はこちん!   作:輪音

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『一〇〇〇年熟成させた酒だと、神は誇らしげに言った。』

こういう表現を見かけた際に、作者は酒に関してド素人なんだなと思うか、神様なんだからそれくらい出来るだろうと思うか、年二パーセントくらいは自然蒸発するから樽を幾つ用意したのだろうと思うか。


今回は四二〇〇文字ほどあります。



CCⅩLⅢ:みりめし試食会

 

 

「ご主人様、饂飩(うどん)や蕎麦には乾麺がありますよね。」

「唐突だな、おい。」

「外国の人がそれらをパキッと折って茹でたら、どう思われます?」

「まあ、そういうやり方もあんだろ。」

「そのやり方を日本の人たちが怒っていたら、どう思われますか?」

「ま、怒る奴もいるかもしれないな。」

「わざわざ折りやがって、と激怒する人が何人もいたらどう思われます?」

「ほれ、なんだっけ、元々短い麺があるだろ、それを勧めりゃいいんじゃないか?」

「そうですよね、わざわざ折って食べる必要なんて無いんですよね。」

「今日はスパゲティなのか?」

「ええ、イタリアの人たちからすると、なんでケチャップを使ってナポリの名まで使っているんだと眉をひそめられているアレです。」

「アレ、旨いよな。ハンバーグとかツナとかフライとか入れている巻き寿司を、ヨコスカ・ロールっていうようなもんかね。」

「アボカドも入れたら更に旨いですよ。」

「で、とどめにマヨネーズをかけると。」

「普通においしそうですね。機会があったら作ってみましょう。」

 

 

 

「ここは譲れません。」

 

きりっとした表情で宣言する加賀。

それを彼女以外の艦娘と提督がえええ、という顔で見詰める。

彼女を膝の上に載せているのは、函館の提督。

彼の趣味ではないらしい。

周囲にいるのは何名もの鳳翔間宮、食通と名高い横須賀第一鎮守府の赤城、大本営で教官職にあるずいずい……もとい瑞鶴、翔鶴のようなもの、金髪碧眼ツインテールマント二挺拳銃絶対領域●宮ボイスと属性てんこ盛りなメリケン戦艦のネヴァダ、国産なんちゃってイタリア戦艦のローマ、同じく国産なんちゃってフランス戦艦のリシュリュー、そして食いしん坊万歳な函館鎮守府の艦娘たちなどだ。

広報課の課員は当たり前のように撮影しまくっている。

フィルム式写真機、八ミリ撮影機、ベータテープ式ビデオカメラ、デジタルなんちゃらとなんでもありで撮影に臨んでいた。

 

「先輩、流石にそれは引きます。」

 

おずおずと先輩の加賀に言う後輩の瑞鶴。

あの凛々しくて面倒見がよくて、颯爽とした元教官の姿はここに無い。

 

「上々だわ。」

 

ドングリクッキーを食べながら、彼女は幸せそうに微笑む。

えええ、と困惑する周囲の艦娘たち。

 

「いいですねえ、その表情。」

 

パチパチと古い西ドイツ製の写真機でどんどん撮影してゆく、大本営広報課所属の青葉。

ノリノリだ。

 

堅パンとか乾パンとか、全国各地から取り寄せた固い系食べ物を食べる面々。

以前似たようなことをしたが、四国は香川県の堅パンが特に固かったようだ。

粉々に砕いたり、お茶に浸けて食べる者さえいる。

自衛隊からも開発研究を頼まれているし、被災者向けの高栄養食品の開発も必要だ。

長期間保存可能な間宮羊羹、仮称『まみようかん』の開発も着々と進んでいる。

小倉、本練、抹茶の三種を鋭意開発中だ。

これさえ食べれば、もうなにも怖くない。

 

クラッカーも開発中だ。

乾パンでええんちゃうかとの意見もあるが、国際規格に合わせることも大切だろう。

独自性と協調性との天秤の均衡は難しい。

ドングリ入りクラッカーの評判も悪くなかった。

問題があるとするならば、ドングリを如何に安定して収穫するかだろう。

縄文式ドングリクッキーを食べながら、真剣に討議する面々なのである。

 

 

在日米軍経由で入手した戦闘糧食を皆が口にする。

MRE!

微妙な顔をする面々。

ちんもくのこうかはぜつだいだ!

一方、ネヴァダや翔鶴のようなものは普通に食べている。

 

「ええと。」

 

意を決したかのように喋りだす赤城。

 

「その、このまんまるいチョコレートはおいしいですね。それと、このちょっとばかし甘過ぎるシリアルバーも悪くはないと思います。」

「昔のものより、ずっといい味よ。」

 

可愛い声でそうのたまうネヴァダ。

本人的には自国の食べ物に対する弁護のつもりであったが、それは皮肉にも余計に引かせる結果となってしまった。

製造されてからかなりの年数が経過しており、今は友軍でもあることから、評価は不能との政治的判断が為された。

 

 

個人輸入雑貨商の美濃柱氏経由で入手された、フランス軍及びイタリア軍並びにドイツ軍の戦闘糧食を食べる面々。

会話が広がる。

保存性は兎も角味を追求しまくるフランス軍。

長年の旨いもの追求が安定感あるイタリア軍。

肉肉肉とにもかくにも肉だろうがのドイツ軍。

 

「どれもおいしく食べられますね。」

 

赤城の舌も満足だ。

 

「フランス料理は世界一ね。」

 

無邪気に微笑むのはリシュリュー。

それを見て、ビキッとなるローマ。

 

「あらあら、イタリアからメディチ家の妻を迎えるまでは手づかみで食事をしていた国の方が、ずいぶんと言うようになったものね。」

 

皮肉的且つ挑発的な笑みを獰猛に浮かべるローマ。

きょとんとした顔のリシュリューに追撃をかける。

 

「伝統的なフランス料理って、やたらにしょっぱかったりやたらと甘かったりするんでしょ。まあ、パリはニースやノルマンディ辺りと違って内陸部にあるから、仕方ないわよね。食べ物をちまちま持ってくるやり方はロシアから学んだり、と流石よね、フランスは。ヴァテールもかなり苦労したようだし。あんなに偉大な料理人をみすみす自裁させるなんて、理解に苦しむけど。」

 

血相を変えるリシュリュー。

 

「昔は昔、今は今よ!」

「そうね。確かにね。」

 

フランス戦艦の矛先が一瞬鈍る。

 

「世界一食べ物へ貪欲な姿勢を見せる日本人に対して、日常的に受け入れられているフランス料理って一体どれくらいあるのかしら? ちなみに、イタリアのピザやパスタはその日本人のみならず、アメリカでも受け入れられているわ。」

 

微妙な味付けのメリケンな戦闘糧食には、確かにスパゲティ・ミートソースが含まれていた。

大雑把な味付けだったわねえ、と奇妙に一致した意見で統一見解が生まれる彼女たちの周囲。

 

「なによ、パスタにケチャップを使われたくらいで怒っているなんてちゃんちゃらおかしいわ!」

「パスタにケチャップを使うなんて、料理への冒涜(ぼうとく)行為よ!」

「そのパスタを茹でた後、冷水で引き締める行為は受け入れたじゃない!」

「それはそれ! これはこれよ!」

「フランス料理は常に進化しているの! 伝統ばかりではなにも生み出せないわ!」

「貴女、イタリアの伝統を侮辱するつもり? そもそもフォークはイタリア経由でしょうが!」

「そうよ、素手で食べていたのは認めるわ! でも、食後に孔雀の羽根を口の中に突っ込むような食べ方は下品よ!」

「それは駄目貴族のやり方だから! 散々葡萄農家で試飲して、まともに買い物しないようなケチケチした呑み助が多い癖に! アルコール依存症大国がなにを! 酒に強いなんて、なんの自慢にもならないわ! 酔っぱらってふんぞり返るのは、愚か者の所業よ!」

「なによ! ピザの食べ過ぎで、健康診断に引っ掛かる人が続出しているんでしょうが!」

「なんですって!」

「受けて立つわ!」

 

互いに距離を取り、構え出す両名。

 

「あの、そこまでにしたら?」

 

見かねて、ネヴァダが仲裁に入る。

 

「ピッツァにタバスコをばんばんかける連中が口を出さないで!」

「ファストフードで食文化を壊した国の連中が口を出さないで!」

「うぐうっ!」

 

連撃による中破だった。

うずくまるネヴァダをすり抜け、加賀が無言で函館の鳳翔が作ったフレンチトーストを差し出す。

 

「イタリア艦娘にフランス料理を出すなんて……あら、意外にいけるじゃない。」

「明日のおやつはイタリア伝統のカンノーロの予定です。」

 

カンノーロは筒状になったパイへクリームを注いだ伝統菓子。

その作り方は地域や店によって千差万別。

イタリア人でこの菓子を好まない者はいないとまで言われる。

 

「フランス艦娘にフランス料理を出すなんて……あら、おいしく食べられるわ。」

「今日の夕食には、枝豆のポタージュが出される予定です。」

 

微笑む加賀。

ネヴァダもフレンチトーストで回復中の模様。

 

「その、悪かったわ、リシュリュー。それにネヴァダ。悪気はなかったの。それは信じて。」

「ええ、わかるわ。私だって、自国の文化がけなされたなら腹が立ってしょうがないもの。」

「アメリカは様々な国の文化を受け入れて進化する国よ。言われ慣れているから、大丈夫。」

 

あれ、ローマとリシュリューはどちらも国産だよなあ、と提督は思ったが黙っていることにした。

口は災いの元。

それと、食べ物の恨みはおそろしい。

だから、兵隊にはよいものを供給する必要がある。

食べ物は人を喜ばせる力があるけれども、反対に激怒させる働きもあるからだ。

 

 

戦闘糧食を食べる試食会が続行されゆく。

加熱しなくともそのまま食べられるもの。

加熱すると更においしく食べられるもの。

加熱しないとあんまりおいしくないもの。

作りやすいもの。

作りにくいもの。

次々と厳密且つ辛辣な評価がされてゆく。

 

クラッカーは味を付けすぎると主食に相応しくなくなるので、干し果実や木の実はシリアルバーなどに注力し、簡素簡潔な旨みを目指す方策が採決された。

 

 

ドングリ珈琲を飲みながら、加賀は微笑んだ。

一対多の演習が待ち受けていることを、彼女はまだ知らない。

あかいあくま率いる航空隊の本気度を、彼女はまだ知らない。

刹那の幸せ。

この時がすべてでもいいじゃない。

 

 

「どっちに付くの?」

 

背後から、不意に声がした。

瑞鶴は間を置かずに答える。

 

「決まっているわ。」

「そう。」

 

気配が消えた。

振り向くも、誰もいない。

一体、誰だったのかしら?

首をかしげる瑞鶴だった。

翔鶴のようなものは彼女の傍らで、ただ微笑む。

 

その後、突然食堂に大量のパイが現れたために、鎮守府の面々や宿泊・逗留している艦娘たちは「なあ、パイ喰わないか?」と言い合う破目に陥った。

毒気を抜かれた連合艦隊は演習延期を決めて、加賀教官をパイ責めにする決議を即時採択する。

 

「喰いねえ喰いねえ、もっと喰いねえ。」

 

加賀は間断無き波状攻撃を受け、そして大破した。

流石に食べ過ぎだ。

そんなに胃袋が大きい訳でも無いのに勧められるがままに口にしたのが、彼女の敗因だった。

結果、有給休暇を貰った元教官は自室でうんうん唸る結果となる。

これで溜飲を下げたのか、彼女を糾弾する声は聞かれなくなった。

だがしかしおかし。

原因を作った艦娘たちは執務室に呼ばれ、提督からさりげない注意を受ける。

とどめの一撃は、混浴添い寝禁止令を言い渡されかけた時だった。

 

そして。

滞在日数を数日延ばした瑞鶴が、献身的に先輩を看病したという。

 

 


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