重巡洋艦の足柄が最新号の『しゅうむす』を手に執務室へ飛び込んできたのは、少し風の強い午後のことだった。
「提督! 呉でなにをしてきたの!?」
血相を変えた美人が眼前へ迫ってくる。
その美しさに思わず見とれそうになる。
いきなり、なんなんなんだ。
彼女が週刊誌を突き付ける。
そこには扇情的な見出しが載っていた。
【《艦娘たらし》な提督、またも艦娘を多数誘惑して呉より大量に移籍したき者を生む!!】
「なんですか、これは?」
「それは私の台詞よ! 大本営の姉さんと結婚するんじゃなかったの? 私は姉妹一緒でいいけど!」
「何故そこで妙高先生が出てくるんですか? あと、どさくさ紛れに妙なことを言わないでください。」
「提督は私たちが処女であってもなくても大丈夫なんでしょ?」
「相手が処女だとかそうでないとかは、一切問題ではないですよ。そもそも私はモテませんし。」
「青葉、大切なことを聞いちゃいました!」
「提督が浮気者だからよ。姉さんが転属希望を何度も慰留されているのは覚えておいて。で、どうするの?」
「そうですねえ……ところで大淀さんはいずこに?」
「これを見せたら血相変えて呉へすっ飛んでいったわよ。」
「疾(と)きこと島風の如しですね。」
「あの、取材させてください。」
「暢気に構えている段階じゃないと思うんだけど。」
「そうですよ、その辺教えてください。」
「先輩から電話が来ました。スピーカーを入れましょう。」
「おめえはなにしょんなら! こりゃ!」
「いきなりなんなんなんですか、先輩。」
「ずいぶん古いネタを持ってきたのう。」
「清六さん、今はなにをしているんですかね?」
「そうじゃのう……って違うわっ! 函館鎮守府への転属希望者が沢山出てきてしもうて、今呉は業務停止状態じゃ! どげんしてくれるんじゃ!?」
「どげんもこげんもありゃせんですよ。そもそも私は粉をかけまくってなどいませんし。」
「捕まった奴はみなそう言うんじゃ。」
「無罪ですよ、私は。」
「嘘つけえ! うちも鳳翔が慰留するために駆逐艦たちを説得しまくっとんじゃ!」
「駆逐艦?」
「そうじゃ、第一から第九までの提督ラブ勢を除く面々が、インフルエンザに感染したみたいに大変なことになっちょる。函館に行きたい娘がわんさか出てきとんじゃ。待機ばっかりさせられとる娘とか、予備戦力扱いされとる娘とか、提督に強い不信感持っとる娘とか、将来に強い不安感持っとる娘とか、堅苦しいのに辟易しとる娘とか、不満が一気に噴出した感じじゃな。」
「私はパンデミックな人ですか。」
「呉にも問題があるんですねえ。」
「わしもここまで函館の感染力が酷いとは思わなんだわ。」
「人をアンドロメダ病原体みたいに言わないでください。」
「またずいぶん渋いネタを持ってきたのう。で、呉鎮守府は現在厳戒態勢中じゃ。幸い、今は大型作戦も発令されとらんから、舞鶴と佐世保に業務の一部を肩代わりしてもらっとる。」
「……私の所為ですか?」
「ようやく事態が飲み込めてきたようじゃのう。まあ、艦娘の転属希望は数少ない彼女たちの権利じゃけえ、無下(むげ)にはしとうねえんじゃ。箱館五稜郭祭を映像で見て、それで行きたくなったもんもおるようじゃ。」
「もう一度呉に行った方がいいですか?」
「くな! 来たらおえん! 混乱が更に酷うなる! ……なんじゃ、第一の鹿島か。なにしに来たんじゃ? ん? そうじゃ、今その函館の提督と話をしとる。えーと、ほんじゃ、鹿島と替わるわ。」
「はい。」
「はじめまして。呉第一鎮守府所属の練習巡洋艦、鹿島です。」
「はじめまして、鹿島さん。」
「鹿島さんとはやりますね、提督。」
「私はどうしても提督さんの鎮守府に所属したいんです。ダメでしょうか?」
「正式な手続きを経た転属でしたら、貴女の転属を喜んで受け入れますよ。」
「よかった。絶対函館に行きますのでよろしくお願いしますね、提督さん。」
「お手柔らかに願います。」
「おう、もうええんか。なんじゃ、このリストは。……うわあ。」
「どうしました、先輩。」
「あんなあ、今鹿島から手渡された転属希望者のリストをざっと読んだんじゃけどなあ。」
「はい。」
「赤穂浪士くらいの人数がおる。」
「えっ?」
「こりゃあ、選考会がいるのう。」
「えっ?」
「やっぱり呉へ一度けえ。選抜させちゃる。」
「ええっ!」
「行けん娘に引導を渡しちゃれ。」
「函館の容量はここまでですって言わないといけませんか?」
「そうじゃ。競争倍率がとんでもないことになっとるのう。」
「全員……は無理ですよねえ。」
「今なにを考えとるかわかるがやめとけ。舞鶴や佐世保が今戦々恐々としとるしのう。余計なことをすると南方へ行かされるぞ。」
「えっ?」
「呉の次はうちじゃねえかと、歴戦の提督たちが怯えよんじゃ。実際、わしのとこへも問い合わせが幾つか来とる。」
「ご冗談でしょう?」
「冗談じゃねえわ。」
「転属出来ない子は大丈夫でしょうか?」
「少しは頭が回ってきたようじゃのう。」
「えっ、それってどういうことかしら?」
「なんじゃ、足柄もおるんか。なに、簡単なことじゃ。騒乱を巻き起こしたもんの行く末ゆうたら……。」
「先輩。」
「さっきもゆうたが、全員はおえんぞ。」
「第六鎮守府所属の子は全員不可です。」
「ほお。」
「もしかして第五鎮守府が中心ですか?」
「ご名答。」
「では、第一鎮守府の鹿島と第五鎮守府の子たちを引き受けます。他の子たちは先輩たちがなんとか説得してください。」
「三方一両損みたいな話になったのう。」
「リストは先輩だけが知っているんですよね。」
「その通りじゃ。」
「では問題ありません。騒乱など最初からなかったのですから。」
「はっ? なにをゆうとる?」
「青葉さん。」
「はい、取材させてくれますか?」
「今回は勇み足でしたね。」
「はい?」
「青葉に泥をかぶらせるつもりか。」
「ええ、厳重注意くらいで内々に済ませた方がいいでしょう。遺恨が残らないようにすべきです。」
「えっ?」
「足柄さん、青葉さんを確保してください。」
「承知!」
「あっ、あの……一体……これは……。」
「先輩。」
「なんじゃ。」
「解体にはならないようにしてあげてください。」
「仕方ねえのう。」
「では足柄さんは叢雲さん吹雪さん曙さん霞さんより成る駆逐隊を率いて、こちらの舞鶴の青葉さんとそこら辺に隠れているだろう佐世保の青葉さんを曳航して呉までお使いに行ってください。」
「わかったわ。」
「なんで私が舞鶴の青葉ってわかったんですか?」
「ヘアピンの留め方とか、仕草とか、まあそんなところですね。」
「提督はん、ようやく侵入者を捕まえたわ。」
「お疲れさまです、龍驤さん。」
「ども、佐世保の青葉です! なにか一言ください!」
「では、舞鶴の青葉さんと共に呉まで出頭してください。」
「はい?」
「あ、あの、提督。その……。」
「残念ですが、取引には応じません。この場にいたのが不幸でしたね。お二方とも、今回は泥水を飲んでください。」
「「ええーっ!?」」
「塩水をたらふく飲むよりはマシでしょう?」
「「えーっ。」」
結局、週刊誌の記事は誤報で押し通した。
先輩と鳳翔さんは文字通り鎮守府を駆けずり回り、他の提督たちも必死で転属希望者たちを説得して慰留させた。
今後の件で、呉での艦娘の運用が少しは改善されるだろうとのことだ。
二名の青葉だが、現在演習の標的として奮闘中らしい。まあ、頑張れ。
【オマケ】
『艦隊これくしょん』の二次創作系作品を書く魅力のひとつは、かなり根本の設定を作者自身が弄れるところだと思います。
作品の根幹となる艦娘ですら、人かそうでないかはあやふやです。
人を元にした場合、わたしはZガンダムの強化人間みたいな兵士を連想するので、こちらは没案にしました。
個人的に人工生命体の出てくる物語が好きなのでそういう方向性で話を進めており、艦娘は『ファイブスター物語』のファティマのような存在だと考えています。
捨て艦戦法の対象になったのは、この世界では量産型艦娘のおっさん艦娘です。
正規の艦娘よりも安価で運用出来るのが特徴とされましたが、初戦での轟沈率が高すぎるのと精神的に不安定な者が多く暴走したり提督に危害を加える者がいたりしたので、運用は廃止されることになりました。
深海棲艦を人工的に艦娘にする計画もありましたが、研究所が破壊されて関係者が軒並み死亡したため、計画は中止されました。
当作品の基幹的な骨子は、『我々の住む社会に本当に艦娘が存在するとしたら、彼女たちはどう人間社会と向き合えるのか?』です。
そのため、極力現実的な世相や風俗を盛り込みながらお話を紡ぐようにしています。
戦争が終結した後の彼女たちが悲惨な運命を辿ることを示唆する人は多くいます。
それらの意見への反発として、当作品では退役した元艦娘が何名も出てくることになりました。
登場人物を不幸にするのは書き手にとって暗い愉悦を伴う行為かもしれませんが、読み手にとってしばしば嬉しくない行為になり得ます。
愉しくなければ書ける訳ないです。
元艦娘は路面電車の車掌をする者あり、老人ホームで働く者あり、喫茶店のウエイトレスをする者あり、と様々な職場に進出しています。
彼女たちの身分保証をするのは提督だったり地方公共団体だったりします。
住まいは殆ど公営住宅です。
提督の家から通ったり、或いは旦那さんや恋人の家から通う子もいるでしょう。
『料理が壊滅的に下手で、作る料理はとても食べられる代物ではない』というネタは商業作品二次創作系作品を問わず存在しますが、わたしはあまりそういうのは好きではありません。
料理が下手な方はリアルでもけっこういますが、努力を揶揄する行為やいつまでも料理が上手くならない状況は納得がいきませんし、食べ物を粗末にする行為はたとえ創作の中であっても好ましく思えません。
故に、当作品では比叡や磯風が劇物系料理を作ることはあり得ませんし、鰻のゼリー寄せが出てくることもありません。
同じ食べるならば、おいしいものを登場人物たちにも味わって欲しいものです。
戦艦棲姫が投降したり、レ級が中身の艦娘がいたり、英霊ぽい艦娘がいたりしますが、派手な戦闘や罵りあいが起こる可能性は低いです。
苦手な展開や好きでない展開を削った結果として、社会小説みたいな感じになりつつあるなあなんて思ってみたりしています。
函館の提督が何故司令官になれたかというと、『妖精の見える者』で『艦娘に気に入られる者』だからです。
その特殊能力の片鱗は促成提督訓練期間に発露しており、現在進行形で艦娘元艦娘を問わずに魅了中です。
彼の能力はかなり特殊で、罵倒系駆逐艦群に出くわしても怒鳴られたり嫌味を言われたり皮肉をぶつけられたりすることはあまりありません。
『艦娘たちから兎に角甘やかされる男』が彼の特徴です。
その能力の代償として、艦娘が彼を本気で好きになってもそれはあり得ないと思ってしまうのです。
『こんな私を好きになる子なんている訳ない』、と。
なにかを得ることはなにかを失うことなので、それは提督艦娘双方にとって嬉しくないことかもしれません。
彼は適性があったためになんちゃって提督な略式提督になりましたが、なりたくてなった訳でもないのでけっこう冷めた目で提督業をこなしています。
ちなみに本式提督と略式提督の差は英検一級と四級くらい異なります。
大湊(おおみなと)や呉第六鎮守府の提督などが艦娘のために奔走しているのを見ている内に、函館鎮守府の提督にも変化が訪れてきているようです。