光明は見えるのか。
共存は有り得るのか。
今話は二五〇〇文字弱あります。
島の暮らしは案外快適だ。
地元民の島民はそもそも深海棲艦を神様のようだと思っているみたいで、彼らは毎日の貢ぎ物を欠かさない。
島の特産品は菓子作りに欠かせないので、実にありがたい。
俺のことはマレヒト的な扱いだ。
『白豚様』は止めて欲しいがな。
幸せは自分の手で掴み取るものだと教わってきたが、今の状況はどう言えばいいのだろうか。
俺にはよくわからない。
島ではタロイモやバナナなどを昔から作っている。
それが彼らの伝統的な主食だ。
基本は葉に包んでの蒸し焼き。
バナナは加工して食べる方のやつだ。
砂糖黍や珈琲やそのまま食べるバナナなども栽培するようになったのは、自分たちの価値観に自信過剰な白人が支配してからのことらしい。
文明が彼らの生活を汚染したかというと、それは微妙だ。
それは飽くまでも付け焼き刃であって、今もってきちんとは根付かないままだ。
地元民の生活は、昔ながらの時間で進んでゆく。
島内中央部の農園には蒸留所や製糖加工場が附随しており、そこでは黒糖やらラムやらが作られたり醸されたりだ。
それらはけっこう高品質であり、貰うと嬉しい品なのである。
ふふふっ、甘味の貯蓄は充分だ。
これでデザートが沢山作れるぞ。
魚を釣ったり、豚を水浴びさせたりしながらの暮らし。
スローライフ……なのか?
清潔好きな豚たちをぼんやり眺めながら、こんな暮らしも悪くないと考える。
闇に埋もれなかっただけ、ましなのかもしれない。
のっしのっしとワ級が近づいてきた。
なんだか最近、段々女性らしく進化してきているような気さえする。
ん?
気のせい……じゃない……だと?
彼女は赤いリボンを髪に付けていた。
風に揺れているそれが彼女の飾りだ。
いつの間に?
「提督、こんなところにいらっしゃったのですね。」
可愛い声だ。
何故、彼女が部下の中で一番流暢に人間の言葉を喋るのだろう?
「ブ、ブヒ……じゃない、す、少し考えごとをしていた。」
「夜伽の件ですか?」
「ブヒッ!?」
「ふふふ、冗談ですよ。ご飯が出来ましたので、お呼びに来ました。」
彼女はなんと、冗談が言えるのだ。
会話だけなら、既に艦娘級である。
彼女に手を引かれながら、我らの本拠へ向かう。
その手は、どんどん温かくなっている気がする。
出会った頃はあんなにも冷たかったのに。
やがて、我らの拠点が見えてきた。
最初の頃基地は丸太小屋に毛の生えた感じだったが、俺にくっついていた妖精たちが海ではぐれていた仲魔を引っ張ってきたのか、いつの間にか大所帯になって鎮守府みたいなものを建設した。
それは見事なまでの赤煉瓦。
島民たちは魔術だと驚いた。
ますます神様化が進む状況。
現在も増築中で、棟梁役の妖精曰く、これはまだ途中経過であっていずれは五大鎮守府を凌ぐ建築物にする腹積もりらしい。
いったい、なにと戦うつもりだ……。
嗚呼、人類か。
人類攻略拠点のひとつだもんな、此処。
この地は世界中から様々な物資が集まる集積地であり、此処から更に世界各地へ供給される物流拠点になっている。
倉庫が無駄なまでにでかい。
どうして、こうなった。
なにも欲しがらずに生きてゆくことは出来ない、とでもいうのか?
最近は開き直ったイムヤが以前所属していた潜水艦戦隊の艦娘たちを引き抜いて、はぐれ艦娘を勧誘したり物資収集したりしている。
沈んだ筈の五十鈴(いすず)がまっちろけな姿で現れた時は大変驚いたが、この頃はかなり見慣れてきた。
艦娘なのかそうでないのか、どっちなのかは本人にもわからぬとか。
ま、俺の味方でいる限りは大丈夫かな?
但し、毎晩誘惑するのはやめて欲しい。
そんなに俺をブヒブヒ鳴かせたいのか。
みっともない程に鳴かされているけど。
艦娘の夜戦能力は、なんと激しいのか。
精強な艦娘と深海棲艦の混成艦隊が、七つの海を暴れまわる展開は目の前だ。
ヤバいヤバいヤバい。
……いっそ、以前いた基地に今もいるだろう古参の艦娘たちを引き抜くか。
……いや、まだ大丈夫だ。
人間社会に戻れる余地はある。
……あるよな?
……あるかな?
……ないかな。
……ないわな。
どないすっぺ!
明くる日。
イムヤが、これ必要だよねと真顔でバイアグラを渡してきた時は甚だ困惑した。
どこでこんなのを手に入れたんだ、と聞いたらタイのロアナプラだと返された。
ああ、あそこか。
ならば仕方ない。
ギラギラした目付きで、俺を見つめる部下たち。
混成艦隊。
我が軍団。
果てしなく青い空を見つめ、俺はため息をつく。
眩しい明日を夢見ながら、浅い眠りを毎夜過ごすしかないのか。
誰も泣かずに済む未来を模索しながら、指揮してゆくしかない。
抱きついてくる艦娘や深海棲艦たちの頭を撫でながら、そっとため息をついた。
何処かの艦娘たちがやって来た。
それっぽくない娘もいる艦隊か。
変なの。
珈琲や黒糖やバナナを引き渡す。
生活雑貨や保存食や戦闘糧食などが倉庫へ運ばれていった。
「ヤキガシ、オイテク。オチューゲン。」
「お中元? これはありがたい。提督に礼を言っておいてくれ。」
「ワカッタ。ヒシモチ、タベルカ?」
「お、おう。貰えるならいただく。」
噂に聞く海防艦とやらか?
違和感はあるが。
ちっちゃな娘から大きな箱を手渡された。
「ジャア、カエル!」
「ああ、気を付けてな。」
彼女たちが去った後で開けてみたら、羊羹やら月餅やらパウンドケーキやらフィナンシェやらバウムクーヘンやらラムネ飴やらドングリクッキーやらが入っている。
箱の中身を見た部下たちは電光石火の勢いで手を伸ばし、次々に逸品だろう菓子を素早く持ち去った。
残ったのは、ドングリクッキーがたった一枚きり。
個包装をピリリと開け、素朴な作りの焼菓子を口に含む。
森の幸が口中に拡がった。
土の香り、樹の香り、大地の香り。
忘れてはならない、我らのセカイ。
素朴な味わい。
特別旨い訳でもないが、食べやすい味わいの品だ。
「提督、どうぞ。」
間髪を容れず、ワ級が珈琲を差し出した。
「ありがとう。」
微笑む彼女が眉をひそめないセカイこそ、なんとか目指したいものだ。
人間と深海棲艦が共存出来るセカイこそ、どうにか目指したいものだ。
やらまいか。