はこちん!   作:輪音

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CCⅣ:カツカレー戦争

 

 

 

「カツカレーのカツゆうたら、そらもう牛肉やろ。」

 

それは何気ない龍驤の一言から始まった。

彼女の周りに軽空母たちが集まっている。

鎮守府内の食堂の片隅。

真冬の函館の昼下がり。

外は雪にまみれていた。

今日の訓練はすべてが終了している。

よそからの艦娘も今の時期は少ない。

大和武蔵計四名は依然居座っていた。

今も食べ物談義に花を咲かせている。

暖房が程よく効いている大きな食堂。

艦娘たちが思い思いの時間を過ごす場所のひとつ。

平和な時間の雑談で終わる筈だった。

 

「あら、カツカレーのカツは豚肉よ。栄養価が牛肉とは断然に違うじゃない。」

 

すぐ近くにいた足柄が、即時に反応した。

料理上手な彼女の言葉には説得力がある。

 

「わかっとらんなあ。」

 

龍驤がニヤリと笑う。

 

「肉の王者は牛や。それはとっくに決まった話やろ。つまり、カツカレーのカツは牛肉が大正義。そういうことや。」

「チキンカツもおいしいわよ。」

 

複数の天龍を引き連れた龍田が、龍驤と足柄の議論に参戦する。

彼女も足柄同様、函館鎮守府では料理上手の誉れを持つ艦娘だ。

彼女の作る鶏肉の龍田揚げを知る者は、成程一理あると感じた。

旨けりゃなんでもいいんじゃないの、と言いかねない提督は生憎この場にいない。

提督と同様の価値観を持つ艦娘たちは、敢えて黙っている。

その方が、おいしいものを食べられる確率が上がるからだ。

 

「よーし、そんならカツカレー勝負でもしよか。」

 

意外と負けず嫌いな龍驤がそう言った。

彼女の得意料理は粉もんだけではない。

それに面倒見のいい彼女ならば、下拵えに馴れた駆逐艦たちの助力をすぐに得られることは明白だ。

知恵と工夫で、足柄龍田両名の牙城を落城させてみたるわい。

今の龍驤は正に勢いに乗っていた。

乗るしかない、このビッグウェーブ。

勝算無き戦いをしない、歴戦の軽空母。

背筋にゾクリとしたものを感じる、重巡洋艦と軽巡洋艦。

既に戦いの火蓋は切って落とされていた。

厨房の主力たちは現在、執務室で提督と新しい献立や弁当について話し合っている。

料理について考えることが出来る鎮守府泊地警備府は、案外少ない。

大和武蔵たちが函館鎮守府に居座り続ける遠因は、存外根深いのだ。

横須賀からは赤城が訪れて彼女たちの説得を試みているが、現状は芳しくなかった。

それに、料理対決を止められるのは大淀長門加賀妙高辺りだが、全員執務室にいた。

時折四大鎮守府へ里帰りする大和武蔵計四名は、すっかり食べる気分になっている。

どれくらいおいしいものが食べられるのかしら、と小声で会話するくらいであった。

彼女たちの目は既に爛々と光っている。

どうやら、止めるつもりは無いらしい。

駆逐艦たちの大半はとっくに盛り上がっており、龍驤足柄龍田三者のいずれかに与(くみ)して下拵えに取りかかっている。

もう、この勢いは誰にも止められない。

もう、どうにも止まらない。

 

そうして、カツカレー戦争が始まった。

ノリノリな青葉がどこからともなく現れ、舞台を仕切り始める。

ソニー製の旧い業務用最上位級ビデオカメラで撮り始める衣笠。

脚本らしきものを即興で書いているマスターオータムクラウド。

大本営広報課がいつの間にか、手際よく準備を進めていた。

こうしたちょっとした刺激が日々を生きてゆく香辛料だとばかりに、龍驤足柄龍田は周囲の艦娘たちを捲き込みながら料理対決を繰り広げるのだった。

味比べ!

味勝負!

 

審査員の一人として偶然商談に訪れた美濃柱が抜擢され、彼は内心呟いた。

なんだか大変なことになっちゃったぞ、と。

しれっと審査員に加わる大和武蔵たちに囲まれつつ、旨いものに思いを馳せる孤独のうんまいもん好きであった。

 

 

一方、執務室では次期主力モビルス……もとい、弁当の話が加熱していた。

多地域の人々が侃々諤々(かんかんがくがく)とやり合っている。

鶏の唐揚げ弁当を主軸にしようとまでは漕ぎ着けたが、そこからが停滞していた。

内容は以下の通り。

鶏の唐揚げ大盛り。

キャベツの千切り。

ピリ辛こんにゃく。

梅干し載せご飯大。

季節の野菜の煮物。

追加で即席味噌汁。

そこまでは無問題。

弁当にハンバーグを付ける付けないで議論になり、そのハンバーグの具材で更に議論が白熱化した。

ハンバーグの下に敷くパスタすら、ナポリタンにするかペペロンチーノにするかで熱くなっている。

冷めてもなお旨い、という基本線で合意はあったもののそれ以降は難航していた。

 

「ハンバーグと言えば豚肉です。」

「味わいを重視して牛肉ですよ。」

「合挽き肉も悪くないんじゃないか?」

「中途半端にせず、追求すべきです。」

 

踊る踊る会議は踊る

空転する車輪のまま

汽車は進まぬ

線路も見えぬ

 

試作品的特盛唐揚げ弁当の試食を横須賀から来ていた食通名高き一航戦の赤城に頼んだ面々は、彼女からじろりとした視線を浴びた。

 

「二合のご飯、梅干し二個、鶏の唐揚げおよそ三人前相当、大量のキャベツの千切りに煮物も沢山、ハンバーグは大きめなものが一個、ペペロンチーノ一人前と矢鱈に量がありますね。とても一名で食べきれる量ではありません。一体全体、私をなんだと思われているのですか? ちなみに、長門さんはこの量を食べきれますか?」

「無理だな。」

「そういうことです。艦娘二名か三名で食べる量ですよ、これは。」

「確かにこれは多いですね。」

 

提督もふむふむと頷く。

 

「大和さんや武蔵さんはどうでしょう?」

「提督、艦娘をなんだと思われているのですか? 自衛隊の方やフードファイターな方から完食出来るかもしれませんけど、これは私たちの許容量を遥かに超えています。何人前も食べられる胃袋なんて誰も持ち合わせていませんから、その辺はご承知おきください。」

 

結局、特盛唐揚げ弁当は取り皿に分けて皆でおいしく食べた。

ハンバーグでなくソーセージなヴルストはどうかとの意見も出て、会議は更に迷走してゆく。

全員が問題なく納得する展開は無い。

提督は落としどころを探りつつ、唐揚げ弁当一種二種や地域限定版の提案を行うのであった。

飽きない工夫も大切だと語り、献立を少し入れ替えることで負担を減らそうと誘導してゆく。

鶏の唐揚げをチキンカツに変えたり、野菜の煮物を肉じゃがに変えたりとか。

ちょっとした変化が多様性を生み出すのだと話し、会議を前進化していった。

 

 

ややこしかった会議をなんとか終え、鳳翔間宮たちと共に食堂へ向かう。

弁当ひとつで皆熱くなる。

よいことなのか、そうでもないのか。

次期主力弁当の決着はまだまだ遠い。

食堂へ近づくと、青葉の声が聞こえてきた。

かぐわしい匂いが鼻をくすぐってくる。

彼女、またなにかやらかしているみたいだ。

島風がいつの間にか背後から抱きついてきて、現在カツカレー戦争が始まっていることを私の耳元で囁いた。

あれまあ。

道理で香辛料の匂いが漂ってきている筈だ。

 

「提督も審査員だ。公正な判定を頼んだよ。」

 

彼女はそう言って、龍驤を手伝いに行った。

全員で顔を見合わせ、食堂の扉をくぐった。

 

「おーっと! ここで提督に鳳翔さん間宮さんたちの入場です! カツカレー戦争の行方を決めるのは一体誰だっ!?」

 

煽るような、青葉の喋りが聞こえた。

駆逐艦たちだよ、と私は内心呟いた。

小説投稿サイト『小説家になっちゃったりして』で連載している、書籍化作品第三巻のオマケになにを書こうかと思いつつ。

 

 

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