はこちん!   作:輪音

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『戦争は女の顔をしていない』の話及びそこから派生したものとを、更に捻ってみました。

少しグロい表現があります。
ご留意くださいませ。


今回は三三〇三文字あります。



CCⅩⅩⅩⅧ:戦争は男の顔をしていない

 

 

どうも、恐縮です。

広報課の青葉です。

鉄底海峡解放戦で生き残られた艦娘の方々や司令官たちからお話を伺ったのですが、その様子を少しまとめてみました。

お聴きください。

 

 

「機雷除去をしていた時のことだけどね、ドカーンって音がして振り向いたら僚艦がいなかったの。とても困ったわ。仕事が二倍になって、あの時はとても大変だったのよ。」

 

「味方がどんどん沈んでゆく中、必死で敵へ斧を叩きつけました。刃は既にぼろぼろでしたが、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩きつけました。不意に後ろから『もう、いいよ。』と言われました。振り向くと、誰もいませんでした。そして殺り直そうと向きを変えたら、深海棲艦が虚ろな目で私を見ながら沈んでゆくところでした。私は思わず、ホッとしました。これでようやく帰投出来るからです。私は独り、基地へ戻りました。」

 

「戦利品? それは夫よ。彼、司令官をしていたの。」

 

「司令官がね、さみしいさみしいって泣いていたの。女の子に触れなくてさみしいってね。覚悟を決めようと思って一旦別れて、再び工廠裏に行ったらどこにもいなかったのよ。酷いと思わない?」

 

「南方で戦い始めた頃は新しい駆逐艦が着任する度にいろいろ話を聞いたけど、その内止めたの。だって、初陣で死ぬ子が殆どだったから。」

 

「工廠前はよく臨時の野戦病院になった。どこかの小学校で使われていた古いテントに、下手な十字架が記されていた。いたずらする仲間がいて、それはいつの間にか島津の家紋みたいになっていた。負傷者で、泣いたり喚いたりうめき声を出せる仲間はまだよかった。既に事切れている仲間になかなか気づかないこともよくあった。」

 

「『お前らなんて、幾らでも補充出来るんだ!』と怒鳴られ、訳がわからないまま艤装をなんとか装備し、ばらばらなまま陣形も調えないで、駆逐艦たちは戦場へ送り込まれました。そして、殆どの子は帰投出来ませんでした。」

 

「今日入った駆逐艦が夕方にはいなくなるなんて、当たり前でした。仲のよくなった駆逐艦がいつの間にかいなくなるのが普通でした。何度も何度も心が潰れそうになりました。今でも、駆逐艦たちは私の夢の中に出てきます。」

 

「あれは何度目だったか、補給線が絶たれた時のことでした。腹が減ったなあと思って久々に基地の裏手の畑に行ったら、その隅っこで仲間たちがなにかを一心不乱に貪(むさぼ)っていたんです。骨を割る音がして、啜(すす)るような音も聞こえてきました。私は即座に回れ右して、その場からすぐに撤退しました。」

 

「その深海棲艦は泣いていました。私も泣きながら、バールを振り下ろしました。」

 

「昼も夜も関係なく、怯えながら引き金を引いたり斧や戦棍(メイス)やバールを振るったりしたわ。生き残るためだったもの。『ここ』に帰ってきてからも同じ。同じなのよ。だから、生き残れて『ここ』にいられるのはとっても安心感があるわ。今は本営に情状酌量でお願いしているの。」

 

「貴女、死にたくない死にたくないって鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ相手にとどめを刺せる? 重傷で連れ帰ることの出来ない仲間を、一撃でほふる殺り方に馴れてゆくことがどんなに辛いかわかる? わからない癖に、わかったような顔をしないで。敵しか殺ったことの無い奴に、偉そうに説教される覚えなんてこれっぽっちもないわ。」

 

「先任の提督は、しばしば自分にこう言ってくれました。『艦娘に情をかけるな。あれらの中身は男だし、単なる兵器だ。モノだよ、モノ。』と。本当に面倒見のいい方でした。生き残られていたら、社会に大きく貢献出来ると信じられる方でした。」

 

「苦しみをやわらげるための薬品は、私たちを薬物依存性に変える成分が多く含まれていた。風邪用シロップを毎日飲む仲間もいた。ジュースとパンで酒もどきを作るなんてよくあることに過ぎなかった。率先してそういうことをやる提督さえいた。」

 

「口数が減って同じようなことしか喋らなくなったら、それは危険信号だった。そんな仲間は大抵無謀な任務を淡々とこなし、何回目かでほぼ確実に沈んだ。」

 

「誰も彼も、心も体も強靭(きょうじん)でなかった。みんな、なにかに震えたり怯えたりしながら戦っていた。ソレに負けた時が、大体は死に時だった。司令官も仲間も関係なく。」

 

「あれは実に見事な待ち伏せでした。突然爆撃を受けて、半数の駆逐艦が瞬時に轟沈しました。血やオイルや皮膚の一部や艤装の欠片(かけら)が、曇天の暗い波間に浮かんでいました。ぼんやりしたり泣いたり喚いたり怯えたりする駆逐艦たちを叱咤激励しながら、私は対空砲火を敵機に浴びせかけました。そして、命からがらなんとか逃げきりました。それが私の初陣です。」

 

「隣にいた司令官が目を覚ました時、こう言ったの。お前は火薬と油のにおいしかしないなって。当然、そんな人とはすぐに別れたわ。彼、何人も取っ替え引っ替えした挙げ句、工廠裏へ呼び出されて酷い目に遇ったみたい。まあ、そんなことはどうでもいいわ。要領がやたらにいい人だったから、今でもどこかで女の子を引っかけているんじゃないかしら? 今度はホンモノを。」

 

「確かに中身はおっさんだけど、見た目は中学生くらいの子たちが大砲を撃ったり魚雷を発射したりするんだ。そりゃあ、最初は興奮したもんさ。こいつらは、きっとやってくれるに違いないってね。その気持ちは戦績と同じく日毎に下方修正されて、一ヵ月後には平然と艦娘たちを怒鳴れるような心境に至っていたよ。やっちゃいけない、言っちゃいけない、なんて感情はどんどん麻痺していった。こちらに戻ってから、駅で怒鳴った相手に殴られて、嗚呼帰国したんだなあって初めて理解出来たのさ。刺されなくてよかったよ。痴話喧嘩で刺された同僚もいたしな。えっ? どっちか? どっちもだ。」

 

「艦娘になるとね、支度金を貰えたんだ。その金で買った鞄一杯分の菓子を持って、おっかなびっくりで基地へ着任したんだ。似たことをする仲間は意外と多かった。人間だった時は甘いもんなんて苦手だったのに、艦娘になってからは好物になったんだ。今でも好きだよ。ひとつどうだい?」

 

「基地の近くに黄色い花が咲いていたんだ。えっ? なんの花か? そんなの知らないよ。知らないけど、髪に飾ったんだ。で、みんなに見せびらかした。キレイだろって。中身を考えたら気持ち悪くなる筈だけど、誰も違和感を覚えなかった。そしてわいわいやっていたら司令官に叱られて、三日間の艤装磨き当番を命じられた。」

 

「あたしたちはなんちゃって軍隊だったから、軍隊ごっこのような集まりだった。軍のしきたりなんて、誰もよくわからなかった。提督なんてころころいなくなるのが当たり前だったから、みんな当たり障りの無いように受け答えすることにしていた。『スケコマシ』とか『自称ハンサム』とか『蒸気機関車』とか『ファッティ』とか『アル中』とか『たこちゅう』とか『スカルマン』とか『ぽんぽこ』とか、いろんなあだ名を付けていたもんさ。名前を知っても、すぐ消えたりしていたからな。朝着任したと思ったら、夕方には重態だったのもいたな。えっ? 理由? 知らねえよ。そのまま翌朝には事切れちまったんだから。そんなの当たり前だったから、なんでもないことだったのさ。ところであんた、飯をおごってくれよ。もう、一週間もオケラなんだ。そうだ、あたしに貸しなよ。来週までに、倍にしとくからさ。な、な、いいだろ。……なんでだよ。なんで、貸してくれないんだよ! 返すって言ってんだろ。ほら、出せよ。持ってんだろ。おい、なんで逃げるんだ。待て! 待て! ……待ってくれよ。なんで置いてくんだよ。あたしを独りにしないでよ。もうやだよ。こんなことになるんだったら、最後の大攻勢に参加すりゃよかった。そうしたら、こんな生き恥さらさずに済んだのにさ。なあ、青葉。知ってるかい? あんたと同じ姿の仲間がいてね、そりゃあもう大人気だった。あたしも大好きだった。そんなあんたに酷いことを言っちまった。すまない。え? いいのかい? だって、あたしは…………そうかい、ありがとう。じゃあ、行こうか。いい店を知っているんだ。」

 

 

 


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