金野玉夫(こんのたまお)。
通称、こんたま。
横須賀の大本営に勤める査察官である。
ちょっとむっちりむうにいな体形の二〇代後半の男で、身長はおよそ五尺四寸、体重は約二五貫。にやにやへらへらと始終笑顔だかなんだかつかないような顔つきで、時折額に青筋が走っていた。
髪は何故か肩を少し越えるくらいに長い。まるで昔のテレビ番組に出ていた熱血教師みたいだ。今では稀少品の椿油をたっぷり付けているせいか、彼の髪はぬらぬらする感じにさえ見える。財力と趣味の悪さの双方を一遍に相手に知らしめる効果はあるようだが。
目鼻立ちは垂れ下がった糸目に団子鼻。
肌の手入れは怠っていないようだが、痘痕(あばた)が残っているのは隠せない。
柑橘系のフレグランスを使っているようで、妙に爽やかな匂いをやたらと周囲に撒き散らしていた。電車内にいると滅茶苦茶敬遠されるだろう。
落ち着きが無いのか、貧乏揺すりが絶え間なく、キョロキョロと視線が安定しないのも少しこわいようにさえ見える。
何故このような男が大本営のしかも査察官なのかは提督たちの間でも謎のひとつだが、どこぞの放蕩息子という噂もあった。
無能ではないが、面倒な男。
それが彼の主な印象だった。
彼は函館鎮守府を訪れ、おっさん提督に対して散々嫌みを言っている。
ねっとりじっとりとした喋り方で、ややもすると子供っぽく聞こえる。
第一秘書艦の大淀と第二秘書艦の加賀が、食い入るようなおそろしい目付きで査察官の幅広い肉体を後方から睨んでいた。
「あ~あ、ダメですね、まったくダメ。意味不明ですよ、あなたのやり方は。」
「はあ。」
「もっとね、艦娘たちに厳しく接していかないとダメですよ。こんなに甘やかしてどうするんですか? 大和型艦娘四名が年末からずっとここにいるじゃないですか、彼女たちが元の鎮守府へ戻るように説得するのがあなたの仕事でしょう? ぼく、なにか間違ったことを言っていますか?」
「いいえ。」
「でしょう? あなたには努力が足りないんですよ、努力が。」
「申し訳ありません。」
「少し強い言葉を使わせてもらいますがね、提督の一人一人に合わせた仕事を大本営がやる余裕なんてこれっぽっちも無いんですよ。馬鹿馬鹿しいことを真顔で言う提督、イラつくような態度の提督、おちょくっているようなことを言う提督。全部に合わせるなんて、到底不可能ですよ。わかりますか?」
「ええ、まあ、そうですね。」
「そんなに大本営の方針が気に入らないのならば、とっとと提督稼業を辞めたらいいんですよ。ぼく自身、大本営を批判されても困るだけですしね。」
「はあ。」
「提督たちから改善要求もありますが、それらは大本営が納得出来た場合にのみ採用させてもらう予定です。」
「予定、ですか?」
「そう、予定です。予定は未定であって、決定ではありませんがね。」
「そうですか。」
「お土産は間宮羊羮の詰め合わせでいいですよ。」
「はい?」
「お土産ですよ、お土産。当たり前でしょう? こんな寒いところまで、わざわざこのぼくが足を運んであげたんです。お土産を渡すのは当然のことでしょう。そんな常識も知らないんですか? 普通、提督の方からこういうことを言うものですよ。本当に、あなたは常識はずれですね。」
言いたい放題言って、イヤミな査察官は雪道をタクシーに乗って帰っていった。
ほっとする函館鎮守府一同。
粗塩を撒く加賀や駆逐艦勢。
むっつりしている大和型艦娘四名。
眼鏡をぴかぴか光らせる大淀。
半月後。
千島列島中部の松輪島に出来た露日協同の泊地へと向かう、大型船舶の中にこんたまの姿が見られた。
是非とも有能な人材を、と泊地から求められた大本営が応えた結果らしい。
彼の周囲にはやさぐれた感じの艦娘四名。
補充分のおっさん艦娘たちだ。
見目麗しい艦娘たちの筈が、どこか蓮っ葉な感じにさえ見える。
この船に乗っている陸海双方の自衛隊隊員たちですら、特に用事が無い限りは近づかないでいた。
元査察官は怯えた目でおっさん艦娘たちを見つめる。
「んだよ、またヤりたいのかよ?」
「初めてだったのは仕方ねえけどよ、ママー、ママー、ってのはもう無しだぜ。」
「折角こんな体になったんだ。少しでも楽しまねえとな。」
「よかったなあ、『提督』。こんな美人たちと毎晩楽しめるんだからよ。」
下卑た顔でにやにやする乙種艦娘たち。
外見と口調が全然合っていない女たち。
絶望的な表情の新任提督。
船に乗るまでは普通に見えた艦娘たち。
船に乗ってから本性剥き出しの雌たち。
手洗い場も風呂も私室も危険な領域だ。
こいつら、元男なのにと提督はぼやく。
男同士なんて理解出来ない、とぼやく。
なんでこんな目に遭うんだ、とぼやく。
そして彼は、肥大した尊厳を壊された。
何度も何度も蹂躙され、おかしくなる。
こんたまはどんどん理性を破壊される。
自尊心の高い男は調教されつつあった。
新しい性癖を次々植林されつつあった。
彼の回りは元男性ばかりで固められる。
朝から夜中まで絶え間なく責められた。
やがて、島が見えてくる。
かつて、日本軍の堅牢なる要塞のあった風の強い孤島が見えてきた。
松輪泊地には、男日照りのおっさん艦娘が複数在籍しているという。