九州の某基地からやって来た艦娘たちは函館の観光地を堪能するだけでなく、東北の夏祭りをも堪能しまくった。
函館港まつりでは夜遅くまで遊び歩き、ずいぶん振り回された。
風呂でも宿泊棟でも大騒ぎで、よその鎮守府泊地警備府から訪れていた艦娘から苦情が来る程だった。
私自身も彼女たちに引っ張り回され、函館の娘たちから散々怒られた。
ナニを引っ張られそうになったのはここだけの話だ。
「私たちだってまだ触ったことすら無いのに、なにをやってんのよ、あんたら!」
のう、曙さんや。
怒る点がなんだかおかしくありゃせんかのう。
抗争寸前までいった。
宥めるのに苦労した。
泣きっ面に蜂である。
潜水艦の子たちがどさくさ紛れに私室へ乱入した時は、大変を通り越して大騒動に発展した。
いや、あの時は危なかった。
貞操と命の双方が危険領域。
ホンマ、無茶苦茶でんがな。
「また来るぜーっ! お父さーん!」
「「「お父さーん!」」」
「「「ギャハハハ!」」」
「おう、オメーら! きちっと挨拶せんかい!」
香取先生が迎えに来て、何名かしばかれていた。
大型作戦が近く、痺れを切らせた提督が彼女を派遣したのだ。
彼の信任一位たる、正妻系艦娘。
普段は優雅たが、怒るとこわか。
鹿島がこわいですと震えていた。
引率者の陸奥が微妙な顔で苦笑している。
割とフリーダムなんだよな、あそこはさ。
香取先生がいなければ、あの基地はすぐに崩壊するだろう。
そうした意味で、彼女は要石なのだ。
彼女から大量の九州の酒と名菓詰め合わせをいただき、非常に恐縮した。
ナインテイルの焼菓子まである。
お互いに頭を下げあい、同時に苦笑した。
「私の提督から、『当鎮守府の艦娘が大変お世話になりました、この度はありがとうございます。』と言付かりました。」
「わざわざお言伝ていただきまして、ありがとうございます。こちらからもよろしくお伝えください。これは些少ですが、ほんの気持ちです。」
鳳翔と間宮と李さんと鹿ノ谷さんが作った、日持ちする菓子や料理を手渡す。
これでお役御免だ。
やれやれだぜ。
彼女たちの帰投後、その反動で所属艦娘たちがかなり甘えん坊になってしまい、そういう面で新たに苦戦中である。
抱っこにおんぶに頬っぺにチュー。
チューチュー蛸かいな。
六つのなんちゃって鎮守府から六人の提督と六名の艦娘が、演習のために函館鎮守府へやって来た。
はるばる来たぜ、函館へ。
かつて、関東以北最大の街だった函館も今ではひなびた地方都市だ。
全国的に知名度が高い街ではあるが、それを正しく認識している地元民は意外と少ない。
まあ、妙に気負っている都市よりかはましかも知れないが。
今日やって来たそれぞれの擬似鎮守府には、艦娘或いは艦娘のようなモノが一名ずつしか所属していない。
彼らは皆、艦娘もしくは艦娘のようなモノから見込まれたり安全パイと思われたり狙われたりしている。
大抵の艦娘または艦娘もどきはたまた艦娘のようなモノ或いは自分自身を艦娘と思い込んでいる一般人などは、提督のようなモノを取り込むことにありとあらゆる情熱を注いでいる。
承認欲求が強いのか、周囲への依存度が高いのか。
種の保存的ななんちゃらが、ゴーストに囁くのか。
演習に出向けるモノとそうでないモノとの差は激しい。
出向けないモノはありとあらゆる言い訳を提督のようなモノに行い、 彼らは素直にそれを受け入れる。
それが言い訳だろうと嘘だろうと、彼女たちを失わずに済む材料になるならば問題ない。
そう思う提督もどきも少なくない。
よって、自衛すら出来るかどうかあやふやな場所さえある。
思い込みが激しすぎて一発轟沈してしまう女の子を、一名も出さないようにせねばならない。
今回函館を訪れたのは、演習可能な個体ばかりだった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、大湊(おおみなと)と函館がそうした怪しげな連中の受け皿になっているため、連絡は密に取るようにしている。
対大本営物理的説得要員は大淀を筆頭としてカチコミに何時でも行けるよう、日々の突入訓練を怠らない。
余所の鎮守府の面々が混ざっているような気がしないでもない時もあるが、それは些細な差異に過ぎない。
初めて函館を訪れた面々は先ず鳳翔間宮李さん鹿ノ谷さんなどの料理上手からうまかもんで攻略され、大抵簡単に陥落する。
その後、トラピスト修道院トラピスチヌ修道院五稜郭立待岬大沼公園などへの観光に出向き、日々の喧騒を忘れるようにさせられる。
時間があれば、江差や松前などにも出向くことが可能だ。
実際、演習終了後に観光を希望されることは少なくない。
急拵えの即席艦隊程度で、連携など到底出来る訳もない。
日々の厳しい訓練を経てこそ、それは可能なのだからだ。
実戦が訓練を上回ることなど、普通に考えてあり得ない。
よって、丸一日ずっと彼女たちは艦隊行動の訓練を行うことになる。
やらないよりはマシなくらいだ。
付け焼き刃で豪刀を防げるかよ。
構成が水雷戦隊系になることもあるし、駆逐隊になることもザラだ。
戦艦がいれば、その彼女は大体において錬度が低い。
戦艦を扱うにはかなりの資材が必要だからだ。
正規空母の場合も同様である。
提督のようなモノになった後、初めて彼らはその事実を知る。
知った時には配下になった彼女たちと抜き差しならぬ関係に陥っているのが常だから、呆気に取られる者が続出する。
深い関係ならば尚更だ。
最初からそれとなく言ってはいるようだが、実体験あってようやくそれを実感するのが殆どだ。
男の弱みにつけ込むのはどうかと思われないでもないが、騙される側が納得する限りでは犯罪にならない。
よって、戦艦正規空母重巡洋艦と豪勢な布陣になっているにもかかわらず、演習開始直後即大破も少なくない。
熟練の駆逐艦一名に翻弄される始末になることもままある。
今回は誰に任せようか?
「我が愛しの伴侶の提督よ! 今回は私が一隻単独で、この鎮守府の力を彼女たちに知らしめてやろうではないか!」
「丁度よいところへお越しくださいました、長門教官。明日は島風単艦で演習させます。彼女にそう伝えてください。」
「なん……だと……?」
「大戦艦長門から完膚なきまでに打ちのめされるよりも、島風の速さに翻弄された方が彼女たちの勉強になります。そうは思われませんか?」
「し……しかし……。」
「教官に倒されたら、それはそれで当たり前だという認識で終わらせてしまいかねません。それでは彼女たちのためにならないでしょう。しかし、駆逐艦一隻に倒されてしまったらどう考えます?」
「悔しく思うだろうな。少しでも前向きな気持ちがあるならば。」
「そういうことです。そして、負けた彼女たちの元へ颯爽と現れるのが……。」
「私ですね。」
「加賀教官。」
「なんだ、加賀。先程の話を聞いていなかったのか? 今回出番があるのは、夫の寵愛深き私だ。」
「長門、貴女では彼女たちが萎縮してしまう可能性もあります。私の方が適任でしょう。それに、夫の寵愛が深いのは私の方です。」
「ほう、言うではないか。」
「ここは譲れません。」
「よかろう、ならば演習で片を付けてくれよう!」
「望むところです。鎧袖一触よ。」
「あー、鹿島さん。妙高教官を呼んでください。」
これから私は喧騒に巻き込まれるのは確実のようだ。
嗚呼、どうにも止まらない。