はこちん!   作:輪音

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これは『不健全鎮守府』の犬魚さんとの、連動型企画回のための予備話になります。
本編に対する劇場版的な立ち位置になりますので、幾らか齟齬が生じておりますけれどもご容赦ください。
また、『はこちん!』的世界観を通してのセカイになりますために、『不健全鎮守府』側との整合性が取れているとは限りません。
この話への問い合わせに関しましては、こちらのみでお願いします。

尚、あちらとの連動型企画回では魔宮薔薇や凍気が飛び交い、音速拳や超音速拳の乱れ打ちが発生する予定です。
普通の演習の筈がミステリアスパートナーの現れる異空間となり、犬魚さんの巧みな筆致に読者の皆様の心も大いに揺れることでしょう。
もしかしたら、ダイナミックプロでいとも激しい下ネタが飛び交うかもしれません。
あちらの迫力に敵うべくもありませんが、錆びた蟷螂の斧で奮闘したいと考えます。

「何故、それほどの力がありながら、悪に手を染めるのですか?」
「カーッカッカッ! たわけたことを! ぬるい! ぬるいぞ! 正義など、泡沫の如くあやふやなもの! 力に正義も悪もない! 歴史が正義か悪かを語るだけよ! 第一次世界大戦時までに、欧州は植民地の現地人をどう扱っていた? 魔女狩りが最後に行われたのはどの国か知っているか? そう、自国民を平然と収容所に送り込んだあの国よっ! その国が高らかに自らを正義と呼ぶ! 世界の警官と自称する! 茶番! 茶番! 茶番! 中佐! 正義とはなんだっ! 悪とはなんだっ! 陰湿で意識高い系の狡猾な奴が学生時代にイジメを行い、知らん顔をして社会人になる! そいつらは反省することなく、更に部下や取引先をイジメる! 世の中がよくなる道理などない! 現に提督にもそういう奴らがおる! それに対し、疑問は持たないか? 正義など、時の為政者の都合次第で簡単に姿を変えるあやふやなもの! ならば! 今悪を唱えても、将来はわからぬもの! それすらわからぬか、アムロ!」
「それは詭弁です、大尉。」
「これだけゆうても、熱くならんか。致し方なし! 喰らうがいい、ロイヤルデモンローズ!」





CCⅢ:カタリナ騎士のヨーム亭

 

 

 

ユーロ圏のお荷物と思われている国、ギリシア。

かつては高度な文明を築き、複数の都市国家さえ築いた存在の末裔。

今は見る陰もなく、更には国際社会の崩壊によって厳しい状況が継続していた。

欧州内外での内乱内戦デモ暴動も一段落しており、今は緩やかに再生中である。

 

そのギリシアはアテネ、聖域(サンクチュアリ)近くにあるロドリオ村。

深海棲艦の侵攻以来、女神アテナを守護し世界平和に陰ながら貢献する聖闘士(セイント)たちもてんやわんやだった。

おまけに、海闘士(マリーナ)や冥闘士(スペクター)らと一時的に休戦協定を結んで共闘まで行うという有り様だ。

彼らが本気になれば、深海棲艦は容易く壊滅状態まで追い込めるだろう。

だが、それは『世界』の理(ことわり)に反するとして、英国の魔法使い協会から各本拠の代表者宛に通知が来ている。

これを破ることは『世界』と闘うことに他ならないから、戦意旺盛な戦士たちも流石に自重しているようだ。

 

昼の食事時としては遅めの時間。

ロドリオ村にある居酒屋『カタリナ騎士のヨーム亭』では、ギリシア名物ムサカを食べている南米系の大男がいた。

ムサカとはギリシアを代表する料理のひとつで、平たく言うと茄子と馬鈴薯とミートソースのグラタンである。

他にタコのグリルやタラモサラダを、旨そうにわしわし食べていた。

タラモサラダは魚卵、檸檬、オリーブオイル、玉葱の微塵切りを和えたものだ。

彼の向かい側に座るのは、伊達男っぽいイタリア人。

彼は旬の野菜の上にフェタチーズが載せられたグリークサラダを食べており、オリーブの風味を楽しんでいた。

シチリア産の檸檬を使ったレモネードを、ごくごく喉を鳴らしながら飲んでいる。

大男はオレンジの搾りたての果汁水を飲んでいた。

彼らの中間には籠に山盛りな複数種の切り刻まれたパンが置かれており、それは大層な勢いで中身を減らしている。

時折店で働く少年が焼きたてのパンを籠に入れるが、それらも素早くむしゃむしゃ食べられていた。

てんてこ舞いになりながらも、少年の顔は明るい。彼らが何者かをよく知っているから。

精魂込めた料理を食べてもらうべく、可愛らしい男の子はせっせと給仕を行うのだった。

三つの皿を片付けた彼は、次にピーマンのチーズ詰めと烏賊のゲソ揚げのカラマリアとズッキーニのコロッケを注文する。

伊達男も揚げたズッキーニとシュリンプ・サガナキ及び肉団子とトマトソースのパスタを注文した。

シュリンプは海老、サガナキはチーズ揚げ。これは、海老とチーズ揚げをトマトソースで煮込んだ料理だ。

程よく焼かれた豚串には既に檸檬の汁と塩が振ってあって、大皿に盛られたそれらはどんどん数を減らしている。

コロッケのズッキーニと卵とチーズの風味を楽しみながら、大男が口を開いた。

 

「それで、どうなのだ?」

「どうって、なにがだ?」

 

とぼける伊達男に、重ねて大男が言葉を紡ぐ。

 

「キューシューの司令官の件だ。」

「あー、『魚座(ピスケス)』の使いっ走りをしているあの眼鏡君のことか?」

「そうだ。」

「あいつは結局、どの聖衣(クロス)にも認められなかったんだろ。あんまり人のことは言えねえけどよ。」

「だが、魔宮薔薇(デモンローズ)を確実に使える。」

「厄介だな、確かに。そうだ、どさくさ紛れに……。」

「そういうことを言うものではない。」

「へーへー、美少女訓練生たちを手取り足取り丁寧に教える立派なセンセイは、まったく言うことが違うね。」

「茶化すな。本来なら、お前もそろそろ弟子を取らねばならないのだぞ。」

「適性者がなかなかいねえからな、俺の星座の場合はよ。」

「それはそれとしてだ、他にもう一人気になる男がいる。」

「ほう、誰だよ?」

「日本人だ。」

「日本人? 『天馬座(ペガサス)』のことか?」

「『チャールズの樫の木座(ロイヤル・オーク)』だ。」

「……また珍しい名前が出てきたな。ええと、白銀(シルバー)だよな、それ。」

「ああ。一時期候補者がいたのを覚えているか?」

「だいぶん前の話だろ、俺が聖闘士になった頃にはとっくに日本へ戻ったと聞いた。あれ? 冥闘士に殺られたんだっけ?」

「彼は訓練中に大怪我を負い、復帰は無理として日本へ帰った。そして、因縁のある冥闘士と闘い、彼女と相討ちになった。これが公式発表だ。」

「公式発表?」

「ああ。」

 

両者は新たに運ばれてきた、ピーマンやトマトに米と野菜とを詰めてオーブンで焼いた料理を黙々と食べ始めた。

ゲミスタ。

それがこの料理の名前。

 

食後の珈琲と大盛りの檸檬のジェラートを口にしながら、大男が再度口を開いた。

 

「最近、ごく一瞬だが白銀聖闘士級の小宇宙(コスモ)が日本北部で観測された。」

「はあっ!? なんだよ、それ?」

「わからん。」

「わからん?」

「その調査を誰が行うかで、今揉めているのだ。」

「なんでだよ。」

「お前も旨いものが好きだろう?」

「当たり前のことを聞くなよ。イタリア人から恋と歌と食うもんを取り除いたら、なんにも残らないぜ。」

「どうやら、その観測地点はハコダテの基地付近らしい。」

「よし、すぐに俺が行く。」

「ちょっと待て、愚か者。」

「なんで止めるんだ。すぐ調べないとダメだろうが。」

「これが土産物一覧表だ。」

「はあっ? なんだこれ?」

「では、しかと頼んだぞ。」

「嵌めたな! よくもっ!」

「交戦は禁止とのことだ。」

「当たり前だ!」

「万一黄金(ゴールド)聖闘士が返り討ちに遭ったら、権威ががた落ちになるからな。」

「はあっ!?」

「ここの勘定は払っておく。ゆっくりするがいい。これが土産物用の金だ。くれぐれも、買い間違えるなよ。教皇も期待しているからな。」

「どういうことだ!?」

「この書状に注意事項が書かれている。よく読んでおくように。」

 

 

その日、ぼやきながら日本へと向かう超高速飛翔体がいたという。

 

 

 


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