皆さんは記憶をなくされたことがありますか?
酔った後でやらかしたことはなかったですか?
寝ぼけてなにかやらかしたりはなかとですか?
皆さんがお持ちの記憶は本物の記憶ですか?
本当にその記憶が正しいと言いきれますか?
気がついたら、海上にいた。
夕闇にすべてが溶け込みそうな時間。
逢魔が刻。
あれ?
はっ?
ええ?
ええと、さっき……さっき? 甘味処の間宮……アイスクリン……羊羹……同僚たちに軽口を叩い……出撃前の食事会……涙……罐詰……保存食料……嵐の中で砲撃戦……弾切れ……大破……潜水艦……魚雷……敵機直上……百貨店……お土産……うっ、頭が……。
「大丈夫ですか、スズヤさん?」
スズヤ?
あたしはスズヤという名前なの?
クマノという名にも覚えがある。
あたしはスズヤ?
それともクマノ?
あたしはダアレ?
そう言えばダーレっていうゾーリンゲンの刃物屋が……って違うっ!
なんで肝心な時に、余計な知識が紛れ込むのかなー、まったくもう!
あれ?
そういえば、おっぱいが大きくなっているような気がする。
ムニムニムニムニ。
気のせいじゃない。
一回り以上大きい。
しかもノーブラだ。
なんで?
なんで?
フード付きのミニスカワンピ?
こんなコーデ、したことない。
やだっ、パンツ丸見えじゃん。
え、なんで黒いの穿いてるの?
黒いのなんて、持ってたっけ?
話しかけてきた子は真っ白いキレイな肌をしていて、心配そうにこっちを見ている。
キレイな子だ。
真面目そうだ。
体の線がくっきり出るボディースーツを着ていて、なんかめっちゃエロい雰囲気だ。
エロい子なの?
「ええと……あなたは……。」
「記憶が混濁しているんですね、スズヤさん。アキヅキですよ。ほら、出撃前、対空戦闘に私が必要だって言われていたでしょう。」
えっ、そうだっけ?
アキヅキ?
最新鋭の防空駆逐艦だったっけ?
まだ数名しかいない稀少艦よね?
じゃあ、横須賀か呉辺りから出撃したの?
まさか、虎の子の第一艦隊だったりして?
いやー、まさかそんな精鋭じゃないよね?
でも、稀少艦を出すってことはそうなる?
その辺りの記憶がすっぽり抜け落ちてる。
てゆーか、全然覚えていなかったりする。
なにこれ?
なにこれ?
なにこれ?
「え、ええ。ええと、至近弾を喰らったせいかもね。」
「吐き気がしたりとかふらふらしたりはありますか?」
「もう大丈夫。心配いらないわ。」
「三半規管も特に問題ないみたいでよかったですね。」
ホントは不安だらけだけど、その気持ちはなんとか隠蔽した。
動揺を隠しながら、同僚らしき彼女が安心するように答える。
我ながら気配り出来る、いい女よね。
淑女のたしなみですわ。
ん?
あれ?
「イスズさーん! スズヤさんが目を覚ましました。」
「あら、よかったわね。」
にっこりと微笑みながら、ツインテール軽巡洋艦が近づいてくる。
あれ?
イスズって、確か軽巡洋艦よね。
肌が透き通るように白いし、まとっている艤装は戦艦級の重武装型に見える。
なんだろう、決戦仕様なのかな?
それとも、改三でも開発された?
なんか、白銀聖闘士がいきなり黄金聖闘士になっちゃったみたいな感じよね。
ド迫力を感じる。
必殺爆雷ガールってとこかな。
で、問題がある。
おっぱい丸出しじゃない、この子。
露出度高過ぎやん。
なに、露出狂なの?
髪で一応見えないみたいになってはいるけど、ちょっと変よ。
ちらちら尖端が見えるしさ。
ブラくらい付けときなさい。
それとも戦闘で失ったかな?
たぶんそうに違いないよ。
変態さんはちょっと厭だ。
でも、この恰好だと人のことが言えない。
なんで、こんなエロい服を着ているかな?
「付近にシンカイセイカンも見当たらないし、作戦は無事に終了したのかしら?」
「すみません、私も記憶が曖昧で、ところどころ欠落しているみたいなんです。」
「深海棲艦のせいかもね? フソウとソウリュウとイカズチが戻ってきたわよ。」
「あの……あたしは記憶が定かじゃないんですけど、連合艦隊だったんでしょうか?」
「ゴメンね、私もその辺の記憶が曖昧模糊としちゃっててね。よくわかんないのよ。」
重武装の艤装を装備した黒いスーツ姿の黒髪美女。黒に黒を重ねて更に黒ってとこ。
マントを羽織って、右肩の甲板がぼろぼろのボディースーツ姿の女性(胸丸出し)。
穴だらけのパーカだけを身にまとった少女(絵面がとってもとってもヤバいよね)。
三名がだんだんとこちらに近づいてくる。
威風堂々って感じでなんか歴戦艦みたい。
あれ?
もしかして、あたしが一番弱い?
「あっちには誰もいなかったわ。」
おっとりと喋る戦艦級武装姉さん。
男心をがっしり掴みそうな雰囲気。
ほんわりエロスでイチコロってか。
「偵察機を飛ばしたんですけど、燃料が心許なくて引き返させました。」
こぼれんばかりの胸が露出している。
テイトクが大破しそうな爆裂魔乳ね。
この胸におっぱい星人がヤられると。
「もうやんなっちゃう。早くシレイカンを甘えさせなくちゃ。テイトクニウムを早急に補給しないと、あたしがダメになっちゃうわ。」
テイトクをダメにしてしまいそうな少女がぷんすか怒っている。
あのう、水着か下着くらい身に付けた方がいいんじゃないかな?
せめてさ、ファスナーくらいはきちんと上げといた方がいいよ。
「一刻も早くこの海域から撤退したいわ。ここからだと、どこの鎮守府が一番近いかしら?」
「ええと、函館鎮守府ですね。」
「じゃあ、先ずは函館に一旦帰投して修理と補給をお願いする。そのあと、各自の鎮守府警備府伯地に戻る。みんな、それでいいかしら?」
「あのう……。」
疑問があった。
「なにかしら、スズヤ?」
「あたし、自分の所属している基地が思い出せないんだけど、みんなはどう?」
「「「「「えっ?」」」」」
途端、重苦しい沈黙が場を支配する。
皆の白い顔が、益々白くなってゆく。
ヤバい。
地雷を踏んだらしい。
この場合は機雷に接触したって言った方が感覚的に正しいかな?
……ってそんな場合じゃない。
ちくわ大明神の力を使っても、この状況を解決は出来ないでしょうね。
……ちくわ大明神って、なに?
辺りはどんどん暗くなってきて、お互いの表情がわかり辛くなってきていた。
海面下から手が見えるようだ。
白い白い白い真っ白な手。
何本も何本も何本もある。
それは手招きをしていた。
こっちへおいで、こっちへおいでと。
ううん、これは幻覚に決まっている。
気の弱った時に見える、ただの妄想。
気のせい。
気のせい。
気のせいよ!
気のせいなんだからっ!
テイトク、あたしを助けて。お願い。
テイトク!
テイトク!
あたしのテイトク!
「あ……ゴメン……あたし、テイトクの顔とか仲間の顔がぼんやりとしか思い出せなくてさ。鎮守府の記憶も微妙に曖昧で……へ、変だよね?」
「そう言えば……どこの鎮守府から出撃しましたっけ?」
「……私はどこの山城の姉だったかしら? あら、山城の顔はどう……。」
「シレイカン……顔が思い出せ……。」
パンッ! とイスズが柏手を打った。
波立っていた気持ちが落ち着きだす。
「取り敢えずは、函館に行ってみよ。テイトクや大淀さんなら、なにか知っているかもしれないし。」
「そ、そうね。弾薬もあと一戦分くらいしか無いから、は、早く安全性を確保したいわ。」
「え、ええ。そうよ、それがいいわ。」
「あの……みんなを不安がらせて、ホントにゴメンね。」
「気にしなくていいですよ。カンムスとしての仲間意識は大切ですし。」
「私も、このおっぱい丸出しの事態は早く解消したい。」
ソウリュウが左手に持った杖をぶんぶん振り回す。
みんながアハハと笑いだした。
そうね。
希望の地、函館へ行けばなんとかなるわ。
招く手は見えなくなっていた。
なんとなく、テイトクが助けてくれたのだと思った。
再び間宮へ行って、おいしいお茶とケーキをいただかなくてはいけませんわ。
エステにも早く行きたいものですこと。
ああ、潮風で髪が傷んでしまいますわ。
でも、テイトクはわたくしの髪が……。
イスズを旗艦として、あたしたちは函館へ向かう。
戦艦一、正規空母一、重巡洋艦一、軽巡洋艦一、駆逐艦二の編成。
テイトクだったら、あたしのことがわかるかしら?
テイトクだったら、あたしを嫁にしてくれるかな?
……イヤだ、あたし、一体なにを考えているんだろ。
「あっ、その顔、函館のテイトクのことを考えていますね。」
アキヅキが微笑みながら言った。
「ち、違うったら! あ、あたしは別に誰がどうとか、今のところは考えていないから!」
「函館のテイトクは絶倫無限で、どんなカンムスも夜戦で一撃大破させるらしいですよ。」
「えっ、そんなにテイトクの夜戦能力って激しいの?」
「あくまで噂ですけど、大和級戦艦も勝てないとか。」
ソウリュウが会話に加わってきた。
ほんのりエグいガールズトークが始まる。
女同士のエッチな話はエグくなるよねえ。
生き生きとして見えるから、まっいっか。
アキヅキは一見石部金吉みたいな感じがするけど、意外と砕けた面もあるのね。
あれ?
そうだっけ?
アキヅキは少しエッチな話でも顔を赤らめ……ちょっと待って。
あたしの隣にいるこの子は本当にアキヅキなのかな?
周りにいるみんなも本当にそれぞれ名乗った艦なの?
本当に?
本当に?
あたしは本当にスズヤなの?
スズヤって誰?
あたしは誰?
……やめよう。
函館に着いてから、考えることにしよう。
改めて周囲を見渡す。
なんだかみんなめがっさ色白なんだけど、ホワイトニングでもしたのだろうか?
どこのエステに行かれたのでしょう?
まあ、これが真っ白だったら深海棲艦なんだけど、そうじゃないから違うよね。
変異体なんだろうか?
なんか変容するような事態があって、自己進化なメタモルフォーゼしたとかさ。
たぶんそうに違いない。
そうに違いないってば。
……ソウデアッテホシイ。
翌未明。
ようやく陸地が見えてきた。
青黒い空が明るくなる直前。
強い風が心地よく吹いてる。
函館の灯りはかそけき希望。
と、そこへ轟音が聞こえた。
ロケットブースターの炎と共に、ウサ耳を揺らせながら最速駆逐艦が接近してくる。
その手にはバスターランチャーみたいな巨大砲。
まるで物干し竿ね。
駆逐艦の出力で電磁砲の発射エナジーを賄えるのかしら?
カートリッジ?
そういうのもあるのね。
流れるように腰から金属筒を取り出して物干し竿へカチリと装填し、こちらへ肉薄してくる。
あれで大出力を発生させるのかしら?
背中にある大型艤装が供給源みたい。
撃てて一発か二発が限度でしょうね。
でもなんかヤバくない?
あれ、一〇〇ノットを超えているんじゃないかな?
その背後には腕組みした戦艦やマントを羽織った戦艦、青い正規空母などが見える。
イスズがおーい! と明るい声でぶんぶん手を振った。
迎撃態勢に見えた彼女が砲身を下ろした。
ほっとする。
あんなものを撃たれたら、消滅しちゃうかもしれない。
友好的に見せかけなきゃね。
スマイルスマイルスマイル。
テイトクが素敵な人だったらいいなあ。
出来ましたら、入渠してエステを終えてからお会いしたいものですわ。