はこちん!   作:輪音

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馬鹿上等仕様にてお送り致します。
今回は三八〇〇文字程です。



CCⅩ:霞ママとチョコレート

 

 

 

長野県上水内(かみみのち)郡飯綱(いいづな)町。

北信にある、旨い林檎と米と温泉で知られる町。

その小さな商店街にある、小さな定食屋の店内。

元艦娘の霞が働く食事処。

彼女を慕う、県内外の漢たちが集う聖域。

サンクチュアリ。

我らのカスミンのためにっ!

そのさほど広くもない店内では、所狭しと居並ぶ漢(おとこ)たちが血涙を流しながら土下座していた。

念のためにビニールシートが敷かれており、既に血塗れになりつつある。

酷い絵面。

冬の午後。

昼の掻き入れ時が終わった、一時的に店の閉まっている時間。

休憩したり、仕込みをしたり、和菓子屋に行ったり、買い物に行ったり、パン屋に行ったり、ケーキ屋に行ったり、アップルミュージアムに行ったり、ピコピコしたり、ブログの記事を書いたり。

そんな感じの時間。

外は雪にまみれて。

 

「お慈悲を! 我らにお慈悲を!」

「なによ、あんたたち。営業妨害するつもりなら、とっとと帰って。これから夕食の仕込みがあるの。あんたらの下手な学芸会に付き合うつもりなんて、これっぽっちも無いから。」

「なにとぞ! なにとぞ、哀れな下僕の我らにチョコレートを!」

「チョコレート?」

「左様で御座る!」

「なんで?」

「女の子からチョコレートを貰った経験が無いからで御座るっ!」

「あのさ、あたし、中の人はおっさんなんだけど。」

「今は我らの大切な霞ママで御座る! それにっ!」

「それに?」

「可愛い女の子からチョコレートを貰える経験なんて、我らには未来永劫訪れる訳ないと皆先刻承知! 中の人が我らと同性ならば、そのことは先刻ご承知と思い申す! 如何に!?」

「あ、ああ、うん、まあ、そうね。」

「ならば!」

「とあるベルギーの高級チョコレートなんてちっこいのが一粒二〇〇〇円とか、そんな訳わかんない世界よ。こないだ、義理チョコは止めて本命はうちのチョコレートにして、って宣伝してネットで大炎上していたわね。日本の板チョコでも、一枚五〇〇円くらいはするわよ。あんたたちに一枚一枚あげるのはちょっとねえ。チロリアンチョコかクロカミナリチョコだったら、なんとか……。」

「心配ご無用!」

「へ?」

「献上品で御座る! 我らの誠意、とくとご照覧あれっ!」

 

むっちりむうにいな男が差し出す、銀色のアタッシェケース。

傷だらけのゼロハリバートン。

漢たちの、魂の輝きにも似た。

パカリと開かれた中にはみっしり詰まった茶色い板のお菓子。

 

「ええと、つまりこれをそのままあんたたちにどうぞと手渡せばいい訳?」

「惜しい! 実に惜しい!」

「んー……まさか?」

「そうで御座る!」

「あたしがチョコレートをかち割って投げるのを、あんたたちが奪い合って食べるとか?」

「違う! 違うので御座る! それはそれで面白そうで御座るが、そうではありもさん!」

「じゃあ、それはやらないでおくわ。」

「是非やってください。催しの後で。」

「でもねー。」

「なんでもしますからっ!」

「もうさ、これを今あんたたちにえいっと投げたら、それで終わるんじゃない?」

「違う! 違うで御座る!」

「じゃあ、どうすんのよ。」

「湯煎をしていただいて、ハート型にして欲しいので御座る!」

「あのね。素人の手作りチョコレートって、案外あんまりおいしくならないわよ。大抵市販の方がおいしいから。クッキーにもそういうことが言えるわ。そうね、溶かしておやきに入れたげよっか? 干し林檎を中に入れてもいいかも。沢山作りすぎたのがまだかなり残ってるし。」

「チョコおやきは別腹で。」

「ええー、めんどくさい。」

「お願い致します! 我らに残された希望は霞ママだけなので御座る! 店の外にいる同志(タヴァリーシチ)たちもそれは同じ気持ち!」

「土下座を即刻止めて、外の人たちを中に入れなさい!」

「では!」

「取り敢えず、豚汁を振る舞ってあげるから。食べたら、とっとと帰って。あたし、これでも忙しいの。」

 

結局漢たちは豚汁を食べ、その後夕食にも訪れた。

学校や会社などで食べられない時以外は、霞ママの定食屋で食べる。

これ、密林の鉄の掟。

うらうらべっかんこ。

近場の古民家を先日購入したので、そこは古民家カフェっぽい定食屋にすべく改装中だ。

霞と父母はそちらに移転して、こちらの店は婦人会が調理を行う厨房に変更される手筈となっていた。

ちなみにこの店で作られる弁当は、毎日完売御礼である。

最近、函館鎮守府考案の唐揚げ弁当を試作したら大好評。

それは定番商品になりつつあり、近在の婦人会の力も借りて北信の小さな産業へと変貌しつつあった。

長野駅からも販売したいとの打診がある。

いっそのこと、従業員を増やそうかしら? と元駆逐艦は思うのだった。

アップルミュージアムに勤める、あのゴスロリの子なんてどうかしらね?

自薦他薦も増えつつある、今日この頃。

誰かと組むのも悪くないかもしれない。

上水内基地とも提携が出来ないかしら?

霞はいろいろ経営を考えるのであった。

 

 

 

その夜、彼女は奈良鎮守府の天龍と電話した。

ひいひい笑う、軽巡洋艦。

ならちん唯一の艦娘ナリ。

ショタ提督は既に寝かしつけた模様。

彼女の中の人もまたおっさんである。

 

「はっはっはっ。そいつぁ、ずいぶんと災難だったな。」

「笑い事じゃないわよ。大量のチョコレートの湯煎って、けっこう手間暇かかるんだから。」

「慕ってくれた上に、金を落としてくれていいじゃんか。地元密着型アイドルってとこか。」

「ところで、あんたんことの提督ってどうなの?」

「相変わらず、毎日毎日オレの乳揉んでくるぜ。」

「マセガキね。」

「マセガキさ。」

「あ~あ、その内、奈良へでも遊びに行こうかしら?」

「いいぜ、奈良。のんびりした、とてもいいとこさ。そうそう、送ってもらった林檎はとても旨かったぜ。」

「それはよかったわ。」

 

 

 

バレンタインデー当日。

何故か長野駅に勤務する元艦娘たち三名と共に、チョコレートを湯煎してお菓子作りする破目に陥った。

これじゃまるで晒し者だわ。

場所は長野駅内の特設会場。

これなんて罰ゲームなのよ。

日本の義理チョコ二巨頭の製菓会社が、積極的に加工用チョコレートや自社製品を提供してくれている。

これが資本主義経済に組み込まれる、ってことなのね。

で。

なんで見物客たちの目の前でやんなきゃいけないのよ。

地元民、冷やかし、艦娘愛好家、観光客。

みんな、なんか目がこわい。

しかも、テレビの中継付き。

晒し者よ、晒し者。

近隣諸国の新潟県、山梨県、富山県、茨城県、愛知県からも取材が来ている。

なにこれ?

元艦娘たちもノリノリね。

なにキャピキャピしてんのよ。

あんたらも、あたしと同じ男でしょうに。

フリルの付いたエプロンを着るだなんて。

作業用には、割烹着で充分よ、割烹着で。

おさんどんでなにが悪いのよ。

あーもう、ホント、周りはバカばっかり!

 

能天気そうな女性がマイクを向けてきた。

 

「霞ちゃん、今のご気分は?」

「女性の取材者からマイクを突き付けられて、今のご気分はと訊かれているなあ、っていう気持ちです。」

「筒井康隆さん的返答は返しに困るので、普通でお願いします。」

「言葉が不通になるのって悲しいことよね、ってとこかしら。」

「あの、シェイクスピア的表現ではなくてですね、チョコレート菓子を作る心意気が聞きたいんです。」

「頼まれたから作る。それだけなのよ。」

「ある意味、プロフェッショナルです!」

「そうかしら?」

「そうですよ!」

「あたしたちの中の人は全員、元々は普通のおっさんなのに?」

「今は可愛い女の子だからいいんです! 中の人が男性だったら、余計に同じ男性の苦しみもよくわかるでしょう!」

「そうかなあ?」

「そうですよ!」

「そういう貴女は、今日誰かにチョコレートをあげるの?」

「ぐはぁ!」

「ちょ! どうして倒れるの!?」

「男なんて! 男なんて!」

「あっ、変なスイッチが入っちゃったみたい。大丈夫よ。男なんて、手作りの料理で胃袋を握れば大体陥落出来るから。」

「ぐはぁ!」

「なんで更に酷くなっちゃうの!?」

 

 

ちょっこし大変なことになった。

 

 

猪目(いのめ)なハート形のチョコレートに、チョコおやきにチョコプディングにチョコクッキー。

四名で分担して、せっせと作る。

包装は他の人たちに任せ、完成品を待機している男性陣に渡したらひと安心。

最後はチロリアンチョコやクロカミナリチョコを豆まきみたいに投げて、これを奪い合う猪児嶺徒合戦(ちょこれいとかっせん)を行う予定。

誰よ、こんな企画を考えたのは。

虎ノ門にあるあの放送局かしら?

バカよ、バカ。

みんな、バカばっかり。

うん、このチョコおやきはおいしく出来たわね。

プディングやクッキーもいい出来だわ。

箱詰めは他の人たちに任せましょうか。

よし、もうあとひと踏ん張り。

 

「あの、霞ママ。」

「なにかしら?」

 

隣の元艦娘が囁いてきた。

 

「チョコレートを塗ったら、舐めてくれます?」

「は? どこへ?」

「その……いきなり……ではアレですね。」

 

彼女はほっぺたにチョコを塗って、あたしに顔を近づける。

これ、放送局の仕込み?

チョコレート二社の人たち含めて、周りの皆がうひょお、って顔をした。

なんか、イラっとした。

腹いせで手元にあった投擲用包装済み義理チョコを幾つか掴んで、そいつら目掛けて投げる。

すると、おぞましき争奪戦が始まった。

 

みんな、バカ。

バカばっかり。

 

 


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