はこちん!   作:輪音

237 / 347

今話の内容は少々エグいのでご注意くださいませ。
想像力や妄想力の豊かな方は特にご注意ください。


書いていてふと思ったんですが、『艦隊これくしょん』二次創作系に於ける提督死亡率の高さは、もしかしたら当作品が最上位級なのかも知れません。
別に殺そう殺そうとは思っていないのですが、機会があるとついつい殺しちゃいます。



今回は七九〇〇文字程あります。




CCⅩⅩⅩⅦ:鉄底海峡解放戦余話

 

 

「出撃時は四隊、帰投時は一隊未満なんてザラだった。夜間の撤退戦は特に悲惨だった。仲間とはぐれた艦娘は漏れなく敵の餌食となった。訳がわからない内に敵の潜水艦から雷撃され、茫然自失となったまま沈んでゆく奴はまだ悪くない死に様だったんじゃないかな。昼間の出撃でも、こちとらの有効射程の遥か向こうから砲撃されたり明後日の方へ撃っていた弾幕をくぐってきた爆撃機から先制攻撃されたりした。実に虚しく初陣を飾ることなく、少女の姿をしたおっさんたちは絶望を顔に描いたまま何人も何人も波間に消えていった。」

 

淡々と話す島風。

熱なき焔の如く。

静まりかえった函館鎮守府の講堂。

満員御礼を遥かに超え、真剣な面持ちの鮨詰めの艦娘たちが構造物を満たしている。

今ここにいる艦娘の中では、間違いなく語り手が最も戦闘経験のある武勲艦だった。

 

「火力の集中は駆逐艦にとって初歩的攻撃方法のひとつだったが、初陣のおっさん艦娘にとっては一発撃つ間もなく棒立ちしたまま敵の的になるなんて、それは至極当たり前のことだった。悲鳴を上げるなんてこともなく、敵の攻撃を回避することもなく、日常風景のように朽ち果てていった。」

 

咳(しわぶき)ひとつさえ、聞こえてこない講演会。

気温がどんどん下がっているような錯覚さえ覚える。

 

「手に持った火器を放り投げて逃走に移る奴も少なくなかったが、背中はわかりやすい的となって射的で倒される景品のように次々打ち倒されていった。督戦隊なんてもんは鉄底海峡解放戦初期に存在しなかったし、結局公式には存在しなかった。提督によっては私的にこさえたみたいだったが、督戦隊の艦娘共々行方不明になったのが数件続いてその内誰もやらなくなった。」

 

彼女が身に付けているのは当時仕様の防弾防刃チョッキ。

一撃死を防ぐための品。

たやすく敵の弾を通し、素通しよりはマシと思われた品。

今とは段違いの性能差。

それでも、着ないよりは着た方がずっとマシと思われた。

死者を量産してさえも。

手には戦斧と円形の楯。

バイキングのような姿。

兎の如き飾りが震える。

 

「飯はとにかく不味かった。まともな旨い飯を作れるような奴はいなかった。温かい飯を喰えるなんて暇な時に限られたし、あの頃はやたらと出撃が多かったから、携帯糧食を加熱しないまま食べられたらまだマシな状況が多かった。喰おうとした矢先に出撃命令が下されることに、腹を立てる余裕さえ無い状況が多々あった。たまに基地に対する敵からの空爆はあったし、対空砲火でやり返すことさえしないでぼおっと空を見ている内に殺られる艦娘は意外といた。」

 

ため息をつく島風。

憂いさえも美しい。

 

「提督と関係すれば秘書艦になれて死ななくて済むと考えた奴もいたが、そんなことを考える奴の大半は自分勝手なろくでなしだった。だから、そんな奴は秘書艦になれても殆どが一週間立場を維持出来なかった。更に悪知恵に長けた奴は提督と関係したまま、後方支援隊だの連絡艦だの回収艦だのを志願した。巧妙に立ち回る奴はどこにでもいたが、小手先ばかり上手い奴で実力者なんていないし、口先ばかり上手い奴は卑怯なことを平然と行った。讒言(ざんげん)告げ口密告は序の口、中には提督代理のように振る舞う阿呆さえいた。結果として、 専横を行った奴は同じ基地の艦娘に吊し上げられて敵への『餌』にさせられたりした。私刑だよ。艤装の推進装置を強制暴走させられて、悲鳴を上げたまま突撃を余儀なくされたそうだ。そういう『餌』がいた日の戦果は比較的よかったから、提督たちも大抵は目をつむった。余程の関係で無ければ。」

 

「あの頃、明石や夕張や熟練の整備士が一人でもいたら損耗率は多少変わっていたかも知れない。大淀すらもいなかった。ないない尽くしの状況だった。斥候がいないまま、罠と魔物の溢れる迷宮攻略を命じられたようなものだった。必殺の砲弾を叩き込もうとして不発が発生し、逆襲されて沈む艦娘が何人いたか想像出来るか? 整備をまともに出来ない奴が艤装の不具合で敵の攻撃を避けられなかったなんて、笑い話にもなりゃしない。不平不満を込めた陳情が泊地鎮守府から毎日ばんばん暗号文で大本営へ送られたが、それを狙ったかのような深海棲艦の動きは気味が悪い程だった。出撃した先には一隻もいないのに、帰投時に待ち伏せしていたりしてな。偶然説やら間諜説やらいろいろ出てきて、普段不真面目な連中もかなり気にしていたが、なんのことはない、その頃から暗号は敵に全部解読されて味方の情報は筒抜けだったんだ。補給品が届く訳無い。日程もバレバレだったんだからな。間抜けと罵られても、文句さえ言えん。防諜の専門家なんていなかったし、目の前の無謀な出撃計画や日々量の減ってゆく不味い飯をどうにかして欲しいと考えるくらいが関の山な残念無念連中ばかり基地に存在していた。俺たちはど素人戦闘集団だったのさ。或いは、マガツカミへの人身御供だったのかもな。」

 

「こそこそ動き回って悪口を言いふらしたり、足を引っ張ったり、相手の嫌うことをする人間は古今東西どこにでもいる。相手が嘆いたり怒ったりするのを、理解出来ないのだろうさ。理解してやっていたら幾らでも制裁を与えていいと思うが、自分は正しいと思い込んでいるからまったく手に負えない。そいつが真顔で自分自身の理想的正義を語ったりしてちゃんちゃらおかしかったが、案外そいつの中では本気だったのかも知れん。矛盾しているようにしか見えなかったが、本人の中では整合性が取れていたのだろう。複雑怪奇な欧州情勢みたいというかなんというか。真っ正面からの正々堂々とした殴り合いが出来る奴も意外と少ない。なるべく安全な位置から相手を攻撃したいと思うのが、我々の真っ当且つ基本的な願いだ。進んで傷付きたい奴なんて、そんなにはいないしな。それが自分自身の安全安心を得るためだけの差別になるようでは、とてもよろしくないと思うがなあ。男から加工されて生まれた艦娘は、男と女双方の性質を持っていると言われる。嫉妬などの暗い感情も二倍かそれ以上という説もある。はんかくさい奴ほど暗躍するのが上手かったりして、戦場以外でも面倒な戦闘を行う結果になった。決闘なんて、もうこりごりだ。時代錯誤もいいところだよ。あいつはいろいろとこじらせていたんだろうなあ。」

 

水を飲んで、呼吸を整える語り手。

一挙手一投足を見逃すまいと、鵜の目鷹の目で『彼女』を見詰めるツクリモノたち。

 

「砲撃戦の最中に、次の指示を出そうとして僚艦の首や半身が無いことに気付くことは日常茶飯事だった。初陣でなかなか引き金を引けなくて、引いたと思ったら仲間を撃っちまう奴もいた。誤射もまた日常茶飯事だった。そして、狙っていない筈の射撃ほどしばしば相手の命を素早く奪った。」

 

「駆逐艦ばかりで出撃するのが、普通で当たり前だった。見回す限り、駆逐艦ばかりだったしな。他の艦種なんてなかなか見かけない、稀少な人材だった。戦艦級や空母級の敵がいても、提督たちの半分くらいは平然と新人駆逐艦の戦隊に交戦を命じた。命の価値なんて、無いも同然だった。だが、そんな命令を下した提督はあっという間に信用を失い、すぐに行方不明になるのが常だった。」

 

「軽巡洋艦ならば、誰であろうと着任を大歓迎された。あの狂乱めいた、着任に伴ったお祭り騒ぎを映像で見せたかった程さ。それで、面倒見がよければ崇拝する奴まで続出した程だ。理解出来ないかも知れないが、当時のあいつらは大人気のアイドルみたいな感じだったよ。天龍も那珂もスーパーアイドル真っ青の人気だった。彼女らと同じ基地への配属が決まって、泣き出す駆逐艦さえいた。中の人が癖のあるおっさんと知っていても、それは本当にせつない光景だった。」

 

「軽空母は格別の待遇が基本仕様だった。軽巡洋艦同様、面倒見がよければ圧倒的な人気を得られた。同じ戦隊にいた隼鷹なんて、ちやほやされまくっていた。あいつは呑兵衛だったが、いつもいい酒を呑んでいたよ。献上品だったのかねえ。航空戦力は我々にとっての虎の子だったからな。制空権を奪われっぱなしにする訳にはいかんから、彼女たちの存在意義は大変重要だった。『本物』の正規空母が回される可能性は零だったし、提督たちは駆逐艦とそれ以外の艦種との扱いに天と地程の差を設けるのが普通だった。だが、曲者揃いの駆逐艦たちはあっさりそれを受け入れた。本来の艦娘がもしも一名でも配属されたらなにかしら違ったかもしれないが、おっさん駆逐艦が毎日何人も轟沈する戦線に正規兵が送られることは無かった。『口減らし』だったんだろう。」

 

「重巡洋艦は素人傭兵どもの中では最上等の艦娘として認識され、最上や足柄や青葉らの人気はあんたたちの想像を遥かに超える程のもんだった。提督の命令を聞き流すような奴らも、重巡洋艦に命じられたら、嬉々として従った。なんとも鬼気迫る風景だったよ。たとえ、『彼女』が正規の艦娘にまるで歯が立たないと説明されても、駆逐艦たちの『信仰』は覆せなかったと思う。それくらい、憧れだったのさ。唯々諾々と従うくらいにな。彼女たちは間違いなく主力艦隊に配備され、そこに所属している駆逐艦たちは羨望の的だった。」

 

「軽巡洋艦または軽空母のいる隊が危機に陥った時、その一名を救援する作戦に於いて、四隊ほどの駆逐艦を失うことが当然のことだと考える提督は普通に何人もいた。また、巡洋艦や空母のためなら何時でも沈めると豪語する馬鹿は何人もいて、実際、その通りになった。」

 

島風の端正な顔が歪む。

なにかを抑えるかのように。

 

「鉄底海峡解放戦後、銃後の平和地域では提督たちの戦略や現地艦娘たちの戦術を批難する向きもあるようだが、当時の生き残りの観点から言わせてもらうとお上品な参謀は泊地にも鎮守府にもいなかったし、補給線はしばしば寸断された。大本営はひっきりなしに督促の電報を打ってきたし、それに怯えて戦力の無駄遣いで無謀極まる作戦を立案する提督は何人もいた。サボる奴もいたが、よく痣(あざ)をこしらえていた。あんまり酷いとその内見なくなったが、まあ、お察しの通りになにもかもが素人丸出しさ。屁理屈ばかり上手い奴がご高説を述べ、それを鵜呑みにした艦娘はことごとくあっさり海の底へ沈んでいった。失敗続きの提督は更迭される前に、大抵行方不明となった。いつの間にか、情報漏れはいつものことになりつつあった。深海棲艦側にあらゆる暗号が解読されていたのを知ったのは、本土に戻ってからのことだ。」

 

「俺が主にいたのは火消しの遊撃艦隊だった。ほぼ毎日東奔西走していたよ。やれやれと寝床に入った途端に出撃命令されることもしばしばだった。宣伝用の張りぼて艦隊扱いされることもあったが、あれこれうるさい奴には実力行使で存在を認めさせた。軽巡洋艦や重巡洋艦、それと軽空母のいる隊だったから、打撃戦隊としてあちこちに行かされた。狂信的なまでに、僚艦たちは人気があったよ。あんたらにはなかなか理解出来ないかも知れないが。俺自身は轟沈しかけたことなど何度もあったし、率いた新兵隊が使い物にならなくて無様なまでに殆ど沈めてしまったことさえ何度もあった。何人も隣の駆逐艦が沈んだ。朝は下手な笑い話をして周りを失笑させた陽気な奴が、昼前には轟沈していたこともあった。哨戒任務の筈が遭遇戦になって、装弾不良になった砲に舌打ちしながら吹き飛ばされた奴もいた。装備した魚雷の誘爆で、下半身を丸ごと持っていかれた奴もいた。巡洋艦や空母を庇って沈む奴もけっこういた。そういうことがあった時、いつも僚艦たちは泣いていた。信任出来そうな新任艦ほど、勇敢ですぐに沈んだ。」

 

聴衆たちの表情は総じて青くなっている。

島風の頬は段々紅潮しているかのようだ。

彼女の影が揺らめき、なにかが蠢き廻る。

彫像のように動けなくなってゆく正規兵。

 

「提督はよく死んだ。補充されてくるおっさん艦娘たちに混じって何人も南方へ着任した。『日刊提督』と揶揄する仲間もいた。そして、なにがなんだかわからない内に空襲でくたばったり、関係した艦娘が轟沈しておかしくなったり、誰かに殺られたり、自分自身でとどめをさしたりといろんな形であの世に逝っちまった。生き残れた提督は少数だったし、在任中の残虐行為や横領や汚職が見つかって逮捕された者もいる。たぶん、いろんな意味で実験場だったのさ、鉄底海峡は。あんたたちがキレイでいられる環境作りを、こちとらが試行錯誤しながら作ったとでも言えばいいのかもな。知っていれば防げた、馬鹿馬鹿しい事故が幾つもあった。日常業務で、失われなくていい命が複数奪われた。『安全第一』なんて、理想論に過ぎなかった。敵の戦力をある程度削ぎ落とせたら万々歳だったのだろうよ、当時の大本営としては。」

 

「正規の教育を受けたもんなんて、艦娘にも、ましてや提督にもいなかった。なにもかもが手鎖付きの手探りだった。そんな無様な俺たちを尻目に、颯爽と現れた四大鎮守府の連中は最後の最後でおいしいところを平然とかっさらっていった。いや、あんたらは悪くない。それは知っている。知っているのと許せるのは別の話だが、気にしないでくれ。ただの生きた亡者の嘆きさ。しかしまあ、あれだけ戦力を充実させて万全の体勢で、過剰なまでの砲火を敵に浴びせられるなんてのは実に羨ましい限りだった。いつものちまちました豆鉄砲じゃない。戦艦級艦娘による苛烈な砲撃、空母級艦娘による猛烈な絨毯爆撃、水雷戦隊による鮮やかな一撃離脱の雷撃、と教科書通りの本当にキレイキレイな戦闘だった。唖然としたもんさ。なんで今まで一度もこっちに来なかったんだってね。血の気の多くて気概のある奴らが一度怒鳴り込みに行ったが、けちょんけちょんに罵倒されて帰ってきてな。全員、悔し涙を流していたよ。それ以降、俺たちは露払いか遠征か後方支援が基本任務になった。もうその頃にはこちとらの戦力はガタガタのぼろぼろになって、まともな作戦が何度か出来たらいい方だった。輸出される牢人を鎖国政策で絶たれた、ルソンの侍衆みたいなもんさ。俺としては安堵した気持ちだった。無謀な突撃作戦を提案した阿呆提督と、それに乗っかるお馬鹿な生き残りたちが現れるまではな。あれはおそらく焦りのあまり、視野狭窄に陥っていたんだろうなあ。当時の四大鎮守府の提督たちは、『掃除』の好機だと思ったのかも知れんね。杜撰(ずさん)な大攻勢計画に反対していた俺たちが横須賀の支援任務からようやく帰ってきた時に、おっさん艦娘たちによる最後の大規模な出撃が行われたのを初めて知った。あんぽんたんな鎮守府泊地の仲間たちは、無理無茶無謀な戦闘でほぼ全滅。多大な犠牲の末に、キレイなキレイな正規の艦娘艦隊様たちが敵本拠地を強襲して無事に海峡解放戦を完了させた。めでたしめでたしってとこだ。俺たちが全貌を知った時には、なにもかもが終わっていた。投入された内の一割に満たないおっさん艦娘だけが、鉄底海峡解放戦の生き残りさ。後はみんなおっちんじまった。その後は身辺整理というか、書類作業に忙殺された。生き残れた提督で比較的良心的な奴らと組んで、膨大な死亡報告書の作成に取り掛かったのさ。書類慣れしていそうな連中を何人も徴発した。何通書いたかなあ。微妙に内容を変えてな。地域差も一応考慮したが、宛先不明で遺品や死亡通知書が戻ってくる事態なんて考える余裕は無かった。」

 

「皮肉なことに、最後の最後に正規の艦娘たちが来てから食事が滅法旨くなった。鳳翔間宮の味を知ったのは、彼女たちの作った飯を喰ってからだった。とにかく喰えたらいいんだと言って怒ったのも、彼女たちが初めてだった。嗚呼、まともな奴らってああいうのを言うんだなあって、純情可憐で不器用なおっさんは感激したもんさ。なんせ、海千山千のおっさんに囲まれていたからな。最低野郎どもの吹きだまりだったのさ、あの基地とその周辺はな。今とは完全な別物だよ。」

 

「正規の艦娘たちは殆どがまともに見えた。下ネタを堂々と言う娘はごく一部にしかいなかった。見えるところでえげつない振る舞いをする娘はいなかったし、誇りは高そうに見えた。それと、あまりの損耗率の低さに驚いたもんさ。ニセモノの俺たちはホンモノに比べ、なんて防御力が弱っちいんだと改めて自覚させられたよ。」

 

「憲兵隊が基地へ乗り込んできた時に焦った奴は提督艦娘含めてけっこういた。なんせ、不正なことに関わっていない奴の方が珍しいくらいだったからな。俺は不正に興味なぞ無かったが、他人のボールペンを勝手に拝借して自分自身のモノにすることをなんとも思わない奴は洋の東西関係なく存在するし、謝るならまだしも、知らぬ顔の半兵衛を決め込む奴も割りといる。そんな感覚で食料やら嗜好品やらを勝手に持ち出す奴は後を絶たなかった。盗んでいるという自覚さえ無かったのかもな。後、指摘されると逆ギレする奴もいた。『盗人猛々しい』は本当にそうだ。やったのにやってない顔をするなんて、そいつにとってはなんでもないことなのだろう。盗難行為をネットで自慢する馬鹿さえいるしな。で、そういった奴が常識とか良識とかをしたり顔で語り、黒を白と言いくるめるのさ。散々怒鳴りつけた後でほんの少しやさしくすれば、大抵の奴がころりと落ちる。洗脳なんて存外簡単なもんさ。相手の思考力を徹底的に奪っちまえばいいんだから。『あの人、意外とやさしいところもあるのよ。』、なんて風に相手から言わせたら勝ちだな。だが、暴力を日常的に振るう奴がまともなもんか。暴力的な奴は顔を見ればある程度わかるが、そういうのに限って妙に小器用だったりする。おっさん艦娘でも提督でもそういった輩は存在したし、奴らは実に厄介だった。口車の達者が揃っていたからな。あれは見事な話芸だったよ、確かに。ころりと騙されてコロッと死ぬ艦娘や提督もいた程だ。隠蔽の上手いのが基本仕様だったけれども、そんな勘定の上手いもんたちも、一切計算しない奴らには流石に勝てなかった。」

 

「モラル(倫理)もモラール(士気)も最低な奴が基地にはごろごろいた。皮肉屋もあちこちにいたし、悲観論者や厭世家もそこかしこにいた。『厭世家の遠征屋』なんて呼ばれる奴もいて、当人はかなり嫌がっていたが周りは洒落た呼び名だと信じていた。あそこは地獄の一丁目だったが、妙に懐かしく感じる時もある。ただの感傷に過ぎないのだろうけど、たまに夢を見ることもある。出撃しなきゃいけないのに装備が錆だらけだったり、飯を早く喰わなきゃいけないのに何故かその時に限って献立が満漢全席しか無かったりしてな。とっくに死んだ奴らがけらけら笑っているのを見て、嗚呼、これは夢なんだと知るのさ。」

 

ここで島風はニヤリと笑った。

 

「敵の指揮官は、味方の十把一絡げの指揮官に比べて遥かに有能で勇敢で機転が効いて柔軟性に富んでいたと思う。ごり押しの物量作戦でなんとか勝利を収めたが、戦略戦術双方で完敗していたし、情報や補給の重要性は敵の方がきちんと理解出来ていた。何故勝てたのか未だによくわからない作戦が幾つもあるし、生き残りの少なさから詳細な検証は困難だろう。まったく、天晴れな敵将だった。うちにいる戦艦棲姫と同型の深海棲艦だったらしいが、交戦する破目に陥らなくて幸いだった。彼女の副官や参謀や直属戦隊も極めて優秀だったのだろう。あんな連中とは二度と戦いたくないな。これで、俺が関わった鉄底海峡解放戦の話は終わりだ。ご静聴に感謝する。」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。