はこちん!   作:輪音

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空回りする企業
つんのめる経済
泥沼化する政治
犬のような嗅覚で
大きくなってゆく組織
彼らの黒き手は伸びる
戦後の世界へ向かって
そこに容赦する心は無い
そして
戦いは心を癒してくれない
吹っ切れないこの想いは
一体誰にぶつければいいのか
父よ
母よ
先生よ
答えてくれ
白き手の指し示す先を

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の明かりは見えるか




今回は二五〇〇文字程あります。




CCⅩⅩⅩⅥ:白い手

 

 

 

戦前は学校給食というものがあったらしい。

ぼくが入学した頃にはなくなっていたけど。

お昼はお弁当をみんなでわいわいと言いながら食べるのがふつうで、おかずをこうかんしたりすることもよくある。

お弁当を持ってこれない子もいて、そういう子はパンを買ったりみんながおかずを分けたりしてやりくりしている。

助け合いってだいじだと思う。

お茶と牛乳は学校側が出してくれるので、ぼくたちはそれらをごきゅごきゅと飲みながらお昼ごはんを食べるのだ。

みそ汁やとん汁やボルシチやピロシキなどが出ることもたまにあり、ぼくたち男子はおお! とよろこんだりする。

昔はキライなものが出てきても、ぜったいに食べなくてはいけなかったらしい。

残そうとしたら、ずっとずっと先生が見張って無理やり食べさせていたそうだ。

お父さんやお母さんに聞いたら、自分たちの学校ではそんな話を聞かなかったけど、よその学校ではあったらしいとのことだった。

 

近所に住んでいる島さんは大きな会社の社長をしていたけど、戦争のえいきょうで会社がつぶれてしまったそうだ。

家の畑で野菜を作って、一人ひっそりとくらしている。

たまに女の人がやってきて、大きな声がきこえてきたりする。

町内会長からときどきおこられていて、なんだかかわいそう。

島さんは社内政治というものに負けちゃったらしい。

会社の中でなかよしの人とそうでない人がいつもいつもケンカして、それでいろんな人がいなくなってものが売れなくなったとか。

島さんはたくさんの女の人となかよしだったそうで、奥さんいがいの人ともいっしょに海外旅行したという。

外国旅行なんてゆめのまたゆめだなあ、と島さんはぼやいている。

この間、ドイツに行った時に買ったという高い万年筆を見せてくれた。

どこがいいのかよくわからないけど、昔はこういうものを持っているといろんな人がほめてくれたのだそうだ。

ウラジオストクとかサハリンとか台湾とかはどうですか、ときいたら、海外旅行と言えばフランスとかドイツとかイギリスとかそういうところがいいと言われた。

じゃあシヴェリア鉄道ですね、と言ったらロシア人は信用出来ないといまいましそうに島さんが言った。

どうやら、ロシアやとなりの国などとの商いでだまされたことが何度もあるらしい。

それが会社がおかしくなった理由のひとつなんだ、とさみしそうに島さんは言った。

戦争前まではコンビニエンスストアがまちのあちこちにあって、夜中でも安心して買い物に行けたのだそうだ。

食べ物をいっぱいすてることが社会もんだいになっていたんだよ、と島さんはみょうなかおつきで言った。

もったいないなあ。

そんなにすてて、どうしてみんなはそれを止めさせなかったんだろう?

車を持つことは特別なことでもなくて、たくさんたくさんびゅんびゅんと日本各地を走っていたのだとか。

ガソリンスタンドがいくつもあって、まちの外にはごはんを食べるお店やふくを売るお店やホームセンターやくすり屋さんやいろんなお店がいっぱいあったんだと島さんは言う。

へえ。

早く昔のようになったらいいのに、と島さんは言っているのだけど、戦争が終わっても世界各地のしげんがどんどんへってきているし、石油もばかすか使えるようにはならないだろうって先生が言っていた。

海に近い原子力発電所は全部はいろになっていて、太陽エネルギーを一生けんめいけんきゅうしているそうだ。

それと、世界の人口がかなりへっていて、日本の人口もずいぶんへっていると先生が教えてくれた。

かんむすのお姉さんたちが一生けんめい平和のために戦ってくれているのだけど、しんかいせいかんがいなくなっても二〇年はふっこうにかかるだろうとせいふの人たちはしさんしているそうだ。

その話を島さんにしたら、なんだか青いかおをしていた。

だから、ぼくたちが大きくなったらもっともっとがんばらなきゃいけないんだと思う。

 

 

最近、となりのせきのさやちゃんがぼくをぺたぺたとさわってくる。

さわると楽しいらしい。

ぼくもさわっていい? ときいたら、えっちなのはダメと言われた。

わからないな。

えっちなのはってなに? ときいたけど教えてあげないと言われた。

先生にきいてみたら、えっちなのはいけないと思いますと言われた。

大人はみんなえっちなんだよ、と島さんは言っていたけど、どうやらちがうみたいだ。

お母さんとお風呂に入ったときにその話をしたら、まだ早いわよと言われた。

みんながちがうことを言ってて、ぼくにはなにがなんだかよくわからないや。

 

次の日、なぜか島さんが町内会長からまたおこられていた。

 

 

学校から家へ帰るとちゅうに、古くて大きなおうちがある。

ここに住んでいた人たちは、戦争が始まってからよそへひっこしたそうだ。

この海に近いまちはこわいと言って、山の中のまちへうつったという。

ぼんやり見ていたら、きれいな女の人がぼくをまどから見つめていた。

白い手がほっそりとしていて目がぱっちりとして、まるでお人形さんみたい。

ぼくをゆらりゆらりと手まねきしている。

 

「いらっしゃいな。」

「いいんですか?」

「いいのよ。」

「おじゃまします。」

 

おうちの中はりっぱな作りで、古いけどきれいなかんじだった。

ギュッとだきしめられたら、大きなおっぱいが当たってなんだかはずかしいけどうれしい。

さやちゃんにだきしめられても、こんなきもちになるのかな?

昔、お母さんにだきしめられた時を思い出す。

お姉さんはかみが長く、赤い目の美人だ。

お母さんよりきれいな女の人でどきどきする。

ふわふわした白いワンピースがよくにあっている。

 

「ふふふ。」

 

女の人が笑った。きれいだ。

 

「やっと、手に入ったわ。」

 

なにが手に入ったのだろう?

 

「ずっと、いっしょですからね。」

 

ぽたりぽたりと、ぼくのほほになみだが落ちてくる。

どうしてないているの?

 

「お姉さん、かなしいの?」

「いいえ、うれしいのよ。」

 

女の人はそう言った。

 

「きっと、きっと、もっともっと楽しくなるわ。」

 

お母さんやさやちゃんとちがうにおいがする。

まるで、花のようなにおいだ。

少しだけしおのにおいがする。

ギュッとだきしめられながら、ぼくはお姉さんともっとなかよくなれたらいいな、と考えた。

 

 


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