はこちん!   作:輪音

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今回は少し腐海仕様です。


CⅩLⅧ;惑乱のセルシウス

 

 

惑乱のセルシウス。

鳥取砂丘の砂嵐に隠された神秘のバベルの塔に住むヨミ様の忠実無比なる臣下。

外見は怪しげなアラブの大富豪。

その実体は生身で深海棲艦に対抗し得る、選ばれし屈強の高速拳戦士。

彼は配下たちに指示を飛ばした。

それはローマ教皇からの勅命を兼ねた、人類反撃作戦『レコンキスタ』の一環。

欧州は深海棲艦へ牙を剥くのだ!

大攻勢をかけ、覇権を取り返す!

合従連衡或いは呉蜀連合軍じゃ!

これこそ現代の十字軍で聖戦よ!

ヨミ様とあの方のために今こそ!

それは矛盾の気持ちに一切非ず!

敬愛と親愛と情愛の混成仕様也!

 

「日本への原油輸送作戦を開始する!」

 

勇壮な警察音楽隊の調べに合わせ、複数のタンカーと護衛艦隊がサウジアラビアから出港した。

タンカー群と護衛艦隊が進む海面下では、人の形を模した大型兵器が潜航している。

サングラスにマントのセルシウスは遥か東方に目を向け、えらく渋い声で独り呟く。

 

「私の使命は泰作君を守ること。兎に角守ること。なにがなんでも守ること。待っていてくれたまえ、泰作君。今すぐにでも君に会って……私は……私は……君を……。」

 

半ズボンのよく似合う少年を想い、中年男は物思いにふける。

時に震え。

時に涙し。

そのほっそらとして少女に見紛うことがなくもない、まだ声変わりしていない少年を思う。

漢の顔で時に咽(むせ)びながら。

狩人の目で海面を時に睨みながら。

 

 

航海中、何回も深海棲艦の攻勢を受けた船団はしかしただの一発も船体にその攻撃を通さなかった。

セルシウスの異能の力によって認識をねじ曲げられた彼女たちは、その能力を十全に発揮出来なかった。

深海棲艦たちは明後日の方向に砲撃を加え、明明後日の方向に雷撃し、なにもない泡立つ波間に急降下爆撃と機銃掃射を行わせた。

あまつさえ、多大な戦果を挙げたとさえ思わされている。

人型の異形の中には居もしない深海提督に褒められ、上気し浮かれて挙げ句に頬を染める娘まで現れた。

その姿がどことなくなんとなく函館の提督に似ていないこともなかったのは、おそらく唯の偶然だろう。

攻守双方に被害を出さぬまま、彼らはインド洋を越えた。

 

 

大船団は無事日本の港へ到着する。

小学生高学年の男の子を想うおっさんの執念によって、原油輸入大国日本は一息つくことが出来た。

輸入が無くては、おそらく人口が三分の一以下に激減するであろう東洋の大国。

モノを使い捨てない方向の人もいるが、それでも膨大なゴミを日々生み出す国。

逼迫の日々が人々の認識を変え出し、バブル時代めいた発言は忌避されている。

それでも懲りない面々は高級商標や海外旅行の話などを時々行い、周囲から大いに煙たがられていた。

 

 

「やあ、泰作君。私の泰作君。元気だったかね? さあ、一緒に買い物へ出掛けようじゃないか。大森のタイシン百貨店はとうだね? あの昭和を今に残すひなびた雰囲気が私は好きだね。それと後で銭湯にも行こうじゃないか。裸の付き合いはとてもとても大事だよ、泰作君。」

 

昭和のスーパーみたいな地域密着型百貨店に寄って愛しい少年に高級万年筆を買い与えた後、彼らはナポリタン大盛りサラダ付き味噌汁添えとミックスフライを食べた。

とどめはソフトクリーム。

ここは譲れません。

 

夕方、日が落ちてゆき互いの顔が見えなくなりつつある頃にセルシウスは泰作少年を伴って銭湯へ向かった。

ガス代電気代が馬鹿にならない今日この頃、銭湯は大賑わいだ。

小さな息子や娘を抱えた若い父親が子供たちの世話にてんてこ舞いし、近所のおっさんらしき中年が慣れていない感じの若者へ密着し丁寧に銭湯の作法を教えている。

その手つきはやたらに慣れていた。きっと教え上手なのだろう。

中学生くらいの大人しそうな少年になんやかやと密着しつつ、親しげに話しかけている欧米人たちもいる。彼らは揃いも揃ってマグナム使い。

イタリア人みたいな顔の彫りの深い男がなにやらいろいろ驚いていたが、彼らはケロヨンの風呂桶で湯を流して湯舟に浸かる。

 

 

嗚呼、極楽はここにある。

 

 

セルシウスはまるで実の子を愛する父親のように慈愛深く泰作少年を堪能し、膨大な土産を手渡し、様々なモノを買い与え、新たな商売のために函館へ向かった。

 

 

青地に白抜きの紋章。

蔦唐丸に板倉九曜。

蔦の絡まるような丸に小さな巴紋が九つ。

もうひとつの紋章は五稜郭に熊紋。

単純化された要塞に熊の掌の形が白抜き。

どちらも函館鎮守府の公式紋章だ。

現在、五大鎮守府や大型泊地など以外で独自の紋章を制定することが流行っている。

既存の家紋ではなく、独自の紋章。

ちょっとした違いが多様性を生む。

戦国時代のような群雄割拠の如し。

紋典を参考にしつつ、制定を急ぐ。

早い者勝ちだからだ。

函館鎮守府の公式サイトで新しい紋章が随時発表されてゆく。

中の人たるアルトリアに隙はなし。

 

 

函館の提督だが、セルシウスには凡庸な中年にしか見えない。

彼の隣にいる姉畑提督の方が余程危険に見えるくらいだった。

姉畑提督はまだ艦娘を所持しておらず、研修中の身分である。

彼らは道南に現れる羆(ひぐま)対策の件で話し合っていた。

 

ウコチャヌプコロとはなんだろう?

 

人口減に加え生息圏も狭くなったため、野生動物の獣害は深海棲艦侵攻以前に比べてかなり深刻化している。

ただ殺せばいいという訳にもいかない。

餌付けするのは更によくない考えだが。

一時的で気紛れな施しは状況悪化原因。

本州四国九州沖縄でも北海道同様の獣害報告がある。

国もようやく重い腰を上げ、若年層や女性への猟銃所持を援助する方向性へと動き始めていた。

都内各市で動物被害が相次いだ件や、猟友会からの訴えが無視出来なくなったためでもあった。

鉄砲使いの多くが老齢化し、撃ち倒せる者が近隣にいない場合の被害は戦前戦中の時代に戻ってしまう。

それは近代国家にとって、絶対にあってはならないことだ。

もはや昭和ではないのだ。

被害者が出る前に追い払い、それが叶わぬならば撃ち倒す。

空虚な理想論ばかり振りかざす連中をどうするかが問題だ。

 

渋谷のど真ん中を搬送用トラックから逃げ出した豚が遁走した時は大騒ぎになった。

スクランブル交差点を走る牝豚。

若き娘の反乱。

それはまさに豚走。

公共放送を自称する放送局本拠地の近くだったのとたまたま渋谷で生放送していたため、その獣は一瞬にして全国津々浦々で有名になった。

彼女は二週間の巧みなる逃走の末に捕獲され、現在では旭川の旭山動物園で二番目の人気者となっている。

 

 

二頭の子熊を熱視線で見詰める姉畑提督。

それはセルシウスが泰作少年を見詰める時の視線に負けず劣らず熱い。

子熊は曙と霞が連れていたが、どちらも穏健な感じの獣だ。

無邪気に遊んでいる姿を食い入るような視線で見詰める姉畑提督。

セルシウスは一瞬既視感を覚えたが、いや私はこの男と違うのだとその感覚を一蹴した。

函館の提督はようやく二〇〇発ほど弾を消費したらしい。

彼が弾とか発射とか発言する度に艦娘たちの頬が染まる。

何故だ?

トリガーハッピーなのか?

そして、彼らの話題は最近公共放送を自称する放送局で放映されているドラマの話になる。

アイヌの少女が元兵隊の男と共に明治時代の北海道を旅する話だ。

この青年が兎に角よく鉄砲を撃つ。

どちらも北海道出身の役者である。

猫っぽく冷徹な狙撃手が新たに加わり、物語は躍動感を高めていた。

何故か二人の役者はよく脱ぎ、二人きりの場面も少なくない仕様だ。

そういうのを好む層へ向けての露骨な擦り寄りだが、効果は抜群だ。

急遽薄い本を描いている者さえ続出している、との噂まで聞こえる。

五稜郭や大沼公園でのロケには多数の見学者が集まり、意外と本格的に撮っているらしい。

上級幹部が不祥事を連発し会長が問題発言を繰り返しているので、現状打破したいようだ。

各話の最後一分を使っての北海道解説や銃器の話は、意外にマニアックだがわかりやすい。

函館鎮守府に所属する子熊も出演した。

お陰で函館鎮守府の電話機はよく鳴る。

 

 

まあ、そんなことなどセルシウスに関係ない。

彼は泰作少年が無事ならそれでいいのだ。

商人の顔になった男はリアルケモナーな男が執務室を退出した後、おっちゃん提督と商談に移った。

欧州を股にかける輸入雑貨商の美濃柱が明日には函館を訪れる。

あのとても優秀な男が来る前に、ある程度話を詰めておきたい。

函館駅周辺に、今度東欧の製品を置いたお洒落系店舗が開店するという情報もある。

セルシウスは愛しい少年を脳裏から惜しみつつ限定封印すると、冷徹な非情の顔で商いの話を始めた。

元特級企業戦士という噂もあるおっちゃん提督へ、正面から真っ向勝負の突撃を敢行する。

必ずや、この男を打ち倒してみせると必勝の気持ち胸に秘めて。

漏れ聞こえてきた百戦錬磨の商人たちの失敗例を踏み台にして。

 

 

私はきっと勝つ!

泰作君、待っていてくれたまえ!

 

 

 

 





今回の元ネタ

◎ジャイアントロボ
◎ゴールデンカムイ

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