作者「実はわたし、ほのぼの系のお話もけっこう好きなんですよ。」
函館提督「な、なんだって!?」
大淀「嘘だっ!」
某艦娘「そんなことより、私の登場回数をもっと増やしなさいよ!」
【生きる意味や価値を考え始めると、我々は気がおかしくなってしまう。生きる意味など、存在しないのだから。】
ジグムント・フロイト
艦娘乙種慰労会を函館でやろうと、島風から提案された。
そう言えば、彼女も艦娘乙種なんだよな。
おっさん同士の、胸襟広げての飲み会か。
悪くないな。
その慰労会開催前、私は呑気に考えていた。
貸し切り出来る馴染みの居酒屋の予約を取り、迂闊にも交流をはかれたらなあなどと思っていた。
慰労会は初っぱなから荒天だった。
好天ではない。
荒天波高し、である。
時化だ。
大時化だ。
どんな船でも転覆しそうな雰囲気。
激しい雨で呼吸困難になった夜を思い出す。
集まったのは、歴戦の戦士たちだ。
やさぐれた雰囲気に満ち満ちている。
中の人は皆おっさんだが荒んでいた。
二階の座敷は、おどろおどろしい気配に満ちている。
集まったのは駆逐艦が殆どで、軽巡洋艦重巡洋艦軽空母がそれぞれ数名という構成。
乾杯の音頭は島風が行い、それは無難に達成された。
流石に泥を塗る思惑は無いらしい。
だがしかし。
先ず、先輩が死んだ同期が死んだ後輩が死んだの死んだ死んだ大行列の愚痴が開幕雷撃する。
ちなみに、お互いの基地の艦娘とはあまりやり取りしないらしい。
胡座(あぐら)をかいた、吹雪っぽい駆逐艦に皮肉げに言われた。
「あんな、明日をも知れん状況でのんびりまったりあんなあんたてぴーちくぱーちくやっとる精神的余裕なんて、ちょぼっともある訳ないやろ。」
ごもっともですな。
今回は島風が仕切ったから、義理を感じてこの慰労会に応じてくれたらしい。
彼女……彼になるのか? が艦娘乙種としては出世頭だからな。
海だから出世魚?
酒が入るとマジ酷い無礼講、みたいな雰囲気に変貌する。
脱ぎ出す駆逐艦たち。
走り出す駆逐艦たち。
歌い出す駆逐艦たち。
喚き出す駆逐艦たち。
げらげら笑う軽空母。
何故か踊り出す軽巡洋艦。
四股を踏み出す重巡洋艦。
君ら、なにしとんねんな。
階段を下りて、大将の元へ謝りに行く。
貸切状態なので、なにか壊したら弁償という流れでこらえてもらう。
たまに使わせてもらっている関係で、艦娘が酔うとどうなるかをお店の人たちは知っている。
艦娘が如何に日々精神的圧迫を受ける仕事かを知っているので、お店の人たちは皆やさしい。
ザンギ(鶏の唐揚げ北の国的名称)や天麩羅や焼き鳥やアジフライやコロッケなどを、うんめえうんめえと皆が食べてゆく。
サッポロのビールがばんばん消費されてゆく。
ニッカのウヰスキーや日本酒や焼酎をがばがば呑む者さえいた。
酷い呑み方だ。
やけっぱちだ。
いつの間にか艦娘乙種たちの体験談を聞かされる場へ連れていかれ、初陣で死んだ僚艦たちの話を延々聞かされた。
これもひとつの供養になるのだろうか?
そう言えば、彼女たちの顔立ちが本来のそれと微妙に似通っていないように見える場合も散見されて驚く。
例えば、白雪の筈なのに吹雪や磯波になんとなく似ているとか。
見分けのつかない提督もちらほら存在するという噂も聞くから……問題ないのか?
やたら絡んできている吹雪っぽい駆逐艦もなにやら深雪っぽい部分があったり、初雪っぽい部分があったりする。
艦娘乙種だけに見られる傾向らしいが、艦娘もどきもこういう風に見えることがあるらしいと聞き及んでいるからややこしい。
……全員、公式だよな?
「あ~あ、帰ったらまた延々と長時間遠征だぜ。」
「遠征っつったってよ、俺たち、一撃喰らっちまったら火達磨になってお陀仏だがよ。」
「神も仏も無い状況で、お陀仏とはこれ如何に。」
「提督と言えど、中間管理職未満と同じナリヨ。」
「『本物』がいりゃあよ。ちーたー楽なんじゃがのう。」
「そげなことがある訳ねえが。」
「おえんのう。」
「ほんまじゃのう。」
戦斧だの戦棍(メイス)だのによる至近距離でのイ級ぶっ殺し談義とか、提督の●んこがどうしたとか、生えているとかいないとか、生理が無くてよかったとか、提督に迫られてついつい……とか、早いとかそうでないとか、ぶっちゃけまくった会話が繰り広げられている。
混沌だなあ。
ちょっとお手洗いに行ってくる、と伝えて狂騒の座敷を出て暗憺(あんたん)の扉たる障子を閉める。
渡り廊下はひんやりとしていた。
五月なのに底冷えする程である。
あれ? こんなに寒かったっけ?
障子を通して、彼女たちの姿が影絵で見える。
シルエット。
揺らめく陰。
なんだか異形っぽく見えるのは気のせいだな。
きっとそうだ。
そうに違いない。
イ級が何名も見えるなんて、そんな筈はない。
ないに決まっている。
酔ったかな?
まだ一滴も呑んじゃいないが。
幻覚だ。
気の迷いだ。
きっとそうだ。
階段を下りる時、何故か足が少し震えていた。