今回は五一〇〇文字少々と少し長めです。
海沿いの街に産まれた彼はお馬鹿だった。
お馬鹿だったから拳で語るしかなかった。
拳で語るしかなかったから、戦い続けた。
小学生中学生高校生、とお馬鹿を続けた。
アルバイト先は貝殻を粉末にする工場だ。
工場内はかなり暑く、男女共上半身は裸。
少年はおっぱいを見ることが目的だった。
おっぱい。それは深遠にして深淵な双丘。
良くも悪くも、彼は欲望に忠実であった。
大きくてもちっちゃくてもどちらも好き。
おっぱいに貴賤なしが少年の真摯な主張。
その割には女性に声をかけられなかった。
シャイなナイスガイにも弱点はあるのだ。
たまにおばちゃんにからかわれ赤くなる。
わざと揺すったりいろいろしてくるのだ。
おろおろする少年を見て女性は興奮する。
ギブアンドテイクが成立する状況なのだ。
おばちゃんたちのおっぱいも趣深いのだ。
少年のストライクゾーンはとっても広い。
喧嘩とおっぱいが彼の青春を占めていた。
チャリンコ隊なるものを結成し爆走する。
悪を蹴散らす超ワルのあらくれ走り屋群。
チリンチリンと鈴を鳴らし街を疾走する。
ゴミ拾いをきちんとやってエロい本入手。
理不尽な悪に立ち向かうお馬鹿さんたち。
活気無き街で彼らは意外に高評価を得る。
気概のある若者たちじゃないかと思われ。
誘拐されかけた子供を救って褒められた。
人から褒められたことなき彼らは戸惑う。
突然地域活性化の旗頭になってしまった。
ちょっとワルだけど本当の悪人じゃない。
ヤンキー系漫画で描かれる理想体現者群。
童貞たちはそんなことより彼女が欲しい。
夜の海に吠えながら彼らは泣くのだった。
子分は出来たが彼女は全然出来なかった。
積極的に声をかけたら或いは出来たかも。
明かりさえない夜の道を自転車群で爆走。
チャリンコ隊は小学生に大人気であった。
「あーあ、彼女は欲しいけど声はかけられないしなあ。」
喧嘩上等で現地のワルたちに一目置かれる少年は、部屋に入るとシャイなハニカミ屋に過ぎない。
家族を失った彼は一人暮らし。
そんな人は、今時普通である。
今は悲しき戦時中なのだから。
厳戒体制で無いだけマシだが。
国の援助を受けて生きている。
物価高がなかなか解消しない。
だがやがてはよくなるだろう。
そう信じて皆懸命に生活する。
部屋で悶々と煩悶しつつ悶絶していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
工場で働いている亜紀さんや麻美さんや明美さんのおっぱいを思い出していた彼は、ズボンを穿き直して誰だよまったくと考えながら戸を開けた。
鍵など掛けていない。
実に平和な雰囲気だ。
田舎はこんなものだ。
黒いセールスマンがそこにいた。
貼り付けたような偽物臭い笑顔。
「ホーッホッホ。あなた、女の子にモテたいと思っていますね。私がその望みを叶えて差し上げましょう。」
ニヤリと笑う。
何人も不幸のどん底に落としてきた男が、少年に牙を向けたのだ。
「あ、けっこうです。」
ピシャン。
ガチャガチャ。
鍵までかけられた。
おかしい。
掴みは間違ってなどいなかった筈なのに。
まあ、いい。機会はもう一度あるだろう。
ゆらりと揺らめく姿のなにかが微笑んだ。
セールスマンが消えた後、玄関の陰から小さな小さな女の子が現れた。
トランシーバーのようなモノにボソボソ話しかけると、不意に消える。
まるで、最初からいなかったかのように。
少年は沢山のおっぱいを思いながら、ぼんやり過ごした。
何故かティッシュペーパーの減り具合がやたらに激しい。
不思議なことである。
翌日。
新任の教師として、香取先生が着任した。
エロスに飢えた学生たちが色めきたった。
可愛い声の眼鏡美人で指示棒らしきものを持っていて、なんだか色っぽい。
しかも、おっぱいも大きい。
少年のいる学校は確かに共学ではあるが、驚愕するような美少女もいない。
まあ、そうなるな。
美少年などいない。
そんなのは漫画だけだ。
ここは美少女いっぱいな学園ではない。
美少女も美少年も画面の向こうだけだ。
そう、思っていた。
少年も例外ではなくときめきまくった。
思春期の少年は単細胞なのだ。
香取先生の背後からひょいと人形だかぬいぐるみみたいなモノが現れ、ぶんぶんと少年に手を振る。
お、おう、とチャリンコ隊隊長も小さく手を振り返した。
ピカッ、と香取先生の眼鏡が光る。
この時、歴史が動いた。
放課後、少年は香取先生から話しかけられた。
心臓バクバクフルスピードな状態異常。
エリクサー以外の薬はきかないだろう。
香取先生の距離は妙に少年に近かった。
無防備な感じがして少年を戸惑わせる。
香取先生は少年に手伝いをお願いする。
無論、彼が断ることなどある訳も無い。
少年はチキンだが、高品質のチキンだ。
無防備に接触する彼女にどぎまぎした。
いいとこのお嬢さんなのかも知れない。
「やさしいのね。」
微笑まれ、心臓がバックンバックンする。
無駄に大きな息子がサンライジングした。
それはまさに怒張。
もう、どうちよう。
「正直ね。」
くすくす笑われたが、馬鹿にされている訳でもないようだ。
確かに彼はお馬鹿だが、そういうところに敏感ルージュだ。
だが、百戦錬磨の女性ならば彼からむしり取るのは簡単だ。
騙しやすくて堪らない。
詐欺師は己さえも騙す。
故に被害者は騙される。
古今東西の真実である。
少年はそれを知らない。
少年は卒業後工場で働く予定だったが、次の日校長に呼び出され、提督候補生になるよう言われるのだった。
半年の研修を経て、民家改二の鎮守府で艦娘を率いる提督になる。
人手不足は若者をも戦場へと巻き込む。
だが少年は悪くないとさえ考えるのだ。
国のためじゃなくて香取先生のためだ。
それならば、充分に戦えるじゃないか。
香取先生が艦娘であることも同時に知ったが、案外すっと受け入れている自分自身に彼は戸惑いを隠せない。
千葉の山奥で研修を受けるのだ。
先生が毎日指導してくれるのだ。
マンツーマン体勢らしい。
今回は特殊な体勢らしい。
憧れの香取先生が彼の隣にいる。
香取先生がずっと付いてくれる。
もうこわいものはなんにもない。
彼は艦娘の本質をまだ知らない。
それは刹那的な幸せをもたらす。
たった一つの命を彼女に捧げる。
それだけしか出来ないのだから。
いとおしき先生のために戦おう。
それだけでいいのさ。
「頑張りましょうね。」
「は、はい。」
日本人大好き頑張ろう発言。
その呪いは現在も強力無比。
一見無毒な猛毒が人を蝕む。
少年は、なにも気づかない。
舎弟たちをどうしようとか、アルバイト先の工場でおっぱいをガン見出来なくなって悲しいとか、そんなことばかり頭に浮かんでくる。
アルバイト先の後釜争奪戦が血みどろなのを、彼はまだ知らない。
鎖鎌、トンファー、メリケンサック、物干し竿、金属バット、木刀などの容赦なき暴力が河原で炸裂する。
勝った者がおっぱいの守護者だ。
おっぱいを見るためならなんでも出来る。
万能感さえ覚えながら闘争に明け暮れる。
まごうことなきおバカたちなのであった。
香取先生は少年をにこにこと見つめる。
役立たずと罵られて放逐されたが、この好機の巡り合わせは大変嬉しい。
幸い、少年は自分に好意があるらしい。
ふふふ。絶対あなたを逃がしませんよ。
香取先生は滅茶苦茶有能だった。
少年を即席提督に仕立てるべく、礼儀作法や常識良識知識などをバンバン詰め込んでゆく。
それはまさにスパルタ式だった。
社会に出てわかりませんでは済まない。
愛の鞭を泣く泣く振るう香取であった。
教鞭が唸りを上げながら少年を叩いた。
痛い。
痛いけど、これは愛に満ちた鞭なのだ。
だから、少年は香取先生の愛を受ける。
柔術剣術相撲にもすぐれた彼女によって、少年は道場に於いて寝技を喰らいまくった。
密着する肌と肌。
急接近する二名。
双方、顔が赤い。
仕組まれた接触。
全国各地の学校や職場などで似た現象が同時多発化している。
男子校やコンヴィニエンスストアなども、例外ではなかった。
艦娘を押し倒せる人間などいはしない。
艦娘が意図的にされた場合は別だけど。
文武両道の香取は生徒たちを魅了する。
崇拝者的な生徒さえも生み出している。
少年と急速に仲が深まってゆく日常だ。
先生が少年の部屋へちょこちょこやって来るようになるのに、そんなに時間はいらなかった。
提督の確実な獲得が急務であることを知っている艦娘たちは、現在全国へと散らばっている。
大抵は鎮守府で不要だと断じられた娘たちであった。
転属を簡単に決意出来る艦娘ばかりいる訳ではない。
提督へ忠誠心を捧げながらも裏切られた娘さえいる。
他の娘と比較され捨てられた艦娘も実際に存在する。
故に、彼女たちは強固な絆を提督候補生と結ぶべく、手練手管を研究した。
童貞殺しは確実に。
絶対コロ助ナリヨ。
正妻の地位を獲得しなくてはならない。
二度と手放したくない存在にならねば。
函館鎮守府内食堂での修行もその一環。
胃袋を掴むことが男を引き留める術策。
少数の艦娘しかいない基地は密室同然。
殆どが一名の艦娘しかいない防衛基地。
多くて数名の艦娘しかいない箱庭世界。
嬉し恥ずかしの経験を重ねモノにする。
夫と見込んだ男を懇切丁寧に研磨する。
それが彼女たちの願い。
それが彼女たちの希望。
提督なくして存在出来ないモノの切望。
刹那の永遠を引き延ばすための作業だ。
他の艦娘たちに取られてたまるものか。
側室くらいなら受け入れていいかもね。
美女美少女に狙われ逃げ得るは能わず。
妹枠で狙う駆逐隊の存在も確認される。
艦娘たちは密やかに男の心に忍び込む。
子供だなんて思っていたら大間違いだ。
瞳の輝きと双丘はなんでも出来る証拠。
可愛い唇開いたなら狙い撃ち開始時刻。
覚悟完了迎撃の用意ありな一騎当千娘。
相性のいい艦娘を送り込むのは当然だ。
好みは既に把握され包囲網は完成済み。
自分自身で選択したと思わせるために。
あらゆる手段が油断なく投入される。
一度狙われたら逃げる手段など無い。
世界的企業の常套手段が印象操作的宣伝。
それを応用して包囲網を順次狭めてゆく。
余程の曲者以外はこれで落とせる必殺策。
私服姿の先生とデートするのが当たり前になる。
先生の作った弁当を食べるのが日常化してゆく。
先生の料理を一緒に食べるのが日常化してゆく。
いつの間にか将来を誓いあうようになってゆく。
やがて迎えた卒業式の翌日。
少年の引っ越しを香取先生が手伝ってくれることになった。
日中は気のいい舎弟たちも手伝ってくれて大助かりだった。
香取先生が目当てなのは明白であったが。
専門の業者が手早く荷物を運んでいった。
荷物は鎮守府、少年は研修施設へ直行だ。
がらんとした部屋で彼らは弁当を食べる。
香取先生お手製の弁当に少年は感激する。
先生の距離がやたらと近くドキドキした。
頭の中で妄想した世界を数段上回る展開。
「まだ、出かけなくても大丈夫ね。」
「ええ、まだ少し時間があります。」
先生が少年の手を握る。
震える手の振動伝わる。
彼女は温かく手を包む。
少年はギンギンだった。
も、もういいんだよな。
いいんだよな!
いいんだよな!
俺は!
俺は!
先生の顔がどんどん近付く。
後数センチといったところ。
先生の唇が急接近してゆく。
とろけるようなめくるめく。
そうした経験を今俺は行う!
と、その時。
ピンポーン。
無情にも、呼び鈴が鳴った。
好機は無情にも去ってゆく。
「ホーッホッホ。あなたのお悩み、この私が解決しま……。」
真っ黒な姿のセールスマンは言い終わる間もなく吹っ飛ばされた。
鬼神のごとき顔をした艦娘により、必殺の一撃を喰らい大破する。
ハッとして振り向く香取先生。
だがしかしおかし、少年はおバカだった。
「先生、カッケー!」
ちょっとばかり残念な子ね、と思いながら香取先生はこわかったわとわざとらしく抱きついた。
どこがやねんとのツッコミはない。
リビドー全開の少年は理解力が吹き飛び、先生がいてくれるならもうどうでもいいやと思った。
むにむに、と伝わってくる弾力を心地よく感じながら。
さっきは惜しかったなあ、と思いながら。
提督になることへの不安を愛する女性に話しかける少年。
そんな彼へ、やさしく微笑む練習巡洋艦。
「心配なさらないでくださいね。あなたの……いいえ、提督のための私なのですから。」
そして、魂魄が繋がった。
両名の魂の庭が解放され、深く信じあう気持ちが生まれる。
契約は成された。
「一生、よろしくお願いいたします。」
「は、はひぃ! せ、先生、こ、こちらこそよろしくお願いいたしますう!」
「あらあら、硬くなっちゃって。」
「おふぅ!」
「時間はまだまだありますよ。焦らなくても大丈夫ですし、必ずや提督の夜戦の錬度向上に貢献出来ると思います。」
「は、はひぃ!」
「心配ご無用です。提督が立派になられるよう、この香取、早朝から深夜まで徹底的に提督を鍛え上げる所存です。」
「お、お手柔らかにお願いいたします。」
「ふふふ、お任せください。」
そして彼らは、仲よく手をつなぎながら部屋を出た。