はこちん!   作:輪音

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CLⅩⅩⅦ:そして、艦娘になってゆく

 

 

最近、記憶の混濁が多い。

大本営からの公募に応じて数ヵ月前に艦娘となったが、以前の記憶が欠落していたり知らない筈の記憶が当然のように思い出せたりするのに愕然とする。

不安になって日記を書き始めたが、時折書いた覚えの無い記述を見かける。

そこには提督への思慕が書き連ねられていた。

馬鹿な。

私は男だ。

元男というべきか。

たまたま軽空母の適性を持っていたため、配属された小規模鎮守府では重宝されている。

駆逐艦の子たちも私を慕ってくれているし、提督は学生に毛の生えた程度の坊やだが真面目な感じで、不真面目なチャラ男ぽい提督のいる鎮守府に配属された同期からは不満の声をよく聞かされる。

小規模鎮守府では、戦艦や正規空母など夢のまた夢。

もし仮に転属してくれても、運用出来るだけの資材も能力も無い。

数名の艦娘や艦娘もどきで細々とやりくりするしかないのである。

重巡洋艦がいたら御の字だ。

なかなかいやしないけれど。

私が所属する鎮守府には本物の軽巡洋艦が一名いる。

彼女がいなければ、早々に潰れていたかもしれない。

実際問題、立ち上げて半年以内に潰れる鎮守府がちらほらある。

一年もたない小規模鎮守府もそこそこ存在する。

我が鎮守府はマシな方らしく、近隣の鎮守府と連携しての作戦行動がけっこう多い。

また、そうしなければまともに活動することすら叶わない現実がある。

函館鎮守府が梃子入れしていなければ、どれだけの小規模鎮守府が消えていたことだろうか。

ケッコンしていたという軽巡洋艦がいてくれるお陰で遠征任務もこなせるし、情報収集の面でも多大に貢献してくれている。

ありがたい存在だ。

その筈だが、まさか嫉妬に苛(さいな)まれるとは思いも寄らなかった。

提督と軽巡洋艦は割と早い段階で男と女の関係になっており、それは公然の関係でもある。

別にとやかく言う問題ではない。

だが。

艦娘としての感情は別物らしい。

日記にはそうした気持ちが切々とみっしり書き込まれていた。

どうやら、私は人格が二つになってきているようだ。

融合しようとしているのか。

それとも、乗っ取ろうとしているのか。

はたまた、崩壊してしまうのか。

痴情の縺(もつ)れで、怒り狂った駆逐艦(本物の方だ)が鎮守府を物理的に破壊した事例も複数ある。

私がそうならないとは言いきれない。

誰に相談したらいいだろうか?

 

元々料理は自炊生活のためにしばしばやっていたが、艦娘になってからは格段に腕が上がった。

艦娘効果、とでも言えばいいのか?

空母系艦娘としての能力は微妙だし、本来的な鎮守府に行ったら使い物にならないだろう。

鎮守府の面々のためにご飯を作ることに生き甲斐を感じる。

これはこれで悪くないのかもしれない。

甘いものは苦手だが、なんとか作ろう。

駆逐艦の子たちも提督も喜ぶから作る。

ただ、それだけさ。

小豆を使ったお菓子に挑戦するだべさ!

 

 

複数鎮守府による合同作戦がなんとか合格基準に達して完了したため、皆で祝勝会を開いた。

函館鎮守府からも援軍があったので、上手くいったのだ。

たった一名の駆逐艦だったが、おそるべき力量の艦娘だ。

普段はぼやっとしているが、戦場では別人へと変貌する。

彼女が鬼神の如く暴れなかったら、生還は覚束なかっただろう。

彼女は命の恩人だ。

せめておいしい料理を作ろう。

小豆を使ったお菓子もなんとか作れるようになったから、更なる向上を目指そう。

 

「あれ? 甘いモンは苦手だって言ってなかったっけ?」

 

小さな食堂。

小さな民家改造型鎮守府の憩いの場。

今川焼を作って同期の軽空母の子と食べていたら、不意に彼女が私に言った。

 

「えっ? そうでしたか?」

 

別にそんなことを言った覚えは無いのだけど。

なにか少し勘違いしているんじゃないかしら?

小豆を使用したお菓子は私の得意分野なのに。

 

「あ、いや、ま、まあ、別に好きならそれでいいんだ。ところでさ、聞いてよ。うちのチャラ男がまーた他所の艦娘にちょっかい出して、問題を起こしたんだよ。」

「あらあら、それは大変ですね。」

 

食堂の片隅。

軽巡洋艦が提督にしなだれかかっている。

見えていた。

なにもおかしくない。

おかしくないのだけど心はざらつき出す。

 

「こわいよ、その顔は。大丈夫かい?」

「えっ? ええ、私は大丈夫ですよ。」

 

 

 

久々に部屋の片付けをしていたら、日記帳を見つけた。

読んでみるが、違和感が大きい。

私、こんなことを書いていたの?

なんだろう、創作日記だろうか?

提督への思いは普通に記されている。

小説家にでもなりたかったのかしら?

書いた覚えが全然ないのだけど。

もしかして、記憶の混濁かしら?

明石さんに見てもらった方がいいかもしれない。

元は男だったらしいけど、別にそんなことはどうでもいい。

今を大切にしたいから。

提督を見ていると胸が掻きむしられる。

あの女と一緒にいるのを見ると、全身が焼け焦げそうになる。

失敗した小豆餡のように。

なにか提督の心を掴む助け船でもないかと読んでみたけど、要らないわね。

なんだか恥ずかしいし、屑籠に入れとこ。

さてと、おいしいご飯で提督の胃袋を掴むわよ!

奮起! 奮起!

この間作った小豆粥を喜ばれたから、その内また作ってみよう。

 

負けないわよ。

 

 


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