事務の田中さんからちょっこし相談したいことがあると言われたのは、風薫る爽やかな初夏の午後のことだった。
流石北海道。
湿度が低い。
彼は雪屋博士や紙屋博士みたいに男前ではないが、冷静沈着な人柄で安心出来る。私も別に男前ではないのだが。
優秀な博士が二人もいてくれるので、建造施設の存在しない函館鎮守府が無事に回っている。本当にありがたい。
艦娘たちの信頼もあつい。
勿論、田中さんを筆頭とする事務方がしっかりしているので書類関係の回りもいい。それは実に喜ばしいことだ。
間宮と鳳翔に夕食は外で取ると言ったらガッカリされたが仕方ない。
あれ?
騒がないな?
ロッタとアマーリエは特務で出張中なので護衛を望む艦娘がいると思ったが、誰も言い出さなかった。
あれ?
変だな?
……なにかあったのかな?
田中さんがにこにこしている。
……問題はなさそうだな。
私たちは函館駅舎方面に出掛けた。
おっさんたちのお通りだい。
カワイコちゃんには弱いがな。
棒二森屋近くの居酒屋に入り、サッポロクラシックの生と烏賊の刺身と海の幸のグラタンと焼き鳥盛り合わせと特製サラダを頼む。
乾杯して特製サラダをつつきながら、あーでもないこーでもないとグダグダダラダラ話をした。
気兼ねなくエロい話が出来るのもいい。
無論お互いひそひそと話をするのだが。
どこの女優がどうとかあのアイドルがどうとか、そういう他愛ない話だ。
艦娘のあれやこれやがモヤモヤするけれども、そういう話題は出さない。
出さないって決めているんだ!
よその提督にも真実同情する。
一旦堕ちたらぐちょぐちょだ。
堕ちない為に奮闘して精一杯。
「艦娘の子たちは魅力的で無防備ですし、いろいろと困ってしまうでしょう。」
「からかってんだなこの子たち、と思い込んでなんとか折り合いつけてます。」
田中さんはフルネームだとR・田中一郎になるが、Rが付くということは外国の血筋が入っているのだろうか?
ランカスターとかリッテンハイムとか、そういう感じだろうか?
そんなことを考えていたら、私と同世代で落ち着いた感じに見える田中さんがとんでもないことを言い出した。
「私、実は魔王なんです。」
「はい?」
「私が、このセカイに現出している妖精たちの元締めなんです。」
「えっ?」
アハトゥンク!
不意打ちだっ!
な、なんだって!?
び、びっくりした!
……えーと。
トールキンがとても好きなのかな?
最近はこういうジョークが流行りなのだろうか?
魔王ってなにかの隠語だったっけ?
焼き鳥の皮や軟骨入りつくねやハツなどを堪能しながら話を聞く。
「田中さんは魔王をされているんですか?」
「ええ、五〇年程度の若輩者であります。」
「どうしてこの人間界へ来られたんです?」
「お役目を果たせと言われまして。」
「お役目?」
「ええ、先代が厳しい方で、ここへは修行に来ているんです。」
「函館へ、ですか?」
「函館へ、ですね。」
「魔界でのお仕事は滞らないんですか?」
「周りが優秀なので一切問題ないです。」
よくわからん。
田中さんが意外とファンタジーな人なので驚く。
もしかしたら隠喩かなにかなのか?
ここは合わせるべきなのだろうか?
うん、そうだ。
魔王だって勇者だって、なんだっていいじゃないか。
人間だもの。
なにがなんだかよくわからないが、真剣に聞く必要はあるだろう。
よし!
今夜の私は魔王から相談を受けるイリヤ・ムウロメツだ。
怪力無双のスラブの英雄だ。
英霊召喚されるライダーだ。
どんとこいこい、超常現象。
「東京の立川に古い知り合いが二人住んでいましてね。」
「少しばかり遠いですね。」
「なに、函館中央郵便局から徒歩数分ほどで行けます。」
「それは大変便利ですね。」
「たまにパンや葡萄酒やお皿をいただきまして、食卓に上がるのはそれです。」
「あのふかふかむっちりパンと血のように紅い葡萄酒はとてもおいしいです。お皿も芸術的な作りだと思います。」
「伝えておきましょう。」
郵便局の近くにパン屋なんてあったっけ?
もしかして個人で焼いている人なのかな?
確か、千代台(ちよがだい)にそういう人がいるな。
流石、田中さん。
人脈が実に広い。
海の幸のグラタンが到着した。
これが素晴らしき一品なのだ。
烏賊、海老、ホタテ、アワビ。
旨味がみっしり詰まっている。
「妖精たちは奔放ですから、まとめるのはけっこう骨なんですよ。」
「成程。」
確かに彼らはフリーダムだよな。
それに輪をかけてフリーダムなのがうちの艦娘たちだが。
初期所属組、呉転属組、メリケン艦娘組、教官給糧艦組と群体を形成しているようだが、司令官としては交流が盛んであって欲しい。
なにか催しをするか。
大沼公園に出掛けるのはどうかな?
あっ、その前にカレー大会がある。
「アスタロテやベルゼバブが、そろそろ嫁を貰えと最近せっついてくるんですよ。」
そういや、常春の国の王のご先祖がアスタロテに魂を売った話があったな。
これは比喩なのかな?
比喩だろう、たぶん。
「その方々は親戚なんですか?」
「古くからの付き合いなんですよ。」
「国際結婚ですか。元艦娘でよろしければ何名か紹介しますよ。」
「いやあ、絶対魔族からめとるように言われていまして。」
「田中さんには普段からいろいろ世話になっていますから、全面的に協力しますよ。」
「そう言っていただけますと、大変ありがたいですね。」
「結婚式は函館市内でされるんですか? 手を回しますよ。」
「するとしたら、魔界ですね。」
「魔界だと少し遠いですねえ。」
「近いですよ。千歳町のNHKから徒歩数分です。」
「そりゃ近い。」
「ケルベロスが門前で待ち構えていますから、竪琴でも弾かないと通れませんがね。」
ケルベロスか。
嘗て三頭犬の紋章を掲げて戦った、勇猛な特機隊のことかな?
漆黒の強化服を着て、機関銃を振り回し暴れ回った戦士たち。
解散命令に対し反旗を翻したそうだが、その生き残りを雇っているのかな?
たぶん、そうなのだろう。
うちの憲兵の國江さんも関係者らしいから、案外世の中は狭いのかもかも。
音楽好きの戦士というのもいいな。
田中さんは良家の育ちなのか?
そういや、品のある人だよな。
魔王、って感じではないけど。
そういえば、博士たちの研究室にそれぞれの強化服が置いてあるが、けっこう傷ついている。
首領がどうとか室長がどうとか二人でひそひそ話をしているのが、たまに漏れ聞こえてくる。
蜘蛛、蝙蝠(こうもり)、蜂、蠍、蟷螂(かまきり)がどうこうとも言っている。
なにをやっているのだろう、彼らは?
危ないことは控えてもらいたいなあ。
彼らのような人材は稀少なのだから。
ドンパチだったら二人ほど貸すのに。
近々見合いをするという田中さんの話を聞く。
ケルトがどうとか、ラグナロクがどうだとか。
彼はロマンティストなのだな。
意外な人の意外な嗜好を知った夜になった。
今度競馬にでも行ってみましょうと約した。