お父さんはボーボーだよな。」

「密林の中に椰子の木が生えているのよ。ココナッツは二つ生えているわ。」

「椰子の木鑑賞作戦開始だぜ!」

「ねーねー、あたしのオパーイ、大きくならないかな?」

「提督に触ってもらったら大きくなるわよ。私もそうやって大きくしてもらったから。」

「流れるように嘘を吐かないでくださいよ、戦艦棲姫さん。」

「あら、女って好きな男のためなら胸を大きく出来るのよ。」

「ヤベエ、マジ、ヤベエ。お父さんに触ってもらったオパーイはみんな大きくなるのか?」

「ええ、そうよ。ただし、毎日触ってもらうことでちょっとずつちょっとずつ大きくなるから、すぐにすぐに大きくなる訳ではないのよ。」

「でも、そのオパーイはお父さんが触ったからなんだろ?」

「ええ、これが証拠よ。」

「パネェ! お父さん、パネェ!」

「マジかよ! じゃあ一緒に風呂に入るしかねえじゃないか!」

「よし! 試してみるべ!」

「ズラズラ、これで重巡洋艦のお姉ちゃんたちに大きい顔はさせないズラ。」

「べ、別に巨乳には興味ないけど、函館の同姿艦も普通にあんたと混浴しているのよね。じゃ、じゃあ一緒に入るしかないわ。いいわね、行くわよ。」

「叢雲ちゃん、顔が赤いズラ。メスの顔をしているズラ。エロいことを考えているに違いないズラ。」

「いちいち名前を出さないでよ、吹雪!」

 

なんだこれ。

艦娘たちが、どこからともなく集まってきている。

駆逐艦たちに捕まり、風呂場へと行く函館の提督。

もうこれ訳わかんねえな。

 

後程それを聞いた長門が、大いに悔しがっていた。

 

「何故すぐに私を呼んでくれなかった! 同志提督! タヴァリーシチ!」

 

知らねえよ。

 

 

歓迎会をやったら、会場で『客員提督』の元へ行く艦娘が続出した。

何故視察の監査に来た相手の歓迎会が当然のように開催されるんだ?

あれ?

間宮がなんだか張り切っている。

なんでだ?

艦娘が奴の周りに群がっていた。

特に鈴谷が蕩けた顔でひっついている。

メスの顔をしていやがるな、あの女は。

アイツ、オスのにおいに敏感だからな。

他にもそういう艦娘がちらほらといる。

フェロモンかなにかを発しているのか?

うわーっ、アーンまでされてやがるぜ。

べ、別に悔しくなんかないんだからね。

長門よ、そんなに恨めしそうに見るな。

抱きつかれたりオパーイを押しつけられたりしているがな、あの『客員提督』は別に特別喜んじゃいないぞ。

流石はアラフォー童貞。

エクストリーム童貞だ。

おい、長門。なんでこっちに来る。

知らねえよ。

お前も真似すりゃいいじゃないか。

泣くなよな。

お前は天下のビッグセブンだろう。

函館のビッグセブンに笑われるぞ。

 

さっき、『客員提督』とかなり多くの艦娘が混浴したらしい。

香取先生の報告で知ってびっくりした。

それで湯上がりの艦娘が多いのか。

ビール瓶を持った清霜とリベッチオが陛下になにか話しかけており、陛下はそのかんばせを赤く染め上げ……。

こらっ!

キヨシ!

リベッ!

てめーら、なに陛下にのたまってやがるんだ!

オレを地獄の断頭台に直行させるつもりかよ!

慌てた雰囲気の函館の提督が陛下の元へすっ飛んでいき、英語でなにか陛下に話しかけていた。

あいつ……英語が喋れるのか?

周囲の艦娘がポカーンとしている。

アイオワやサラも交えて英語で会話する『客員提督』。

陛下がにこにこと笑っておられる。

野郎、得点稼ぎしやがって。

オレの陛下によう!

英検二級だからってナメんなよな!

「『客員提督(ゲスト・アドミラル)』の『粽(ちまき)』は『ご立派様』やったで。」

「龍驤……いつの間に背後に。」

「小宇宙(コスモ)を一時的に不活性化させただけの話や。聖闘士なら出来て当たり前のことやろ。なに今更ゆうとんねん。」

「お前……奴と混浴したのか?」

「せやで。キミかて、魅力的な女の子が『柏餅』を生で見せてくれる言うたらヒョイヒョイついてくやろ。同じこっちゃ。」

「いや、その理屈はおかしい。」

「キミはよく脱ぐ癖にペニペニを見せてくれんしな。」

「誰が見せるかよ。それに女の子がペニペニ言うな。」

「インケーの方がよかった?」

「そういう話じゃなかとよ。」

「これからが大変やで。」

「なして?」

「あの子たちはごく間近で『粽』の本物を見たんや。しかも、建造されてから初めての代物やで。うちも航空駆逐艦として入浴し、すぐ近くからマジマジと見たわ。いやはや、思わず拝んでもうた。ええなあ、函館のウチ。あんなんが日常的に見れるなんて。」

「おいこら、なにやってんだ、軽空母。」

「ちなみに、男に興味のある艦娘はほぼ全員入っとったなあ。みんなマジマジと『椰子の木』を見とったで。ほんで、今後、キミはなにかにつけて『粽』がどうのこうのと言われ、あの提督とあれこれ比較される訳や。」

「それはすこぶる厭な話だな。」

「キミの大好きな浜風ちゃんやけどね……。」

「ん? オレの浜風ちゃんが一体どう……?」

「ねーねー、テイトク! テイトクの相棒ってお父さんのより大きいのっ!?」

 

大事なところでおバカの清霜が叫んだ。

一斉に艦娘たちの視線がオレの相棒へと注がれる。

ここは一発、バーンとやっておこうか。

 

「ふん、比べるまでもないな。」

「それは勿論、こちらの提督の方が大きいでしょう。」

 

『客員提督』が即時にフォローしてくれたが、会場の喧騒はますます拡がって収拾が付かなくなる。

なんだかメスのにおいでむせそうだな。

ギラギラした目付きの艦娘が目に付く。

結局、奴がそろそろお開きにしましょうと言ったのでなんとか無事に解散出来た。

 

オレの浜風ちゃんが……まさか……イヤ、そんな筈はなかろうて。

モヤモヤする。

いや、まさか。

その時、駆逐艦有数の巨乳艦娘がオレの目の前を通りかかった。

 

「あ……は、浜風君。その、元気かね?」

 

洒落たことを言えぬ自分自身が恨めしい。

オレは……この浜風ちゃんと……その……。

 

「え……はい、え、ええ、大丈夫です。」

 

何故か、顔が赤い。

浜風ちゃんがオレの下半身を凝視している妄想に駆られた。

いやいやまさかな。

浜風ちゃんはオレのことをどう……。

嗚呼、オレの天使が翼を広げて飛び立ってしまった。

いつか……きっと……オレは浜風ちゃんを……きっと……。

 

ん?

 

小宇宙を感じて振り向くと、浜風ちゃん同様に赤い顔をした早霜がいた。

鼻からオイル漏れしていたのでポケットからハンカチーフを取り出して拭いてあげたら、何故か余計にドバーッと漏れて失神してしまった。

もしかして熱中症か?

彼女をお姫様抱っこしながら医務室へ連れていく。

どんどん体温が上がってゆくようで、少し焦った。

身体中汗だくだ。

時折、ピクピクしている。

吐息が漏れ、女を感じる。

いやいやまさか。

この子も奴に当てられた?

これが艦娘たらしの力か?

とっくにびしょびしょだ。

代謝機能がヤられたのか?

空調は効いていた筈だが?

後で日田の西瓜でも食べさせないとな。

ハアハア言っていたが、受け答えは普通に出来ていたのでたぶん大丈夫だろう。

スカートにシミが出来ている。

早く着替えた方がいいだろう。

 

「何時でも受け入れ準備万端ですから。」

 

ベッドに寝かしつけた時、そう囁かれた。

意味はよくわからないが、兎に角艦娘としての覚悟があるということなのだろう。

立派なものだ。

よくもまあ奴のフェロモンに耐えたな。

彼女の瞳が潤んでいるようにも見える。

少し気弱になっているのかもしれない。

大丈夫だ大丈夫だ、と頭を撫でてやる。

ハアハア言っていた彼女はやがてピクピクしだし、なんだかぐったりしたように眠りについた。

丁度医務室の前を香取先生が通りかかったので、着替えを頼んでおく。

 

 

さてさて、夜更けだ。

接待の時間の到来だ。

中佐を堕落させよう。

撮影係として自発的に彼を撮影していた青葉が、何故か大興奮している。

 

「いい写真がいっぱい撮れましたよ。」

「そんなに撮ってどうするつもりだ?」

「生写真を販売したり、小冊子を作って今度の漫画祭で売り捌いたり、写真集の一部にしたりします。」

「お、おう? あ奴にそんなに需要があるのか?」

「ええ、司令官の想像の遥か斜め上くらいには。」

 

訳がわからん。

誰が買うんだ?

 

まあ、いいさ。

奴を接待する。

うちの娘で落とそう。

それで万事片が付く。

この狂乱も直に収拾させる。

うちの艦娘は転属させない。

絶対にだ。

鳳翔・ザ・ビッグママなら、上手くやってくれるだろう。

 

 

当基地内に存在する、夜の店。

酒類などを提供する、風営法に則った決して法に触れていないケンゼン店舗。

その名は倶楽部HO-SHOW。

 

ミストレスなオーナーである軽空母鳳翔の名を冠したエグゼクティブ且つハイソサエティな空間で、最高級の寛ぎを貴方にお約束します。

 

「大人三名、内一名はグラマー。」

「フーッ……奥を空けてあるから、そこに座ってな。」

「ほ、鳳翔さん? それに喧嘩煙管?」

「うちの鳳翔とは随分雰囲気が違うわね。」

 

ビッグママはいつもの様に武器になりそうな程異様に長いキセルをトントンと叩き、何故だか中佐をじっと見詰めた。

頬が染まっている?

ま、まさかな。

彼女は中佐の後ろにいるグラマーをギョッとした面持ちで一瞬見つめたが、すぐに興味を失った体で再び稀少なキューバの葉をキセルに詰めて火を灯し、紫煙を燻(くゆ)らせた。

彼女から鋭い舌鋒が来ないなんて珍しい。

 

「ハッハッハ、中佐殿。まあ、楽にしてくださいよぉ、中佐殿ぉ。」

「は、はぁ……。」

 

新橋辺りで夕方何人も見かけそうな感じの中佐は、意外と速やかに鎮守府の視察を終えて特に問題ないですねと太鼓判を捺してくれた。

 

「鈴谷さんともそれなりの関係を築かれておられるようですし、降格処分や減給処分は撤回の方向性で報告しておきます。」

「ありがたや、ありがたや。」

「その……鈴谷さんや夕張さんにあまり激しいプレイを要求されない方がいいと思います。彼女たちは確かに人間ではありませんが、だからといってあんなにマニアックな行為は……。」

「ちょ、ちょいお待ちあれ! なんの話です!?」

「提督が夜な夜な艦娘を私室に連れ込んであれこれされている件です。まあ、性欲を律するのは意外と難しいことですから……。」

「あの! あの! 我が双魚宮は薔薇に包まれていて、あらゆる艦娘を通しません!」

「では野外や工廠でされているのですか? 確かにここは人里離れた場所ではありますが、夜の歌声が屋内へ聞こえる可能性を考慮しませんと。それに、関係のあるなしで待遇面に大きな開きを設ける行為は感心出来ません。」

「中佐殿! 中佐殿! そのお話は明日朝にでも!」

「致し方ありませんね。」

「提督、いいのかしら?」

「艦娘の教育強化と倫理道徳強化については、香取さんと鹿島さんに伝えておきました。」

「ちいとヤンチャな面はありますが、根はいい奴らなんですよ。」

「ええ、風呂場では少々困りましたが。」

「えっ? ヤられたんですか?」

「いえいえ、そういう訳でもないんですがね。性教育も実施された方がいいと意見申し上げます。あのままではかなり不味いですよ。あれでは退役後、確実にダメンズに騙されます。」

 

あいつら……なにしやがった。

 

「いらっしゃ~い。……って、あらあら? 提督じゃない。」

「おまんは……峰不二子?」

「陸奥よ。さっきも会ったじゃない。」

 

オレたちの席に来たのは、倶楽部HO-SHOWでも一、二を争う売り上げ上位ランカーの陸奥!

もはや、指名出来るだけで奇跡と呼ばれる

伝説の修羅が来てくれたっ!!

これで勝つる!

 

「ちょっと中佐殿、すみません。おい、陸奥。こっちゃ来い。こっちや。」

「なによ?」

 

なんかちょっち透けとる服を着た陸奥の肩に手を回し、オレは小声で今回の無敵素敵接待ミッションについて説明する。

オーダーはただひとつ。

兎に角奴を楽しませろ。

気持ちよく呑んでいただき、明日の話が円滑になる下拵えをするのだ。

 

「まぁ、そもそもそういうお仕事だから別にいいけ……あ、そうだ。じゃ、ひとつ私のお願いを聞いてくれない?」

「なんだ? 金か? 休暇か?」

「そうねえ、休暇もいいわね。函館なんて素敵よね。」

「……む、陸奥? お、おま……。」

「心配しなくても大丈夫よ、提督。だから、泣かないで。今のところ、転属するつもりは特にないから。でね、実は今面倒を見ている子たちと小旅行に行きたいなって思って計画中なんだけど、予算がちょっと……ね。補助金があったら嬉しいなあって思ってみたりなんかしちゃったりして。」

「許す。ただし、成功報酬。」

「ありがとう。商談成立ね。」

陸奥は大抵の男の一部をカチンコチンにしてしまうこと必至な小悪魔ウィンクをオレにかまし、中佐殿にピタリと密着した。

おいおい、初っぱなから全開かよ。

少し透けたブラウスは胸元が微妙に開いて見え、凝った刺繍が施された勝負下着が男を惑わせる。

流石は眩惑の陸奥よ。

あれで堕ちぬ男はおるまいて。

 

「初めまして、陸奥です。北海道からわざわざ来てくださったのよね。」

「ええ、函館から。さっきは長門さんの介抱で大変でしたね。」

「え、ええ。姉はね、時々暴走しちゃうの。」

「うちの長門教官も真面目ですが、たまに暴走します。こちらは陸奥さんがおられるから、抑えが効いていいですね。」

「あらあら、函館に行っちゃおうかしら。」

「ええ、是非ともお越しください。ご飯は鳳翔さん間宮さん李さん鹿ノ谷さんの四名で普段切り盛りしていますが、とてもおいしいですよ。それに函館鎮守府は多人数宿泊にも対応していますから、事前連絡いただければ、お部屋をご用意いたします。」

「へえ、いいわねえ。函館っていうと、五稜郭があるところだっけ?」

「ええ、そうです。トラピスト修道院やトラピスチヌ修道院、何軒もの洋館、少し離れていますが大沼公園もいいですよ。市内は路面電車が走っていて、エキゾチックな街並みを堪能出来ます。」

「今度面倒を見ている子たちと小旅行に行きたいんだけどね。」

「それなら、尚更お勧めですよ。宿泊費が浮きますし、食事代だけ出していただけましたら宿泊費は無料です。函館バスと提携していますから、市内観光にも対応出来ますよ。」

「それは魅力的ね。」

 

……あっれー?

先ずは陸奥の絶妙な間合い取りから始まる地域性の話題から、互いの出方を窺いつつ艦娘ごろし……じゃなくて艦娘たらしの本領を見せてもらおうと思ったのだが……。

なんだこれ。

中佐が旅行会社的な営業トークをして、陸奥が旅行予約しそうな感じになってきている。

 

「あっ、ごめんなさい。小旅行の件で夢中になっちゃった。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。函館に電話してもらえば事務方でも対応しますので、お気軽にお電話ください。」

「ええ、みんなで寄らせてもらうから、よろしく頼むわね。」

「お任せください。」

 

オレは必死に陸奥へ何度も何度もウルトラサインを送るが、エースキラーな戦艦棲姫が巧みにそれらを打ち消している。

陸奥。

陸奥。

気づいてくれ。

オレの気持ちに気づいてくれ。

あ、やっと気づいてくれたな。

 

「あら? ごめんなさい、なにを呑まれますか? 今日のお勧めはね、シングルモルトで無冷却濾過且つノンカラーなハイランドのウイスキーがあるの。それも二五年ものよ。」

「それは稀少品ですね。でもお高いんでしょう。」

「ドン・ペリニョンよりは、ずっとお安いわよ。」

「ではシングル一杯だけ。先ずはそのままいただきます。そして、加水。その後氷を入れましょうか。」

「いいわね、そのやり方。」

「人の受け売りですけど。」

「こんないいお酒を炭酸割りして呑む人もいるのよ。」

「おいしければ、まあ、いいんじゃないですかねえ。」

 

陸奥と艦娘たらし。

そのやり取りは先程まで旅行会社社員と相談者の趣(おもむき)を見せていたが、今はおいしいものに関する高度な情報戦の様相を呈していた。

ナインテイルを知っているのかよ、この中佐。

完全に仕事を忘れたかに見せている陸奥が時折思い出したかのように高級酒を勧めれば、中佐はそれをのらりくらりとかわしつつもそれなりの酒を頼んで陸奥に不快感を与えていない。

ラムでも二〇年ものがあるなんて、初めて知った。

 

「サービスだよ。」

 

ビッグママが、ぷりっぷりの刺し身の特盛りを載せた大皿をごとりとテーブルに置いた。

サービス?

ビッグママが?

 

「今日の煮物はどれも力作さ。」

「ええ、いずれも素晴らしくおいしいです。」

「そ、そうかい。足りなくなったら言いな。」

「ありがとうございます。」

「次は焼き鳥特盛りを出すよ。」

 

なんだ?

なにが起きている?

 

中佐の気配り力に驚く。

接待の場なのに、オレの支払いに気遣う気配すらそこはかとなく感じさせる。

この男、かなり出来る。

しかも、慣れているぞ。

まさに企業戦士だなや。

ホントに軍人なのかぁ?

……実は取引先企業の人だったってオチは付かないよな?

 

「あらあら、ちょっと前をごめんなさいね……。」

 

アイスペールを取ると見せかけ、陸奥が奥義を繰り出す!

中佐の腕に自らの胸を密着させ、ナチュラルにブラウスのボタンが外れるようにした。

彼女の胸元の大輪が零距離で中佐に向けて花開き、その弾力を確実に伝える。

虎砲!

童貞殺しの必殺技!

並みの童貞ならば、主砲の暴発すら有り得る!

やったか?

 

「いえ、大丈夫です。」

 

平然とした顔の中佐。

なん……だと?

効いていない?

この基地最強セクシーバイオレットナンバーワンの陸奥の虎砲の直撃を受けて、無傷で耐えきっただと!?

顔色が少しも変わっていない?

流石は艦娘ごろし……じゃなくて艦娘たらし、陸奥級美女にすらまるで鼻の下が伸びない豪傑ぶりは伊達でなか。

……更には中佐の隣のグラマーが既に同様のことをしている、だと!?

この男、なんという耐久力なのだ!?

これが艦娘たらしたるための余裕!?

グラマーがこちらを流し目で見る。

 

「あ……スイートバニラスタウトをもう一杯注ぎましょうか? それとも知心剣のロックで?」

「そうね、さっき呑んだ鷹来屋の特別純米酒のぬる燗がおいしかったから、今度は冷やでいただこうかしら。」

「あ、はい、すぐ用意します。これ、おしぼりです。」

 

……なんでオレがサービス提供者になっているんだ?

まあ、暴れてハリケーンミキサーやらグレートホーンやらをぶちかまされても困るだけだから、それはそれでかまわないのだが。

モツ煮や筑前煮や肉じゃがといった煮込みものが主体の惣菜は、相当気合いが入っているように見える。

ここでこんな料理が出たのを見たのは初めてだ。

ビッグママがちらちらこっちを見ている。

まさか……いやいや、そんな筈などない。

 

こうして、中佐殿は深夜零時になる前、今宵はここまでにいたしましょうと僅か二時間ばかりの歓談でこの場を切り上げ、ビッグママになにか手渡していた。

彼女のあんな無邪気な笑顔は久々だ。

終始、中佐は紳士的な態度を崩すことなく、夜の蝶はそっと羽を閉じる。

 

 

その夜、風呂に行った中佐が再びうちの艦娘たちと遭遇したことを知ったのは、彼らが帰投した後のことだった。

朝から妙にキラキラした連中が多かったので聞いてみたら、そういうことだった。

血涙を流してオレに愚痴を言うのは面倒だからやめてくれ、ビッグセブンの長門。

 

 

中佐殿とグラマラスアマゾネスが去った後の気だるい昼下がり。

いつもの最強大冷房の執務室。

 

「結局、艦娘たらし言うとったが、誰も転属したいとは言わんかったな。ウハハ。勝ったぞ、オレは勝ったぞ。ハハハ、噂なんか当てにならんちゃ。」

「まあ、あくまでも噂でしたからね。」

 

歓迎会や風呂場の件では少し焦ったが、蓋を開いたら特に何とはないことだった。

うちのおバカ娘たちは、相変わらず虫捕りだのヤキュウだのをやっているし……。

 

「そう言えば。」

「ん?」

「転属願いが来ていますよ。」

「えっ? はっ? ええっ?」

 

一瞬、意識がブラックアウトしそうになる。

まさか、鹿島先生じゃないよな。

函館にも同姿艦がいるしな。

でもよ。

最近は減ったが、鹿島先生は割りと定期的に転属願いを出すんだよな……。

 

「カ、カッシマーか? 妹さんの方か?」

 

この身が震える。

艦娘たらしの力が、発揮されてしまったのか?

何時だ?

何時やられた?

歓迎会の時か?

風呂場の中か?

それとも客室に連れ……。

 

「いえ、お姉さんの方です。」

「香取先生が? お、おい、冗談だろう? はあっ? マジか? マ、マジ……か、香取……先せ……行かな……。」

「提督? あの、提督? て、提督? 提督? しっかりしてください! 誰か! 誰か!」

 

五月雨の叫びを遠くに感じながら、オレは無明の闇に包まれた。

 

 

気がつくと、長椅子に寝かされていた。

 

「お目覚めですか、提督。」

 

エレガントで眼鏡で素敵な香取先生が膝枕してくれている。

ああ、いいにおいだ。

なんて落ち着くんだ。

嗚呼、これが現実だったらどれだけいいのだろう。

 

「これは夢なのか? 夢だったら覚めないでくれ! エレガントで知的で素敵な香取先生がいなくなったこの鎮守府で、オレはとてもやっていける自信がない!」

「そこまで信頼していただきましてとても光栄ですわ、提督。」

「か、香取先生? 本物ですか?」

「ええ、貴方だけの香取ですわ。」

 

周りを見渡すと、しおれた五月雨に心配そうな顔の早霜とハルサメがいた。

 

「申し訳ありません、提督。小粋なサミダレジョークのつもりだったんですが。」

「ダメですよ、五月雨さん。私の提督にそんな冗談を言っては。この香取、提督のためならば何時でも火の中水の中なのですよ。」

「五月雨。」

「はい。」

「金剛じゃないが、時と場合をもっと考えろ。特に、こういう時にそういう笑えないジョークはやめろ。いや、やめてくれ。それはオレに効く。今の言葉で、オレは他所の提督たちの気持ちを追体験した気分だ。手塩にかけた艦娘を奪われる気分がどんなものかよくわかったよ。」

「てぃーっす、鈴谷だよ。ん? 提督どうしたの? ははーん、香取先生にそんなことをさせるなんて、それ……。」

「天馬流星拳!」

「グヘアーッ!」

「通常運転に戻りましたね。」

「でもそんなところも素敵。」

「ワタシも親密化を図ろう。」

「そうそう、陸奥さんから伝言を預かっていますわ、提督。」

「なんでしょう、香取先生。」

「先程、陸奥さんを含む二〇名が函館へ小旅行に向かいました。」

「へ?」

「提督が昏倒されていましたので報告が遅れました。申し訳ありません。」

「いえいえ、それはいいんですよ。」

 

……夏はまだ当分終わりそうにない。

 

その日の昼食。

香取先生と早霜とハルサメから、粥をアーンしながら食べさせてもらった。

 

 

 

私の名は戦艦棲姫。

函館の提督に恋する、ちょっこし高火力のダイソンガールよ。

視察の後に鉄輪温泉と別府温泉へ行き、有馬温泉へも行った。

神戸で九州の陸奥率いる艦娘たちと落ち合い、共に洋上から函館へ向かう。

この基地の艦娘たちはいささかヤンチャに生きている。

目があったらすぐメンチを切るような娘たちだったが、慣れると案外可愛いものだ。

提督もこのような鎮守府は初めてだったらしい。

 

「そもそも私は冴えないおっさんですからね。普通はこんなものですよ。」

 

普通の顔でそう言っていた。

頭のわ……ええと、直情径行な感じのする彼女たちとは先ず歓迎会で仲よくなった。

風呂場は正直大変だった。

あんなに彼女たちが明け透けだとは思わなかった。

でもまあ、お父さんお父さんと駆逐艦たちになつかれている提督は新鮮だった。

ちなみに私がお父さんと言ったら、真顔でやめてくださいと言われた。解せぬ。

 

変に提督にちょっかいを出す感じではなさそうなのがいい。

だけど少し気になるのは、鹿島。

副引率役のお色気系練習巡洋艦。

私の提督が、かなり親身になって彼女の話を聞いている。

 

「ねえねえ、お姉、あれやって!」

「あれやって!」

 

函館に着いた時、駆逐艦の小娘たちから要望があった。

では逝くわよ。

 

「ハリケーンミキサー!」

「ぐはぁ!」

「グレートホーン!」

「あべし!」

「落ち着け、小僧ども!」

「ひでぶ!」

 

 

どうやら当分賑やかになりそうね。

 

 

 


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