就職先がまた倒産した。
昨今はちょっとしたことで潰れる会社が多い。
私が再就職活動で散々苦戦してようやく入社した会社も事業拡大に失敗し経営に失敗し仮想通貨に失敗し、社長一家がどこぞへと逐電する破目に陥ってしまった。
東京は不景気の嵐だ。
かつての繁栄を取り戻したいと願うバブル期真っ只中だった五〇代前後の人たちが声を張り上げていたけれども、よくて批判殺到悪くて闇討ちされていた。
流石に命は惜しいらしく、彼らは現在暴力に対して表面上屈しているようだ。
嗚呼、また職業安定所通いの日々が再来するのか。
とぼとぼとあの無機質なコンクリートの建物に行ったら、大きな貼り紙が掲示されていた。
艦娘乙種募集情報だった。
私のようなおっさんであっても、艦娘になれるらしい。
厳密には少々異なるけど、外見だけなら艦娘になれる。
詳しい情報を窓口で求めたら、応対してくれた年配の職員は意外にも渋い顔をした。
彼曰く、担当した人物が艦娘になれたのはよいが書類関連で連絡を取ろうとした際に、既にその艦娘は退役したから関係ないと彼が着任した筈の鎮守府の提督から言われてしまったそうだ。
つっけんどんな電話応対だったらしい。
そういう鎮守府には所属したくないな。
実質的な門前払いという感じを受けた。
それ以降、その人物は行方不明だとか。
彼が更に調査しようとしたところ、上から追跡調査不要とのお達しが来たそうだ。
なにそれこわい。
「守秘義務の関係もあるでしょうから詳しくは突っ込めませんでしたが、その方はもしかしたら既に亡くなられているのかもしれません。」
彼はひそひそと小さな声で言った。
雪の降る中、選択肢が実質的に無い私は大本営に向かう。
コンビニエンスストアさえ大半が消え去った社会である。
廃墟化しているショッピングモールなど、ざらにあった。
交通事故は格段に減ったが、行方不明者は年々増加の傾向にある。
中年就活者の受け入れ先は命の危険性が大きいところか、即戦力として過酷な状況に直面させられるところが多い。
後は、専門的資格を有していないとすげなく断られる会社がちらほらあるくらいか。
横須賀も雪模様だった。
呆気ない程に手続きは素早く終わり、体質変更のための注射を打たれ数日入院し、魔女の釜みたいな棺に入ってチンされ、そうして艦娘になった。
私は大井という軽巡洋艦に変わった。
この子、おっぱいがけっこう大きい。
なんだか周囲が随分騒がしくなった。
足柄という重巡洋艦に変わった人が現れた時も騒ぎになったらしい。
私を求める鎮守府はかなり多く、それは意外とも思える程であった。
私と同型の球磨型と呼ばれる軽巡洋艦を抱える鎮守府は特に熱心で、中でも北上という艦娘を有する基地の私に対する執着度は空恐ろしいくらいだ。
大井という艦娘は、意外と少ないらしい。
大本営で訓練を始めてから、艦娘たちの訪問を受けるようになった。
放課後面接クラブ、って感じかな。
私のようななんちゃって艦娘ではなく、本職の艦娘たちだ。
面接の予約率が意外な程高かった。
同期からはやっかまれたり嫉妬されたり嫌みを言われたり。
酷い対応をする彼らは全員駆逐艦でしかも個体的に性能があまり高くなく、おそらく潰しの効かないだろう現実的未来に絶望している者さえいた。
一戦交えたら即轟沈かもな、と言われて喜ぶ者などいないからな。
では退役してなにかすると言ってもすぐすぐ辞められる訳ではないし、人間に戻れるかさえ不明瞭だ。
やってみないとわからないとか。
世の中の残酷さを女体化した後に知るのは、なんとも言い難い空恐ろしささえ感じる。
一週間程で脱走者が三名いた。
座学の前に知らされただけだ。
結果がどうか教えてくれない。
とある鎮守府の北上が勧誘熱心で、週に二回はやって来る。
提督の説得は終えたとのことで、私が一言はいと言えば即手続き出来るという。
艦娘甲種で本物の彼女が、何故偽物の私をこんなにも求めるのだろうか?
謎だ。
でも、嬉しくもある。
こんなに他人から求められたのは生まれて初めてだ。
折角こんなに来てくれるのだからと、その鎮守府へ着任することにした。
周囲の同期が段々めんどくさくなってきたからでもある。駆逐艦ウザい。
着任する鎮守府は甲種艦娘と乙種艦娘との混成仕様で、軽巡洋艦は北上しかいない。
以前は他にも、軽巡洋艦や軽空母が所属していたそうだ。
大規模作戦の失敗の余波を受け、何名も轟沈したという。
その時の鎮守府はとても暗かったそうだ。
私は名目上軽巡洋艦だが、性能上は駆逐艦と大して変わらない。
いや、一発轟沈しやすいだけにより低性能なのだと考えられる。
それでも歓迎された。
ありがたいくらいだ。
鎮守府へ着くと『熱烈歓迎!!!』と墨痕鮮やかに書かれた横断幕が港に掲げられていて、運んでくれた海上自衛隊の艦艇の人たちが苦笑していた。
ついでの便があってよかったと、しみじみ思う。
たまたま横須賀港に停泊していたそうで、私を乗せたのも偶然らしい。
海の男たちは実に友好的で、彼らから懇願された記念撮影に応じたら、無茶苦茶喜ばれた。
艦長を含め、全員と写った。
こんな私でよかったのかな?
仕事でたまたま乗り込んでいた女性自衛官たちも、たいそう喜んでくれた。
中の人はおっさんだと最初から打ち明けたのだが、そんなの関係ありませんと全員の鼻息が荒くて困惑した。
名残惜しそうに見える彼ら彼女らと別れ、鎮守府の建物に向かう。
着任の挨拶をするため、執務室へ行く。
扉が少しがたついていて、壁に幾つも補修済みのひび割れ痕が見えた。
なにこれ?
部屋の作り自体は悪くない。
簡素簡潔な作りで質実剛健な雰囲気だ。
提督は私が驚く程着任を喜んでくれた。
違和感さえ覚える程の歓喜に、直感が喚起される。
なにかおかしい。
「戦力が向上すれば、所属艦娘たちの生存率も上がってくる。それはとてもとても嬉しいことなのさ。」
まあ、理屈はそうなりますけど。
めっちゃいい笑顔を向けられた。
部屋は北上と同室。
「大井っちー、大井っちー。」と北上が抱きついて甘えてくる。
事前情報では大井側から北上への友愛的行動が熱心な個体もいると聞いていたのだが、この鎮守府では異なるようだ。
「もう、大井っちったら、冷たいー。」
「あ、すみません、北上さん。」
「堅いなー。距離感あるなー。」
「ええと、鋭意改善点を精査しまして反省点を踏まえながら……。」
「違う違う、こうだよ。北上さん北上さん北上さん北上さん北上さーん! って感じが基本だよ。」
えー。
なにそれ。
なんば言うとね。
そげな恥ずかしかことなぞ出来んち。
「北上さーん! ええと、こんな感じでどうでしょうか?」
「三〇点。」
「ぐはぁ。」
「今のは大井っちにしては斬新だね。でも、いつもの大井っちとは違う。」
「え?」
「ううん、なんでもない。今度は大丈夫だから安心してね、大井っち。」
「は、はあ。こちらこそよろしくお願いいたします。」
「う~ん、意識改革が先決かなあ。取り敢えず、お風呂に行こ。」
「はい、わかりました。」
もしかして、前任の大井はかなり個性的な子だった?
北上に連れられて浴場へ向かう。
下着がおっさんくさいとダメ出しされた。
ぐはぁ。