はこちん!   作:輪音

225 / 347

この話、最初はギャグまみれにしようと思っていたんです。
どうして、こうなった?
今回は四三〇〇文字ほどあります。




CCⅩⅩⅤ:提督めしコンテスト

 

 

深海棲艦が世界の海に現れて日本近海を荒らした際、海上自衛隊と海上保安庁は奮闘に奮闘を重ねた。

航空自衛隊と呼応し、迫り来る未確認敵対的存在に対して力戦勇戦した。

沿岸部での被害に於いて、陸上自衛隊は国民の避難誘導や駆逐艦級深海棲艦などへの砲撃や誘導弾攻撃で奮戦した。

複数の現場指揮官たちが大変有能だったのも幸いした。

特攻や無謀な戦闘を避けて、遅滞戦術に終始したのだ。

深海棲艦側が殲滅戦指向でないのも、極めてよかった。

それらを指揮していたとおぼしき黒いワンピースを着た女性が、まるで発砲を控えていたかに見えたと後に複数の自衛官が証言している。

『極東司令』と仮称された彼女は理知的にさえ見え、海難救助された人間も複数存在

する程。

他の幹部級と目される深海棲艦に比べ、なんともおかしな存在である。

市街地を火の海にするのではなく、どうやら兵糧攻めにして干乾しにする考えのようだった。

確かに時間さえかけたなら、貿易交易を中心とせざるを得ない日本国はどんどん滅んでゆく。

もし日本に艦娘が現れなければ、暴動や物資不足で壊滅し得る打撃を受けていたことだろう。

内側から自分自身を食い破るかの如くに。

実際、そのようになって滅びた国もある。

国の頭領自ら不正に終始し、政治家や役人は汚職が当たり前、立派な人間もいるにはいるがそうした人物を閑職に押し込めて平然としているような。

そんな国の兵士は弱卒ばかりではないにせよ、最高指揮官が阿呆揃いだと悲劇になる。

徳川秀忠率いる軍勢が、真田の老獪極まる戦術で翻弄された上田合戦がいい例だ。

上の失策は下の崩壊に直結する。

実際、似たような経緯になった。

彼ら自慢の軍船も航空機もさほど実力を発揮出来ぬまま、無惨に破壊されていく。

深海棲艦たちは、歯向かう存在に対して容赦なく猛威を振るった。

国を守るべき高官たちは慌てて我先に航空機で逃亡し、撃墜されて次々死亡した。

自暴自棄になった国民が自ら国に引導を渡す蛮行に走ったため、今もその辺りは混迷が継続中だ。

交渉出来る窓口もなく、食事を与えたとて際限なく不満を口にするばかりだ。

恨みばかり口にして反省なく発展させる気概無き者しかいない集団は、滅びが徐々に訪れるのを待つしかなかろう。

 

 

『深海戦争』終結後も、国際情勢は予断を許さないだろう。

人間同士の戦争に発展する可能性すら、存在するのだから。

実際、そうした方向で動いているとさえ考えられる国は複数ある。

 

 

ヒトは歴史から学ぶことが出来ない。

歴史を学んで覚えることのひとつだ。

ヒトの本質は闘争にあると思われる。

 

 

艦娘たちはこの世界に顕現後、海軍と鎮守府警備府泊地の設立並びに自らの指揮官たる提督を所望要望する。

軍隊アレルギーの日本人の多くは詭弁を弄した挙げ句、海軍の設立を認めなかった。

憲法違反であるという名目だ。

まだ生き残っている、幾つかの周辺諸国への配慮もあった。

それどころではないとする意見もあったのだが、日本人の軍隊アレルギーは今も人によってかなり根深い。

未だに自衛隊批判をする人間さえいた。

時勢の読めない人間はどこにでもいる。

彼らは撃たれるまで、わからないのだ。

この期に及んで、状況が理解出来ていないとしか言い様が無い。

いや。

理解を拒んでいるだけかもしれないが。

命を賭けて勇敢に戦う人々に向かって吼える人間というのも、世の中には存在するのだ。

情勢を理解出来ない人間は愚かしい限りだが、得てしてそうした人物程叫ぶことを躊躇しない。

戦争状態であること自体は認めたものの、軍隊の設立は断固として認めない。

それが日本政府の決定だった。

国際的に考えると訳がわからないのだけれども、それが戦後日本の選択なのだった。

代わりに、大本営を第三セクター方式で設立することは認めた。

詭弁の四回転アクセルである。

これにさえ納得しない人も存在した。

物資が窮乏し、石油の配分で全国各地の自治体が揉め、新宿で多数の死傷者が発生し、軽んじていた北海道の生産力に頼ることが多くなってさえ、現状を認めようとしない人は一定数実在する。

あまりに強く自己主張し、闇討ちされる人さえ現れた。

 

そして、大本営の設立を許可された組織は都内に建造物を構築しようとしなかった。

東京の治安が非常に悪化していたし、流通の面で不安材料だらけだったのが要因だ。

新宿騒乱も不安要素として懸念を増幅させたし、物流の面でも東京はガタガタになりつつあった。

『戦前』の威信や威光は深海棲艦侵攻後の数年で音を立てるように崩れ去り、東京に本社を置いていた企業が幾つもよその府県へ本社移転する事態にまで状況は悪化している。

結果、大本営は横須賀鎮守府に隣接することになった。

横須賀が陥落する事態になったら、それは日本の終わりを示すことになるという理屈である。

勇敢というよりも、日常での利便性を考慮した結果と今も囁かれているが。

 

 

そんな屁理屈の集合体である大本営に於いて、『提督めしコンテスト』が開催されることになった。

いわゆる印象操作のためである。

ものを深く考えようとしない人々への、価値訴求でもあるらしい。

マスメディアの出鱈目な報道を鵜呑みにする人間は今も多い。

人は都合のよい言葉に耳を傾けやすい生き物だ。

都合の悪い言葉など聞こうとしない。

それは平時も戦時も変わらぬ人の業。

出場する提督は四大鎮守府が殆どだ。

いや、函館の提督以外は彼らだけだ。

二線級またはそれ以下と目される基地の司令官たちは、全員棄権する。

あまりにも馬鹿馬鹿しいからだった。

見世物扱いされるなんて真っ平御免。

棄権した中では最大手の、青森県は大湊(おおみなと)の提督が言った。

その詰まらない見世物に参加したら、参加賞くらいは貰えるのかね、と。

 

 

実戦を多くこなした駆逐艦は、経験不足の戦艦に勝る力を持つ。

これが理解出来ない提督は昇進など夢のまた夢、鎮守府をまともに動かすことすら不可能だ。

事実、何人もの提督が駆逐艦の重要性を全然理解出来ないで幾つもの基地をダメにしている。

駆逐艦こそが、基地の要だ。

その駆逐艦たちに支持される提督は強い。

実際、函館鎮守府の提督は駆逐艦たちから強く支持されている。

ちなみに、有力候補の一人だった呉第六鎮守府の提督は棄権していた。

「あげなん出る必要もねえわ。」と、つまらなそうに言って。

函館の提督も棄権しようとしたのだが、周囲の猛反対で断念している。

大本営による商業的興行は、こうして始まりから波乱含みなのだった。

 

 

どろどろした思惑が交錯する中、『提督めしコンテスト』は開催された。

場所は大本営前広場の特設会場。

審査員は全員が人間。

艦娘は一名もいない。

大和も武蔵も長門も陸奥も座っていない。

 

函館の提督は、薄味の出汁で手早く煮た細切りの油揚げと蒲鉾と長葱を丼飯の上に載せたきつね丼で一回戦に臨んだ。

北の国は七飯町産の米と八雲町産の味噌を使い、試される大地の豊かさを喧伝する。

添えるは自家製浅漬けとワカメの味噌汁。

これできつね丼定食ナリヨ。

思いっきり大衆路線である。

だが。

大豆の輸入が安定してきたために比較的安価で販売されるようになった油揚げや、海の幸の一翼を担う蒲鉾やワカメを具材として使った意味を理解出来る審査員は居ないようだ。

極めて地味、というのが函館の提督への平均的な評価となった。

彼らは大衆食堂のような献立に対し、がっかりした表情を隠さない。

艦娘たちより漏れ聞こえてくる評価の高さから、期待し過ぎていたのだろう。

おっさん提督の気配からは、勝とうとする意欲がまるで感じられない。

切歯扼腕し歯ぎしりさえする艦娘たちの醸し出す気配すら全然感じることもなく、審査員たちは函館の提督を批判し笑った。

 

私たちのためにご飯を作ってくれる人を笑うな!

 

他の提督たちは、大半が老舗洋食屋やホテルの総料理長や大手料亭などの料理上手からその技を習っている。

意気込みが違った。

費用をかけていた。

本業とまったく関係無いのに。

舌を噛みそうな、覚えにくそうな名前の料理が審査員たちに提供され、彼らはそれらに舌鼓を打ち鳴らした。

バブル期を過ごしてきた審査員たちにとっては当たり前の食べ物だったが、飽食の世界に身を浸してきたことが丸わかりな態度である。

口の肥えた者たちは片仮名言葉を用いてやれなにがどうのと屁理屈を捏ね、脂ぎった舌を際限なくぺらぺら回す。

周囲の艦娘たちが一斉に腹をくくったことに、中年壮年老年の男たちは気づかなかった。

白ける艦娘たちの反応におののいているのは鎮守府警備府関係者たちばかりで、審査員たちや彼らの腰巾着たちは無警戒そのものだった。

素早く艦娘たちの態度に気づいた、良心回路が生き残っている提督たちは身震いした。

ちゃうねん、これは仕事だから。堪忍してや、なっ、なっ、と視線を部下たちへ必死に飛ばす。

日々の料理を受け持つ艦娘ほど、この展開を苦々しく感じているようにさえ見える。

給糧艦が怒ったなら、それを宥めるのに如何程の労力が必要か。

挙動不審になる提督が続出した。

函館の提督はじっくり料理する。

無表情の艦娘がどんどん増えた。

彼女たちの思いを踏みにじっている者の饗宴は、まだまだ続く。

横須賀鎮守府所属の秋月型駆逐艦たちが審査員たちの傲慢に対して泣き出し、それにいち早く気づいた函館の提督が手を振った。

彼は鈍感力を身に付けられなかったのだ。

赤くなる彼女たち。

またやりやがった、と白い目で提督を見つめる艦娘たち。

苦笑いしながら、手を振るおっさん提督。

きゃあきゃあ言い出す艦娘たち。

無表情とはなんだったのか。

彼は憲兵から注意され、料理に専念する。

大本営前広場の特設会場は、益々混沌化するのであった。

 

この競技会では二品目作らねばならない。

函館の提督以外は、凝った料理を作った。

それは派手で、究極とか至高とか旨いぞおと走りそうな高級品。

庶民感覚とはかけ離れたセカイであった。

おっさん提督は、きつね丼を玉子でとじたきぬがさ丼を作る。

それに自家製浅漬けと豆腐の味噌汁を添えた。

今度はきぬがさ丼定食であった。

彼は審査員たちから嘲笑される。

馬鹿の一つ覚えの如しとされた。

そもそも出たくなかった競技会。

柳に風、と函館の提督は泰然自若としていた。

 

結局、函館の提督が作った定食を口にする審査員はおらず、それは食べられないまま破棄されようとしたが、そうはさせじと現れた艦娘たちに奪取される。

彼女たちは、とてもおいしそうにそれを分けあって食べるのだった。

その模様はとある艦娘によって撮影され、『提督めしコンテスト』終了直後に電脳上で放映と相成る。

 

 

 

大本営食堂のみならず、全国各地の鎮守府警備府に於いて翌日の昼食はきつね丼定食ときぬがさ丼定食のみが提供された。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。