今回の話に出てくる『マミヤ・ザ・スペシャルフェイバリット・シリーズ』の『天地を喰らうサトゥルヌス』は『不健全鎮守府』の犬魚様原案でして、拙作への転用を快諾いただきました。
解釈は『はこちん!』仕様でありますことをここに明記しておきます。
それでは、本編をどうぞ。
過去の歴史は事実しか存在しないが、解釈によってその姿は千変万化の様相を見せる。
ネット上で個人が自由に語ることの出来る現代に於いて、過去の情報番組を放映することに意義を見出だせない人は多いかも知れない。
しかしながら、公共放送を自称し幹部の不正が絶えないと囁かれる放送局が再放送に踏み切った『歴史への招待』は比較的好意をもって視聴者に受け入れられた。
不景気な話や不道徳な話や不倫報道を延々聞かされるよりは、鈴木健二氏の名調子や故人となりし豪華なゲストたちの思惑を聞いた方が時間の活用に結びつくものと思われたみたいだ。
実際、二回目の『旗本八万騎』は興味深い内容だったし、次回の『実録鬼平犯科帳』も期待されているようだ。
映像をデジタルリマスター化したのも大変よかった。
こうした映像財産は大切にすべきだろう。
昔の見解と今の見解がどう違うかを知ることも大事だ。
歴史を知ることに意味は無い、とする人もいるだろう。
だが、『温故知新』という言葉があるように、昔を知ってそれを今に活かすことが大切なのだと考える。
人は今も昔もそれほど変わらない生き物なのだから。
九州北部のとある鎮守府から間宮がやって来た。
つい先日、佐世保鎮守府とやんちゃなやり取りをしてなあなあのまあまあで済ませた武闘派基地。
そこのカフェーで連日研鑽に励む彼女は、函館の実力を知りたいと考えたらしい。
過去の名画の名を用いた菓子の『マミヤ・ザ・スペシャルフェイバリット・シリーズ』を引っ提げ、彼女はやって来た。
お土産たるバウムクーヘンのラスクは鎮守府の面々に大好評で、早速彼女は胃袋を掴むと同時に我が基地の給糧艦たちへ宣戦布告したという訳だ。
さくっとして、食べた後もほんのりかぐわしい香りが残る。
これはうちの間宮と異なる方向で上手い。
彼女は満面の笑顔で厨房の面々に語った。
「おいしいお菓子、それは最高級の材料と適切な調理場と最高峰の調理法から生まれます。」
どうも、うちの間宮や他の間宮たちと雰囲気がかなり違う。
同じ姿の筈なのに、まるで別人だ。
気が強い、というのとは少々異なるようだけど。
私に密着したまま、彼女は歌うように発言する。
「歴史を知り、文化を知り、何故それが好まれるかを知る。日々の積み重ねがおいしいお菓子へと繋がるのです。」
彼女が提供しているケーキの値段は高い。
確かに今は輸出入がすんなりいっているとは言い難い状況だが、スペシャルなケーキとは言え一個三〇〇〇円前後とは如何なものか。
それでも食べる人買う人はいるそうな。
まあ、そうでなければ潰れているわな。
九州から来た間宮は言った。
「最高の腕前と最高級の材料で作られた、いささかお高いケーキを皆さまにお見せしますわ。」
彼女の作るは、催事用超大型高級ケーキの『天地を喰らうサトゥルヌス』。
それは五尺四方の正方形の大きさで、ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』が一部チョコレートで描かれており、芸術性も高いことから取材が殺到して大本営広報課の面々と共に彼らは静かに撮影している。
その中には、公共放送を自称する放送局の人々もいた。
生クリームをキャンバスの白に見立て、季節の果物やチョコレートなどが表面で乱舞し、ケーキ内部にも多数の果実が配置されている。
戦いは数だよ、兄貴。
古典的な手法から最新式のやり方まで網羅する、それはお菓子の匠。
にこにこ微笑みながらケーキを作る様は、熟達の職人芸を見ているかのようだ。
今回のケーキは二〇万円の仕様という。
幾つか等級があるらしく、こだわりの深化具合でお値段が跳ね上がるそうだ。
全国各地の間宮や鳳翔を始めとする給糧艦たちも固唾を飲んで、彼女の業を見守っている。
何故か手伝いを指名されたので道具の準備や片付けをしているが、うちの連中の視線がおとろしい。
不意に間宮が話しかけてきた。
「あのですね、提督。」
「はい、なんでしょう?」
「間宮が二名同じ鎮守府に在籍することは可能でしょうか?」
「ええと、同姿艦は在籍出来ないようになっている筈ですし、貴女は九州の要石でしょう。」
「石にだって意思はありますよ。」
「貴女がいないと、中佐も悲しまれることでしょう。」
「……提督は私と彼の関係をご存知ないのですね。」
「えっ?」
「ふふふ、では提督の胃袋を掴むために、この『天地を喰らうサトゥルヌス』を是非ともご賞味していただかないといけませんね。現在開発中の『快楽の園』や『ラス・メニーナス』も、函館で完成させてみせましょう。」
「ほう、『マミヤ・ザ・スペシャルフェイバリット・シリーズ』はまだまだ開発されてゆくということですね。」
「ええ、提督の大切な彼女たちに比肩し得る……いいえ、凌駕する菓子作りの腕前を知っていただきましょう。」
そう言って、彼女は私の唇を人差し指でひと撫でした。