はこちん!   作:輪音

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暗い暗い海。
どこまでもどこまでも暗い海。
複数の人影。
人ならざるモノたちの人影群。
いずれも傷付き、ボロボロだ。

「エンタープライズ、フラッグシップとしての最後の命令よ。旗艦指揮権限を命令後の時点で貴女に委譲。貴女は残存艦隊を率いて、オレゴンにあるポートランドベースのミネソタ・ファッツの元へ落ち延びなさい。全員、彼の保護下に入るといいわ。本来のアドミラルたちの命令は以降、完全無視を許可します。彼はとってもいい人よ。短い間だったけど、幸せだったわと伝えてね。」
「ニューヨーク! 貴女も一緒に!」
「誰かがここで抑えなくちゃ、ね。」
「いやよ! 貴女も撤退すべきよ!」
「艦載機をすべて失った貴女はもう戦力外だわ。他のみんなもボロボロ。まともに長距離砲撃出来るのは私だけ。悪いけど、ここからは私だけの戦場よ。レベルの低いフリートガールばかり物量作戦で送り込んだって、奴らに勝てないのは分かっていた筈なのに。あの豚共め! 映画で観たけど、ジャパニーズだとこういう時にこう言うのよね。『一矢報いるべく、きゃつらに馳走してやりましょうぞ。』ってね。」
「でも! でも!」
「ステーツのアドミラルは、私たちをモンスター扱いする人が少なくない。クリーチャーって言っている奴までいるのよ。知っている? 兵士扱いしてくれる人なんて、ほんの一握りに過ぎないわ。」
「私たちは偉大なるアメリカ合衆国のため、世界の平和のため……。」
「それって、教えられたこと? それとも、自分自身で考えたこと? ピュリッツァーみたいなアンポンタンに踊らされないことね。あんな男の名前を冠した賞まであるんだから、大したものだこと。」
「ヨーク……貴女……。」
「ヤギ・アンテナに反応ありだわ。お別れね。グッバイ、ビッグE。」
「違うわ、ヨーク。こう言うのよ。ソーロング。」
「そうね、ソーロング。奴らを倒してすぐに追いかけるわ。だから大丈夫よ。」
「ええ、貴女の高火力なら、あいつらもみんなぶっ倒せるわ。」
「チャオ。」
「チャオ。」


「さーて、バトルシップの力を見せてあげるわ、お前たちに。……あーあ、ちょっとでもいいから、デートくらいはしたかったなあ。それでは華々しく、ファイアー! マーベル・ヒーローにも負けないこの力、とくと味わうがいい! 神様! ご加護を! 去りゆく皆にご加護を! ファッツ、後は頼んだわよ! 次弾装填完了! ファイアー! 沈め沈め沈め!」

火の花が咲く火の花が咲く。
暗い海に火の花咲き乱れる。
パッと咲いて、すぐ散った。




CLⅩⅡ:曹提督、孫提督、劉提督

 

 

 

大陸沿岸部三拠点を根城とする美人美少女提督たちが艦娘もどきや幕僚たちと共に函館鎮守府を訪れたのは、風の強い昼前のことだった。

人海戦術が得意と思わせる程の人数に厨房も大わらわで、三桁は来すぎだ。

よその艦娘も込みで大混雑である。

ええ加減にせえよ、ほんまにもう。

最近不登校気味の中学生や高校生の子たちを社会見学として受け入れ始めたが、彼女たちは目を真ん丸くしている。

そりゃ、そうだよな。

まあ、兎に角、ご飯をお食べ。

情操教育的には不安が残るけれども、ぎこちないけど笑顔が出始めているから、所期目標は達成したかな。

ここで見たことは余所で喋っちゃダメだよ、守秘義務が君たちにも発生しているからね、と言ったら真剣な顔で頷いていた。

可愛い。

何故か後で何名かの艦娘から怒られた。

理不尽ナリヨ。

 

料理の得意な艦娘は全員厨房へ召喚だ。

宴会宴会大宴会。

一隅で何故か『覇王別姫』を演じている娘たちさえいて、大本営の青葉が熱心に撮影している。

ここは京劇かよ!

……京劇出身者か?

ええい、集中だ集中!

飯を作れ、飯を作れ!

ザーサイを斬れ!

ピータンを斬れ!

絶品中華が食堂を席巻し、私も下拵えの手伝いをする。刻む刻む刻む刻む。

ひひひ。

ロシア駆逐艦と詐称することで、身元をなんとか誤魔化しているアリューシャなども手伝ってくれた。

ちんまいアリューシャが「ゼロ、ヨコセ。」「レップウ、ヨコセ。」などと時折言うのを適当にあしらいつつ姉役のキエフに世話を丸投げし、料理上手たちの後方支援を行う。

人多すぎ。

ワゴンだ!

ワゴンサービスだ!

暇そうな娘を捕まえて、給仕させろ!

スープを寸胴で運ばせてお代わりだ!

酒は無し!

呑ませるな!

酔わせるな!

麦酒も蒸留酒も無しだ!

トラブルの原因になる!

提督権限で呑ませるな!

ショウコウシュもパイチューも全部ダメ!

文句があるなら、五稜郭へいらっしゃい!

ごちゃごちゃと言う奴は放り出しちまえ!

月餅(げっぺい)は、刻んだものを皿へ!

ご飯はお櫃(ひつ)に入れ杓文字(しゃもじ)を添えて、テーブルの上に置いとけ!

セルフだ、セルフ。

勝手に喰わせとけ。

注文は受けるなよ。

ややこしくなるし。

不知火さん、ピーマンはもっと細斬りに。

そうそう。

夕雲さんと如月さんは私にくっつかず、料理へ集中!

第六駆逐隊の面々は小麦粉をしっかり練ってくれ。

点心の元になるからな。

第七駆逐隊の面々は、曙さんの指示に従ってくれ。

大和級四名は李さん鹿ノ谷さん鳳翔さん間宮さんの助手をよろしく。

足柄さん、鶏の唐揚げをじゃんじゃん揚げてくれ。

龍田さんも、そっちの方で頑張ってくださいよね。

霞さん、揚げ物系よろしく。

料理は下拵えが肝心要だぞ。

本場の連中の度胆を抜いてやれ。

食は函館にあり、だ。かかれい!

 

料理上手な李さんが、あちらの方々から口説かれ大変困った顔をしている。

そりゃ、これだけの腕前を持つ料理人なんてなかなかいないだろうからな。

目でメーデーを発信していたので、あちらの面子を潰さない程度にはぐらかす。

彼女たちからすると、李さんはとても素晴らしい包才らしい。

熱烈歓迎ならぬ熱烈勧誘だわいな。

李さんにもモテ期が来たのだろう。

不謹慎だが、向こうのドラマを見ているような気分で見入ってしまう。

漢詩が飛び交う。

教養が飛び交う。

七言絶句。

五言律詩。

李白。

杜甫。

陶淵明。

すらすらと教養の有り様が流れ始める。

美しき言葉の調べが周囲に満ち溢れた。

様式美に満ちたやり取りは参考になる。

口説かれながらも李さんの手が止まることはない。

見事なり。

肉団子焼そば炒飯烏龍茶ジャスミン茶韮饅頭肉饅頭血豆腐海老の天麩羅烏賊団子八宝菜。

作っても作っても、作る端から消費されてゆく。

そういや、肉饅頭って諸葛亮の発明品らしいな。

人柱的な犠牲者を出さぬために、代用品を作る。

流石は知恵者孔明。

青椒肉絲麻婆豆腐麻婆茄子回鍋肉麻婆春雨春巻焼売水餃子その他いろいろをば提供する。

本来皿の中身を残すのが向こうの流儀の筈だが、次々旨い旨い旨すぎると空にしていた。

うんまーい!

ハオ!

お手伝い艦娘の面々とかやくご飯や素うどんやモツ煮や提督特製浅漬け(意外と好評)などを食べていたらそれはなんだ旨いのかと目敏い連中から目を付けられ、それらも急遽提供することになった。

ブハオ!

 

とどめは桃饅頭!

これで終わりだ!

ついでに西瓜も!

 

 

大陸は今や大国ではなく、内乱に明け暮れる群雄割拠の時代。

まさに戦国時代。

そしてこの頃は、魏呉蜀の三ヵ国にまとまりつつあるらしい。

過去の英雄と現在の人間を同一視する、それは一種の誤認識。

英雄を渇望する多くの大衆の切実な要求に応えた、印象商法と言えなくもない。

それがいいか悪いかは後の歴史家や政府が決めるだろう。

正義とは大抵権力者や権威主義者がでっち上げるものだ。

 

 

大金持ちのお嬢様たちが莫大な財力と自身の美貌を背景に、亜細亜全域へその支配力を示すのが彼女たちの目下の目標らしい。

あちこちの国や泊地に粉をかけているらしいが、正統性の怪しい地方政府を其々背負っていても実行力や経済力が判然としないために交渉は難航しているみたいだ。

 

 

国の誇る海軍が呆気なく全滅し、沿岸部の都市や軍事基地は瞬く間に壊滅した。

一党支配に反旗を翻す地方自治体や民族が現れ、四分五裂した国家は再度沿岸部に拠点を持つ軍閥中心の世界になりつつある。

戦乱に明け暮れる世界にならなければいいのだが。

沿岸部防衛に当たるのが、『鐵媛(てつひめ)』と呼ばれる武装少女だ。

台湾では『艦娘』と日本での呼称そのままだが、あちらではそれだと都合がよろしくないのだろう。

反日とか言っている場合じゃないだろうと思うんだけどなあ。

どうやって開発したかはあまり知りたくないが、初期は貧困にあえぐ少女たちを無理矢理改造したとか孤児院の子を使ったとか洗脳しまくった強化人間を使ったとか、他にも陰惨な話をちらほら聞いた。

どこまで事実か定かではないが。

 

 

定遠と呼ばれる武装少女はかなり艦娘に近いように見える。

鉄底海峡開放戦で用いられた技術がどういう経路を経たのか不明だが、かの国へ流出したのは事実のようだ。

蜂蜜作戦があったのかもしれないし、大金を積まれたのかもしれないし、弱味を握られたのかもしれないし、まあわからんな。

彼女らによると国の独自技術で開発したらしい。そう、強く主張している。

そこを強調するから相手は嫌がるのだが、お構い無しに言うから拒否されたのだろう。

厚顔無恥だと思われて。

国際的には厚顔無恥が標準だが、潔癖で国際化出来ていない人々には通用しない。

どちらが『正しい』かと言われたら、厚顔無恥の方ではあるのだけど。

真顔で嘘をついて騙された方が悪いと言えなければ国際的になれない。

盗人が教会で懺悔したら、悪事も許されるという理屈の国もある程だ。

正義ってなんだろうな。

 

島風が耳打ちしてくる。

 

「あの子はあまり強くない。おそらく、海に出たら簡単に沈むだろう。」

「な、なんだってー!?」

 

ええ?

そんなに酷いのか?

人海戦術がお家芸とは言え、酷いんでないかい?

 

「もしかしたら、彼女はまだマシな方なのかもしれない。」

「それは酷い。」

「冗談を言っているんじゃないぞ。おそらく鐵媛艦隊は張りぼてだ。多数の娘たちで集中砲火を浴びせて、なんとか倒しているのが現状じゃないかな。そして戦果は我が国の大本営発表を見習ったものにする。まさに歴史は繰り返すだねえ。」

「駆逐艦がやっとかな。」

「たぶんな。シャーマンを並べてティーガーの部隊に突撃させるようなものだ。」

「島風、その喩えはちょっとわからん。」

「呂布に一般兵を人海戦術でぶつけるようなものだ。」

「成程。」

 

 

台湾とはどうなっているのだろうか?

軽く話題を振ってみると、重い雰囲気が伝わってきた。

 

「楊(ヤン)提督なんて、所詮お飾りに過ぎないわ! あの演習なんて、ズルをしたに決まっている!」

「そうよ! 偶然日本の優れた艦娘を率いて、たまたま有能な副提督が補佐しているだけに過ぎない!」

「記録に残さなかったからって、いい気になった女がちょっと小細工して勝っただけのことなのにね!」

 

おお、こわ。

女の嫉妬はおそろしい。

台湾側が記録した内容は既に知っているんだけど、三戦三勝なんだな。

丹陽時雨瑞鶴らの猛攻に、鐵媛艦隊は寸時も耐えられなかったらしい。

雪風改め丹陽の人気は絶大で、鮮やかな戦いは周囲を熱狂させたとか。

 

 

観光の話になる。

日本と正式に国交が無い状態であり、国内に間諜を入れたくない日本側としては公式に受け入れる予定が今のところ無いのだとか。

実際、佐世保や舞鶴には公式に寄港を拒絶されている。

横須賀と呉に行こうとしたらしいが、途中で阻止され行き着けなかったという。

おととい来やがれ、ってとこか。

 

富裕層から交易やら観光やらなんやらの突き上げがけっこうあるらしく、本音かどうかはわからないが三人はぼやきまくった。

 

「資本主義に汚染された豚どもがね、ブヒブヒとやたらうるさく鳴くのよ。」

「本物の豚だったら鳴き声以外使えるんだけどね、使い道があまりないわ。」

「東京は荒廃し凋落し、場所によってはある意味世紀末状態。関東圏も横須賀やネオサイタマなどの一部を除いて、人口が急減中。車が走っていないから、郊外の大型商業施設が軒並み閉店や撤退。沿線の生活地域なのに不況で商店が次々店を畳んでしまったため、地方の山間部の過疎地域並に酷いところもあるって聞いたわ。関東地方は既に魅力がかなりなくなりつつあるって感じかしら。維持費が継続出来なくて、都内美術館は所蔵品を関西圏の関連美術館へ順次疎開させているらしいわね。それに、関西方面なら古都の奈良京都にうまいもんの大阪にお洒落の神戸と揃っているわ。是非とも観光したいところよ。鍵善や錦市場が懐かしいわ。」

 

そう言われてもね。

 

演習の話になった。

止めた方がいいんじゃないかな。

あちらさんは意気軒昂の勢いだ。

向こうの最精鋭と称される鐵媛艦隊三基地分と、こちらは島風吹雪の二名。

瞬殺してはならないし、なぶり殺しもよろしくない。

開幕戦にて簡単に全滅するだろうからと苦心の二名。

極力面子を潰さないとの配慮がどこまで通じるかな?

三人の美少女美女提督たちの機嫌は悪い。

 

憮然とした表情の島風と、やさしく微笑む吹雪。

外見的には駆逐艦だが、中身はおっさんとレ級。

演習が始まった。

猛特訓をしたであろう鐵媛艦隊の動きは意外といい。

いいのだが、これでは艦娘に勝てないな。

素人目にもわかるくらいだ。

彼女たちも本当はわかっているのだろう。

わかっているよね?

 

あれは死兵だ。

決死の表情で艦娘二名に肉薄する鐵媛艦隊の面々。

砲撃が当たることはないだろう。

すれすれで打ち倒してゆく島風と吹雪。

指示通りであり、よくわかっているな。

次々に大破してゆく鐵媛たち。

目の毒だ。

喜ぶ馬鹿もいて、叱咤されている。

うちの艦娘たちが大破した鐵媛たちにタオルケットを与えて回収し、サービス場面を即時終了させる。

定遠の奮闘は涙ぐましい程だった。

仲間を鼓舞し、自ら最前列で砲撃する。

長門教官がしきりに感心していた。

だが。

鐵媛たちの装甲はあまりにもろく、戦艦の装甲さえこちらの駆逐艦で簡単に貫ける。

圧倒的な戦力差。

大本営からおっとり刀で駆けつけた観戦武官も微妙な顔をしている。

あちらはあちらで紛糾しているようだし、こちらはこちらでどう言おうと困ってしまう。

 

鐵媛三艦隊で最後に残ったのは定遠。

悪来典韋もかくやの働きで三面六臂。

阿修羅さえも彼女に微笑むであろう。

満身創痍になりながらも戦意は旺盛。

猛将に相応しい勢いの暴れぶりなり。

生き残れば、大将軍になれるかもな。

だが、今のところは力量不足である。

既に、艤装はぼろぼろになっている。

それでも彼女は戦い続けるのだろう。

居たたまれない。

終わりにしよう。

キリがないから。

指示を飛ばした。

同時に双方が砲撃する。

島風と吹雪に小破を与え、北洋水師旗艦の定遠は大破した。

 

私のそばを通る時、彼女は囁いた。

 

「昼食では大変おいしいものを食べさせていただきまして、本当にありがとうございました。こんなに素晴らしい食事は生まれて初めてです。重ねて御礼申し上げます。」

「お口に合ったようでなによりです。」

 

キレイな日本語を流暢に喋った彼女は、年相応のあどけない表情ではにかんだ。

 

 

終わったことは終わったけど。

後始末がてーへんだわいなあ。

なんだか胃が痛くなってきた。

私は単身、虎口へと向かった。

定遠の孤軍奮闘を見習わねば。

郭嘉並の弁舌を振るわねば。

鬼谷先生のように鮮やかに。

点心は滅茶苦茶用意してある。

いざとなればそちらへ誘導だ。

宴会でうやむやにしてしまえ。

嗚呼、周瑜並の智謀が欲しい。

 

美周郎に程遠い私は、とぼとぼと彼女たちの元へ歩いていった。

 

 

 


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