はこちん!   作:輪音

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CLⅩⅩⅩ:男と男

 

 

隣で眠る男をぼんやりと見つめる。

彼は提督と呼ばれる職業の中年男。

私は半年前まで人間の男性だった。

給金が以前のそれとは数段上なので募集に応じ、現在は艦娘となって働いている。

こんなぼーっとした男と夜を共にするようになるだなんて、思ってもみなかった。

悪い冗談みたいだが、生憎これは現実だ。

窓に向かい、風を取り入れるために開く。

夜風が火照った体に心地よい。

すっかり女の体になっている。

余韻未だ冷めやらぬ、この体。

なんだろう。

退役し男に戻ったとして、普通に結婚出来るのだろうか?

戦争はまだ続いており、最前線と国内の温度差は厳しい。

艦娘、本来の方の彼女たちだが絶対数が足りないという。

人類は深海棲艦に押され、国内の物資は充分と言い難い。

コンビニエンスストアや自販機などがどんどん消えゆく。

珈琲紅茶チョコレート洋酒などはまだまだ高価な品物だ。

政府の物価統制や配給券も効を奏しているとは言い難い。

私が着任する前も、着任してからも、随分と沈んでいる。

あのおそろしい世界に沈んでいる。

人のことは言えない。

私だって沈みかけているのだから。

こんな状況で戦い続けられる面々は、素晴らしいと思う。

思考が艦娘寄りになっている元男たちは、戦うことに疑念を抱いていない。

提督に執着する元男はあまりいないと、提督自身から言われ不思議に思う。

でもまあ、それが普通なのだろうな。

私だって、こうなると思わなかった。

もう、この手は随分汚れてしまった。

液体に染まり、汚れぬ日は無い程だ。

 

 

「どうした?」

 

背後からやさしい声がした。

芯が痺れて、じわりとする。

 

「夜の海を見ていました。」

「いつも見ているだろう。」

「そうですね、その筈なんですが。」

「なにか違って見えるのかもなあ。」

 

横に立たれた。

吐息が漏れる。

 

「復活した。」

「まだ続けるんですか?」

「勿論だ。」

 

そして、私たちは原稿に向かう。

同人誌を描いて、少しでも運営費に回すために。

こんな風になるだなんて、思ってもみなかった。

 

「冬の漫画祭に間に合わせないとな。」

 

提督が微笑む。

元漫画家の彼。

思わず、きゅんとなる。

この世界からは逃れられないらしい。

スクリーントーンを貼りながら、明日のオカズはなににしようかと考える。

函館の提督も悪くない。

おいしく、いただこう。

そうだ。

不毛な戦争だけに囚われる必要は無い。

文化だ。

これは、文化なんだ。

シャッ、シャッ、と線を引く音がする。

それが妙に心地よい。

 

うっすらと水平線が光り始める。

嗚呼、今日もまた徹夜をしてしまった。

 

数時間後。

私たちは初期艦の駆逐艦に揃って怒られてしまった。

彼女はこの鎮守府唯一の本来の艦娘。

頭が上がらない存在だ。

 

「出来上がったら、一番に見せてよね。」

 

彼女は複雑な表情でそう言った。

少し嬉しそうにも見える感じで。

 

 

 


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