はこちん!   作:輪音

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※即席提督促成養成校は千葉県茂原市にのみあります。佐倉市の方は間違いです。皆様、大変申し訳ありません(二〇一六年六月一二日修正)。



Ⅱ:おっさんは元艦娘から推挙されちゃっていました!

風都、函館。

私は四〇代にして、新設された道南最大都市の鎮守府を任されるようになった。

鎮守府で人型戦闘妖精の艦娘(かんむす)を指揮せねばならぬのだと言われた。

ちなみに任官拒否権はない。

軍事素人の文系おっさんが、軍属とはいえ少佐に任じられたのには理由がある。

 

突如として現れた深海棲艦と呼ばれる海の魔物の攻勢が一段落した今日この頃、各地方自治体は大本営へ鎮守府の創設を陳情した。

政府に陳情してものらりくらりとするばかりなので、実現しそうな方に訴えたのだ。

大本営は全国各地の鎮守府を統括する組織であり、その建物は神奈川県の横須賀鎮守府の敷地内にある。

ちなみに横須賀・呉・佐世保・舞鶴のいわゆる四大鎮守府にはそれぞれ提督が何人も存在し、いずれも数多の艦娘を抱えていた。

戦いは数だよ、兄貴。

艦娘(かんむす)と呼ばれる美しき戦闘妖精は死の海を滑走する戦乙女であり、今ではアイドル的な存在でもあった。

中でも、那珂(なか)と呼ばれる軽巡洋艦の人気は絶大で、私でも知っていたくらいだ。

街で彼女の曲を聞かない日の方が少ないであろう。

彼女が最も一般認知度の高い艦娘ではなかろうか?

魑魅魍魎蠢く伏魔殿の芸能界という腐海で奮戦する彼女もまた、一流の戦士なのだろう。

 

 

 

 

突如として現れた深海棲艦の攻撃によって外国から輸入が途絶えた日本経済は無茶苦茶な状況に陥り、一時期は悲惨な話が絶えなかった。

世界的にも崩壊した国家は二、三に留まらないらしい。

詳細は不明だが、錯綜した情報ならば日々ネットで更新されている。

 

自衛隊と在日米軍の奮闘の結果として深海棲艦の初期的脅威は多少減少したが、決定的な戦果は得られなかった。

其処へ颯爽と現れたのが艦娘たちだ。

戦時中の戦闘艦艇の魂を持った戦士。

艤装と呼ばれる武装で敵を薙ぎ払う。

そして、彼女たちは指揮官を求めた。

艦娘の存在意義を高めるための存在。

此処に『提督』が誕生したのだった。

しかも提督を選ぶのはあくまで艦娘。

相性の問題があるらしくて、強制された提督の元では、艦娘たちはろくに戦果を上げられなかった。

彼女たちが選んだ提督の元では多大な貢献をするところから、現在に至るも提督を選ぶのは艦娘だ。

求めよ、さらば与えられん。

 

自衛隊の協力を得て大本営と鎮守府は建設され、今も共同作戦を行うことがある。

在日米軍の大半はキスカ島とアラスカを経由して祖国に戻ろうとしたようだが、連絡が途絶したために生存は絶望的と思われる。

随伴した勇敢な艦娘たちも同様だ。

探索に赴いた艦娘たちが見つけたのは、船舶の部品や海面に浮いた油や細々としたものなどだった。

残りの在日米軍とは祖国と連絡が付くまでの一時的措置として、日本と共闘する仮条約が結ばれた。

 

 

 

 

隠蔽大好き日本人のお偉いさんたちが私利私欲のためにとある鎮守府の艦娘たちを使い潰そうとした時、勇気ある艦娘がその事実をすっぱ抜いた。

それを成したのは、重巡洋艦の青葉だ。

彼女の取材記者魂が、暗黒企業体質的組織の思惑を見事に粉砕した。

その後、日本各地の鎮守府は健全経営を目指すようになり、地域社会との関わりを持つようになった。

提督たちと艦娘たちは秘匿よりも協調を選んだのである。

勿論、守秘義務は必須条件だし、ハニートラップにも充分留意しなくてはならない。

こうした点で先進的なのが青森県の大湊(おおみなと)であり、一昨年前に大湊警備府から大湊鎮守府に名称変更した。

青森県側からの要請があったためだ。

青森県人は一旦燃えると非常に熱い。

その熱さで彼らは艦娘たちと交流を深め、現在最も艦娘が活動している都道府県になっていた。

一般人と結婚した艦娘もちらほらいる。

東北地方を統括する大湊鎮守府は地域経済の活性化を大幅に果たし、現在大湊は東北有数の都市になっていた。

 

その大湊鎮守府に新設鎮守府の件で打診したのが北海道の大泉知事で、函館小樽稚内釧路の四都市に鎮守府を設ける構想を持ちかけた。

北海道の行動に先述の四大鎮守府は不快感を示したが、では管理運営をきちんと出来るのですかと大湊鎮守府の提督に突っ込まれてきちんと解答出来ず、またそれは大湊所属の青葉によって公表され、四大鎮守府は大いに面目を失った。

実際、東北全県をまとめあげて経済の梃子入れに邁進する大湊鎮守府の発言力は大きく、最近国交回復中の台湾にまで駐留艦隊を派遣する手腕はもはや政治家である。

駆逐艦の雪風や正規空母の瑞鶴などを有能な副官と共に送ったのだから、実に太っ腹だ。

現地での彼女たちは絶大な人気を誇るアイドルであり、地元民からとても愛されている。

 

 

 

 

そんな状況で、私は住み慣れた横浜の綱島から試される大地へと引っ越すことになった。

政治的理由で設立される函館鎮守府の管理人になるためだ。

ある日いきなり、大本営からの迎えが来て提督になって欲しいと要請され、程なくして千葉県茂原市にある養成所へと送り込まれた。

外出時には必ず艦娘が付き、朝九時から出掛けることが出来て夕方の五時までに戻ってくることが義務づけられていた。

その割にはスカスカなところもあり、お役所感覚が窺えた。

下手なことを言って首を絞めることになるのは誰しも厭だったから、二〇名近い訓練生全員で結託したことは何度もある。

訓練の合間を縫って、休日に国立歴史民俗博物館や千葉県立美術館や東京の国立西洋美術館などへも訪れたりした。

東京への往還は時間的にギリギリだったので綱渡りではあったが、それもまたよい思い出になってゆくと思う。

教官として厳しい重巡洋艦の妙高や正規空母の加賀や戦艦の長門が街中では意外と可愛らしかったりして、艦娘も女の子なんだなあと実感した。

 

職業訓練校みたいな教育機関で半年に渡る講習を受けた私は、どうにかこうにか提督としての基礎を身に付けた。

大本営へ訓示を受けに行った際に隣の横須賀鎮守府の工廠で生まれたての大淀からマスター……じゃなく提督として認識された。

大淀は軽巡洋艦の艤装をまとう艦娘で、高い艦隊指揮能力と判断力と事務能力に長けていることから各鎮守府に一名はいるようにされている。

欠点は彼女の艤装が特注品で稀少なため、艦娘としての本領を発揮出来る機会が少ないことである。

艦娘が数名しかいない鎮守府だと大淀自体がいないこともあるそうだ。

鎮守府と書いて張りぼてって読むんだぜ、と小さな鎮守府へ着任する予定の同期は皮肉っぽく笑った。

私は幸運なのだと思う。

 

そして、私の行きつけである小料理屋の女将さんが軽空母の鳳翔だと知って驚いた。

彼女が私を提督として推薦したという。

退役して日常生活を送っていた彼女は私を見て以来、艦娘としての本能が疼いたそうだ。

 

提督就任記念としての小料理屋での食事会は賑やかなものになった。

最初はぎこちなかった面々も時間が経つにつれて、会話がそれなりに進んだ。

酔っぱらった軽巡洋艦や重巡洋艦が脱ぎ出したので、後始末も大変であった。

目覚めた時に隣で鳳翔や軽空母の龍驤が寝ていたのは偶然だろう。

こんな私がモテる筈ないし。

勘違いをしてはならないぞ。

それから手は出していない。

アラフォー且つ童貞のおっさんは紳士なのだから。

腕を組まれていたために身動き出来なかったしな。

だがしかしばってん、彼女たちが魅力的でムラムラしたのは事実だ。

そこを制御出来ない提督は早々に自滅するのだと、改めて実感した。

腹の上で眠る駆逐艦の曙が可愛い寝顔だったが、起床後大変だった。

今後は雑魚寝しないように注意しよう。

 

 

 

 

娘っ子にしか見えない艦娘たちと共に、現在一日二往復の東北新幹線に乗って新青森へと向かった。

そこから奥羽本線、青い森鉄道、はまなすベイライン大湊線を利用して大湊鎮守府へ挨拶に行った。

大湊の駅舎は巨大な複合型商業施設になっていて、旨い林檎ジュースや海軍コロッケも堪能出来た。

鎮守府で交流会を行って一泊した後、函館まで艦娘たちに送ってもらう。

函館に到着後、皆で駅前百貨店の棒二森屋近くにあるラッキーピエロにてチャイニーズチキンバーガーセットを食べた。

その後、石川啄木の像がある海沿いに建設された鎮守府へ到着した。

 

これから、鎮守府の提督として艦娘たちを指揮しなくてはならない。

私に出来るだろうか?

いや。

やらねばならぬのだ。

陸奥八仙の特別純米酒を艦娘たちと呑みながら、私はウルトラの星に誓った。

 

 

 

 

翌朝、またまた雑魚寝になって腹の上にいた駆逐艦の霞がしがみついて離れなかったために身動き出来なくて色々大変だった。

 

 

 

 

 




説明回です。
『艦隊これくしょん』の世界を現実的に考えれば考えるほど陰惨なことになりそうですので、設定の匙加減が難しいです。
元の設定がスカスカなので、書き手の手腕が問われるのは喜ばしいやらこわいやら。
艦娘も改造人間だとガンダムの強化人間みたいに酷いことになりそうですので、この世界では基本的に『人みたいなもの』になります。
悲惨な話を書きたい訳でもないので、その辺りはさらっと流す予定です。
企業の倒産や失業者の話は惨いものになりそうですし、崩壊する自治体も出ているでしょうから。
深海棲艦の侵攻から艦娘が現れるまでの期間がどれくらいかで話はガラリと変わりますので、どこまで現実的に描写するかは悩ましいです。
この世界では、東京の人口が三分の一になったくらいです。
食料の自給率は地域差が激しいです。
都会に売れば利益はかなりありますので、米の生産量は増大していることにしています。
いきなり農業を始めても生産高が急増する訳ではありませんが、現実的過ぎても暗い話になるのでご都合展開はあります。

酷いことばかり思いつくので、自重予定です。

『加賀さん観察日記』は躊躇いをかなぐり捨てた世界観で魅了される部分はありますが、あそこまで突き抜けるのは無理です。
『スエズ鎮守府』の真面目な方の雰囲気も好きです。
書きたいことと書けることの間のマリアナ海溝に悩む日々です。

ところで、金剛が日々飲んでいる紅茶は国産紅茶なのでしょうか?
国産紅茶は嘗て日本の輸出品のひとつだったので、そういう話も書けたらいいなあと考えています。
珈琲につきましては、この世界では台湾から輸入しています。
国産珈琲は沖縄小笠原長崎福岡がありますけれども、需要は満たせないでしょう。
値段も高騰しているでしょうし。
代用珈琲としてのタンポポや小豆が普及しているかも知れません。

「今日は尾道紅茶デース!」




世界観によっては、鎮守府は一流企業みたいな扱いではないでしょうか?
特に四大鎮守府は華やかに見えると思います。
全国の自治体が狙うのも、地力を付けるための環境作りです。
提督を狙う一般市民も多いでしょう。
進撃の女性たち。
提督を狙う可愛い男の娘。
胸が熱くなってきますね。
…………じょ、冗談ですよ。
アーッ! な話を書きたい訳ではありません。
ありませんから!
痴情のもつれはリアルにこわいです。
殺伐とした鎮守府も存在するでしょうが、転属希望の艦娘が続出することでしょう。

この世界では不祥事を起こして逮捕されたり駆逐艦などの艦娘と駆け落ちしたり敵味方に殺されたりする提督が絶えないのと、新設の鎮守府の関係でなんちゃって提督にも需要があります。
余程の理由がないと退役出来ないのと殉職率の高さで、年金生活出来る元提督は少数です。

「やれやれ。給料分以上は働いているが、年金生活は遠そうだね。紅茶を貰おうか、金剛。」




艦娘の生涯の描写も悩ましいです。
この世界での解体は『一見普通の女の子にする』ことですが、人間社会での暮らしをしたことのない艦娘がまともに暮らせるとは思えません。
そのため、青森県を艦娘が普通に生きていける都道府県のひとつにしました。
この世界では、艦娘が一番生活しやすい地域です。
元艦娘が安心して暮らせる世界を構築したいです。
つまり、例えば弘前市の喫茶店に行くとおいしいアップルパイが堪能出来て尚且つ看板娘の元艦娘がいたりするのですよ、奥さん。
ああっ、津軽富士が見ていらっしゃるわ!

ちなみに元艦娘が所属することを謳った風俗店は、憲兵隊が潰し廻っています。
憲兵は元自衛官が多く、艦娘のことを大切に思っている人が大半です。
戦時中のそれとは別物にしています。
それ故に、憲兵と結婚する艦娘や元艦娘も存在します。

「我らは艦娘を守る剣にして楯!」




すべての艦娘に幸あらんことを。



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