はこちん!   作:輪音

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今回は五三〇〇文字程です。
後編は鋭意製作中です。
どす黒くなく書くって難しいですね。



CLⅩⅩⅩⅠ:明日に向かって、にほんかいっ! (前編)

 

 

呉第六鎮守府の先輩はとてもいい人なのだが、広島県と広島カープの話になるとやたら長くなる。

カープ女子希望の星である、水原勇気投手の話も長かった。

彼女はプロ野球初の女性選手だそうで、今も頼れる存在だ。

彼女に憧れる女の子も少なくなく、凋落著しい集客力を逆転させる原動力にしたいらしい。

私自身はプロ野球に興味が無いので、不知火がどうとか犬飼がどうとか言われてもよくわからない。

駆逐艦の不知火と違うんですか、と聞いたら怒られた。

不本意ナリ。

 

一九九一年に、野球協約から『医学上男子でないものを支配下登録出来ない』という条項が削除される。

それでも、女性プロ野球選手は一人も出てこなかった。

世界の海に深海棲艦が現れて日本は強制的に鎖国状態に陥り、厳しい経済情勢の中、プロ野球を観戦しに行く人が激減する。

この状況を広島県民はいたく嘆き、県民一体となって赤ヘル軍団を盛り上げようと努力した。

愛知県民や福岡県民や大阪府民も呼応して地元球団に応援歌を捧げる。

その過程で、初の女性プロ野球選手が生まれた。

そう。

希望の星、『姫騎士』水原勇気投手だ。

彼女を目指さんとする女子は実際に何人もいる。

何人もいるのだが、旧態依然とした多くの野球関係者たちは『女にプロ野球選手が務まるかよ』と旧世紀の考えを崩そうとしない。

愛好家が減り続ける現在進行形には関心が無いようだ。

年棒数億の選手が電脳上で批判されまくる時代なのに。

 

『姫騎士』の捕手を務めるのは『鉄の盾』武藤。

『迷将』岩田監督の采配や如何に。

 

今年赤ヘル軍団に入団した、『姫百合』の小笠原綸子投手にも期待出来るそうだ。

ゴスロリ金髪縦ロールの貴族令嬢的美女。

彼女の得意投法は『ドリームボールマークⅡ』。

正に、水原投手の後継者に相応しい魔球使いだ。

サウスポーの左打ち。

投げてよし、打ってよしのアイドル選手。

外見のみならず、実力派を思わせる娘だ。

熱狂的なファンを既に獲得し始めている。

富山県のエフエー・ワークスにて原画家をしていたという彼女。

ゴシックロリータな服装が標準装備の彼女は、野球イベントで『女ゴスロリ甲子園軍団』を率いてきたそうな。

思わず吹いた。

野球選手になりたい女の子たちをゴシックロリータな服装で武装させ、女は誰もヒロインなのだから泥にまみれて実力で勝利を勝ち取りなさいと励ましたそうだ。

古い旧い戦前の価値観が今も息づく野球のセカイ。

そこに一撃与える野球女子たち。

新たな変革の時を迎えるセカイ。

そういう戦いが見られるなら、球場に足を運ぶのも悪くない。

 

大正時代に東京の女学校の野球娘たちが学園生活を通じ、新しい時代の夜明けを作ろうとした話も知る。

小笠原貿易の令嬢たる小笠原晶子嬢が野球に興味を示し、野球部を編成。

その後、苦労を重ねて宝塚の女子プロ野球球団と対戦まで行ったらしい。

『日本版プリティリーグ』みたいな話だ。

綸子姫様は、小笠原晶子嬢の子孫だとか。

野球狂の魂は引き継がれるということか。

 

『負けて麗し、勝って美し』と評される彼女たちの後輩が続出した時、プロ野球は真の新世紀を迎えるのだろう。

 

あと先輩に関してだが、広島県が舞台の漫画やアニメの話を延々とする癖はなんとかして欲しい。

尾道や竹原の話はもう満腹であります。

 

 

かつて日本国内に於いて、『ブルートレイン』と呼ばれる寝台特急が走っていた。

七〇年代に生まれた夜行特急列車は列島各地を走り、文字通りに人々の足となる。

だがしかし。

古い車輌構造と高速バスや航空機の攻勢によって、段々時代の渦に飲み込まれた。

 

二〇一五年の列車運行表改正によって『北斗星』の命運は断たれ、『ブルートレイン』そのものが完全に消え去る。

しかしながら、政府や経済界の思惑程には現在も景気回復していない。

輸入元が限定される状況では、物品の値段がなかなか下がらないのだ。

高級な趣味嗜好品などは値下がりしない代表例だ。

例えば、たまたま輸入出来たドイツ製やイタリア製の万年筆に好事家や廃課金系収集家などが群がり、深海棲艦侵攻前には七、八万だった品を二、三〇万程で購入する。

不景気とは言え、金を持っている者はどこかにいるものだ。

そして、それを電脳上で自慢し炎上して失言暴言を繰り返すまでがお約束的展開。

下衆系権威主義者ほど自分自身の言葉に疑いを持たないから、事態は大抵泥沼化。

『金持ってない奴ら、妬みの塊!』と電脳上で呟き、アカウントを削除して逃亡。

リアルで会社に突撃され、大騒ぎになった部長さんを晒すのはやり過ぎだと思う。

一万円の万年筆を安物と言ったり、一〇〇円系ボールペンを不当に差別するのはよろしくないように思われるが。

 

悪い悪いは他人のみ

振り返らぬは人の常

 

新幹線の本数も、節電と乗客数の関係であまり本数が増やせない。

結果、『虫食い運行表』と揶揄される。

不満に充ちたデモ隊が度々旧國鐵本社に押し寄せ、結果、打開策を打ち出す公約が公式に発せられた。

 

その内の一策がブルートレインの復活だ。

大阪青森間を走る夜行列車がその第一弾。

時代錯誤と言われても押し切るのが政府。

生活水準が向上した時、また変遷変転流転するのだろう。

旧いセカイを捨てきって。

 

 

大本営に夜行特急列車に関して政府から打診があり、面倒がった大本営は舞鶴に放り投げ。

困った舞鶴は呉に相談する。

そして我が先輩が私を指名。

めでたしめでたし。

……ちゃうわいっ!

なんやねんな、この超展開はっ!

中世欧州風異世界転移小説かっ!

まあ、青森県にも大阪府にも関係した鎮守府提督って私くらいか。

……新潟とも縁があるし、受けるしかないかな。

そもそも、どうして大本営に打診が……ああ、経済に大きく関連する企業が我々を取り込み出しているのか。

四大鎮守府はがっちり食い込まれているしな。

横須賀以外は地域密着型だが、西日本偏重もよろしくない。

天秤は難しいものだ。

東京を目の敵にするのはわかるが、だからといって千葉群馬埼玉茨城栃木などを巻き込んでいいという訳でもない。

全国市町村の代表者が遠路はるばる陳情に訪れるのを無下に帰したくないけれども、情に棹させば流される。

知に働けば角が立つ。

とかくこの世は住みづらい。

 

 

結局、大本営から大阪商工会議所へ行くように指示が来た。

そして何故か、私の随伴艦が誰になるかで皆が揉め出した。

「間宮さんは今回、もしかして提督に付いて大阪へ行かれるおつもりですか?」

「鳳翔さん、なにを当たり前のことを仰るんです? 妻として夫に付いて行くのは当然のことだと思いますが。」

「あらあら、付き合ってもおられないのに、妄想が激しいんじゃありませんか? 提督の正妻は私ですよ。」

「確かに提督を見出だされたのは鳳翔さんです。でも、夫を思う気持ちに嘘偽りはありません。」

「いいでしょう。それでこそ、私の好敵手。ならば、味勝負しかありません。」

「望むところです。」

 

おおっ、と盛り上がる鎮守府内食堂。

ベータテープ使用の旧い業務用ビデオカメラを前にして、両名とも迫真の演技だ。

よくこんな台本を使っていることだ。

ところで私は目を通していないけど。

一体、どこに台本があるのだろうか?

飯綱(いいづな)町産の林檎を搾った生ジュースを飲みながら、私は彼女たちを観戦する。

満員御礼状態の食堂に林檎の香り溢れる。

こうして、大本営の青葉やマスターオータムクラウドたちの仕切る【因縁対決! 世紀の朝定食戦争!】の幕が切って落とされた。

なんだろう、この虚構と現実が入り交じる感じは。

 

おいしかったらそれでいいじゃないかと思うのだが、そう言うと何故かあちこちから怒られてしまう。

審査員は私と李さんとメリケン艦娘の戦艦ネヴァダ。

彼ら両名は既に大阪行きが決定済みだ。

李さんは大阪の味を知ってもらうため。

ネヴァダは攻防双方の面を考慮してだ。

審査員向きでない者ばかりな気がする。

 

金髪碧眼ツインテール隠れ巨乳にマントに釘宮ボイスと、記号てんこ盛りの武勲艦が話しかけてきた。

 

「ねえ、アドミラル。」

「なんでしょう、ネヴァダさん?」

「朝ごはん、ってコーンフレークスにヨーグルトをかけて、フルーツを載せたらそれでいいんじゃない? ミルクを飲めばそれで問題ないでしょ。野菜分が足りなければ、トマトジュースでも飲めばいいんだし。オレンジジュースやグレープフルーツジュースもいいわね。仕事を円滑に進めるためのパワーモーニングで、分厚いステーキを朝から食べるのは一種の験担ぎだし。」

「あー、まー、そういう食文化圏もありますねえ。」

「刑事だったら、珈琲にドーナッツでもいいんでしょうけど。」

 

李さんはどっちもおいしいと言いそうだ。

そういう人だ。争い事を嫌うし。

私もそっちに近い考えだけどね。

ある知り合いの提督だと、携帯糧食や即席食品で構わないとか言いそうだ。

 

大阪行きを早々に諦めてくれた子はいいが、食らいついている子もいる。

龍驤、雲龍、島風、吹雪だ。

聞き分けのいい子たちだとおもっていたが、もしや食いしん坊なのかな?

 

「なあ、提督。大阪へ行くのにウチを連れていかんて、どういうこと? 前回はこらえたけど、今回は意地でも憑いてくで。」

「私、逝く。提督と逝く。絶対。」

「提督。九州逝きは我慢したが、今回は観念してもらおうじゃないか。」

「ズルいですよ、司令官。こっそりおいしいものを食べようとされたって、そうはさせませんから。一緒に逝きましょう!」

 

なんだか微妙に不穏な気もするが、たぶん気のせいだな。

 

青森県黒石産の林檎のコンポートを試食しつつ、準備中の鳳翔間宮を眺める。

水泳部系競泳水着装備の鳳翔と、陸上部系セパレート型ブラ・スパッツ装備の間宮。

青対緑。

……その恰好に意味はあるのか?

水泳部対陸上部?

どちらも体にぴったりな感じで、目のやり場に困る。

そろそろ、審査員席に向かうか。

 

「興奮しているようだな、提督。」

 

私の右隣に長門教官が座る。

 

「あれらを鎮守府の制服にしましょうか。」

 

私の左隣に妙高先生が座る。

 

「どう思う?」

「どう思います?」

「あまりに扇情的なのはちょっと……。」

「大丈夫だ。全国の多感な思春期の女学生が公式にああいう恰好をするのだから、一切問題ない。」

「函館仕様ですから、青地に白線ですね。紋章も付けましょう。」

「あのう。」

「では公式に決定だ。」

「それがいいですね。」

 

教官と先生がしっかり私の手を握り締めている。

彼女たちが真顔で問いかけてきた。

 

「舐めてもいいか?」

「舐めてもいいですか?」

「ダメです。」

 

そして、 両名が激突し始めた。

踊り、燃える炎。

舞うフライパン。

流麗な包丁捌き。

芳しき香り漂う。

鍋が煮えてゆく。

ご飯が炊かれる。

中華鍋から火がほとばしってゆく。

出番を待つ焼菓子の甘やかな香り。

渾然一体となった匂いが食欲誘う。

 

 

鳳翔が作ったのは『上水内(かみみのち)流朝定食』。

ご飯は長野県飯綱(いいづな)町産の米を使用。

汁物は飯綱町産信州天狗味噌を使った豚汁。

主菜は飯綱町産地鶏を使った李さん直伝の油淋鶏(ユーリンチー)。鶏肉の甘酢がけで、パリッとした皮の食感がいいのだ。

小鉢は飯綱町産蕎麦を使ったミニそば。

付け合わせはカレーきんぴらごぼう入りミニおやき。

鶏卵料理は出汁巻き玉子。

漬物は野沢菜漬け。

煮物は飯綱町産野菜を使った季節の筑前煮。

とどめの甘味は飯綱町産英国林檎の砂糖煮入りスコーン。

 

対する間宮が作ったのは『海鮮朝定食』。

ご飯は七飯町産の米を使用。

汁物は富山県氷見(ひみ)名物のかぶす汁。魚のアラたっぷりで、海老や魚の擂り身などが入った味噌仕立てのものだ。ちなみに味噌は道南の八雲町産。

主菜は一夜干しの釧路産秋刀魚の焼き魚に大根おろしを添えたもの。水分が抜けて旨味の凝縮した味わいに箸が止まらない。

小鉢は李さん直伝豚の角煮。柔らかい味わいに奥行きのある深味を楽しめる一品。

付け合わせは小田原風揚げ蒲鉾。

鶏卵料理は温泉卵。

漬物はキャベツと胡瓜の浅漬け。

煮物は雪花菜(おから)煮。

甘味は黒石産の林檎を使ったタルトタタン。

 

半人前ずつ作られた品を交互に食べ、旨さを判定するのだ。

皆の視線を浴びながら、適切な一言を口にするのは難しい。

鳳翔間宮の視線がおっとろしい。

食い入るような食い付くような。

願いと希望と不安とが混ざった。

困ったなあ。

ちらりと両隣に視線を飛ばした。

ネヴァダは意外と箸使いが巧い。

淡々と食べ少し考えまた食べる。

膨大な計算が脳内で演算中かな?

李さんはにこにこしつつ食事中。

直伝系の料理は特に嬉しそうだ。

慎重に口に入れ、堪能している。

正直、甲乙付けがたい味わいだ。

どないすっぺ。

判定の時間がどんどん迫り来る。

遅滞戦術の阻止限界点が近づく。

ヤバドゥ! ヤバドゥ!

所で何故両名とも胸を強調する?

ちゃうやろ、それは。

 

スコーンとタルトタタンの時間。

いよいよ対決列島最終戦の時間。

大英帝国と仏蘭西とが甘味激突。

甘酸っぱい戦争が口内に拡がる。

むむむ。

ネヴァダが小声で囁く。

 

「どうする?」

 

うーん。

 

「どちらも、おいしい、です。」

 

李さんも囁く。

いかん。

我々だと結論が出ないかもしれない。

小田原評定は出来ない。

ならば。

ひそひそと審査員全員で素早く協議。

 

そして。

私は口を開いた。

 

 

 





『坊ノ岬の勇者』の初霜が果敢に突撃してゆく
二丁機関砲の五十鈴がそっと微笑みを浮かべる
香取が静かに鞭を振って戦いの狂想曲を奏でる
呆然と立ちすくむ函館の提督の胸に
困惑の雲が広がる
大阪
お好み焼き
たこ焼き
素うどん
にゅうめん
かやくご飯
ホルモン焼き
そのうまいもんの土地に
どんな運命が待ち受けているのか
ブルートレインを復帰復活させようとする
歴史の歯車が動き始める
緩やかにしかして確実に
今も絶えなくきしむ経済をなんとかすべく
肩幅の未来をなんとかしようと足掻きゆく
理想を抱いたまま溺れる者
野心に身を焦がし尽くす者
大海は混沌として広すぎて
やがて皆力尽きて流される
そうなってゆくと知りつつ
今日もまた挑む者が現れる
勇者
勇気を胸に秘めた戦士
きっとなんとかなるさ
希望と夢と愛を抱いて
うねりへと飛び込んでゆく
時代の変革を期待しながら
ドリームボール投げながら
美女投手は今日も戦いゆく
きらめく明日を信じながら
暁の水平線へと駆けてゆく

次回、『明日に向かって、にほんかいっ!』後編。

Not even justice, I hope to get to truth.
真実の明かりは見えるか?


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