今回は『寄生獣』風味を添加しました。
ちなみに、提督の中で拷問が一番上手いのは小樽の提督、訊問が一番上手いのは呉第六鎮守府の提督、交渉関係を割と上手くこなすのは函館の提督です。
「深海棲艦が妙に減っているんですか?」
雨が降って雪が溶けた、函館のそんな日の午前。
戦艦棲姫が執務室に入ってきて、深海棲艦の現状が変化しつつあることを私に伝えてきた。
相変わらずの黒いキャミソールだけの姿。
寒くないのだろうか?
「そうよ。付き合いが殆ど無かった連中だけどね。交戦の無い状況で駆逐級が少しずつ減っているそうよ。まるで、はぐれた時を狙っているかのように。実際、艦隊行動をしていないものばかり殺られているみたい。それとね。」
「はい。」
「頭数が減っているのは確実なのに、亡骸が見当たらないの。」
「怪談みたいですね。」
「私たちには調査の専門家なんていないし、共食いでも起きているのかもしれないわ。もしそうだったら洒落にならないけどね。現在、全海域で非常事態宣言が発令されているわ。」
「日本各地で、最近行方不明者が急増しているという話は聞きます。」
「それって、都市伝説じゃないわよね。」
「厭な共通点がありますけれども、偶然かも知れません。」
「警察が手抜きして調査を怠っている可能性も高そうよ。」
「日本の警察は世界的に言うと、比較的まともな方です。」
小樽の提督とメールでやり取りした結果、ロシア東部の沿岸地方でも奇怪な事件が多発していて難儀な状況のようだ。
狂暴な人食い熊が何頭も現れたという説もあるらしい。
艦娘に討伐隊を出して欲しいとの陳情まで来たという。
浦潮(うらじお)泊地の提督がメールでぼやいていた。
警察や軍隊が相手にしてくれないらしい。
確かに、靴だけとか帽子だけとか見つかるのは厭だわな。
こんな寒い時期に熊が現れるものだろうかと疑問に思うが、獣害は捨て置けない。
比較的手の空いている艦娘たちに猟銃の扱いを教え、小樽や浦潮を通じて面倒な折衝を行い、訴えの多い国内外の地域へと急拵え系狩人を派遣した。
広島県尾道市。
昔付き合っていた田宮さんがこの街で暮らしていると連絡が入り、私は彼女に久々に会おうと思った。
彼女は一時期、東福山駅の近くに住んでいたらしい。
あの事件には巻き込まれなかったようで、安心した。
蔵守さんという探偵が私の所在を突き止めたそうだ。
会社の休みを利用して尾道までやって来て彼女に会ったが、なんだか前より痩せて見えた。
駅前の商店街にあるこじゃれた喫茶店で再会した彼女は積極的に話しかけてきたが、なんとなく違和感を感じる。
彼女にとてもよく似た女優が、彼女の記憶に基づいてその役を演じているようにさえ見えていた。
……疲れているのかな?
時折、なにか鋭い雰囲気を感じる。
なんだこれは?
殺すまでもないな。
目の前のオスをそう判断する。
体が馴れるまでは衝動もある程度存在したが、最近は必然性すら感じなくなってきた。
このメスの記憶を引き継いだことは、同族たちと異なる思考回路を有する結果に繋がっている。
数名の同族たちに訊ねてみたが、私に似た考え方をする者の存在は現時点で確認出来ない。
近頃は艦娘とやらに討伐される同族が増えてきた。
だから、目立たないようにして喰え地域を変えて喰え人間の食らうものも喰えと説得したのだが、その提言が受け入れられることは殆どない。
淘汰はかなり進んでいる。
東福山での激しい戦闘ではいち早く脱出したので殺られなかったが、同族を保護していた人間の市長共々多数の同族が討伐された。
人間が人間を殺す。
知性だ倫理だ正義だ人権だなどと言っておいて、いざとなったらなぶり殺しだ。
古今東西、それは変わらんな。
死刑制度反対と言っておきながら、鎮圧のために人を鉛弾で撃ち殺すのが当然。
二重規範三重規範は当たり前。
朝令暮改をも恥じない生き物。
大したものだ、人間とやらは。
昔は死刑が見世物だったそうだが、今も似たようなものではないのか?
薄っぺらな皮で誤魔化しながら、残酷な傍観者として覗き見する人々。
腐ったマスメディア。
腐ったネットワーク。
人は業の深い存在だ。
この街に住まいを用意しておいてもらって本当によかった。
今日のオスは……そうだな、自身の首実検みたいなものか。
「このアップルパイはとてもおいしかったわね。」
「そうだね、飯綱(いいづな)町の英国林檎を使っているとここに書いているよ。」
「飯綱町?」
「長野県北部の町だってさ。英国から林檎の果樹を贈られ、それを育て、出来たのがこれに使われている林檎だそうだ。」
「へえ。尾道紅茶によく合うわ。」
「君は相変わらずだねえ。」
「そうかしら?」
「そうだとも。」
「安心した?」
「安心した。」
「だったら、これからデートでもする?」
「よしてくれ、私には妻子がいるんだ。」
「そっか。」
「すまん。」
「いいのよ。」
「いいのか?」
「わがままに付き合わせてゴメンね。」
「いいさ、元彼女が探偵を使ってまで会いたかっただなんて、光栄の至りさ。」
「そう言ってもらえるなら助かるわ。」
「じゃあな。」
「じゃあね。」
タミヤレイコ、いや、田宮玲子が今の私の名前。
人間として生きていくしかない。
仕事を探さなくてはな。
この部屋で引きこもる訳にもいかない。
潤沢な資金を複数箇所に隠匿してあるが、余計な詮索をされぬようにどこかへ所属しておいた方が得策だ。
人間としては有能なクラモリだが、あいつは当分生かしておこう。
さて、どんな仕事をすればいいのか?
このメスが生業(なりわい)としていた教員は不味い。
思春期の少年少女には、妙に勘のいい者がちらほらいるからな。
シンイチ……あの男子生徒を、喰らっておくべきだったか?
わからない。
シンイチは共存共栄を模索しようとしていたようだが……。
わからない。
あの騒ぎでは生きているかどうかすらわからんからな……。
新聞を広げる。
新規に開設された鎮守府の事務員募集広告が掲載されていた。
まるで、コンビニエンスストアの人員募集みたいにも見える。
これでも受けてみるか。
密室系の仕事の方が安全だろう。
艦娘とやらを間近で観察するのも悪くない。
彼女たちはどんな味がするのだろうか?
不意に衝動が突き上がってきて、甘美な妄想に酔いしれる。
いや、それは不味い。
そうだな、余程の好機に恵まれた時にでも……。
履歴書を書き上げて再度読む。
まあ、こんなものだろう。
明日にでも訪れてみよう。
ふふふ。