アニメがいっぱい!
今話は三八〇〇文字程です。
誤字報告いただきまして、ありがとうございます。
「あーあ、なんてやつだよ。みーんな殺しちまいやがった。」
飄々としたトルメキア軍の参謀がスクリーンの中でぼやいた。
緊迫感溢れる場面の筈なのに、どこかとぼけて見える軍人だ。
出だしは好調。
『キネマ・ウスケシ』と急遽銘打った講堂にはみっしり艦娘やらそうでない者やらが詰め込まれていて、真剣に映画を鑑賞している。
ウスケシとはアイヌ語で『湾の端』を意味しており、それはかつて函館を指す言葉だった。
午前七時から始まった、今日一日限りのアニメーション映画大会。
やるぞやるぞヤるぞ。
今日の開催に漕ぎ着けるまでの、大本営の抵抗はなんともかんともしぶとかった。
文化庁はあっさりと許可をくれたのに。あちらさんは奨励までしてくれたのにな。
「いっそのこと、クーデターしちゃいなよ。助力するからさ。」などという、各方面からの様々な誘惑をはねのけるのは実に大変だった。
宇宙人や悪魔ってこわい。
大淀によるバールみたいなモノと青葉によるフィルム式カメラ並びにマイクロカセットテープ、そして鳳翔間宮李さんによるトリプラー。
硬軟織り交ぜてのセットクがなんとか効いたようだ。
マンマユート隊隊長として、ちょちょいのちょいとやったるでえ。
フレンチトーストと紅茶とヨーグルトとシリアルは、既に腹の中。
蜜柑の搾り汁もトマトの搾り汁も低温殺菌牛乳さえも飲み干した。
月餅とシベリアケーキを合間にかじりながら、頑張る所存ナリヨ。
売店の方から声が聞こえてくる。
「提督お手製のドングリクッキーです。引換券一枚でクッキー一枚と交換します。一名様一枚限り……ダメですよ、加賀教官、五枚とも出さないでください。そこの子、二度目でしょ、その手は桑名の焼蛤(やきはまぐり)です。」
「えー、おせんにキャラメル、おせんにキャラメルはいかがですか。」
「本日限定のシベリアケーキです。間宮さんの作った羊羹と、鳳翔さんの作ったカステラ生地を使った一品です。」
「李さんの作った月餅の本日限定版です。残り僅かとなっております。」
「提督グッズの販売はこちらです。非合法なモノは本日取り扱っておりませんので、ご注意ください。」
「群馬名物の焼きまんじゅうと秋田名物の豆富カステラです。おひとつ如何ですか?」
「那珂ちゃんは絶対、絶対、ぜーったいに路線変更なんてしないんだからねっ!」
「提督のラジオ番組総集編のCDです。NG編の未編集CDのオマケ付きです!」
「提督の書かれたライトノベルはこちらで販売しております。サインとオマケ付きで大変お買い得感があります。」
「提督ドラマDVDは残り僅かです。一名様一枚限りとさせていただきます。」
モギリのおっちゃんをしながらちらちらあちこち見ていたら、同じくモギリのおっちゃんをしているメトロン星人が興味津々の顔つきで言った。
「君は実に変わったことをするねえ。」
「いやー、あっはっは。」
お互い、冴えない中年男の姿だ。
マンマユート隊の隊長と副隊長。
彼もまた、酔狂だとは思うけど。
「まあ、悪くないとは思うよ。」
「お手伝いいただきまして、感謝感激雨霰で御座います。メトロンの科学力に感謝を。」
「やめてくれ、君からそんな風に言われるとなにやらむず痒くなってくるから。」
と、そこへ、ずいずいダンスが大人気の正規空母が我々の元へと近づいてきた。
「提督さん、翔鶴姉はこっちに来た?」
「佐世保の翔鶴さんなら来ましたよ。」
「そっかぁ、ありがと。お姉、どっちに行ったのかなあ?」
キレのある動きにて、彼女は素早く去っていった。
今度、私のラジオ番組にも出演してもらおうかな?
しかし、本来の業務内容でない雑事や仕事が多い。
提督なのに。
昨日も随分写真を撮られた。
あの何枚も何枚も撮影していた、大井や古鷹や球磨や長良や多摩や五十鈴(いすず)や木曾や名取や北上や羽黒や利根や高雄や愛宕や川内や神通や扶桑山城たちは一体なんだったのだろうか。
手伝ってくれている、うちの事務室の元艦娘たちが激おこ状態だった。
しずまれー、しずまれー。
なにをそんなにあらぶっておられるのか。
積極的なおぜうさんたちには、ほとほと困ってしまうのだよ。
今日も今日とて、手をぎゅっと握られたり抱きつかれたり囁かれたりしている。
ははは、みんな悪戯っ子だなあ。
小豆色のジャージを着た子たちまで、同じ真似をする子がいるじゃないか。
艦娘人間双方の教官が眉をひそめている。
線引きは難しい。
「今のは、教官をしている瑞鶴だよね。」
「ええ、相当気合いが入っていました。」
「彼女、まだあの子を翔鶴だと信じているようだね。」
「いいんじゃないですか、誰も不幸になりませんし。」
「そういうものかね。」
「そういうものです。」
あれ?
大和型戦艦の四名に艦娘たちが群がっているぞ。
あれは帰ってきてほしいと嘆願されているのか?
のらりくらりとかわしているようにさえ見えた。
出撃に出す訳にもいかないから演習を時折してもらっているが、先日は舞鶴の武蔵と長門教官が本気の殴り合いを始めてとっても大変だった。
おいおい、誰が南海大決戦をやってくれと頼んだ。
ああいうのは資源的な意味でも心臓に悪いから、やらないで欲しい。
取り敢えず喧嘩両成敗で両名共一ヵ月減俸にした(舞鶴の許可は事前に取った)が、駆逐艦たちや巡洋艦たちが寛大な処分を嘆願してきたので軽めにしといた。
慕われているねえ。
竹竿に『直訴』の書状を付けるのは、やり過ぎだ。
思わず、受け取る時に笑ってしまったじゃないか。
「特務の青二才がっ!」
怒りの将軍が喚き散らす。
少年少女が活躍する王道物語。
モールス信号のくだりで、自ら解読している艦娘もいた。
盛り上がる、盛り上がる。
例の言葉の場面では全員立ち上がって隣りの子たちと手を握り合い、共にそれを唱和した。
気合いが入っているなあ。
昼食は幕の内弁当鶏の唐揚げ増量版。
弁当本体を上回る量の、鶏の唐揚げ。
弁当本体もみっしりと詰まっている。
ううむ、これは盛り過ぎで御座るよ。
空間騎兵隊仕様じゃないのか、これ。
迫力満点の弁当のご飯は麦も入っていて、栄養価重視だ。
山盛りじゃないか。
二合はありそうだ。
筑前煮や漬物やひじきの煮付けと一緒にがつがつ食べる。
惣菜もみっしり入っている。
おかずも充実し過ぎだべさ。
薬缶からお茶を注いで飲む。
メトロン星人は半ば呆れながら、わしわし食べてくれた。
ううむ、食べ過ぎで御座候。
キネマ・ウスケシの一日支配人として、モギリのおっちゃんとして、マンマユート隊隊長として釈迦力に奮闘するぜ今日一日。
大本営も三日間くらい、開催させてくれたらよかったのに。
ケチくさか。
まあ、一日取れただけでもよかったというべきかな。
これを機に、冬コミのように二日間開催に持ち込むんだべ。
あ、今は三日間開催か。
「……今ごろ、きっとどこかで泣いてるわ。どうしたらいいか、わからないの……。」
すすり泣いている子もいる。
森の妖精の物語。
エンディング・テーマは、観客席の子たちも大合唱だ。
何処かの那珂ちゃんが、皆の前で巧みに指揮していた。
どっかの衣笠がその様子を撮影している。
「ジャンク屋の野郎、サビ弾丸寄越しやがって。」
観客席から苦笑が漏れる。
誇り高き、飛行艇乗りたちの物語。
ちょっと大人向けっぽい戦士の話。
マンマユート団も大活躍なんだぜ。
マーレアドリア。
アドリア海万歳。
空母勢を中心に、航空機を扱う艦娘が勢揃いしていた。
瑞鶴も翔鶴と一緒に観ていて、なんだか和んでしまう。
画面から一瞬、音が無くなる。
「飛べ!」
飛翔するデッキブラシと魔女。
観客席からも歓声が上がった。
あの街は住んでみたいと思う。
あのパン屋に行ってみたいな。
夕食だ、夕食だ。
楽屋で中華定食。
烏賊団子に八宝菜、酢豚、玉子スープ、青椒肉絲、肉団子。
とどめは杏仁豆腐とマンゴープリン。
盛り付けさえも美しい。
ハオハオ。
わしわし食べる。
メトロン星人は此処でお役御免ナリ。
「まあ、無理し過ぎない程度に頑張りたまえ。」
「ええ、モチのロンです。」
マンマユート隊は一人でもヤるのだ。
「どっちに付く?」
「おんなぁぁぁ!」
軽快な音楽に乗って、黄色いフィアット・
チンクエチェントが画面狭しと疾走する。
手に汗握る怪盗の物語。
本日最後を飾るお話だ。
終わりよければすべてよし。
「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。」
名台詞が練達の声優から放たれる。
瞬間、何名かが私を見つめてきた幻想に囚われた。
まさか。
いやいや、まさか。
ようやく、終わった。
嬉しそうに会話しながら帰る子たち。
一人なにか噛み締めつつ帰る女の子。
明日への活力源にしようとする女子。
人も、人でないものも喜んでくれた。
開催に意味があったのだと思いたい。
もう夜も更けてきた。
さて、さっさと片付けてとっとと寝るべ。
客席へ行くと、自主的に手伝いをしようと考える艦娘たちが待ち受けていた。
揃いの腕章。
戦いの序章。
我々の戦いはこれからだ。
霞の握ったおにぎりも、叢雲特製のおみおつけも、曙の焼いた玉子焼きもある。
夜食の貯蔵は充分だがや。
「よーし、マンマユート隊、揃ったな!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
「ではこれより片付け作業を始めるぞ!」
終始黙って撮影していた大本営広報課の青葉が、私を見ながらニヤリと笑った。
業務用ベータテープ仕様の、重厚なビデオカメラを構え直して。
「ご主人様。」
「なんだ?」
「『イワン』との会合は如何でした?」
「奴らの戦闘糧食のクラッカーは、段ボールみたいな味だった。」
「そっちじゃないです。」
「微炭酸飲料水のクヴァスは意外と飲みやすかったし、ポーランド産のウォトカやパンケーキのブリヌイやボルシチは旨かったな。」
「あのですね、ご主人様。あんまし調子に乗っているとぶっ飛ばすぞ。」
「攻略戦は常の如くで、『戦線に異常なし』と電文を毎日送っているそうだ。」
「祖国防衛戦争の頃から変わりませんねえ。」
「ハインドを今月だけで三機失ったとさ。自主的な出撃は自重して欲しいとの、『友好的提案』を受けた。」
「そもそもここは私しか艦娘がいませんから、近海哨戒が関の山ですよ。」
「だよなあ。函館と大湊(おおみなと)が合同出撃したら知らんけどな。」
「懲りませんねえ。」
「まったくだなあ。」
「司令部がなんで女性で固められているんですかね?」
「あれだろ、共産主義のナンチャラじゃねえのかな。」
「ご主人様、向こうの司令官がきれいだからといって浮気はダメですからね。」
「しねえよ。出来ねえよ。ヤらねえよ。」
「あんなに搾り取っているのに、こんなに元気。」
「これが若さというものだ。」
「で、今期のアニメーション作品は如何ですか?」
「そうだな、やはり『くノ一カムイ』は外せん。」
「北の國を舞台にした開拓浪漫アクションですからねえ。」
「函館市や八雲町でも連動企画展を開催しているそうだ。」
「小樽旭川夕張網走でも、企画展が開催されていますよ。」
「北海道の経済が、これで多少でも上向くといいけどな。」
「甲賀出身の不死身の兵士と伊賀出身の母を持つくノ一アイヌの女の子の交流が、とてもいいんですよね。」
「原作はアニメーション化しにくい部分が多いんだけど、なんとか遣り繰りしていて好感が持てるんだな。」
「『若女将四年生』もいい作品ですよ。」
「へえ。」
「両親を失って祖父母のいる温泉宿に引き取られた小学生の女の子が、心の痛みを克服しながら成長してゆく物語です。」
「ほう。」
「『宇宙英雄奇譚~アイネクライネナハトリッター』は、人気作品の再アニメーション化ですね。」
「ああ……人によって評価が激変するアレだな。旧来の支持者からすると、あの登場人物たちの姿形は違和感が……。」
「わーっ! わーっ! ええと、『戦い続けていれば負けることはない』! まさしく、それを体現した作品ですね! しかも、SF作品というのは実に素晴らしいです! あの傑作の『プラネテス』さえ業界関係者たちからは評価されていないのを知って、私は激怒しましたから!」
「痛い! そんなに強く握り締めないでくれ。」
「これは失礼。」
「口の悪い奴は、あれをなんちゃってSFとか言うけどな。」
「『キャプテン・フューチャー』が復活とかしませんかね。」
「無理じゃないかな。」
「漫画版は赤毛ののっぽさんがその、椅子の座り方とかビールの呑み方とか、なんだかおっさんくさくて、その……。」
「漫画版で不採用の原作場面の基準が、俺にはよくわからない。」
「ええとですね、『馬馬娘~走れ、走れ、走れ!』もいいです。」
「ああ、あの『大運動会』みたいなやつか。」
「ふっふー、走ることは物語の原点ですよ。」
「『太陽にほえろ』みたいな?」
「殉職はしませんけどね。」
「なんじゃあ、こりゃあ!」
「『宇宙戦艦カンノーロ』もいいですよ。」
「『タイラー』系? 『ナデシコ』系? それとも、『ヤマト』系?」
「敢えて言うと、『勇者ヨシヒコ』系?」
「シリアスとギャグの混成仕様なのか。」
「SF作品には頑張って欲しいですね。」
「『ストラトス・フォー』みたいにか?」
「『ハミングバード』もよかったです。」
「それはSFと違う系統の作品だろう。」
「『エレメントハンター』も途中まではよかったんですよ。『学園戦記ムリョウ』はまさしく傑作ですね。ウラガン、あれはいいものだ。」
「『イワン』も観たがっているんだよ。」
「ご主人様と私のただれた愛の日々を?」
「なんでだ。日本のアニメーションだ。」
「ちぇっ。」
「ちぇっ、じゃない。」
「けっこう、人気があるそうですよね。」
「『鳴門』の主題歌を歌う子もいるし。」
「景気が早くよくなるといいですね。」
「それより、早く暖まりたいものだ。」
「ささ、こちらへどうぞで御座るよ。」