今回は四五〇〇文字弱です。
最近、武田一義さんの『ペリリュー-楽園のゲルニカ-』を読んだのですが、読みごたえがありました。力作だと考えます。
そして、あの内容で沙村広明さんや久慈光久さんが描かれたら、一体どうなってしまうのだろうとも思いました。
海沿いにあるその鎮守府は初の試みだとかで、規模はそんなに大きくないけれども三人の提督が管轄するようになっている。
大本営は函館の件で懲りたとか。
力を分散させる腹積もりらしい。
艦娘たちは鎮守府の寮で生活だ。
私たち提督陣は近場で仮暮らし。
問題が多く発生したための措置。
大本営も頭を痛めているそうな。
まだ成果は出ておらず、行方不明になる提督がちらほらいる。
暗黒企業の求人物件みたいな場所に思えなくもないが、死ぬことは別段こわくない。
身内も知り合いも随分と死んだ。
今更一人加わっても変わりない。
二名の駆逐艦と一名の軽巡洋艦。
それが私に与えられた艦娘たち。
皆、感じのよい女子で安心した。
中学生高校生の子はわからない。
なにを言っているか考えてるか。
気分は新人中年教師なのである。
精々馬鹿にされぬように頑張る。
それが私の所期目標なのである。
借りた部屋は意外と大きかった。
借りる人が減少した所為もある。
よい部屋とて埋まる保証がない。
明日から提督生活が始まるのだ。
今夜は少し奮発しようと思った。
まあ私生活に変化はなかろうが。
がらんとした部屋から出かける。
うろうろしたが閑散としていた。
先ず、人が町を歩いてはいない。
そりゃまあ、そうなるわいなあ。
そしてどんどん寂れるのである。
郊外のモールさえ例外ではない。
商店街はシャッター通りだった。
呑み屋は大抵が閉鎖されている。
薄暗い町をあてなくさまよった。
「ねえ、あんた。呑みに行くのかい?」
派手な感じの可愛い娘から話しかけられた。
「ええ、まあ。」
「この辺りは初めてかい?」
「ええっと、そうですね。」
「じゃ、一緒に行こうか。」
「私みたいなおじさんと一緒では楽しくなれないでしょう?」
「自己評価の低い人だねえ。一緒に呑む予定の子の都合がちょっとばかし悪くなったのさ。ちっと遅れるってね。それで誘ったんだよ。あんた、別に見た目も雰囲気も悪くないよ。そんなに卑下する必要はないんじゃないかな。」
「ありがとうございます。」
「他人行儀に言わなくたって大丈夫だよ。酒は愉しく呑まなきゃね。じゃ、行こうか。」
「ええ、そうですね。」
思いがけない事態に驚く。
娘は快活だった。
こういう子がいるなら、日本の未来にも希望が持てる。
なんだか嬉しくて、少し涙が出そうになった。
「あたしはさ、あちこちはしご酒するよりもじっくりやる方が好きなんだけどさ、あんたはどうだい?」
「そうですね、それもいいですね。」
「決まりだな。あそこへ行こうか。」
赤提灯の店。
感じがよい。
暖簾が店の外に掛けられておらず、『本日貸し切り』との札がぶら下がっていた。
私がそれを見て躊躇していると、「安全策さ。」と言われて彼女と共に入店する。
店内は女性ばかりだ。
しかも全員が若い娘。
成る程、と納得した。
安心して呑める店か。
ポニーテールの若女将らしき娘が一人でてきぱきと切り盛りしている。
あの包丁捌きは熟練者のそれだ。
女子高校生くらいにしか見えないのに、相当な修練を積んだのだろう。
母親か父親の代わりに頑張っているのだろう、おそらく。健気な娘だ。
この店は是非とも通おう。
いや。
通わなくちゃなんないな。
「どうしたのさ、ぼんやりして。」
「いや、キレイな子ばかりで気後れしたんですよ。」
「ほほー、お目が高い。どの子がよろしいかしら?」
「ははは、こんなおじさんをまともに相手にしてくれる娘さんなんていませんよ。」
「いたら、あんたはどうする?」
あれ?
彼女はまるで隼か鷹のように鋭い目付きで私を見つめている。
真剣そのものの表情だ。
おちゃらけ要素は微塵も感じられない。こちらが素なのかな?
何故そんな表情なんだ?
「そうですね、勿論真剣にお付き合いさせていただきます。」
「それが……もし……もしも、複数だったらどうするつもり?」
「あり得ませんけど、その時は全員嫁にしますよ。あはは。」
あれ?
店内が静まりかえっている。
すべての娘が私を見ていた。
しまった、やらかしたぞい。
「あ、あの、皆さんすみません。セクハラ発言でしたね。何とぞご容赦を。」
「大丈夫、大丈夫。別にみんな怒ってないさ。そうだろ?」
肯定の返事が全員から来た。
危ない危ない、危なかった。
軽口を叩くのは今後禁止だ。
明日からは女の子だらけの職場だしな。
解放感で妙なことを口走ってしまった。
私がモテるだなんてあり得ない事態さ。
「お通しです。」
白魚のような手によって、餡掛けの葛饅頭が目の前に置かれる。
ほほう、いいじゃないか。
地味だが手のかかる一品。
彼女の本気度が伝わった。
手抜きの利益最優先な店ではないようだ。
薬くさくて妙な味の合成食品は要らない。
お通しはその店の考えを知る重要な品だ。
口の中に入れる。
弾力と慈味と豊かさとが口中に拡がった。
葛饅頭の中には丁寧に裏漉しされた南瓜。
旨い。
ただただ旨い。
口福の時間の始まりだ。
この店、正解。
「これは手間暇かかっていておいしい。」
「だろう。あんたと来て正解だったよ。」
隣で山形の特別純米酒をぬる燗でやっていた娘がにやりと笑う。
ポニーテールの娘がはにかんでいて、心が少しときめいてくる。
いやいや、不味い。
隣の娘も魅力的だし、この店の常連らしき女の子たちも可愛い娘揃いだ。
下手な店を凌駕するぞ、これは。
筑前煮や肉じゃがも旨い。
この店、ハズレなしだな。
当たりも当たり大当たり。
旨い旨いと若女将を絶讚していたら、隣の娘に腕をつねられた。
痛い痛いと言ったら、彼女は何故だかふてているように見える。
なんだかよくわからないが、娘も褒めて褒めて誉め殺しにした。
やがて、頬が赤く染まってゆく。
彼女がキッとしてこちらを向く。
口を尖らせながら、刃を放った。
「そうやって、今まで何人も何人も口説いてきたんだろ。」
「心外な。女の子と付き合ったことなんてありませんよ。」
「まっさかー。あんたは、そんなによく口が回るのにさ。」
「回すような相手は、今までの人生でいませんでしたよ。」
「じゃ、女将さんやあたしは初の名誉に預かったのかい?」
「まあ、そうなるな。」
やがて娘の友人たちも途中で合流し、愉しいひとときを過ごした。
「よーし! 全員私の嫁ですぞ!」
「「「いよーっ! 大統領!」」」
酔った挙げ句にそんなことまで口走った。
反省とはなんだったのか。
まあ、ウケていたからよしとしようかな?
みんなけらけら無邪気に笑っていたしな。
……やっぱり少し不味かった気がする。
新しい朝が来た。
希望の朝が来た。
その筈だ。
その筈だってばよ。
曇天だが悪くない。
近所の食料品店で購入した、トーストに簡単ポタージュに牛乳といった朝食で身体を活性化させる。
制服に着替えて自転車で鎮守府へ行こうとしたら、セーラー服の少女が迎えに来た。
あれ?
私の初期艦に命じられた子だ。
固い表情であるな。
緊張しているのか?
無理もないけどな。
「おはようございます、司令官。」
「おはようございます。あれ? 迎えに来るよう、命じられたの?」
「いえ、自主的にここへ来ました。もしかして、ご迷惑でしたか?」
「いや、別にそんなことはない。じゃ、行こうか。」
「はい、参りましょう、司令官。」
住所は絶対に教えるなって大本営の人から耳にタコが出来る程聞いたけど、あれは勘違いだったのかな?
なにか変更点でもあったのだろうか?
連絡する点を考えたら問題なかろう。
何故彼らは怯え、口酸っぱく言った?
「よろしくお願いしますね、司令官。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
当然のように送迎に来た艦娘から、ぎこちない笑顔を向けられる。
あー、やっぱりこんなしけたおじさんじゃダメなのか。
ガーンだな。
出鼻をくじかれた。
歩きながら基地へと向かう。
「ゴメンなさいね、こんなショボいおじさんがあなたの指揮官で。今日からおじさんなりに頑張るから許して欲しい。」
「あっ、いえ、その、別に司令官が悪い訳じゃなくて……でも、今日のそもそもの原因は司令官にあると思うんです。」
「え、こんな冴えないへたれおじさんの元で働きたくないとかで、配下の女の子たちがストライキでもやっているの?」
「えーと、それならまだ可愛いかな、って程の剣呑な事態になっていますね。是非ともその目で現実をご覧ください。」
訳がわからない。
なにかしたっけ?
思い当たる節がない。
昨晩のアレは関係無いだろう。
いやいやまさかそんなまさか。
彼女たちが怒って訴えたとか?
着任してすぐセクハラ親爺か。
……でもなんとなく違う感じ。
わからん。
私にはさっぱりわからん。
程なく鎮守府へ到着した。
あと二人が遅れて着任する予定だ。
何度も提督たちのいなくなった地。
前任の提督たちは行方不明らしい。
その前の提督たちもその前の前も。
今は私直属の艦娘しかいない筈だ。
……あれ?
ずらりと整列した艦娘たちが見えるぞい。
あれれのれ?
「あの、なんであんなにいるんですか?」
私は傍らの駆逐艦に問うた。
えっ? という顔をされる。
「皆さん、昨晩司令官から熱心且つ情熱的に口説かれたって、口を揃えて言ってましたよ。」
「えっ?」
「司令官って、案外手が早いんですね。見損ないました。」
「いえいえ、女の子と付き合ったことすらありませんよ。」
「またまたあ。」
「いえいえ、本当にありません。」
「本当に?」
「本当に。」
「魔眼だかチート能力だかで彼女たちを即墜ちさせて媚薬とハイパーマグナムでガッツンガッツンして、アヘアヘウヒハってさせたんじゃないんですか?」
「それなんてウスイホンなんですか。そんなことは一切出来ません。私は平凡極まるただのおっさんにすぎません。」
「ほんの少しだけ、ホッとしました。」
「それはよかったです。」
「でも、口説いたのは事実ですよね。」
「面目次第もありません。」
「今回だけは怒りません。不可抗力の面もあるようですから。彼女たちには私から説明しておきます。」
彼女は苦笑いして、同僚へ視線を向ける。
その先はむっつりとした顔の二名の艦娘。
対照的に晴れやかな顔の九名の艦娘たち。
私を誘った娘がにやりと笑った。
あのポニーテールの娘までいる。
もしかして、私は謀られたのか?
まさかまさかそんなまさかな話?
いやいやなんの利点があるのだ?
「司令官はエロい人なんですね。」
「いや、その、それは誤解です。」
「こんなにも手が早いだなんて。」
「してませんなにもしてません。」
「お酒は一緒に呑んだでしょう。」
「ぐふ、それは事実であります。」
「きっちり説明をお願いします。」
やたらくっつく娘たちと共に、私は鎮守府の中へ入る。
さて、大本営になんと言い訳しようか。
いや。
事実をそのまま話すことにしよう。
クビになったら、その時はその時だな。
と、前方を歩いていた駆逐艦がくるりと一回転し、白いパンツをちらりと見せて言った。
「司令官、ぶっちゃけて辞めるおつもりでしたら、それは平戸のカスドースより甘いと言っておきます。でも、これ以上嫁を増やしたら許しませんからね。」
彼女の背後に修羅が見える。
私と周囲の娘らはかくかくと人形のように頷くしかなかった。
結果から言うとクビにはならなかった。厳重注意は受けたが。
食生活が充実したのは嬉しい誤算だったとだけ言っておこう。