建造器から出てきて最初に聞こえてきたのは、失意と落胆のこもったため息だった。
おそるおそる提督を見つめる。
その瞳は絶望に彩られていた。
生まれは寒い北の国。
さほど間を置かず、どんよりした雰囲気の提督と秘書艦の三名で暑い国へと向かう。
もぎたての林檎の箱を携(たずさ)え。
南下南下南下。
有無を言わさずの南下。
気温の変化は著しく、人の変化は鈍い。
不安を抱えながら、私はこれから所属する鎮守府へ思いを馳せた。
私は人間ではない。
ロボットでもない。
艦娘という存在だ。
戦前もしくは戦時中に建造された艦艇の魂を中核にして、人の形を得たツクリモノ。
先輩によると、半分精霊のようなモノらしい。
ニギミタマの一種だという説もあるとか。
三艦隊に満たない艦娘の所属する鎮守府で、私は遠征任務を担当することが決まった。
戦艦も正規空母もいない基地。
軽巡洋艦二名に軽空母が一名。
重巡洋艦も以前は一名いたが、既によそへ転属してしまっている。
潮風を受けながら、荒波を越えて資財を運ぶ。
華やかに激しく生きるのが本来の艦娘の生き方ならば、私はそれに見合わない暮らし方をしていることになる。
提督は怒鳴らない人だったけど、厳しい言い方で相手を追い詰める類いの人だった。
「ふん、この程度の性能か。第一艦隊は到底無理だな。特にすぐれた面の無いお前でも、遠征任務くらいはこなせるのだろう? せめて食い扶持くらいは稼いでもらわないとな。」
はっきり言おう。
なんのために生まれ、なんのために生きているのかわからない。
合成食品中心の味気ない食事。
ぼそぼそした食感で香料くさい林檎風味の棒状栄養機能食品をもそもそと噛み締め、薬品くさく油っぽい栄養補給系飲料をずるずる飲み干し、濃縮還元系野菜風味のスープ風お湯をせっせと口元に運ぶ。
しなびた野菜屑や芋の欠片でも入っていたら万々歳だというのが悲しい。
微妙にギスギスした艦娘関係。
連携など夢のまた夢って感じ。
そそくさと胃袋らしき場所へ食べ物を納入し、さっさと入渠施設兼浴室から出て、目立たぬよう目立たぬよう息を潜めながら生きてゆく。
出る杭は打たれる。
そんな場所だった。
協調。
協調。
協調。
有りもしない幻想を抱いて、旧い弾薬と魚雷を抱きながら任務に励む。
詰まらない繰り返しの日々でも、一条の明かりが差し込むことはある。
こんな私にも友達が出来た。
大人しい感じの子だけど気立てがいい。
きっといいお嫁さんになれると思った。
きちんとものの見える提督限定だけど。
そんな日常が当たり前だと錯覚していた矢先。
よその鎮守府の支援任務に進発した第一艦隊が、壊滅的被害を受けて帰投した。
敵艦隊の待ち伏せを喰らったのだとか。
作戦の情報が漏れていたのか、或いは暗号を解読されたのか、もしくは誰かが密通しているのか。
それとも……。
低速の軽空母が最初に開幕雷撃を浴びて、呆気なく轟沈。
軽巡洋艦一名も魚雷多数と戦艦級砲撃の双方を喰らって、程なく撃沈。
残った軽巡洋艦一名が殿軍を担当して駆逐艦たちが撤退。
追撃を受けて、駆逐艦二名が轟沈。
残った一名も報告直後に昏倒した。
それを見て、提督はチッと舌打ちした。
流石に艦娘全員の顔色が変わったけれど、彼は全然気づいた様子を見せなかった。
気づいても知らん顔をしたかもしれない。
私の所属する鎮守府は、この戦闘らしきものすらなき一方的蹂躙劇的一戦で機能不全に陥った。
同じ艦隊に攻められたら、あっという間に陥落するだろう。
駆逐艦しかいない鎮守府。
二艦隊に満たない鎮守府。
提督は荒れに荒れたけど、どうしようもないんじゃないかな?
それからの二ヵ月は思い出したくもない。
だが、やはり悪いことは出来ないらしい。
金銭面の横領が発覚して、提督は憲兵隊に拘束されて鎮守府から去っていった。
私が所属した頃から調査が内密で行われていたのだと、提督の逮捕後に聞いた。
私は遠征を頑張ることにした。
他の任務はわからないからだ。
友達と一緒に任務をこなしてゆく。
彼女と一緒なら、困難も悪くない。
折角、現世に顕現出来たのだ。
幸い、新しい提督がその内艦娘数名と共に着任すると聞いている。
ならば、新しい指揮官が来るまでに資財を増やすことこそ得策だ。
次の提督がいい人だといいな。
授かった命を情熱という燃料で燃やし、生きていこう。
美しく散るその時まで。