はこちん!   作:輪音

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今回は七九〇〇文字程です。
毒舌かましてる子がいますけれども、初期型よりも半分くらいに削っています。
いやあ、毒舌ってホント難しいものですね。



CLⅩⅩⅨ:引きこもり提督、北信へ行く

 

はあ、はあ、はあ。

走る、走る、走る。

夜の海を疾走する。

 

「懲りない人たちねっ!」

 

最後の取って置きを撃つ。

これでお仕舞い。

壊れた艤装を海に沈めた。

海岸を過ぎて、南へ走る。

逃げる、逃げる、逃げる。

 

ここまで逃げれば、懲罰艦隊も追いつけないでしょ。

安心した刹那、幾つもの光条が私を容赦なく貫いた。

あ~あ、これで終わりか。

呆気ないわね。

霞がかかった頭に獣の鳴き声が聞こえた。

幻聴?

猪?

鹿?

まさか、熊?

本調子だったら、全部ジビエの元にしちゃうのに。

ツイてないわ。

そして、私は気を失った。

 

 

 

ある日のこと。

大本営から長野県北部の飯綱(いいづな)町にある上水内(かみみのち)基地へ出張するよう、通達が来た。

それは過酷にして冷徹なる指令。

…………。

アイエエエ!

ナンデ、ナンデ!?

他所様の基地に行って、仕事をする!?

誰が?

俺が?

何で?

それなんて無理ゲー!?

この俺には、他人との話し合いとか交流とか無理であります!

会話すら無理であります!

無理無理無理無理無理だ!

 

厨房担当の子と卯月が執務室に飛び込んできた。

 

「司令官、話は聞いたぴょーん! 信州に新婚旅行に行くだなんて、なかなか洒落ているぴょん! 鴨南蛮蕎麦を食べて、温泉で仲よくしっぽりするよ! ぴしっ!」

「あなたに任せたら、提督は汚れてしまいます。それにあなたはバツイチでしょう。元から新婚ですらありません。」

「細かいことはどうでもいいぴょん。」

「そんないい加減な態度の方に、私の大切な提督は預けられません。」

「戦力的にはうーちゃんだけで全員殺れるので、問題ないぴょーん。」

「殺伐としたことを言わないでください。なんで全員サツガイが基本なんですか。」

「艦娘はね、自由で、それでいて、何時でも相手を殺せなきゃいけない存在だよ。」

「いいことを言ったみたいな顔をしないでください。わかりました。私たち二名で提督をお守りしましょう。」

「それでいいぴょん。」

 

我々三名が上水内基地へ行くことに、いつの間にか決定した。

秘書艦殿の機嫌を何故か損ねたみたいでお冠になってしまい、ほとほと困ってしまう。

どないせえ言うねん。

鎮守府内が何故か殺気立っていて、執務室から出られなかった。

なんなんなんだ?

まあ、殆ど出ないんだけどな。

俺、涙目案件也。

結局、皆で話し合いになった。

俺も震えながら、つっかえつっかえ話に加わる。

夜半過ぎにどうにか合意に達した。

全員を間宮羊羮で懐柔しちゃった。

しかも函館仕様だぜ。最後は金だ。

金の力は偉大ナリヨ。

 

「ま、間宮羊羮、た、食べりゅ?」

「「「「「食べりゅう!」」」」」

 

皆が唱和して大変驚く。

何故に一致団結ナリカ?

不一致よりずっといい。

いいんだけど不思議だ。

世の中不思議が一杯だ。

 

有能な秘書艦殿を提督代行に任命し、作戦活動を行ってもらう。

周囲の鎮守府の提督にもお願いしたから、たぶん大丈夫だろう。

 

 

そして、出発。

皆が物理的になかなか離れてくれなくて、初っぱなからSAN値がごりごり削られてしまった。

 

「は、離してくだされ、離してくだされ、ぶ、武士には、や、やらねばならぬことが、あるので御座る!」

「いいえ、離しはいたしませぬ。どうしても行かれるならば、その前にお情けを!」

「ふえっ!?」

「なあ、やらないか?」

「ブヒッ!?」

「鳴かせて差し上げますよ。」

「プギー! プギー!」

 

なんかもう、滅茶苦茶だった。

みんなふざけ過ぎだ。

おイタはダメだぜ、ベイベー。

まるでみんな、俺に好意を抱いているみたいじゃないか。

勘違いさせんなよな。

激おこぶんぷん丸だ。

ま、怒んないけどな。

 

 

最初はがらがらだった汽車に人がどんどん乗ってきて、ぐんぐん気持ちが悪くなってゆく。

人混みに酔う。

頭がぐわんぐわんしてきた。

あ、ヤバい。

ただでさえ低い耐久値が、メチャメチャに下落している。

デバフだ、デバフ。

しばふではないが。

エル、知ってるか?

耐久力を下げる魔法を、みんなで俺にかけているんだろ?

俺は詳しいんだぞ。

魔法使いだからな。

何時間も汽車に揺られ、三半規管が仕事を放棄し始める。

人酔いがずんずん激しくなり、厨房担当の子と卯月からすると俺は真っ青な顔になっているらしい。

自分でもなんとなくそれがわかるんだな、これが。

しきりに心配される。

何度目かの乗り換えで益々頭がぼおっとしてきた。

ニンゲン、コワイ。

オレ、オーク。

ブヒブヒ。

…………。

そろそろ限界が近いらしい。

ヤバい。

マジ、ヤバい。

なあ、帰ってもいいよなあ。

帰らせてください。

嗚呼、帰りたいよ。

 

 

一昨年の三月に北陸新幹線金沢延伸記念祭で第三種改装されて更に巨大化した長野駅に着いちまったけど、人混みで気持ち悪くなってとうとう動けなくなった。

ダメージ・コントロール発動。

轟沈はなんとしても避けねば。

脳内警報が鳴りっぱなしだよ。

我ながら情けないが、体が震えてどうにもならない。

声すら出ない。

特別に、駅舎備え付けの一室へと避難させてもらう。

駅の人の気転だった。

彼女にお姫様だっこされた、オーク君が通りますよ。

ぼんやり見知らぬ天井を眺める。

喧騒が遠くなって、自動回復機能が漸く働き始めた。

駅の人が俺の頭を撫でる。

少し圧迫感が薄れてゆく。

呼吸が段々安定してきた。

厨房担当の子と卯月と駅の人が心配してくれているのが、有り難くも悲しくツラくモヤモヤしてたまらない。

駅の人は艦娘乙種に一旦なったけど轟沈しかけてこわくて退役し、人間に戻らないまま生きてゆく覚悟を決めてこの駅舎で働いているという。

暴漢対策の一環らしいが、今後艦娘や元艦娘などが暴れた時の制圧要員だろうなあ。

彼女自身が保険、ってとこか。

彼女と同じ立場の駅員が三名いるそうだ。

三名で無事対応出来るかなあ?

温かい蕎麦茶を貰って、ちびちび飲む内に気分が落ち着いてくる。

 

「あなたみたいな方が提督だったら、私は今も艦娘だったかもしれません。」

 

去り際に、そう言われた。

少し複雑な気持ちになる。

彼女(彼か?)の敬礼は実に美しかった。

 

 

さて、しなの鉄道に乗り換えて牟礼(むれ)駅へ向かおう。

小腹が空いてきた。

現金なものだなあ。

さっきまでとは大違いだ。

生きていたなら腹が減る。

腹が減るから生きている。

 

「おやきを幾つか買いましょう。」

「お、おやきって、それなんぞ?」

「うーちゃんも知らないぴょん。」

「おやきとは、長野県民の魂の郷土料理です。県民の日常に根ざした、炉端のおやつ的存在ですね。元々は信州北部や東部でよく食べられていたモノが、作りやすさと売りやすさから信州を代表する食べ物として抜擢され今に至るらしいです。地域性を活かした名物は目玉商品ですからね。印象付けは必須です。松本辺りの中信ではそもそも食べられていなかったらしいので、信州全域で知名度が上がったのはここ数十年とも言えるでしょう。長野冬季五輪で世界的にその存在を知らしめたのも、大きい模様です。」

 

へえ。

 

「あくまでも想像ですが、バブルの頃くらいに信州を代表する食べ物として認識が拡がり、長野冬季五輪を契機として世界的な知名度を獲得というところではないでしょうか? 誠実な企業ほど潰れやすいんですけどね、現実は。実際に長野冬季五輪後、おやきを作る小さなお店は何軒も潰れています。」

 

お、おう。

 

「こほん。ええと、小麦粉や蕎麦粉などを練った皮に、小豆餡や野菜などを包んで焼いたり蒸したりして食べるのがおやきです。市町村毎に作り方や中身が違うのも、特色のひとつですね。」

 

ほう。

 

「その中身ですが、小豆や野沢菜や茄子や南瓜や茸や切り干し大根や葱焼きなどがあります。提督はどうされますか?」

「お、俺、カレーかピザ。」

「うーちゃんはカスタードクリームがいいぴょーん。」

「…………ええと、カレーきんぴらとシナノスイートクリームは売られているようです。」

「「ではそれで。」」

 

揺られ揺られて牟礼駅に到着。

林檎と桃と蕎麦の町、飯綱町。

信州高原リゾートへの玄関口。

生産される米も大変旨いとか。

林檎と米が旨いって、北海道の七飯町に似てなくね?

駅蕎麦の看板が見える。

駅長の帽子をかぶった山羊がひょこひょこと近づいてきて、メエメエと鳴いた。

降りた客たちが当たり前のように挨拶し、乗客たちは手をぶんぶん振っている。

大人気だな。

 

「長老様、よろしくお願いいたします。」

「卯月だぴょーん。よろしくお願いね。」

「あ、あの、お、俺、提督やってます。」

 

山羊は頷いて駅長室へ戻っていった。

 

おつゆの匂いがする。

微妙に腹が、減った。

俺の腹は今、何腹だ?

蕎麦だ。

蕎麦だ。

ソバヤソバヤソバーヤ。

ソバヤウンケンソワカ。

 

「上水内基地まで歩いて一時間ほどですから、先にお腹に入れておきましょう。」

「そ、そだな。」

「地元産の蕎麦を使った特上生麺の手打ち蕎麦が自慢です、って書いてあるよ。」

「それは期待出来そうですね。掛け、掻き揚げ、野沢菜、と複数選べるのもいいです。そうそう、二駅先の黒姫駅でも構内で蕎麦を食べることが出来るようです。」

「へえ、じゃ、じゃあ、俺は掛け蕎麦。」

「うーちゃんは掻き揚げ蕎麦だぴょん!」

「私は野沢菜たっぷり蕎麦にしますね。」

 

うんうん、これだよ、これ。

こういうのがいいんだよな。

つるつるしこしこと喉を通ってゆく蕎麦。

それは大地に深く根ざした土地の豊かさ。

俺の体の中で芽吹き、一部となるがいい。

海の豊かさが効いたおつゆも飲み干した。

旨し!

 

駅ナカみたいな道の駅っぽい販売店で、おやきと八ヶ岳牛乳を買う。

牛乳はガラス瓶で、そのまま飲んだ。

うーん、テイスティなり。

 

「な、なんか、キャラメルっぽい味がするな。」

「それは低温殺菌の牛乳だからですよ、提督。」

「これはいいものだ! 次、りんごジュース!」

 

搾ったまんまの味わいを誇るりんごジュースを次に飲む。

飯綱町産の林檎を使ったもので、奥深い味わいを感じる。

嗚呼、林檎農園が見える。

箱に詰められ汽車ぽっぽ。

旨し。

 

こちらは寒い。

標高が高いからか?

積雪期はけっこう積もるらしい。

そんな時だと、南極にも行けそうな羽毛服を着ないと動けないな。

俺は提督二種だから移動は私服で来たけど、マウンテンパーカやフリースのジャケットも着ているのになんだか足元からじわりじわり冷える。

震えながら歩く。

 

「提督、頑張ってください。向こうに着いたらお風呂を借りましょう。お背中流します。」

「うーちゃんが全身くまなく洗ってあげるぴょん。」

「あ、あの、やめてください。死んでしまいます。」

 

てくてく歩いていると、向こうからとことこ山羊が近づいてきた。

白い体に足元は黒い。

 

「黒靴下様ですね、宜しくお願いいたします。」

「卯月です! よろしくお願いするぴょーん!」

「あ、あの、提督やってます。よろしくです。」

 

山羊はメエ、と鳴いてとことこ近づいてきてくるりと俺たちの周囲を回り、また元の方角へ歩き出した。

なんかキラキラ光った気もするが、気のせいだろう。

 

「ついていきましょう。」

「お、おう。」

 

モンローウォークしてゆく雌山羊に従い、温泉旅館改造型鎮守府へ到着。

なんだかずいぶん気分が落ち着いてきたみたいに思える。

空気が旨いからかな?

 

 

艦娘は、戦える時だけ、他の人々から『生産的』と認められる時だけ、生きる権利があるのだろうか?

もし、我々が『非生産的な』艦娘を殺してもよいという原則を採用して実行するならば、我々自身がその渦に巻き込まれない保証があるだろうか?

 

もし、『非生産的な』艦娘を暴力的に排除してもよいとするならば、艤装を使えなくなると知りながらも果敢に苦境へ立ち向かい帰還してきた勇敢な艦娘は、なんと悲惨なことになるだろう。

 

時代に抗った人、フォン・ガーレン司教の説教が染みてくる。

俺のような男にもひしひしといろいろなものが伝わってきた。

なんと勇気のある人だったのだろう。

到底真似は出来ないが、せめてその思想の欠片でも取り入れられたらと考える。

 

賢い筈の企業経営者たちの中には、法の網の目をくぐって『非生産的』と目した雇用者を次々使い捨てにし、過労死に追い込んでいる者も少なくない。

『安い』と『早く』を追求し過ぎて、崩壊してゆく倫理。

『常識』『当たり前』を都合よく改竄して洗脳してゆく。

 

そうした流れに巻き込まれてはならない。

戦後も艦娘たちが笑顔で暮らせる基盤を作らなくてはならない。

地域社会に根差すべく、助力は必要であろう。

彼女たちは使い捨ての存在じゃないのだから。

そのための上水内基地だと思っている。

 

 

上水内基地の提督と打ち合わせ。

鎮守府管理の件についての話だ。

俺の鎮守府は、戦果は兎も角として管理面では良好らしい。ホントかよ?

しきりに感心されていたが、恥ずかしく感じられる。

秘書艦殿たちのお陰だと言ったが、逆に誉められた。

恐縮する。

ひたすら執務室に引きこもって、書類作業ばっかりやっていたのになあ。

 

この頃上越市から打診されている、近海哨戒任務の件についても話し合う。

糸魚川市がどこで聞き付けたのか、こちらからも打診されているのだとか。

ていうか、近場に小規模鎮守府かなにか無いのかよ。

仲よくしろよ。俺は無理だけどな。

人付き合いもろくに出来ないしな。

なんちゅうか、ほんちゅうか。

哨戒任務すらまともにこなせない艦娘や元艦娘たちに、海上任務が出来る訳ない。

だからこその内陸基地だ。

函館の提督はケッコンしていた艦娘を複数送り込んで、彼女たちをその任務にあてがうつもりらしい。

それって、過剰戦力じゃないのか?

支店でも作れってか?

卯月に教官役をして欲しいと言われる。

ごくごく基礎的な面だけでいいからと。

彼女は意外と教えるのが上手いそうな。

そういや、うちでの戦績もかなりいい。

でもよ。

新潟から教官を頼んだ方が早くないか?

富山県の岩瀬浜辺りか石川県の三国港辺りにでも小規模鎮守府を設立すればいいんじゃないか、と言ったら管轄違いで問題があるという。

あの辺、なんかなかったっけ?

あの辺りで艦娘のような者も見かけられたらしいが、公式には不明だとか。

むう。

 

新潟鎮守府の提督は気さくな人らしい。

函館鎮守府とも関係が深いと聞き及ぶ。

ロシアの泊地提督とも仲がいいらしい。

ウラジオストクだか浦塩だかだったか?

だからといって、面子を潰すようなことをしたら大変なことになる。

これ、詰んでね?

なんでお隣の県の街が干渉してくんだよ。

聞くと、飯綱町方面からは山の幸、上越市方面からは海の幸を販売していて繋がりがけっこうあるのだとか。

お互いに人が日常的に往き来しているのも話をややこしくしている要因だ。

九月から十月まで行われていた英国庭園祭にも、長野県民のみならず多くの新潟県民が訪れたとか。

どこからともなくメイド軍団がやってきてテキパキ動いたそうな。

紅茶戦艦の恰好をした女の子が町の各所で何人も見られたらしい。

無論、山梨県や群馬県などからも沢山の人が訪れて賑わったとか。

 

ここ飯綱町は、一九九〇年に英国王立園芸協会から一七種の林檎を寄贈された。

その内のブラムリーズ・シードリングやメイポールやフラワー・オブ・ケントやブレンハイム・オレンジやタイデマンズ・アーリー・ウースターやローズマリー・ラセットやエグレモント・ラセットなどを、お菓子にしたり飲み物にしたりジャムにしたりジュースに加工したそうだ。

特にブラムリーズ・シードリングは加工するのにすぐれていて、ジャムを食べさせてもらったが旨いと感じた。

厨房担当の子は、早速飯綱町内の料理人や職人と話し合いに出掛けると息巻いている。

函館の鳳翔間宮にも注目されているとか。

毎月何キロもの林檎が送られているとか。

飯綱町では現在三六種類もの林檎が栽培されている。

果樹園の好適地らしい。

旧三水(さみず)村だけで、日本国内の林檎の一パーセントを生産している。

日本一の林檎村だ。

林檎の加工品製造にも、意欲を燃やしているそうだ。

 

 

入浴は少し、大変なことになってもうた。

 

 

翌日。

アップルミュージアムとかいう博物館が飯綱町三水庁舎近くにあるそうなので、折角だから訪れてみた。

オサレ系林檎資料館って感じだ。

中は暖かくてガランとしている。

青りんごのグラニー・スミスとやらが丁度時期だそうで、館内のお店で搾りたての生ジュースをいただく。

 

「ここまで来るとはね。いいでしょう。歓待してあげるわ。ふふふ。」

 

お店の可愛い女の子に手を撫でられ、ゾクゾクッとする。

うわー、これ、惚れてまうやろ。

イカンイカン、チョロ過ぎるわ。

泡立った液体に口を付けて飲む。

ゴクリゴクリゴクリゴクリっと。

爽やかな酸味が喉を通ってゆく。

旨い。

嗚呼、赤毛のアン。

白い林檎の花が咲き乱れる。

グリーンゲイブルスが見えるぞ。

……あれはカナダだっけ?

オーストラリア生まれの林檎だ。

なにはさておき、飯綱町の林檎をウチの鎮守府に送ってもらうことは確定だ。

こんな旨い林檎を逃す手は無い。

俺でもわかる旨さなのだからな。

米も蕎麦も味噌もとっても旨い。

今朝のご飯と味噌汁と玉子焼き。

嗚呼、とても旨かったで御座る。

 

ええと、俺、なにしに来たんだっけ?

そうそう、ここの提督と共同作業だ。

共同作業……か。

……もう帰ってもいいかな?

なんで俺みたいなのを派遣すんだよ。

無理無理無理無理ゲーじゃねえかよ。

俺に出来ることなんて大してねえよ。

あー、引きこもりてえ。

あんな立派な、フォン・ガーレン司教みたいにはなれねえよ。

ここの提督みたいに、あんなに穏やかにはやれたりしねえよ。

えれえ人を知る度、自己嫌悪に陥る。

ひたすら箱の中にこもりてえ。

この飯綱町ってとこが、めっちゃいろいろ旨いのはわかった。

わかったけど、俺じゃ無理無理です。

博物館内の店で悶絶しそうになった。

厨房担当の子と卯月はまだ熱心に館内を見学しているようだ。

もう一杯、飲もうかな?

そうだ、林檎ジュース飲もう。

旨い、もう一杯!

 

「あ、あの、ち、ち、違うジュースをください。」

「ハーイ、ちょっと待っていてね。」

 

黒いゴスロリの恰好をした肌のやたら白い女の子が、にこにこしながら早速生ジュースを作ってくれる。

 

俺のために。

俺のために。

 

嬉しくなる。

古いけど頑丈そうな感じのごついミキサーが唸りを上げ、ゆっくりゆっくりと林檎の果肉を砕いてゆく。

彼女の肌のように白い果肉が液体に変わってゆく。

低速の方が味わい深くなるらしい。

キレイな子だな。

バイトなのかな?

地元の子なのか?

引っ越し組かね?

外国の子だったりして。

それにしては日本語が流暢だな。

案外、帰国子女かもしれんぞい。

まあ、可愛かったらいいわいな。

オークな俺に普通に接してくれるので、実にありがたいよな。

あー、こういう子が嫁さんになってくれたらなあ……無理か。

ちらちら見るのもアレだし、じっと見つめる訳にもいかない。

女の子との距離なんて、わからない。

わかっていたら、提督業で困らない。

あ~あ。

俺って、ダメだなあ。

 

「はい、どうぞ。これはオマケよ。今月末まで『かみみのちあまみまつり』開催中だから、試作してみたの。」

 

ウインクしながら、女の子は小さなスコーンをオマケしてくれた。

思わず、赤くなる。

ええ子や。

とってもええ子や。

なんとなく謎の優越感を感じる。

性別逆だったら、即墜ちじゃな。

逆でなくても陥落しそうじゃよ。

 

「真っ赤な林檎みたいで可愛いわ。」

 

ビスクドールのように整った顔の彼女は、やさしそうに俺へ微笑んでくれた。

 

もう少し頑張ろうか、と俺は思った。

ここへ出来る限り通おうと思いつつ。

うん、勘違いだってのはわかってる。

だけど夢を見たっていいじゃないか。

なんにも言わなきゃ傷つきはしない。

明日も明後日もこの子に会いたい。

そっと微笑んでくれるだけでいい。

それだけでいいのさ。

 

 

スコーンは中に入っている林檎の砂糖煮の酸味が効いて、少し甘酸っぱかった。

 

 

 


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