今回は四〇二六文字あります。
ほんのりミステリー仕立てにしました。
舞鶴の新人提督が、彼の艦隊専用艦娘寮に軟禁されている。
そう聞かされたのは、肌寒い朝のことだった。
横須賀呉佐世保同様に、舞鶴にも九人の提督が所属している。
いずれも厳しい選考を経た、私よりもはるかに有能な人材だ。
最近一人失踪を遂げてしまったので、その欠員が補充された。
その新人提督は、専門教育を受けて大本営で学んでいた俊英。
期待のホープってところだろう。
その矢先にこれだ。
舞鶴と言えば、脳筋系提督群と軽巡洋艦と駆逐艦たちから成る水雷戦隊を持って鳴る大型鎮守府。
高速機動戦がその本領だ。
軽空母の運用も悪くない。
なんで、小さな地方鎮守府の函館に連絡が来るんですかね?
陸上自衛隊の一般解放日に合わせた打ち合わせもあるのに。
鳳翔間宮李さん鹿ノ谷さんの四者揃い踏みで、屋台を開くつもりらしい。
他の屋台店主から苦情が来ないのかね?
私だったら、尻尾を巻いて逃げ出すぞ。
基地所属の隊員たちからの熱い要請があったそうだが、わからんでもない。
それはおいといて、今は舞鶴の提督軟禁事態の解決だ。
ケッコンしていた娘がいると、話が更にややこしくなってくる。
さてはて、如何致すべきか。
日本海を伝って、舞鶴から迎えに来た艦娘たちと共に問題の鎮守府へ向かう。
私が座乗するのは、高速指揮船。
艦橋と言うにはちんまりした大きさの箱の中で、舞鶴第一鎮守府の神通が状況を説明してくれた。
新人提督の指揮下にあるのは、第六駆逐隊全員と第七駆逐隊全員に五十鈴長良(ながら)隼鷹(じゅんよう)飛鷹(ひよう)の計二艦隊分の艦娘。
キチッと艦娘を揃えたところが、四大鎮守府って感じだ。
これがこじょっこりした鎮守府だと構成に四苦八苦する破目に陥るし、他所の鎮守府との連携や貸し借りが無ければ任務を満足にこなせない場合もある。
本末転倒だ。
神通の説明によると、軟禁した艦娘たちの意思は固く新人提督は毎晩泣かされているとか。
どういう風に泣かされているのだろうか?
少し気になる。
で、我が輩になにをどうせいゆうんじゃ?
ワシ、そもそも関係無いよね。
「豪腕と聞き及んでいますよ。」
神通が微笑む。
「誰ですか、そんなことを言ったのは?」
「呉第六鎮守府の提督です。」
「先輩ですか。」
「ええ、期待しています。」
現状はそんなに悪くないのか?
神通の様子に余裕が見られる。
わからん、私にはわからんな。
密着しようとする神通に、それを阻もうとする随行員の艦娘たち。
なにをやっておるのだね、君たちは。
「高速指揮船が入港したわ。蔦唐丸に板倉九曜の紋所だから、事前に聞いていた通り、函館鎮守府の提督がお出ましよ。五稜郭に熊紋もあるから間違いないわ。なんとも言えない雰囲気が漂うあの人が、この舞鶴へ来たのよ。来たのよ。ねえ、どうしよう? あの人も軟禁しちゃう? しちゃおっか? しちゃってもいいよね?」
斥候の暁から少し興奮した様子の言葉が、トランシーバーを伝ってくる。
謎の三段活用をしながら、本音が駄々漏れだ。
トランシーバーは携帯端末が一般的になってから無用の長物扱いされることもあるらしいが、こうした状況では重宝する伝達手段だ。
私は姉に返答する。
「提督はどっちに向かっている?」
「先ずは本棟に向かうみたいね。ひとっ走りして、さらってこようかしら?」
「やめといた方がいいよ、姉さん。提督に護衛が付いているんじゃないか?」
「護衛って、島風と吹雪だけよ。制圧するなんて、私だけでも簡単でしょ。」
「油断すると危ないよ。函館には『化け物』が何名もいるからね。その二名も特級で危険だ。第一の青葉から話は直接聞いている。」
「わかったわ、響。一旦撤収す……えっ?」
「どうかした?」
「島風がこっちを見て笑ったわ。」
「すぐ戻ってくるんだ、姉さん。」
島風があらぬ方向を見ながらニヒルに笑ったので、そちらに目を向ける。
なんだ、なにもないじゃないか。
第一鎮守府の提督に会って社交辞令を交わした後、突入か交渉かの話になる。
五〇代の穏健な雰囲気の人物。
彼がここを仕切る親分ナリヨ。
武術に詳しそうにも見えるな。
強硬論も多かったらしいのだが、何故か艦娘たちは私の派遣を望んだという。
何度も何度も入れ替わり立ち替わりお茶やお茶請けやお茶菓子を持ってくる艦娘たちに、舞鶴の提督は苦笑していた。
このお茶は宇治茶かな?
香りがとてもいいぞい。
虎屋黒川の虎屋饅頭、笹屋伊織のどら焼き、大垣の柿羊羮、伊勢の赤福、鈴鹿の関の戸、といった近畿地方の名菓がどんどん運ばれてくる。
手作りの桜餅、柏餅、粽(ちまき)、おはぎ、みたらし団子、豆かん、三笠と呼ばれるどら焼き。
クッキー、フィナンシェ、ゼリー、ショートケーキ、パウンドケーキ。
年代物の梅干しまで出された。
これ、けっこうするんじゃないかな?
私が手をつける様を何故か青葉が撮影していた。
何故だ?
お茶とお菓子で、腹がおかしな程に一杯になる。
やめて、拙者の許容量はもうゼロよ。
「広報の一環ですよ。気にしないでください。」
第一鎮守府の秘書艦はそう言って微笑む。
筆頭提督との話し合いで、取り敢えず交渉してみようという話になった。
問題の艦娘寮に向かう途中で、舞鶴の艦娘たちと交流する。
彼女たちは、軟禁行為を行った同僚に対し同情的に見えた。
無罪放免とはいかぬが、情状酌量に出来るように努めよう。
それが、舞鶴の艦娘たちの総意に基づく行動になろうから。
夕方、陽に染まりつつ交渉の舞台へ赴く。
場所は寮入口近くの歓談室。
島風と吹雪と第一の青葉と一緒に向かう。
対するは飛鷹。
和風美人艦娘。
「貴女がたの要求はなんですか?」
聞いてみる。
「提督の今身につけている下着を貰いましょうか。」
「はい?」
「それはちょっと要求が度を越しているんじゃないですか、飛鷹さん。」
「ふむ、条件次第で渡してもいいんじゃないか?」
「一体なにを言っているんですか、島風さん!?」
「そうですよ、司令官の下着は私たちのものなんですから。」
「さらっとなにを言っているんですか、吹雪さん!?」
「私たち全員の下着でどうかしら?」
「あの、なにを言われているんですか、飛鷹さん?」
「提督の嫁は二〇〇名以上の予定だ。そちらの艦娘程度の下着で補えるものじゃない。」
「今聞き捨てならないことを聞きましたが、そんなに嫁は持てませんよ。」
「司令官は新しい世界の救世主になられる方なんです。完全服従されるなら考慮してもいいんじゃないですか、島風さん?」
「もしもし、吹雪さん。後でお話があります。」
「う~ん、なんともおそろしき攻防戦ですね。」
「青葉さん、酷い記事を書いたら許しませんからね。」
「そっか、青葉は駿河問いの刑か。よかったね、これで拷問してもらえるよ。」
「無垢な笑みを浮かべて酷いことを言わないでください、飛鷹さん!」
「流石は提督ですね、ツッコミが素晴らしいですよ。」
なんだろう、この混沌具合は。
一週間の熾烈にして訳のわからない攻防戦と混浴と添い寝の結果、新人提督は無事に解放された。
直接彼を見ていないのでなんとも言えないが、明石によると健康状態に問題は無いそうな。
彼と少しでも会話をしたかったのだが、頑なに断られた。
まあ、仕方ない。
これにて一件落着?
ミッションクリアってとこか。
事件に至った原因は『気持ちのすれ違い』とされ、提督を軟禁していた艦娘たちの罪は不問とされた。
まさに日本的解決策よな。
下手に断罪して戦力低下になることをおそれたか。
書類送検も刑事罰も一切なしと、今回は異様な形で終息を迎えた。
報道管制が敷かれ、関係者全員が特一級の守秘義務を負わされる。
「空きが出来たら、舞鶴へ来るかい?」
舞鶴鎮守府で最も高そうな執務室の中。
第一の提督がとぼけた顔で聞いてきた。
なんばゆうとっとや?
おかしなことをおっしゃいます、彼は。
まるでなにも無かったかのような気配。
なんだかなあ。
本日ここへ来る艦娘が二桁を突破した。
今度のお茶請けは雲竜か。
これ、昔から好きなんだ。
青葉が真剣な顔で、私を撮影している。
島風と吹雪から、密やかに殺気が漏れてきていた。
青葉は微妙に強ばった顔で、その手は震えている。
提督はなにも感じていないのか?
感じながらもわざと言っているのか?
……違う、そうじゃない。
ならば、決裂だ。
ゴメンね、私は函館に帰ります。
「謹んでお断りいたします。」
「君の栄転になるのにかい?」
「函館の艦娘たちを見捨てるつもりはありませんし、こじょっこらとした鎮守府のなんちゃって提督の地位で十分です。」
「こんな機会は滅多にないよ。」
「呉でも、そう言われました。」
「なんだ、なんともつまらん。」
「私はつまらない男ですから。」
「時間切れか。君の迎えが来たようだ。気が変わったら連絡してくれ。席はどうにでも用意出来る。副官から始める手もあるしな。」
「ご好意に大変感謝します。」
「案外食えん男だな、君は。」
「それでは失礼いたします。」
鎮守府内百貨店にある名産品店に立ち寄っていろいろ買い込み、更に発送手続きも行う。
ここの暁や曙たちのお勧めに従った。
駆逐艦を中心に、多数の艦娘がまとわいついている。
既視感さえ覚える光景だ。
店で働く元艦娘たちの態度からは、彼女たちと良好な関係が感じられる。
まるで、なにも起きなかったかのようだ。
……知らないのか?
或いは、なにも起きなかったことになっているのか?
それとも……。
売り子たちに不自然な点は見られないな。
…………そっとしておこう。
ここへ来てよかったのかもしれない。
流血沙汰にならなくて、本当によかった。
来た甲斐はあったのだろう、おそらくは。
なんだかもやっとしてくるものを感じる。
気にしない方がいいのだろう。
煉瓦作りの立派な建物を出ると、整然と向かってくる連合艦隊が見えた。
皆がぶんぶん手を振っている。
私もぶんぶん手を振り返した。
函館仕様のハインドが見える。
青と白のエクスタシー。
ロシア製の対戦車ヘリ。
帰りはあれに乗って帰ることになりそうだ。
島風と吹雪がぎゅっとしがみついている。
風は冷たいが、心はそんなに寒くないな。