今回は五三〇〇文字程です。
飯テロ……は時折やっていますが、糖分高めの甘々回にもなっております。
ご注意くださいませ。
物価と収入との兼ね合い。
日常生活必需品の値段帯。
国内の流通。
配給券、整理券。
ガソリンはどれくらい出回っているのか?
『戦前』と『戦中』でどれくらい生活に差が出ているのか?
石油と生産の関係。
市場経済情勢。
雪のある暮らし、ない暮らし。
如何に現状打破するかに腐心する人たち。
セカイの呼吸感。
そうした事柄を考えると実に悩ましいのですが、そういったことごとが案外大切なのではないかと愚考します。
現実と虚構が互いを求めて静かに絡み合う、寒い夜。
クロス・ミッドナイト・ヘヴン。
「明日もよろしくお願いしますね!」
昨夜、そう言っていた頑張る系女子が朝起きてこないので部屋へ様子を見に行ったら、『ご免なさい』系書き置きを残し遁走していた。
あ~あ、またかあ。
これでおおよそ二〇〇人になった。
この五年間の村から出て行く人数。
来ては出て、来ては出て、留まる者は二割に満たない。
それでも受け入れ続け、信じ続けないといけないのだ。
どちらが悪い、というよりも価値観の相違が主原因だ。
今の時期はまだそんなに積もっていない。
完全な陸の孤島にはなっていないからな。
先一昨年みたいな状況は、二度と味わいたくない。
あれは本当に過酷な状況だった。
江戸時代や戦前を地で行く生活。
崩壊寸前の自治体が続出したとか聞き及んでいる。
雪の中で困ってなきゃいいが、と思って探索に行ったらどうやら彼氏が迎えに来たようだ。
彼女が一度携帯端末の画面で見せてくれた、あのチャラいホスト風の兄ちゃんか?
やさしそうな感じではあったが。
車の轍(わだち)が残っている。
なんちゃって、だったのかなあ?
陸の孤島での生活は無理だったか。
ダメだと思ったらあっさり撤退か。
それもまた賢いやり方なのだろう。
明日に向かって、えくそだすっ! ってやつがコレになっちゃうのか?
この古びた昭和系雑貨屋の店員が、これでまた一人減ってしまったぞ。
むう。
で、この店だが、江戸時代は商家だったらしい建物を好事家(こうずか)が明治の頃に買い取り、改築したのが始点となっている。
戦後になってその子孫が二束三文で売っぱらったのを、俺の爺さんが購入した。
そして、このよろず屋が我が家になった。
俺が三代目として現在も店を構えている。
酒、日曜雑貨、お菓子、乾物、化粧品、文房具、大和ラムネなどを扱い、付属した小さな食堂では蕎麦と豚丼を提供している。
豚丼には味噌汁が付き、それぞれ日替わりの小鉢が一品付く。
親爺までの代は飯屋の比重も大きかったらしいが、めんどいので二品に変えた。
最近、品数を増やして欲しいとの要望が出始めている。
村の食堂では飽き足らない若い世代や、よそから移住してきた面々がなんやかや言ってきていた。
増やすとしたら丼物かな。
きつね丼はどうだろうか?
丼汁でさっと煮た細切りの油揚げ、蒲鉾、長葱をご飯の上に載っけたものだ。
これなら手早く作れる。
長葱は村でも作っているし、油揚げは近所の豆腐屋に頼めばいい。
蒲鉾といった練り物はそれなりに手に入るから、特に問題はない。
このきつね丼を玉子でとじたら、今度はきぬがさ丼へとなる。
蒲鉾、椎茸、三つ葉を玉子でとじると、木の葉丼に早変わり。
この木の葉丼には、焼きたての揉み海苔を掛けるのが特長だ。
きつね丼、きぬがさ丼、木の葉丼と三品目の経済丼を加えたら上々だろう。
夏に広島檸檬仕様の自家製レモネードを販売したら、存外村のお年寄りにも受けた。
原材料は国産檸檬、砂糖、蜂蜜、水、氷。
自分用には檸檬の蜂蜜漬けを元にし、炭酸水で割って飲んだ。
ハイカラじゃあ、ハイカラじゃあ、とご老人方は言っていた。
この村はハイカラという言葉が今も生きている。
現在は甘酒が季節商品だ。
純米酒の酒粕に砂糖と生姜と水を加え、熱したら出来上がり。
簡単おいしい甘酒の完成。
爺さんや親爺も作っていたそうだが、やはりだいぶん味が違うらしい。
これはこれで乙な味だよ、と言われた。
あと、なんか雑誌の取材がたまに来る。
なんだか珍しい建築技法を使っているらしいが、俺にはよくわからん。
近所の和菓子屋にも、取材が時折入る。
洋菓子やパンも売っている昭和の店だ。
東京がダメになりだしてから、そちら方面よりの疎開者が増えている。
山間部の村落で限界集落数歩手前が現実問題なので、最初は皆喜んだ。
純粋に嬉しかったんだ。
だけど、現実はドラマや映画みたいに理想的な展開とはならなかった。
田舎へと疎開する大抵の人は、『田舎でスローライフ』が目標らしい。
農業は楽でもなんでもなく逆に厳しいくらいなのだが、そういう話をされても未経験者にはよくわからないんだよな。
起業ったって、市場がそんなに大きくないから需要供給の綿密な計算は必須事項だ。
日々の誤解と不理解が重なって精神的負荷に繋がり、やがてなにもかもが厭(いと)わしくなってくる。
それが臨界点に達した時、去ってしまうという寸法だ。
気遣いを幾らしたって、考え方が違いすぎると受け入れ難い。
それらを乗り越えた人たちだけが、田舎に適応出来る。
この村は画面の向こう側じゃない。
血肉のある人々が住む場所なんだ。
村の特産品は米、林檎、味噌、清酒、薩摩芋、日本蜜蜂の蜂蜜など。
近年は林檎の加工品にも力を入れ、濃縮還元果汁ではない本物のジュースの販売も強化している。
林檎のジャムに林檎酢に林檎寒天に干し林檎に林檎酒に林檎糖。
林檎入り芋羊羮を新たに開発し、村の商標力を高めなん、いざ。
林檎の砂糖煮入りのスコーンも試作中だ。
京阪神方面のお洒落系商店へ積極的に働きかけているし、生き残りをかけての群雄割拠なこの過酷極まる時代になんとか適合すべく皆知恵を日々絞っている。
搾りたての林檎ジュースを飲みながら。
女子向け爽やか純米酒も鋭意開発中だ。
最大の問題は、この村に働く場所があまり無いところ。
選択肢が事実上殆ど存在しないところも、問題だった。
お洒落なスイーツの店とか、カフェとか、コンビニエンスストアとか、そんなものも無いのだ。
地方百貨店に行くのだって一日がかりだし、その肝心の商業施設も昭和の香り漂う店内と品揃えだ。
食事どころはザ・昭和の食堂だしな。
そこの炒飯が旨いので、たまに出掛けた時は食べている。
今は林檎の収穫時期なので、総動員令が発令されていた。
凍るような冷気と雪風の中を突破しながらの収穫作業だ。
舞風は時として吹雪になり、深雪や根雪の元へ変化する。
これで、都会から来た人は参ってしまう。
二週間か三週間くらいはなんとか頑張るが、これが数ヵ月続くと怖じ気づく人さえ出てくる。
林檎加工場の仕事を回したりもするが、発作的に逃げ出す人はどうにもならない。
やれやれ。
「『彼女』には失望したよ。」
「仕方ないさ。都会っ子だったからね。でも、それなりにもった方じゃないかな。」
「提督は女の子に甘過ぎる。」
「いやいや、性別ではわけていないからね。その辺は誤解なきように。」
「そうかな? 提督は僕にだけ甘くしてもいいんだよ。そうだ、そうするべきだ。」
「それこそ、誤解を生む元だ。」
少しムッとした顔の美少女。
トキサメちゃんは海沿いの街からやって来た。
中学生から高校生にかけてくらいの子だろう。
しっかりした女の子でほんのり甘えん坊さん。
村では一人でも若手の実働戦力が欲しいから、過去や細かいところには触れない。
それはこの村の美点でもある。
相手の過去を根掘り葉掘り聞いたために、疎開者が殆ど来なくなった村さえあるからな。
しつこく聞くことがどれだけ相手を怒らせるかがわからない限り、そうした村に他所から人が移住することはあまり無いと考える。
総出の林檎狩りが終わり、芋煮を振る舞ってもらってほっと一息。
勇敢且つ可愛いトキサメちゃんが、いつの間にか俺のそばにいた。
「流石に冬が来て雪が積もると寒いね。……提督、手が冷えているじゃないか。早くおこたで温まろうよ。」
そう言えば、トキサメちゃんは何故か俺を『提督』呼びする。
最近の流行りなのかな?
武装少女の艦娘たちが、基地司令官のことをそう呼ぶと聞いたことがある。
この年代特有のお遊びかもしれない。
若い女の子の流行ってよくわからん。
朝食後、貴重なガソリンを入れた積載性優先型商用車系箱形車輛に乗って、商品の仕入れへ出掛けることにした。
週に一、二回は近郊の市に出向いて情報を集めるように努めている。
早く出かけないと、帰り道は真っ暗闇の中を走ることになるので要注意だ。
夕方五時になると、闇の支配下になってしまうからな。
道がより滑りやすくなるし、鹿や猪などにぶつかると車が大破してしまう。
よいことなどなにもない。
村のお年寄りたちに御用聞きをして、いざ出立ナリヨ。
来年になると、村から出ることさえ大変になってくる。
林檎は今年中に売るもの、雪中林檎にするものとに分けなくてはならない。
儲からないけど、忙しい。
車輛点検を始める。
トキサメちゃんが近づいてきて、上目遣いをしながら俺に話しかけてきた。
「僕も一緒に行っていいかな?」
「いいともさ。」
ボロい車に乗り込んでエンジンをかけ、暖気を始める。
彼女は肩掛け鞄の中から深紅のマフラーを取り出した。
「提督が風邪を引かないように、ってマフラーを編んだんだ。……もしかして、迷惑だったかな?」
「ありがたく、使わせてもらうよ。」
「ほら、僕のとお揃いなんだ。」
「ははは、まるで兄と妹だね。」
「そこはちょっと違うんじゃないかな。」
昼前に街へ到着。
相変わらず、駅前商店街の活気が無い。
閉めたままの店舗が増えているようにさえ見える。
いつも停める立体駐車場もガラガラだ。
いつもの百貨店に立ち寄り、いつもの食堂でいつもの大盛り炒飯を食べる。
卵と長葱と叉焼の三位一体技だ。
これだよ、これ。こういうのがいいんだよ。
スープやザーサイもいい味わい。
トキサメちゃんは日替わり定食にしていた。
鶏の唐揚げと八宝菜と麻婆豆腐。
幾つか買い物をして、大型商業施設へ向かう。
ガラガラの駐車場に余裕で車を止めて、賃貸型店舗があちこち抜けている中をぼちぼち歩いた。
那珂ちゃんの溌剌(はつらつ)とした歌声が空々しく響く施設は、まるで活気が感じられない。
ここもヤバいかな。
年末でもないのに、三割引四割引の幟(のぼり)が目立つ。
個人事業者ではその傾向がより顕著だ。
堅調な商売をしているように見えない。
旅行会社では冬の北海道を宣伝しているが、小冊子に手を伸ばす人はいても席に座る人は見かけない。
函館の五稜郭やトラピスト修道院がお洒落な写真になっているが、どれだけ効果があるのかね?
「その内、提督と一緒に函館へ行ってみたいね。」
「あ、ああ。」
「熊に会えるのかな?」
「函館鎮守府にはいるらしいよ。」
トキサメちゃんがうっとりと小冊子を眺めている。
どうやら、効果はあったようだ。
文房具屋では商品の多くが半額だった。
気まぐれで万年筆とやらを買ってみる。
ノートやその他細々したものも買った。
仕入れるよりも安くなっているじゃん。
トキサメちゃんにはボールペンとその替え芯を買ってあげた。
国産品のかなり上級な感じの品である。
俺の万年筆と対になる製品なんだとか。
一足早い、クリスマスプレゼントとして彼女に進呈したのさ。
非常に喜んでくれたので、買った甲斐があったというものだ。
店主と雑談すると、来年の春には畳む予定なのだと言われた。
世知辛いのう、世知辛いのう。
パン屋に行くと、タイムセールにて安く買えるとのことだったので沢山買う。
村の高齢者たちも喜ぶだろう。
トキサメちゃんから下着を選んで欲しいと言われ、とても困った。
どれを着た姿が見たい? って聞かれて、しどろもどろになった。
こういう悪戯っ子めいたところが、彼女には見られる。
からかい上手のトキサメちゃん、ってとこだろうかね。
いつもの問屋に寄り、いつもの商品を仕入れる。
今後、東日本の不景気が加速するおそれさえあるとの話になった。
親爺さんに、特別純米酒と林檎ジュースとジャムの詰め合わせをお歳暮に渡す。
今年は後二、三回訪れたらいい方かな。
林檎の収穫を手伝わなきゃならぬしな。
なにがどうなるか分からないご時世だ。
今のうちに、出来る限りの手を打っておくべきだと思う。
いつものガソリンスタンドに立ち寄った。
値段が若干下がっていたので少し嬉しい。
いつもの陽気な兄ちゃんが、なんだか悲しそうな顔をしている。
来年の春に閉鎖されるのですと言われた。
仕事を探している最中なんですよ、とも言われたのでオラが村を勧める。
彼の仕事ぶりは知っているし、人柄も安心出来る。
正直、欲しい人材だ。
考えておきます、と言われた。
冬の日が翳(かげ)ってゆく。
周囲が加速度的に暗くなってゆく。
帰りの車の中、ぽつりとトキサメちゃんが呟いた。
「僕はまだ、ここにいてもいいのかな?」
「勿論さ。いてくれないとむしろ困る。」
即答だぜ、即答。
どんどん空が薄暗くなって、雪が舞い始めた。
車の中にいても、風の音が聞こえる。
びょおびょおびょおと聞こえてきた。
白雪こんこん、降り積もる。
かまくらの準備もしとくか。
彼女に話しかけてみようか。
うつむいたまんまだしなあ。
「昨日も今日も雪だな。」
「止まない雪はないさ。」
「そうだな、春はその内来る。」
「春を提督と一緒に迎えられるのは、僕にとって嬉しいことさ。何時までも提督と一緒だよ。」
「お、おう。」
真っ暗になりきる寸前に村へ着く。
灰色の空の下、俺たちは仲よく手を繋いで店舗兼住居へと戻った。
季節は寒いが、心は温かい。
その途中。
不意にトキサメちゃんが俺の耳を噛み、ふうっと息を吐きかける。
お、おうっ!?
「わかっていると思うけど、浮気はダメだよ。」
年齢と童貞年数が等記号の俺に向かい、彼女は艶めいた声でそう言った。
燃える魂ある故に
人はそれに呼応する
激しく静かな燃焼
けして消えぬ想い
高らかに唄うことなく
人は日々の営みを続ける
誇りを持ち花咲く日を
密かに夢見て
雪の中にてひっそり微笑む
強い意志
それこそが生きてゆく力
Not even justice, I hope to get to truth.
真実の明かりは見えるか