今回は六六〇一文字あります。
鬼畜と思われている人がなにを考えているのか、それを考察するのは難しいです。
書いたからといって、その人物が理解出来ているとも限りません。
堂々巡りになりつつ、伝説のたらしを復活させる呪文をば唱えん。
ささやき……ささがきごぼう……いのり……しのわずり……えいしょう……ねんしょう……あみのしき……ねんじろ……ねんどろいど!
*おおっと*
兄貴が殺られたことを知ったのは、俺のフロイラインから渡された新聞の朝刊によってのことだった。
そういやあ、兄貴たちからはずいぶん馬鹿にされたものだ。
薄のろで愚図でドジで間抜けで気弱で頓馬な愚弟だってな。
バラバラになっていたのを、登山者たちが発見したと書かれていた。
潜入工作に失敗したんだろうなあ。
ちなみにだが、一番上の兄貴はめった突きにされて殺られたらしい。
こっちもなんかしくじったんだな。
その内俺もそういう残酷な最期を迎えるのかもしれない。
いずれにせよ、井頭家の男たちにふさわしい死に様だな。
俺は芋虫。
醜く蠢(うごめ)く、嫌らしく貪り喰らうだけの卑しき芋虫。
闇に隠れて生活をする存在。
ひねもす喰らい続けるだけ。
旧幕府軍遊撃隊として箱館戦争に参加した連中がいるけどよ、俺には逆立ちしたってあんな真似なんざ出来ねえ。
てえした奴らだぜ。
クーデター起こした反政府軍に、真っ向から立ち向かったんだからな。
ああいうおそるべき胆力は、一体どこで身に付けられるもんなのかね?
俺の装備。
ジャージは防寒防暑耐弾防刃防水防風透湿性伸縮系素材で出来た国産品。
真夏日も真冬日もこれ一着で対応可能だ。
下着だが、シャツもトランクスも靴下も国産品。使い勝手がいいぜえ。
俺のフロイラインたちが買ってきてくれるのはいいんだが、着なれない内に新品に変わっているのがなんとなく気になる。
靴は鉄板入りの安全靴。
決闘の多い日も安心だ。
タオルは今治産の逸品。
財布と小銭入れは甲州印伝で、フロイラインたちが選んだ。
いつも持ち歩くボールペンもそうだ。
メモ帳も日本製で、主に他者の弱みを……おっとこれ以上はシークレットだ。
わけえ頃はあちこちの桃色作品に出演したもんだが、やらかし過ぎて業界から追放されちまった。
「思いっきりやってくれ。」と言われ、本気にしたら「なにやってんだてめえは!」てな扱いだ。
ねーちゃんたちは喜んでたのによ。
まさに若気のイタリアローマだな。
人生経験をかなり積ませて貰った。
ん?
鎮守府で用務員の募集?
へへっ、悪かねえ話だ。
こいつに応募でもするとしようか。
この喜作様にふさわしい職場だといいがな。
「ご飯が出来ましたよ、ご主人様。」
「た、玉子焼きは私が作りました。」
「キサクッチー、一緒に食べよっ。」
前に壊し……おっと倒産した隅本製薬の受付をやっていた百々子が、旨そうな朝食を卓袱台(ちゃぶだい)に載せ始める。
手伝うのは宏海とマリカの二人。
三人全員、俺のフロイラインだ。
どいつもこいつも美人で嬉しい。
元先輩や同僚だった会社員たち。
昔馴染みの元女優が会長秘書に転職しやがって、お情けに斡旋(あっせん)してくれた組織にいた宝物だ。
あいつに言いたいことは山ほどあるが。
課長まで昇進したから、よしとすっか。
あの会社は無駄に美人が多かったなあ。
何人か食い散らかして勿体無かったか?
ま、この三人が優秀過ぎたってことだ。
潰れちまった会社は元に戻れねえんだ。
株価の暴落で大騒ぎになっていたよな。
使途不明金はどこへ行っちまったかね?
あの女も今ではどうしていることやら。
その内どっかにマンションでも買うか。
中古で住みやすいお値打ち品な所をな。
くくく。
炊きたての飯綱(いいづな)町産の白米に信州味噌を使った馬鈴薯と玉葱の味噌汁。
手製の漬け物に玉子焼きに焼き魚。
こいつの実家は長野県北部にある農園だから、その縁で信州産のブツが比較的簡単に入手出来たらしい。
こないだはおやきっていう饅頭みたいなもんを食わせてもらったが、あれも割と旨かった。
女たちはこれから派遣の仕事に行くのだ。
なんでこのフロイラインたちは、つまらん俺なんかに付いてきたのかねえ。
ちっとばかし誉め称えたり、ちょっとしたもんを贈っただけだってのにな。
全員、後生大事に持っていやがる。
ボールペンとか装飾品なんかだが。
この部屋も六畳一間だってのによ。
よくわからん。
早い内に引っ越しをしようと思う。
毎晩可愛がってはいるが、それも多少は関係しているのかね?
百々子の実家の農園で作られたとかいう林檎ジュースの味わいに似た甘酸っぱさを感じ、なんだかとってもむず痒くなる。
フロイラインたちがちらちらとさりげなく誘ってくるんだが、朝からはしたねえぞ。
わざとらしい。
やらんからな。
今日はな、賭け事にエナジーチャージすんだよ。
溜め攻撃すんだからよ。
ちらちら見せるなよな。
悶々村々するだろうが。
俺の備中鍬でお前らの田畑を耕せってか。
こいつら、男を知らなかった頃に比べるとどんどんはしたなくなってきていやがる。
俺の特殊な趣味嗜好を、理解しようとまでしやがって。
なめんじゃねえ、なめるぞ。
まったく、困ったもんだぜ。
部屋は寒いが、こいつらの欲は煮えたぎるように熱い。
やたら殺気だった競馬場へ行き、勘のよさそうな奴を見つけてそいつのおこぼれにあずかる。
くくく。
俺の口車にかかったらチョロいもんよ。
気のいい奴で、いろいろ教えてもらう。
ふん、あめえなあ。
ええとこのぼんか?
女連れで来るたあ、世の中なめてるな。
こういうとこはよう、わびしい男が一人ぼっちで世のはかなさと孤独と自由をさみしく噛み締めつつひっそりこっそりと小遣い稼ぎを……なんだ、女もいささか多いじゃねえか。
俺のフロイライン並みにハクいスケがいたら声でもかけて持ち帰ろうかと思ったが、目の血走った女ばかりだったのでやめといた。
あの女を見かけた気もするが、勘違いだと思う。
まあ、男も殆ど目が血走っていたが通常運転だ。
最終レース終了後に札を数えてみたが、そこそこ儲かっていた。
うひょひょ。
よしよし。
へそくりの大金も悪かねえが、目の前の小銭稼ぎは快感が走るぜ。
俺自身は根っからの博徒なのかね?
へへっ、それなりに食い扶持を稼がないとな。
奮発して、場内の食堂でカツカレーを食った。
意外とうめえ。
快活な美人が作っている。
ああいう女もいいよなあ。
なんかムラムラしてくる。
生ビールと黒生ビールのハーフ&ハーフ、フライ盛り合わせ、牛筋の煮込みにポテトサラダを追加で頼んだ。
こぎれいな店なんて落ち着かねえから、こういう雑多な雰囲気の方がずっといい。昼から呑む酒はうめえな。
ツインテールの娘と黒い短髪の娘と桃色っぽい色の髪の娘とが、仲よく牛筋の煮込みを旨そうに食べていた。
賭け事をしなくても、食堂では食事が出来るんだな。
中学生かねえ。
発育はよさそうだが、ちと若すぎるな。
夕方。
駅前の立呑屋でホルモン焼きを食いつつポン酒をひっかけていたら、真っ黒なスーツを着た胡散臭い男から話しかけられた。
「ホーッホッホ。喜作さん。お兄さんたちの保険金受取人である貴方に会えて、今、私はとても幸運に恵まれたと思っていますよ。」
「なんだ、おめえは。」
「はい、私はほんのしがない正直且つ真っ当なセールスマンでして。」
名刺をすっと渡された。
保険会社の社員なのか。
へりくだって喋ってはいるが、目が笑っていない。
こいつ、絶対ただもんじゃねえな。
俺のペルソナが気をつけろと囁く。
魔羅様が魔力を高めながら笑った。
こいつぁ、ちっとばかしヤバいぜ。
書類を見せてもらう。
ぱらぱらとめくった。
うーん。
酔っぱらった頭じゃよくわからんなこれ。
脳内警報はガンガン鳴りまくっているな。
「お名前を書いていただくだけで、お兄さんたちお二人の保険金が貴方のモノになります。」
囁くように黒いセールスマンが言う。
なんかやべえ。
直感が働いた。
この手触りは……羊皮紙?
まさか……魔羅様が具現化しそうだ。
契約?
なんの?
これは一体……。
よしっ!
日本人お得意の先送り戦術を実行すべし!
「酔いが醒めたら、改めて読ませてもらうぜ。」
「わかりました。では後日。」
あっさり引き下がったので拍子抜けする。
一瞬目を放した隙に、奴は消えやがった。
なにもんだ、あいつは?
ホルモン焼きを一生懸命作っていた小学生から、追加の串を貰う。
気の効く、よく出来た少女だ。
この娘の親爺がまたいんけつな奴で、俺の腐れ縁系悪友でもある。
今もどこかで博打をしているのだろう。
別居中の女房への操でも立てているのか、女関係はきれいなのがまだ救いなのかもしれない。
たまに会って夜を共に過ごしているとか。
一度こいつの嫁さんに会ったことがある。
なんでこんな才媛の美人が、あんなバカ野郎様とくっついたのかと驚いたものだ。
思わず口説きそうになった位のいい女だった。
女に奴への未練がこれっぽっちも無かったら、とっくに食っていたところだ。
出来るオンナは出来ないオトコに惚れるもんだ、とバカ野郎様の元担任が言っていたのを思い出す。
そういうもんかね。
酒にも女にも耽溺しないからまだマシなのか?
んで、時折俺がこの店に通っているって訳だ。
売上金貢献役兼用心棒ってか。
甘い菓子の箱を土産に手渡す。
これでも喰らいやがれってな。
お高い羊羮だからよう噛んで食うんやで、と言ったら何故かバカ受けした。
「あんな。」
「ん?」
「ウチのお父はんとお母はんやけどな、一緒に暮らして欲しいとは思うけど、お父はんがダメ人間やからな。もうちょっと、どないかなったらええんやけどなあ。」
「そうか。」
「たまにお母はんが夜中にこっそりやって来てちちくりおうとるけど、やっぱり好きおうとるんやないかとヤキモキするわ、ほんまもう。お母はんがやさしゅうするとお父はんが泣くんやで。女と男の関係って、ほんまようわからん。」
「ちちくりおうとる、ってお前なあ。」
「寝たふりせんと、せえへんけどな。」
「他のもんにはそんなこと言うなよ。」
「言わんわ。おっちゃんだけにやで。」
「なんでだ。」
「なんでかなあ。おっちゃんやったら、なんや安心出来るからかなあ。」
「そうか。」
「あんな。」
「なんだ。」
「ウチもお母はんみたいに、チチが大きゅうなるかなあ?」
「さあな。」
「おっちゃんは大きい方が好き?」
「大きい小さいは関係ないかな。」
「そっか。なら、どっちになっても安心やな。」
「なんでそんなことを聞くんだ。」
「嫌いな男にチチの話はせんで。」
「そうか。」
「そいでな、お母はんはお父はんのとこへよばいに来る時、お手製の寿司を持ってきてくれるんや。」
「寿司、ねえ。」
「巻き寿司、バッテラ、玉子巻き寿司。どれもおいしいんやけど、まだ戻らん方がええゆうたせいか、こっそり朝帰りするんよなあ。」
「お、おう。」
「おっちゃんはそういう経験ある?」
「い、いや、ないなあ。そ、そろそろ帰るから、勘定を頼む。」
「はーい。せやせや、おっちゃん、今度ぜんざい食べに行こ。」
「ん? 好きなのか?」
「うん、めっちゃ好きやで。」
「そうか。なら、行こうか。」
「お誘いを待っとるで。」
「おう、腹一杯食べさせてやるからな。」
翌日。
人類の防衛線とかいう、鎮守府とやらへ面接に行く。
案外近場にあるもんだな。
寂れた漁港の建物を改装して使っているらしい。
エコってか。
古民家カフェみたいなもんか?
……違うか。
基地責任者の提督とかいう奴は太っちょ親爺で、俺と同類の小悪党めいたにおいがぷんぷんしやがる。
たぶん、こいつはここの艦娘たちを……。
けっ、俺の考えが当たっていたら、ここの指揮官は更迭されてもおかしくねえ筈だ。
なにか特殊な能力でも持っているのか?
或いはどっかに太い人脈でもあるのか?
もしそうだとしたら、ちっと厄介だな。
艦娘とかいうガキンチョたちはみんな生気が全然無くて、色気もへったくれもあったもんじゃねえな。
活気のねえとこだな。
ダメダメだ、こりゃ。
怯えるなり、怒るなり、喚くなり、なんか命の炎が燃えてねえとこっちもムラッとしねえなあ。
きれいなだけの人形なんかにゃ、こちとらは用なんざねえ。
オドオドビクビクしてんのも気に入らんなあ。
来るとこ間違えたかな。
なんだか人が沢山いる。
どいつもこいつもしょぼくれてやがる。
……あんまり人のことは言えねえかな。
俺は最後か。
日の落ちた頃、面接が始まった。
提督とめちゃくちゃ話が合った。
なんだこれ。
わかりますようわかりますようと、頷き人形になった基地司令官。
奴の二重顎がぷるぷる震えている。
俺と相性がよすぎるだろ、こいつ。
まごうことなきチンピラだ。
きれいに着飾ってもわかる。
魂の根底が根腐れした奴だ。
もうどうにもならん小悪党。
そんな男でも提督なんだな。
下衆野郎なのに提督とはね。
もそっと有能な奴を探せよ。
妖精が見えますか? と聞かれたが、それなんてファンタジーだ?
エルフとかそういうのか?
訳わかんねえな、こいつ。
見えません、と答えたら露骨にがっかりされた。
提督にイタズラしているちっせえぬいぐるみみたいな連中なら何名か見えるが、それは単なる気のせいだ。
手を振られたが、わからないふりをする。
気づいたことに気づかれないようにしねえとな。
見えねえ見えねえ俺には見えねえ。
厄介のにおいがぷんぷんしやがる。
特技の手拭い式防衛術について聞かれたので、いつも持っている黄色い今治産タオルで演武のさわりを披露する。
毎日の鍛錬が無限の精力の源なんだぜ。
師匠から習った技を舞う如くに見せる。
提督の隣にいた、死んだ目をしていた艦娘が生気を取り戻したように見えた。
食い入るように見詰められて辟易する。
気のせいだ、気のせい。
全部全部が気のせいだ。
帰宅して、夕食に出来立てのアジフライを味わう。
アジのつみれが入った味噌おでんも実に旨かった。
翌々日。
どろどろと殺気だった競輪場へ行くと、一昨日会った黒いセールスマンがいた。
なんでこんなとこにいやがる?
俺は今朝たまたま、ここに来ることを考えたってのによ。
……まっ、いっか。
今度は書類を詳細にまんべんなく読み、名前を記入する。
普通の書類のようだ。
普通の紙の手触りだ。
先日見た内容と違う気がする。
……気のせいだよな?
「ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ、ちっともかまわないぜ。」
不気味な奴だが、なにか得られるもんがあるかもしれん。
一緒に観戦した。
セールスマンはかっちりとした堅実な賭け方をしている。
それを参考にしながら、俺はもう少し大胆に賭けてゆく。
最後のレースになって、この男は儲けた分を全額賭けた。
大穴狙いか。
意外だねえ。
同じことはしない。
賭け事に浪漫の持ち込みは禁止だ。
浪漫に転んだ奴らは皆火だるまだ。
俺の悪友なんぞ、常時火だるまだ。
浸るのは勝手だし、溺れるのも勝手にやってな。
結果、奴は全額すって、俺はちょっこし儲けた。
これならうめえもんも多少は食えるって寸法だ。
「おやおや、負けてしまいました。」
「なあ、なんで最後にあんな賭け方をしたんだ?」
「天秤ですよ。」
「はあ?」
「人生、勝ちすぎてはいかんのです。こうして時折、勝ち負けの天秤を調整しているんです。」
何故か、周囲の親爺たちも皆頷いている。
お前ら、全員浪漫に賭けてすったんだな。
負けたことを正当化したい気持ちは、わからんでもない。
換金するとけっこうな額になった。
たけえ万年筆だって買えそうだぜ。
気まぐれが働いて、セールスマンに掻き揚げ丼をおごる。無論、俺も食う。
衣がサクサクしていて、ツユも凝っていやがる。魚の下ごしらえも上手い。
やるな。
豚汁とモツ煮ときんぴらごぼうも追加だ。
揚げたてのコロッケも旨そうだったので、そいつも食った。
大人しげな女が作っていたが、この定食屋のメシもうめえ。
ああいう女を夜更けに歌わせたら、とてもいい歌声を聞かせてくれそうだ。
何日か経って、鎮守府用務員の合格通知書が来た。
艦娘がわざわざ来たので驚く。
あの時の女だ。
思い詰めた顔なのが気になる。
宏海と同様の表情じゃねえか。
あいつも時たまそういう顔だ。
俺は情けになどほだされんぞ!
情状、俺は誰も救わんからな!
ウリィィィィ!
俺は好き勝手に生きてやるぜ!
「私、喜作さんにお願いがあるんです。」
「なんでえ、嬢ちゃん、藪から棒によ。」
「絶対、絶対、辞めないでくださいね。」
ギュッと手を握られる。
艦娘ってのは、えらく気安く男に触るんだな。
ん?
調べた内容とは違うぞ。
艦娘が気安く触るのは自分自身が……。
「ちょっと喜作さん、なにやっているんですか?」
ハッと気づくと、俺のフロイラインたちが帰宅してきたところだった。
百々子、宏海、マリカの三人全員いた。
やべえ。
女たちの背後にどす黒いもんが見える。
赤い夕陽を背景に女たちの炎が見えた。
ほむら、立つ!
俺のもたった!
燃えてきたぜ!
今夜は眠れねえな!
俺は芋虫のごとくに身を縮こまらせた。
艦娘が凝視する部分を見せないように。