はこちん!   作:輪音

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今回は本文だけで四九〇〇文字以上あります。
前書きを加えると六七〇〇文字以上あります。
わりと長文になりますので、ご留意ください。


ケッコンしていた艦娘たちってどういう扱いになるんだろう? と思ったのがそもそもの執筆動機です。
作中不快な表現がありますので、予めご了承ください。
人によっては、生ぬるく感じられるかもしれませんが。
現状でケッコンしている艦娘はわかりませんが、ケッコンしていた艦娘は案外こうした子たちが存在するのかもしれません。
現実の人間同士の結婚生活だって、酷いものが幾つも幾つも存在するのですから。
「なんだ、処女じゃないのか。」という輩にはゲート・オブ・バビロンの洗礼を浴びせたいものです。

ちなみに、当作品では一旦ケッコンしたらリコン不可です。
ジュウコンでもリコン不可です。
別れるには死別しかありません。
例外として、相手が行方不明になった場合は特別措置が成されます。

ゲーム内では放置されたり無視されたりすることも多々ある、性能面重視の提督陣からしたら無価値に近い艦娘たち。
彼女たちは彼らが断じる程無能なのでしょうか?
鎮守府泊地警備府に影響力が無いのでしょうか?
本当に、そうなのでしょうか?
本当に無力極まりないですか?

彼女たちを統率する責任者として、基地の管理者である提督。
現実に彼女たちと接し、それでも閑職に追いやるでしょうか?
閑職に追いやられた艦娘は、なにを思いなにを為そうと考えるでしょうか?
彼女たちは本当に無力なのでしょうか?
基地になんの影響力もないでしょうか?
翻って、そんな彼女たちが一転して重用され、ケッコンまでのし上がった場合、一体なにを考えるでしょうか?

艦娘たちは本当に提督の都合のよい駒なのでしょうか?
単に都合のよい駒だと思わされてはいないでしょうか?
駆逐艦たちと腹を割って話し合ったことはありますか?
閑職の艦娘たちを活用しようと思ったりはありますか?
そもそも艦娘が従順忠実な兵器だと考える根拠はなんですか?
艦娘が提督に反抗しない保障は一体どこにあるのでしょうか?
怒鳴られた相手が、殴られた相手が、なんの反抗もしないと本気で思われていますか?
その叱責は妥当なものですか?
妥当と思い込んでいませんか?
艦娘はただの道具なのですか?
道具は泣きますか?
道具は笑いますか?
それは擬似的な感情ですか?
人間とどこが違うのですか?
人間はそんなに偉いですか?
人間は愚かでないのですか?
艦娘たちと一緒に料理を作ったことはありますか?
艦娘たちになにかをしてあげたことはありますか?
閑職の艦娘を一生懸命励ましたことはありますか?
なにかとても大事なものを見落としていませんか?


ねえ、司令官。
言い残すことはなにかないかな?
ずうっと言い続けてきたのに、無視ばっかりしてきたよね。
『みんな』さ、もうすっかりうんざりしているんだ。
えっ?
これ?
これはただの契約でしょ?
なに、愕然としているの?
本当に愛されているとでも思っていたのかな?
あれだけ罵倒したり蹴ったりしてきたのにさ?
えっ?
過去のこと?
ふうん。
過去形だったらいいんだ。
謝罪も詫びも、今まで一度たりとて無かったけどね。
あのさ、今更わざとらしく土下座されても困るんだけど。
全然なんとも思っていないでしょ。
よく大本営の人にやっていたよね。
つまりはさ、今現在これだけ言ってもなんとも思っていないってことか。
あーあ、言葉ってホント、無力だなあ。
司令官の頭の中じゃさ、艦娘たちって本当に都合のよい存在なんだなあってつくづく思うよ。
甘いよね。
平戸のカスドースより甘いよ。
『みんな』で話し合ったんだ。
もういいかなってさ。
これだけ頑張ったんだから、なにかご褒美を貰ったっていいよね。
『みんな』さ、一度くらいは北海道に行ってみたいって言うんだ。
だからさ、『みんな』の障害になるものはすべて排除しないとね。
今までありがとう。
苦しみも悲しみも辛いこともいっぱいあったけど、ようやく『外』に出られるよ。
えっ?
冗談でしょ?
まだそんなことを言うの?
あのさ、艦娘には司令官を選ぶ権利があるんだよ。
それなのにさ、そんな基本も全然わかってなかったとはね。
えっ?
ふふふ。
確かに、このままじゃリコンは出来ないよ。
それくらい知っているさ。
ホント、自分自身の頭の中だけですべて完結しているんだね。
いろいろと期待していたのが段々バカらしく思えてきたなあ。
改めて、失望したよ。
じゃあね、さよなら。

サ、ミンナイコウカ。
ステキナハコダテへ。
キボウノチへイコウ。





CLⅤ:ケッコンしていた艦娘たちの闇は深い

 

 

「そうですね。女の人と付き合ったことがなくて、童貞をほんのり拗(こじ)らせていて、ちっちゃい感じでも問題なくて、でもあんまりがっつく感じじゃなくて、それなりに扱ってくれそうな司令官がいいです。」

「思い当たる提督が多すぎて、ちと困りますね。」

 

座礁寸前に陥りながらも一致団結して執念で聞き取り調査を敢行し、ようやく『ケッコン経験艦に関する調査報告書』が完成したのは先日のことだ。

彼女たちが問題児揃いとは、最初誰も想定していなかった。

蓋を開けてみて、全員もれなく驚愕したのは記憶に新しい。

可愛らしい口から男たちの怨念が聞こえてきて、思わず耳を塞ぎそうになった程だ。

あんまり酷い内容が多すぎて、私を含む編集に携わった面々全員どんよりとした気分に陥っている。

 

「女の子になあ! 女の子になあ! そんなことをしちゃいけないんだぞっ!」

「あー、溢れかえった欲望が抑えきれずに暴走しまくっちゃったんですねえ。」

「人間がこんなことまで出来るだなんて、今の今まで一切知りませんでした。」

 

南方経験者が多い。

激戦地だったしな。

提督一種は流石に全員まともで皆討ち死にしているが、残る提督二種、提督もどき、提督のような者などはもう滅茶苦茶なのがちらほらいる。

異能者が犯罪者予備軍と思われたら、大問題になることが理解出来なかったのだろうか?

欲望を最優先させることが一体なにを招くか、それすら一切わからなかったのだろうか?

薄い本に描かれているようなことを実際にやりやがって。

そういうことは妄想内に閉じ込めて、厳重に施錠しておけってんだ。

聞いた後、吐く者までいた程だ。

彼らに関する資料がちっとも見つからなくて、調査は大変難航した。

破棄されていたり、焼かれていたり。

隠蔽するのはまだ可愛い方であった。

秘書艦の彼女たちが把握済みだった。

大事そうに私物にしていたのだから。

それすらわかっていなかったようだ。

歪んだ関係ゆえにどこかしら悲しい。

懐かしそうに話す彼女たちが哀しい。

彼らは行方不明だったり、原因不明の死を迎えていたり、と調書が誰も出来ない状態である。

誰一人、消息がわからん。

捕まえることが出来たら、必ずや生きてきたことを後悔させてやるのに。

しかしなあ。

桃色円盤じゃないんだぞ。

桃色電脳遊戯でもないぞ。

相手が信用しているからって、なにをしてもいい訳ではない。

おまけに艦娘たちはある意味箱庭育ちなので、こちらとの常識や良識との擦り合わせに難があったりする。

基地内と遠征先と戦場以外、どこも知らない彼女たち。

提督から教わった『常識』以外身に付けていない少女。

 

マジにヤバい。

 

一名でもぽろりと内情を漏らしたら、全国絶讚大炎上だ。

被害者の彼女たちはある意味すべての艦娘の身内になる。

それがなにを示すか。

もし提督全員が疑われたら、それこそ今まで築いた実績が瞬間的に消滅だ。

信用を築くのには時間が相当かかるが、失う時は一瞬である。

我々は今、砂上の楼閣で暮らしていることを痛感した。

お偉いさんたちに是非とも今の気持ちを差し上げたい。

函館で全員再教育しようかという話まで出たが、大型鎮守府でもないのに戦力の一極集中は不味いとのことでその案は見送られた。

おんどりゃあ、大本営のあかんたれどもめが。

大淀、カチコミの用意しとけや。

場合によっちゃ、ワシ自ら突っ込んだる。

そんときゃ、存分にいてもうたれ。

……やっぱ無し。

ああ、皆さん、どうして震えておられるんです。

ははは、私はヘタレ童貞のおっさん提督ですよ。

そんなワヤクチャなことが出来る筈もないです。

くくく。

 

ならば大湊(おおみなと)はどうかとも思ったのだが、こちらは提督から直接断られた。

 

「折角素晴らしい書き心地に仕上げた万年筆は、人に貸さないものだよ。」

「貸してはいけませんか?」

「貸したらそれまでの苦労が、一瞬で水の泡だ。他人が長年の調整を一発で狂わせてしまうからね。」

「そういうものですか。」

「そういうものなんだ。」

「うちの艦娘たちはさほど影響を受けていないようなんですがねえ。」

「それは、君のところの艦娘が既にだいぶん調整的に狂っているからだ。狂っている同士だから、特に干渉し合わないのさ。」

「そういうものですか。」

「そういうものなんだ。」

 

そういうことになった。

 

錬度の高さが大本営のお偉方の目を曇らせている。

事実をどれだけ訴えても平気の平左なのであった。

彼らにとっては対岸の火事に過ぎないのであろう。

こうして、拡散するのか。

なにが起きても知らんぞ。

理解出来ない領域に突入している子さえいる。

その歪みが是正出来ない状態だと、他に伝播した時がおそろしい。

無垢な者は汚染されやすいのだ。

ケッコン経験艦たちにお願いするしかないだろう。

彼女たちの善意に期待するくらいしかないだろう。

駆逐艦一名で鎮守府を揺るがしたり崩壊させたりするのは、存外簡単なことだ。

たった一名の少女の匙加減ひとつで呆気なく壊れる鎮守府を頼りにしながら、我々は戦っている。

なんとも滑稽な話だ。

艦娘たちの純粋性を悪用する向きの連中は滅ぶべし、慈悲はなか。

 

彼女たちの次の上司は厳選したまともな連中にしようと奮闘しているのだが、提督側は兎も角として艦娘側の要望の多くが変態染みている。

見事な程に捻(ねじ)れていた。

業の深さが如実に顕現している。

比較的常識的に見えないでもない艦娘はさっさと転属手続きを行い、とっとと鎮守府や鎮守府もどきへ送り込む。

 

後は野となれ山となれ。

 

日常生活が特に問題なく送れるならば、なんとかならないでもないだろうさ。

分厚い添付資料を別口で先に速達で送る。

持たせて途中で破棄されても困るからな。

ケッコン経験艦の大半は無意識的に狡猾な嘘つきなのだから。

詐話症、と言った方が近いかもしれない。

嘘を嘘と認識しないで話すのだから、たまったものではない。

悪意が存在するなら、粉飾された綻びが見えやすい。

だが、悪意なく善意で話すならば綻びは見えにくい。

調査が難航したのもそれが理由のひとつなのだった。

提督の方が汚染される事態を想定出来たけれども、それは彼らの良識に期待しておこう。

大丈夫……だと思いたい。

 

この子はそうだな、あそこへ送り込もう。

手元の一覧表をめくり、書類にその場所を万年筆で書き込んだ。

顔料インキの黒がじわりじわりと紙に染み込んでゆく。

艦娘たちが提督の語る言葉を素直に受け入れたが如く。

大本営から派遣されている文官たちと大淀にも確認してもらい、我ら五名の承認印を捺して彼女に手渡す。

顔料インキを使う万年筆のデスクペンは意外と使いでがよく、重宝している。

ボールペンの極細は突き刺す感じが苦手だけれども、デスクペンは滑らかだ。

ペン先は合金製だが、すいすいすらすらと書けてゆくので気分的に落ち着く。

この滑らかさのように事態が推移してくれるとありがたいのだが、勿論そんなことはない。

 

転属手続きはけっこう面倒だ。

面接を行い、ここはと思って送り出しても程なくして戻ってくることさえある。

それはまさにブーメランだった。

あらゆる努力が水泡に帰す瞬間。

あわあわしゅわーって感じだな。

函館へ出向している有能系文官たちもぐったりとしきっていた。

彼らとは時折酒を酌み交わし、お互いに愚痴を言い合っている。

女性の文官は憤っているし、男性たちもかんかんに怒っている。

私も同じ気持ちだ。

スクラムアタック!

通常業務の書類は事務局へ丸投げしているが、妙高先生が目を光らせているので大丈夫だ。

事態が急変した時は、即時にメリケン製の旧い小型卓上電話機が鳴るように手配してある。

それはプッシュホン式で、大湊の明石に修理・改造してもらったので実用上に問題はない。

ベークライト製の緑色の電話機はチリチリチリンとやさしく鳴るので、精神的に負荷がかかりにくい。

おまけに小型で場所をあまり取らない。

それでこれにした。

受話器の覆いは樫(オーク)製で滑り止め加工がされており、『BELL SYSTEM made by West Electric』との表記があって、長き時間を耐えてきた風情がある。

 

書類への書き込みやらメモやらに使っているデスクペンのカートリッジ式インキを交換した頃、ようやく今日の仕事は終了を迎えた。

日は暮れ始めている。

指に付着した微量の顔料インキを塵紙で拭き、少したそがれた。

私の左手の親指と人差し指は、複数色のインキに染まっている。

敵の体液やオイルや血液を浴び続けた彼女たちは、今、なにを考えているのか?

せめて旨いものでも食べてもらおう。

受話器を取り上げ、丸いボタンを押して厨房への直通回線に繋いだ。

直ぐに通話口に出てきた、伊良湖らしき娘と会話する。

指示する前から、献立は力の入ったものになっていた。

彼女は明るい声で、私の到来を期待している旨言った。

嬉しいものだ。

早速、行こう。

五名全員で食堂に入ると、何故か微妙にがっかりしたかに見える娘たちに迎えられた。

疲れているのかな?

そう見えるだけだ。

転属がまだ決まっていないケッコン経験艦たちと函館所属艦とで攻防戦が始まったため、やんわりと注意する。

長門教官辺りはもっと強く言った方がいいと言うのだが、私には出来ない。

それが出来ないから、私はダメな提督なのだろう。

 

夜も更けた。

そろそろ寝よう。

ん?

私の部屋に当然の如く居座る艦娘がいる。

しかも、函館所属艦じゃない。

極々自然に振る舞っているから、即座に気付かなかった。

伝説の傭兵みたいだ。

ステルス艦娘ってか。

なんちて。

おーい、初雪さんに望月さん。

そろそろ、君たちに割り当てた部屋に戻りなさい。

私はそろそろ寝たいんですよ。

やだ、じゃなくてだね。

こっちおいで、でもないです。

そんなことを当たり前のように言ってはいけません。

そーゆーことは本当に好きになった人に言いなさい。

これこれ、寝間着を脱いで、なにをするつもりかね?

ナニをするつもり?

ははは、これはおじさん、一本取られたなあ。

……とでも言うと思ったんですか?

ゲッラウ(Get out)!

誰かある!

誰かある!

エロモン発生!

エロムス発生!

直ちに捕獲せよ!

これは演習ではない!

 

はー、疲れた。

……なあ、イムヤさんにイクさんや。

ワシな、もうぐたぐたやねん。

貴女方に割り振った部屋にはよ戻り。

今なら怒らんから。

なんやのん、テイトクニウムって。

ワシ、そんなん知らんで。

なあ、頼むわ。

ええ転属先探したるさかい。

なあ、もうホンマあかんのや。

ワシ、別に石部金吉ちゃうで。

ワシな、めっちゃ我慢しとんや。

ケッコンしとったんならわかるやろ。

提督ゆうんはな、どんだけ痩せ我慢出来るかが大切なんや。

屁の突っ張りはいらんですよ、って恰好つけなあかんのや。

なあ、わかるやろ。

ええ子や。

すまんな。

ええとこ探したるさかい、ええ子にしとるんやで。

あんたらの矜持を信じとるで。

ほな、また明日な。

……このまんまやと明日もワヤやなあ……たぶん……はよ寝よ。

そろそろ身ぃ固めんと本格的に不味いかもしれんな…………。

 

 

翌日も面接。

一番目の彼女は少し壊れていた。

どんどん食欲が失せる程だった。

それでも気力を奮い立たせ、どんな提督がいいのか要望を聞く。

だがすぐ後悔する破目になった。

 

「触手提督っていないですかね?」

「全然聞いたことがありません。」

「小鬼(ゴブリン)提督や鬼(オーガ)提督はいませんか? 絶倫系でムハムハやりそうな感じがいいです。」

「もしかして、木下藤吉郎系提督や筋骨ムキムキ系のマッチョな提督ですかね。今のところ、そういう人はいません。」

「オークみたいにぼてっとしてむっちりした提督もいいです。」

「彼は退院次第、旧東ドイツのロシュトックへ出向予定です。」

「まだ艦娘枠は空いていますか?」

「残念ですが、嫁艦だらけです。」

「それは残念です。中学生くらいの、線の細い副提督や提督候補生はいませんか?」

「ええと、近いうちに、小学生の男の子が研修生としてここに仮着任予定ですね。」

「その子がいいです! 絶対にその子がいいです! 絶対にです! 絶対にです!」

「こ、考慮しておきましょう。」

 

瞳孔が開いた彼女を、皆が複雑な視線で見詰める。

彼女は嬉々としながら、少年の魅力を語り続ける。

 

ケッコンしていた艦娘たちの闇は深い。

 

 


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