はこちん!   作:輪音

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今回の話は約六〇〇〇文字と長めになっております。
予めご留意ください。


CLⅩⅩⅢ:ならないか、と引きこもり提督は言われていた

 

 

他所の鎮守府の話だ。

そこの提督は、部下の艦娘が自分以外の男性と少しでも話したら烈火の如く怒り狂ったという。

冗談に聞こえるが、本当の話だ。

その提督は相当病んでいたのか?

なんと皆、それを遵守していた。

だが、それをよしとしない艦娘が現れる。

戦闘は不得手だが料理上手だったらしい。

彼女は快活な性質で、提督以外の男性とも普通に会話することをおそれなかった。

それが提督の逆鱗に触れたのだという。

正直、意味がわからん。

猛る程に嫉妬深い男だったのか?

一体、なにがしたかったのかね。

その娘は別に色情狂という訳でもなく、単に出入り業者や整備員などと普通に挨拶を交わしたくらいだったのだとか。

それでも、その提督は彼女を許さなかったという。

執務室では長い時間、怒号が止まなかったらしい。

服務規定違反ではないし、情報を漏洩した訳でもない。

まさか……ヤンデレ?

『お前は俺のモノ』的発言並びに散々罵倒されたことから、それらを不快に思った彼女は転属を決意し、即断即決即実行して函館へ逃亡した。

なかなかよい判断力だ。

その艦娘、思いきりがいい。

俺とは正反対の性質だ。

ぐずぐずして遅れがちな俺。

果断な彼女に嫌われちゃう。

なんてな。

無頼な提督イケズな提督自分勝手な提督などからの理不尽な扱いに耐えかね、それらから逃亡した艦娘を保護する権利が函館鎮守府にはある。

くだんの提督は単身、わざわざ函館へ乗り込んだ。

その上、函館の提督を怒鳴り付け、しかも殴った。

……馬鹿だろ、こいつ。

執務室は騒然となって、問題の提督はすぐさまそこにいた艦娘に抑え込まれる。

彼はなにを考えていたのだろうか?

反射的に艦娘が暴力提督を殴り倒そうとしたが、函館の提督はそれを禁止した。

大本営から憲兵隊がすっ飛んできたり、その提督の鎮守府に査察が入ったり、とそりゃあもう大騒ぎさ。

 

問題を起こした元提督は現在入院中だ。

独占欲にかられての凶行だったらしい。

自分自身を正当化する発言ばかりした。

反省などちっともしていないのだとか。

函館に逃亡した艦娘は転属し、今はどこかの鎮守府で頑張っているそうだ。

 

 

 

倉庫改造型鎮守府の二階にある執務室。

古い金属製机でせっせと書類仕事三昧。

艦娘と接触なんて高度な技術は無いから、秘書艦殿にその辺は任せておるのでありまする。

そんな日々に変化が訪れた。

執務室に隣接する私室に、厨房担当の子が訪れたのだ。

やっほい、俺の部屋に初めての女の子!

内心テンションハイマックスだが、異性慣れしていないのでまともな対応は出来ないので御座る。

……まあ、嬉しいことは嬉しいのだが、緊張感の方がずっと俺を激しく刺激する。

胃がキリキリキリキリするべ。

後で漢方胃腸薬を飲んどこう。

 

厨房担当の子が爪を切りますよと言ってくれた。

床に撥水加工された帆布が敷かれていて、その上に湯を張った洗面器が置かれている。

ありがたいんだけど、キョドる。

挙動不審な俺、通報されかねん。

いやん。

辞退したのだが、押し切られる。

湯に手の指を浸けて、爪を柔らかくした。

切りやすく割れにくくする工夫だそうだ。

夜爪を切るのは縁起が悪いと聞いたが、切ること自体は俗説だそうだ。

昔は夜間照明がさほど明るくなかったから、そんな条件で爪を切ったら手元が狂う可能性もある。そういうことだろう。

 

ニッパーみたいな爪切りでクニュックニュッという感じでどんどん切られてゆく

女の子に触られながらの作業に、心臓がバクバクする。

ヒットポイントと正気なSAN値がゴリゴリ削られる。

少佐! 少佐! 助けてください!

……少佐は俺だった。

なんちゃってだけど。

大丈夫かな、俺。

こんなに至近距離で女の子と一緒にいたことなんて、産まれて初めてだ。

母ちゃんは除く。

 

手が終わり、足に移る。

湯を換え爪先を浸けた。

やわらかくなってゆく。

彼女がかがんで爪切りを始めた。

衣類の隙間から膨らみが見える。

やべえやべえ。

マジでやべえ。

どぎまぎした。

見えぬ見えぬ。

その先などは!

脳内警報が止まらない。

なんで武羅していないんだよ!

鎮まれ、俺のエクスカリバー!

脳内で、とある爆裂魔法使いの呪文を高速詠唱して煩悩と対峙する。

おらおら、ベノン! ダムド!

七鍵守護神を三回詠唱し終えたところで、この苦行は無事終了した。

 

緊張していたら、そんなに堅くならなくても大丈夫ですよとニッコリされた。

思わずときめくが、いやいや、オークな俺がモテるなんてある訳ないのだよ。

勘違いしてはいけない。

たぶん、これは気紛れだ。

気紛れ蜜柑街道なんだ。

悲しい恋は燃えているわ。

甘酸っぱい勘違いナリ。

でも、なんか嬉しいぞい。

切った爪をちり紙にくるんでポケットに入れた彼女は、紙やすりを丁寧に爪へ当ててゆく。

これ、幾らするんだろ。

ぼんやりとそう考えた。

そういう店に行ったことが無いからわからないが、普通の人は行ったら気分が高揚するのだろうな。

シャツが汗びっしょりだ。

グショグショだぜ。

 

「じゃ、耳掻きしましょうか。」

 

流れるように彼女が言った。

ポンポンと自らの膝を叩く。

 

「む、む、無理でごわす。お、おいどん、そがいなことは出来もさん。」

「方言が滅茶苦茶ですよ。」

「す、すみません、すみません。許してたもれ。わっちはそげなハライソには耐えきれぬのじゃ。じょ、浄化されて塵になってまう。」

「何時からアンデッドになったんです?」

「シスターの前の哀れな子羊で御座る。」

「それでは天国をお見せしましょうか。」

「お、お代官様、お、お許しくだせえ。」

「仕方ないですね。では、次の機会に回しますか。」

「も、申し訳御座りませぬ。」

「そういうところも可愛いですよ。」

「ほ、ほえ?」

「じゃ、下着や服を洗っときますね。傷んだものはこちらで交換しておきますからご安心ください。」

「え、あ、あの……い、いいの?」

「ええ、お任せください。今汗でグショグショになったシャツやパンツも洗いますから、こちらにください。そちらもほつれや傷みがあったら、こちらで交換しておきますからご安心ください。」

「お、おう。あ、ありがとう。」

「お安いご用です。」

 

ええ子や。

女神様や。

この子はまっこと女神様や。

急いで狭い浴室で脱衣した。

巨人の棍棒をひのきの棒に変化させる。

上機嫌で彼女は私室から去っていった。

彼女が交換してくれた麦茶を冷蔵庫から取り出す。

ごくごく飲んだ。

からっからの喉にじんわり水分が染み渡ってゆく。

旨い。

ふう。

やべえ。

マジ、やべえ。

もう少しで危ないとこだった。

 

栄養なんて携帯糧食と即席食品程度でいいやと最近まで思っていたけど、あの子が朝食昼食夕食を持ってきてくれるようになってから、なんだか調子が良くなってきた気さえする。

食堂の時間が終わり次第持ってきてくれて一緒に食べ、彼女が厨房で片付ける。

二度手間三度手間じゃないかと思って別にそこまでしなくていい旨伝えたら、彼女は頬をぷくーと膨らませた。

 

「指揮官の体調は、部下の安全に直結します。提督が倒れたら、大変なことになるんですよ。わかっているんですか?」

「お、おう。す、すまん。」

 

……おっしゃる通りであります。

無理無理無理無理無理無理無理無理!

やっぱり、女の子と喋るなんて無理!

厨房担当の子だったらなんとかなるかとも思ったけど、拙者には無理で御座る無理で御座る!

手を触られたりすると汗ドバドバだし、胃がキリキリするし、嬉しいけんど嬉しくないぞい!

あーっ!

うきっ!

なんで俺、提督やってんだろ。

オーク系不細工だし、不器用だし、知らない人とまともに話せないし、他人がなに考えてんだかちっともわからないし。

話をちゃんと聞かないって言われるし、なんか言っても聞いてもらえないし、バカにばっかりされてきた人生だったな。

もうどうでもいいや、って思った頃に、ならないか、って誘われたんだ。

やべえ人に誘われたと思っていたが案外いい人で、今の俺は彼のお陰だ。

 

厨房担当の子が新しい下着に全交換してくれたのは、正直ありがたい。

全部どこかしらダメになっていたらしい。

処分までさせて悪かったな。

今度なにかで埋め合わせしとこう。

 

 

なかなか手強いわ。

他の子は焼菓子を作っていたけど、おいしく作るのって案外難しいのよ。

きちんと計量し手順通りに正確に作らないと、おいしくなんてならない。

和菓子の方がまだ融通は効くんだけどね。

提督は頑張って全部食べたけど、知恵熱が出て三日も寝込んでしまった。

おまけに腹痛まで同時に発生する惨事。

鎮守府中が大騒ぎになって大変だった。

腹痛の原因は結局ストレスと判明する。

知恵熱は私たちと会話したのが原因だ。

提督の耐性の無さに全員愕然となった。

引きこもり提督の本領を発揮したのね。

 

焼菓子は火加減も大事なの。

火が通りきってなくて生焼けになったり、焦がしたりしていたみたい。

売っているものでもそんなのがあるから、要注意なのに。

甘い甘い。

カスドースよりも甘いわね。

提督の正妻の座は私のもの。

じわりじわりと攻め落とす。

焦ってはダメ。

知恵熱と腹痛が同時発生するわ。

今度はなにを仕掛けようかしら?

 

 

「駆逐艦の卯月デース。素敵な司令官に会えて、気分が高揚しちゃうわ。」

「お、おう。よ、よろしくな。」

「ざんねん、うっそぴょーん。」

「ま、まあ、そうなるよなあ。」

「……あの、ごめんなさい。そんなに落ち込むとは思わなかったの。」

「べ、別に、き、気になんてしていないから、だ、大丈夫だ。」

「司令官、いい人だぴょーん!」

「そ、その、抱きつかれると困る!」

「あら、うぶなのね。ふふふ。」

「え、えっ?」

「うっそぴょーん! でもなんだか司令官のことをとっても気に入ったから、秘書艦やってもいいぴょん。」

「ざ、残念だが、既に秘書艦はいるし、変える気もないよ。せ、折角だが、先輩たちの指示に従ってくれ。」

「ぷっぷくぷー!」

「す、すまない。」

 

函館鎮守府を経由して送られてきた艦娘はえらくハイテンションの駆逐艦だった。

振り回されまくる。

ケッコンカッコカリしていた艦娘が、各地方の鎮守府泊地警備府への強化策として配属されると事前に聞いてはいた。

だけんどよ。

聞いてはいたのだが、こんな子がうちに来るとは思ってもいなかった。

なんとも個性の強い子だ。

卯月って、稀少艦じゃなかったっけ?

 

「ねえ、司令官。」

「お、おう、なんだ?」

 

急に雰囲気が変わった。

まさか……変身か?

変身するのか?

 

「司令官がここで一番偉いんだよね。」

「あ、ああ。い、一応そうなってる。」

「こんなのでいいの?」

「な、なにが?」

「提督になれて、艦娘を大切に出来る人がどれだけ価値の高い存在かわからない?」

「お、俺なんて所詮は使い捨ての、に、二束三文程度の価値しかないモブなんだ。」

「自己評価が極めて低く、承認欲求を希望する度合いも殆どない。報告書通りね。」

「う、卯月?」

「わかったぴょーん!」

「ほ、ほえ?」

「これから私が司令官の奥さんとして、キリキリ頑張らなきゃいけないってことがわかったんだぴょーん!」

「は、はい?」

「ダメです!」

「へ?」

 

執務室の扉が開いていた。

厨房担当の子が目を見開いている。

 

「提督の奥さんには私がなるんです!」

「ウサギは夫がいないと、さみしくてダメになっちゃうんだぴょん。夜のうーちゃんはとってもとっても激しいよ。びしっ!」

「私は先日の夜に、提督の爪切りをしました!」

「じゃあ、卯月が耳掻きをするんだぴょーん!」

 

なんだ?

なにが起こっている?

 

「あ、あの……。」

「料理対決です!」

「望むところよ!」

「提督、今晩なにが食べたいですか?」

「ハ、ハンバーグかな。」

「ではハンバーグ対決だぴょん。函館の鳳翔さんや間宮さん直伝の技をみるがいい。ぷっぷくぷー。」

「私だって研鑽は積んでいます。貴女には絶対負けない!」

 

なんぞこれ。

 

「司令官の童貞は卯月のモノだぴょん!」

「貴女に明け渡してたまるものですか!」

 

俺、童貞じゃなくなっちゃうのか?

 

 

その後、鎮守府中の艦娘にハンバーグ対決が知れ渡って、艦娘たちから次々話しかけられ反応出来なくて限界に達し知恵熱を出した俺は気絶してしまった。

直後、大騒ぎになったという。

 

目覚めて辞任願いを書いていたら、秘書艦の子や厨房担当の子や卯月や鎮守府の子たちから辞めないでと言われる。

提督冥利に尽きる、と言えばいいのか。

取り敢えず函館の提督に電話し、間宮羊羮を送ってもらうことにした。

彼は気さくに要望に応じてくれて、次いで卯月を送ったことを謝った。

彼女の受け入れ先を見つけるのは困難だろうと、引き受ける旨伝える。

彼は喜んでくれて、羊羮の他に月餅や焼菓子なども送ると請け負った。

これでひと安心……かな?

 

 

卯月の着任は様々な波紋を生み出した。

彼女は強い。

鎮守府のどの艦娘よりも高錬度である。

そして、かなり気安い。

ムードメーカーなお調子者って感じか。

現在は厨房担当の子と料理で張り合っている。

我々は再度会議を開いた。

まさかの強敵現るだ。

ふざけた口ぶりが特徴だが、それに惑わされてはならない。

会議は結論が出ないままに終了した。

 

 

今度の司令官はとってもおいしそう。

お腹いっぱい、食べさせてもらうわ。

 

 

週に二回、厨房担当が卯月になった。

元々担当している子は空いた時間、俺の部屋を掃除したり洗濯したりするようになった。

慎ましやかなのでありがたい。

下着や消耗品が時折変わった。

何故か卯月が悔しがっている。

使用済みの箸なんてどうする?

使い込んだ歯ブラシを持っていく意味がわからん。

執務室でゴロゴロする卯月が日常的になってゆく。

あまり話しかけられると挙動不審になることをようやく理解してくれたが、時折抱きついてきたり膝の上に乗るので油断ならない。

本人曰く特訓だそうだが。

なし崩しに、執務室に艦娘が常駐するようになってもうた。

他の子たちさえ、執務室にやって来るようになってもうた。

アカン。

これはアカン。

胃が痛い。

富山の胃薬を後で飲んでおこう。

函館の提督が効くと言っただけのことはある。

あちこちの提督の常備薬と知って、納得する。

 

「う、卯月、そ、その、見えているぞ。」

 

ちゅ、注意はしとかないとな。

だが、彼女はニヤリと笑った。

 

「司令官、興奮する?」

「ば、馬鹿なことを言うんじゃない。」

「うーちゃんは司令官のお嫁さんだから、全然問題ないびょん。」

「あ、あのなあ。」

「司令官もそろそろ女の子馴れした方がいいぴょん。そうだ、さみしいウサギのために一肌脱ぐべきだぴょん。」

「や、やめてください。しんでしまいます。」

「やるのは確定事項だから、早くやった方がいいぴょん。」

「くっ、殺せ!」

「じゃあ、うーちゃんパワーで昇天させたげるね。」

「しまった! ドツボに嵌まった!」

「ぷっぷくぷー! 覚悟だぴょん!」

「やらせません!」

 

厨房担当の子が昼食と共にカットイン!

 

「うーちゃんは三人でもいいぴょん。」

「貴女は恥じらいを知ってください!」

 

どうやら、混乱は当分続くらしい。

嗚呼、胃が痛い。

 

 

 


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