あいつ……やりやがった。
マジかよ、あのおっさん。
マジでやりやがった。
眼鏡をかけて一見知的に見える姉畑提督が変態と判明したのは、夕暮れ間近い道南の山林。
羆(ひぐま)の出現情報に基づいて猟友会の面々と銃を持ってうろうろしているのだが、『客員提督』の姉畑提督が急に見当たらなくなった。
独断専行は困るなあ。
まさか殺られたのかと皆で緊張しながら警戒していると、程なくして下半身になにもまとっていない姉畑氏を見つけた。
「大好きなんだ、大好きなんだ、大好きなんだっ!」
なにがだよ。
皆で見てしまった。
エゾシカ相手の彼。
うっわー。
夢見んぞ。
「お、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。」
血まみれの彼がはにかむ。
惨劇が起きたみたいだな。
血のにおいで羆が来ると不味いとのことゆえ、エッホエッホと皆で肉塊を運ぶ。
航空機を使える艦娘でも連れてくればよかったか。
暴走軽トラみたいな森の王には、今会いたくない。
車輌の荷台に肉の塊を載せ、妙にニコニコしている姉畑提督を後ろから観察する。
彼はどうやら羆にとてもとても会いたいらしい。
陸上自衛隊から出向している狙撃手がぼやいた。
「雨が来るぞ。」
山林の麓(ふもと)にテントを構え、私たちは善後策を話し合った。
結局、羆対策の結論は出なくて翌日に持ち越されることに決まった。
雨は霧を呼んで、周囲は五里霧中の様相を呈してきている。
明日は朝から濃霧か?
姉畑提督が何故かニヤニヤしていて、その理由を彼に問うたが曖昧な返事しか返ってこなかった。
翌未明、再度姉畑提督が見当たらなくなっていた。
猟銃が一丁消えている。
羆と人間の捜索に切り換え、私たちは山林を歩く。
霧の中、特定目的に特化した工業製品を握り締めながら山中を歩く。
その日はエゾシカ一頭を打ち倒して、持ち帰った。
姉畑提督は見つからない。
羆の結界を示すという、ケモノの体内から排出されたモノも見つからなかった。
この山林に熊はいないのか?
その後二日間かけて皆でエゾシカを三頭狩り、業者に運んでもらう。
ジビエ料理の原材料となるのだろう。
姉畑提督は見つからない。
道警の面々と山狩りする。
彼はどこへ向かったのだ?
致し方なく提督業に戻る。
艦娘たちが迎えに来て、狩の時間は強制終了だ。
道警がその日以降も探してくれたのだけど、彼は未だに見つかっていない。
鍬縞提督が副官たちと研修に函館を訪れたのは、夏なのに長袖を着たくなる曇天の日のことだった。
なんとも個性的で大柄な面々が、執務室の空間を圧迫している。
提督自身は縞々の全身タイツにマスクをかぶった大男で、技巧派に見える感じだ。
セーラーというよりもゼブラーな男というかなんというか。
噂の強化服か?
零式を更に軽量化し、運動神経と運動能力の双方を飛躍的に高める機動戦士のための衣類。
それを着ていると、陸戦では戦艦級艦娘と同等もしくはそれ以上の戦いが出来るとかいう。
ホンマかいな。
彼は愛馬を伴っていた。
めんこい縞馬を連れてきていて、初めて見た艦娘たちがめっちゃ興奮しつつ熱心に世話をしている。
どこにでも一緒らしい。
劉玄徳が諸葛亮を伴う如くに。
子熊たちが縞馬にじゃれつく姿は絵になるようで、大本営広報の青葉が喜び勇んで撮影をしていた。
大人しい個体のようだ。
縞馬は気性が荒いと聞いていたのだが、そうでないものもいるのだな。
艦娘の同姿艦でも性質がまるで異なる者さえいる。
そういうものか。
彼の名はキルト。
提督はキルトをずいぶん可愛がっているようだ。
いつもなにかやさしげに話しかけている。
艦娘に対しても、そう振る舞うだろうか?
彼は牧場経営者でもあり、近年人気の牛丼チェーン『忍野屋(おしのや)』の社長でもある。
縞々模様の旗指物が目印だ。
流石は多彩多芸なる技巧派。
函館にも忍野屋の支店を開店するつもりらしい。
やがては道内に何店舗か開店するつもりだとか。
彼の副官や直属の部下たちも大変個性的である。
副官の蝶野大尉通称マリノはノースリーブのぴったりした服を着た男で、軽業師ぽくて今にも飛翔しそうな彼もマスクをかぶっている。
彼の恰好も強化服か?
少し尊大な気質のようだが、提督には心服しているみたいだ。
最近はマスクをかぶるのが流行っているのかね?
何故、大本営で一切問題にならないのだろうか?
服部(はっとり)はザ・ニンジャという感じの服装をした男で、一人称が拙者だ。
なんだか、あれはアメコミの実写版みたいに見えなくもない。
一見忍び装束に見えるが、あれも強化服なのかもしれないな。
落ち着いた雰囲気が、技巧派の提督によく似合う感じはする。
ナウマンと呼ばれる筋骨隆々の大男はマンモスを模した革の衣装をかぶっていて、どこの蛮族だこの男って感じだ。
あれも……強化服なのか?
鍬縞提督を慕っているようで、外見以上に生真面目な忠臣のにおいまでする。
何故だかオータムクラウドや一部の艦娘が大興奮しながら、彼らを見ていた。
アトラスと自称する男は、ピラニアっぽいマスク一体型の全身タイツと腰ミノを身にまとっている。
ギョギョギョ、って感じだ。
なんだか人間にすら見えないが、あれは海陸両用型強化服なのかもしれない。
脱いだら実ははにかみ屋だったりして。
愛称がアトランティスらしいが、何故愛称の方が長い?
ロシア人かよ。
彼はいわゆるムードメーカーのようで、茶目っ気ある軽口をよく叩いている。
彼らはなにかの興行団体みたいだ。
「マッスル! マッスル!」
払暁から鎮守府近くの海岸線を青春の一頁のように走る、鍬縞提督と愉快な仲魔たち。
一緒に走る艦娘たちの表情が爽やかだ。
昨夜の入浴時は、艦娘たちや元艦娘たちの乱入が無くてよかった。
しかし……彼らの素顔って……。
何故、アトラスは脱がなかった?
「提督、特設リングを妖精さんたちに作ってもらいました。」
大淀が背後にいた。
いつの間に?
「ありがとうございます。なんだか随分と早い完成ですね。」
「妖精さんたちはやたらに張り切って工作していましたよ。」
「ほう。」
彼らの要求したものはただひとつ。
格闘戦訓練用の特設リングだけだ。
近接戦闘の訓練とは異なるらしい。
そして、その日の研修を消化した鍬縞提督は仲魔たちと熱い闘いを始める。
なんとか決定戦みたいに燃え上がっている。
それは炎。
燃え上がる噴煙。
昭和新山もかくやとばかりに彼らはバーニングする。
「マーズ・パワーッ! 火炎車の術!」
「ケケケケ! ウォーターウォール!」
「パオーン! ハリケーンミキサー!」
「見よ! 我が空中殺法の華麗さを!」
「喰らうがいいっ! 地獄の断頭台!」
それなんてヘル・ミッショネルズ。
あまりにも超絶的な技の応酬に口をあんぐりさせる。
なに、この人たち。
まるで人間じゃないみたいだ。
これが強化服の力ならば、我々人類はとんでもないモノを開発したと言えるだろう。
着用者が限られるかもしれないが、艦娘だけに頼らない戦術の構築は必要と考える。
私にも……。
「力が欲しいか?」
私の耳元で、腐りかけた甘さを引き連れたような囁きが聞こえてきた。
どこかの秘密結社の首領のような渋い声。
えっ?
なんだ今の?
振り向いた。
誰もいない。
確かに聞こえた。
あれは誰の声だ?
……空耳アワー?
いかん、いかん。
鍬縞提督の初期艦を呼ぶための手筈を、早めに整えなくてはならない。
しかし、要求が奇妙だったな。
格闘技に興味があるか、もしくは格闘技を使える者。
水着でも着させて技術を仕込むつもりなのだろうか?
雨がぽつりぽつりと降り始める。
そう言えば、ケッコンしていた艦娘たちの問題を解決しなくてはならない。
元人妻の艦娘たちを引き合わせようか、とぼんやり思いつつ、私は「マッスル・インフェルノ!」と叫ぶ鍬縞提督に近づいた。