偽りの平和
張りぼての平和
まがい物の平和
一見平和に見える現状
屍山血河を築いた艦娘たちのもたらしたもの
血まみれの台座の上に胡座をかいて人々は好きなことを言う
平和とはなんだ
平和の重みがわからないのか
自ら手を汚さない人々は悲しみを知らない
提督たちは彼女たちの防波堤に成り得るか
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
箱館五稜郭祭の警備の話だが、何故か全員城内の奉行所でコスプレすることになった。
アイヤーッ!
私以外の者は全員ノリノリだ。
なしてさ?
小樽釧路稚内の三鎮守府からも増援が来る予定だ。
穏やかな風の午後、我が鎮守府に一名だけ在籍する憲兵の國江さんと茶飲み話に興じる。
彼は元々道警の人で、人脈も広い。
今回の警備の話も國江さん経由だ。
彼は転職組のなんちゃって憲兵だが、若い頃は機動隊で鳴らしただけあって嘱託の今も迫力がある。
林崎流抜刀術を一度見せてもらったが、艦娘たちから大好評だった。
彼は馬庭念流の遣い手とのことで、素人目にも唸らされる太刀筋だ。
今は週一で習う艦娘がちらほらいる。
取材に来た大湊(おおみなと)の青葉がいたく感心していた。
大湊の艦娘もたまに来ていて、國江さんから剣を習っている。
抜刀術の動画はネットに上げられ、再生数がかなり多かった。
その結果、たまに近隣の鎮守府から刀術を遣う艦娘が訪れるようになり、世話好きな彼が指導している。
熱血親爺な面はうちの艦娘たちにも相通ずる面があり、戦艦棲姫とも意外にすぐ話をするようになった。
ちょっと怒りっぽいのが難点ではあるが、駆逐艦の子たちも基本的に血の気が多いので特に問題はない。
五年契約の予定だが、個人的にはもっといて欲しい。
会社の上司や経営者を殺害する事件が、一時期よりもだいぶん減った。
深海棲艦が現れて次いで艦娘が現れる間までは血生臭い事件が連続して発生したし、デモも多発したし、有名人や金持ちがずいぶん襲われた。
東京の治安が特に悪くなって、二十三区から疎開する人もかなりいた。
暴力団の事務所を一般人が襲撃した話にはとてもびっくりした。
元艦娘が関与している疑いのある事件もあるが、全て闇の中だ。
量産型艦娘の計画が七期以降も画策されていたことを偶然知る。
希望者は案外多かったみたいだ。
実際は六期で中断されているが、それは責任者たちの失踪や変死が相次いだためだ。
意図的にエロ親父の毒牙にかけ愛人化し、ハニートラップする予定もあったらしい。
おっさん同士の絡みとはおそろしい。
本当は今も継続させたかったそうだ。
艦娘の運用・維持には膨大な金がかかるのだから、使い捨ての量産型は都合がよい存在だった。
まさか退役後の元艦娘たちにも経費が発生するとは、思ってもいなかっただろうな。
結局、艦娘をアイドル化し金の成る木に仕立てて宣伝活動する方に舵を切った訳だ。
そちらの収益はかなりあるらしい。
那珂(なか)ちゃんも獅子奮迅の大活躍で、影武者が複数いるそうだ。
先行量産機の噂を聞いたことがあるが、都市伝説的なもんじゃと先輩は言っていた。
最近、余所の鎮守府の艦娘たちから恋愛相談をよく受ける。
何故だ?
無理無茶無謀だ。
女の子と付き合ったことすらないアラフォーのおっさんに、なにを求めるちゅうのだ。
真剣な問いかけに無難な答えしか返せない。
駆逐艦の子の悩みにどう答えればいいのか?
何故艦娘は女の子の姿をしているのか?
何故艦娘は恋する心を持っているのか?
一体どこのどいつが仕組んだかは知らないが、ずいぶんと残酷な輩に違いない。
そいつに会う機会があったら、一発ぶん殴ってやる。
聞きたくもない、知りたくもない、余所の鎮守府の裏事情をどんどん知ってしまう。
浮気や不倫や寝取り寝取られ嫉妬殺意など負の側面を嫌が応でも知らされてしまう。
なんだ、これは。
私は艦娘不信になってしまいそうだ。
特に想像妊娠組には参ってしまった。
「ほら、お腹の子が動くんです。」
慈母のように微笑む彼女たち。
なんて世界は残酷なのだろう。
あまりの世界の遠さに絶望する。
無垢な笑顔の艦娘に、私はなんと答えたらいいのだろう。
この手にはなんと力のないことか。
ぺったんこのお腹のまま、何時から入院すればいいだろうとか育児休暇とか揺りかごとか健診の話を嬉々として話す笑顔の娘たち。
ある意味、鬼気迫る状況だ。
言葉を慎重に選ばないといけない。
地雷源を全力で駆け抜けねばならないみたいだ。
彼女たちに人形を与えてままごとでもさせろというのか?
大淀や鳳翔が献身的に補佐してくれるので、なんとかならないでもない。
彼女たちの同姿艦が来た時は内心唸ってしまった。
向こうの提督や明石や夕張がもて余し、仕方なくこちらに回したのだろうと考える。
それを後々人脈として活かそうと計算している自分自身がいて、なんだか情けない。
折角訪れてくれた艦娘たちに無難な言葉を与え、トラピストクッキーを持たせて帰らせる日々。
その場しのぎの安心感を与えて、なんになるのだ。
大本営になんとかして欲しいと、ある日大淀を向かわせた。
戻ってきた彼女の服に赤黒い点が幾つか見えたような気がしたのだけど、たぶん気の所為だな。
その後、艦娘に対する心理的支援が本格的に運ばれる動きとなった。
秘匿回線での電話口から同期の逼迫切迫した声が聞こえてきたのは、風の強い午後のことだった。
やらかしたな。
なにをやった?
「俺、駆逐艦の子と関係してしまいそうなんだ!」
「そんな告白はいらん。」
「『艦娘たらし』の知恵を貸してくれ!」
「そんな便利なものは、最初からない。」
「そこをなんとか!」
しかし不味いな。
絵的にも犯罪感があるし、同意があったと主張しても憲兵隊の激しい追及をかわせるとは思えない。
ましてや、その子をどうするつもりだ?
退役した後の生活はどうするつもりだ?
「お互いに好きになっちゃってさ。毎日ドキドキが止まらないんだ。」
おいおい、恋愛小説の主人公みたいなことを言っているぞ。
「どうにもならない。諦めろ。」
「そんな……げえっ! 憲兵さん! ちょ、ちょっと…………。」
「ああ、そうだ。こう言えばいいんだ。」
「な、なにをっ!?」
「娘のように大切に思っています、他意はありません、と言えばいいんだ。」
「あの子のことは娘のように大切に思っています! 他意はありません! …………おお、呪文のように効いたぞ。助かった。」
「二度はないぞ。」
「わかってるって。ケッコンカッコカリ出来るまではわからないようにするから。」
「俺らの仕事ってさ、艦娘のケツを叩くことだろう。」
「お前なら撫でそうだけどな。」
「混ぜっ返すなよ。でさ、あっちの艦娘、こっちの艦娘、あっちの駆逐艦、こっちの軽巡洋艦とちやほやちやほやしてさ。」
「そんな鎮守府ばかりじゃないぞ。」
「俺らはさ、なんちゃって提督だ。」
「まあ、そうなるな。」
「だから、艦娘のご機嫌とりをするくらいしか出来ないじゃないか。」
「書類仕事は出来るぞ。」
「それくらいだよな。書類を必死に書いて艦娘たちに嫌われないように接して、それで好意を持たれても気付かぬふりをしたりはぐらかしたりわからない風を装ったりと、やっていることはまるでジゴロさ。」
「嘉納治五郎?」
「いちいちボケんなよ。成果もろくにあげられない張りぼて鎮守府なんて、四大鎮守府からしたらまがい物だろう。」
「経済効果は上がっているじゃないか。」
「経済だけか?」
「出来ることをやるしかないだろうよ。」
「俺さ、この戦争が終わったら、小さな家に住んで裏庭でガーデニングしながらひっそり暮らすんだ。」
「変なフラグを立てるなよ。」
「ま、ぼちぼちやってみる。」
「それがいい。」
「……俺らってさ、量産型提督だよな。」
「だから、そういうことを言うなって。」
「量産型艦娘みたいに使い捨てかなあ。」
「使い捨てにされないよう、こうやって時折連絡するようにしているんじゃないか。」
「お前は本土だからまだいいんだよ。俺のとこなんてさ、ひたすら輸送作戦と護衛作戦と遠征の繰り返しだぜ。」
「私だって、日々宣伝活動と取材攻勢さ。お飾りだから。」
「明日はどうなるんだろう、って恐怖はないじゃないか。」
「明日提督を辞めさせられるかもな、とは思っているよ。」
「『艦娘たらし』がか?」
「『艦娘たらし』がさ。」
「そっちには戦艦棲姫がいるんだろ。こっちに回してくれよ。軽巡洋艦二名に駆逐艦六名じゃあっぷあっぷなんだ。建造する設備がないし、海域回収(ドロップ)艦なんて見たこともない。戦力増強出来ない状況でなんとかしろとは、大本営はまさしく鬼だ。」
「大淀を大本営に回して、『説得』してもらうよ。」
「せめて、重巡洋艦や軽空母が欲しい。」
「アルコール依存症で治療中の軽空母や学年主任みたいな厳しい口調で敬遠されている重巡洋艦や、提督不信系の罵倒系駆逐艦やいろんな意味で少し危ない駆逐艦でよかったら、すぐに話を付けられる。」
「その四名が欲しい! 今欲しい! すぐ欲しい! 是非頼む!」
「わかった。連絡しとく。来週にはそっちに着任出来ると思う。」
「助かるよ。」
「お互い様さ。そうそう、ちょっと姉思い過ぎる戦艦はどうだ?」
「うーん、うちの規模だと運用出来ないからいいや。」
「そうか。」
「そうだ。」
「『女神転生』ってゲームがあるよな。」
「なんだい、藪から棒に。」
「駆逐艦二名を合体させたら軽巡洋艦になるとかだったら、戦況はもっと楽になるかな?」
「なにを言っているんだ?」
「で、軽巡洋艦を二身合体させたら重巡洋艦、重巡洋艦を三身合体させたら戦艦ってのはどうよ。」
「どうよ、って言われてもなあ。」
「満月の時の建造事故がドイツ艦で、新月の時の建造事故がイタリア艦でさ。」
「お前のとこの負担が減るように、近い内に大淀を大本営に向かわせとくよ。」
「後、まるゆを六身合体させると……。」
『駆逐艦でも撃てる戦艦級大口径砲』との触れ込みで作られた狙撃砲を、小樽鎮守府から来てくれた天龍が伏せ撃ちで試射している。
横須賀の明石たちと夕張たちが力を合わせて作ったそうだ。
これで三作目になる。
けっこう反動は強そうで、彼女は苦戦しながら射っていた。
対戦車ライフルみたいなものというか、ガンダムのビームライフルみたいなものというか。
彼女の短いスカートからは黒いレースのパンツが丸見えだ。お洒落さんだな。
「引き金の後ろに弾倉を付けたブルパップ式にしたり銃口に大型のマズルブレーキを付けたりして、反動を緩和しようとしているのは評価出来る。ただ、でか過ぎるし、重過ぎる。俺でも持ち運びに苦労するから、駆逐艦による運用は難しいぞ。弾倉に装填出来る弾数も五発までだし、実用化は当分先だな。」
砲撃戦能力向上計画の一環として作られた武骨な武器は眼帯娘の彼女によく似合う。
しかしながら長身の天龍の身長より長く、携帯火器としてはまだまだ改良点が多い。
その辺は実銃と同じだ。
「提督、天龍ちゃんに惚れちゃいそうでしょう。」
記録係の龍田がにこやかに言った。
上司をからかうのは止めて欲しい。
「ねえ、天龍さん! これで私も戦艦になれる?」
大湊(おおみなと)からは何故か駆逐艦の清霜が来ていて、しきりに試射したがっている。
「今日の私は淡い緑色でちょっと透けた色っぽいパンツを穿いているの。見る?」
「なにを言っているんですか、龍田さん。説明しないでください。見せなくていいです。」
「照れなくていいのよ。」
「照れてなどいません。」
「今日はお前の揚げた竜田揚げが食べたいな、龍田。」
「大丈夫よ、天龍ちゃん。今日のお昼の担当は私だから、任せておいて。」
「仲ええですのう。」
清霜が伏せ撃ちを敢行し、一発で銃ごとひっくり返って白いパンツ丸出しになった。
それでも戦艦になることを諦めない清霜は通りがかりの霞を巻き込んで、二名がかりで二発目をぶっ放した。
今度は二名ともひっくり返り、白いパンツが二つ見える破目に陥った。
霞のパンツは青い線が入っていて、お洒落感がある。
怒りながら立ち去る霞と入れ替わるようにして来た足柄が補佐して、ようやくまともに撃てるようになった。
見えそうで見えないのがまたいい。
なんてな。
重巡洋艦の彼女だと独りでも問題なく発射出来る。
「軽巡洋艦でも馬力のある奴は単独で撃てるし、重巡洋艦だと問題なく撃てるってことだ。駆逐艦だと三名がかりかな?」
天龍が私の後ろから胸を押しつけながら、冷静に判断してゆく。
「天龍さん、何故私の背中に胸を押し当てているのですか?」
「龍田からこうすると提督が喜ぶと聞いたんでな。どうだ?」
「止めてください。肉体の一部が既に変形していますから。」
「別に俺は龍田と一緒でかまわんぜ。」
「冷静になにを言っているんですか?」
「最近ご無沙汰でムラムラするんだ。」
「冗談でしょう?」
「冗談だ。」
「びっくりさせないでください。」
「冗談じゃないと言ったらどうする?」
「困りますよ。」
「それだけか?」
「それだけじゃないです。」
「気が向いたらいつでも言ってくれ。男の生理はわかっているつもりだ。」
お昼からはうちの艦娘たちがやたらに体を押しつけてきて、大変困った。
清霜が懲りずに狙撃砲を発射してまたもパンツ全開になり、吹雪がパンツですパンツですと何故か興奮していた。
大本営やハローワークなどを通じて、退役した元艦娘たちがしばしば面接に来る。
元の艦種も様々で、戦艦の子が来た時は心底驚いた。
なにも函館に来なくても、と思ったが本人の強い希望もあって採用した。
艤装は解体時の処置のために装備することが出来ないけれども、経験を教えることは出来る。
彼女にはそういう教官的役割を果たしてもらおう。