はこちん!   作:輪音

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函館の海岸、少し冷たき風吹きすさぶ夏の闇の中。
炭素クリスタル製の手斧がぶんぶん振り回される。
操るは幼い少女。
華奢な体格の娘。
彼女は東欧出身で、タイのロアナプラを経由して日本へやって来た。
時折縄張り内への侵入者をちょめちょめしたり、大淀と共にあちこちカチコミに行ったりしている。
同僚のメイド女子とはそこそこの仲。
精々時折死合いするくらいの仲良し。
艦娘相手にも一切ひるまず立ち向かう程の、激しい闘志を有する戦鬼だ。
無垢な笑みを浮かべよき敵ござんなれと、必殺の武具を叩きつけんとす。
その攻撃をひらりひらりとかわすのは、風魔八忍衆が一人の兜丸。
忍び仲間の劉鵬(りゅうほう)の様子を見に来たら、警戒にあたっていた少女から手合わせを求められたのだ。
さあ、殺り合いましょうと。
仲間の項羽に琳彪(りんぴょう)が、呆れ顔でその様子を眺めている。

「あのような少女相手に、本気は出せぬよ。」
「いや、項羽。兜丸は本気を出しているぞ。」
「なに?」
「見ろ。あ奴の頬がひくひくしておる。」
「それは真か? ……うむ、真だな。」

憮然となった二人の眼前に、妖しの忍びたちが立ち塞がる。
ゴウランガ!
信じられぬ!
彼らは夜叉。
長年に渡る風魔の宿敵。
先頭にいる長髪の青年が挑発的な笑みを浮かべ、敵対する流派の忍者たちへ話しかける。

「ふっ、この霧氷剣があれば貴様ら風魔など一捻りよ。他愛なし。」
「「壬生攻介(みぶこうすけ)!」」
「それに、強力な夜叉八将がこれだけいるのだ。貴様らに勝ち目は無いぞ。」
「夜叉の武蔵だ。何発でも撃ってくるがいい。すべて受け止めてくれよう。」
「や、夜叉の雷電壱号なのです。が、頑張るのです!」
「夜叉の雷電弐号よ。もーっと、頼ってもいいのよ!」
「夜叉の陽炎です。ふふ、私の愛の吐息を受けて生き残れる方はおられませんわ。」
「夜叉の不知火です。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。」

五名の女性を見て、思わず項羽は突っ込みを入れた。

「お前たち、絶対夜叉と違うだろ!」
「「「「「インディアン、嘘つかない。」」」」」
「インディアンなら嘘をつかんだろうがな!」
「無粋なことを言うものだな、風魔の項羽。」
「お前、名前が似て非なる存在をこんなに連れてきて恥ずかしくないのか! 夜叉の壬生!」
「この世は戯れ事、生きるは座興。そうは思わぬか?」
「哲学的だな。」
「まあ、他のうちの連中は全員、姉の避暑に連れ回されているのでな。急遽似た者たちを集めたのだ。全員すんなり快諾してくれたぞ。」
「く……くくく。」
「ん?」
「俺も悪ふざけは好きだが、これには正直驚いたよ。」
「では、降参するか?」
「痩せても枯れても、風魔は降参などせぬよ。それは夜叉とて同じことだろう?」
「では、この霧氷剣の餌食となるか? 風魔の項羽よ!」
「生憎と、貴様では俺に勝てぬ。」
「なに?」
「よかろう! ならば見せてくれる! この項羽の白羽陣(びゃくうじん)、とくと味わうがいい!」
「な! なんだと!」
「白羽陣は攻防一体の技。さあ、存分に喰らえ!」
「くっ! 輝け! 霧氷剣!」
「「いざ、尋常に勝負だ!」」

無数の羽と雪の結晶とが、夏の闇を彩ってゆく。
曖昧な墨絵のように。
少女的戦闘機械と絶技を持つ少年忍者の闘いも、なかなか終わりの姿を見せようとはしない。

これら二つの死闘は、提督特製の倉敷ぶっかけうどん定食が完成するまで続けられたという。

とっぺんぱらりのぷう。




CCLⅦ:白桃とマスカット

 

 

 

世界最高峰の白桃とマスカット・オブ・アレキサンドリアを産する岡山県。

備前備中作州より成るその地域は大いなる果物王国であり、良質の小豆に白小豆にささげに米やお茶や和菓子や日本酒や備前刀や備前焼や学生服の名産地でもある。

デニムの品質の高さが世界的な繊維の国であり、近年は倉敷産マスキングテープが文房具好きや雑貨好きなどに着目されている。

日本三大名園のひとつ後楽園と複数の美術館博物館群が目白押したる大都会岡山を首都とし、日本初の西洋式美術館と推理小説の舞台に頻出する天領倉敷、戦国期の山城を有する古都高梁(たかはし)と、昔『燃えろ岡山!』などと標語を出して失敗した前例から現在は『晴れの国』を標榜している。

尚、地味に岡山市のパン購入額が全国有数級であることは、あまり知られていない。

 

 

 

友人の刀鍛冶である備前正兼が頑健なバールのようなモノや追加注文分の包丁を打ってくれたので、呉鎮守府へ寄ったついでに立ち寄った。

土産はマルセイ・バターサンド、トラピスト・クッキー、函館メロン、富良野メロン、海産物各種に函館鎮守府甘味詰め合わせ。

既に彼の家へ郵送済みだ。

メロンはクール便でカチカチに固いモノ。

ここいらの気温ではすぐ熟してしまうからな。

 

 

友人宅の裏庭でバールのようなモノを素振りする大淀。

普段使いの品だから、使い心地を確かめるのは当然だ。

工場製も悪くはないそうだが、刀鍛冶の鍛えたモノは一味も二味も違うそうである。

私にはわからないな。

柳生宗矩の剣術を研究しているらしい友人が彼女の太刀筋を見て、ほう、とため息を吐いた。

元剣道部の彼が言う。

 

「ありゃあ、相当使うのう。」

 

確かに、動きが速すぎてよくわからん。

風魔とか夜叉とか甲賀伊賀の忍者たちの動きもよくわからないし。

あの夜の模擬戦には驚いた。

あの激戦が峰打ちだなんて。

 

「そうかね。」

「そうじゃ。動きが一切ぶれとらんじゃろうが。」

「ああ、そうだな。」

「艦娘ゆうのは、太刀とか打ち刀なんてモンも使うんか?」

「そうだな、確かに一部の艦娘は刀や槍を装備している。」

「武士なんか?」

「そうかもな。」

 

瑞鶴の函館五稜郭決戦仕様みたいな恰好を初めて見た時は、思わず吹きそうになった。

噂ではフルクロス仕様があるとか無いとか。

そう言えば、うちの航空戦艦も刀を使うな。

叢雲や龍田は槍を使うし、小笠原のメリケン艦娘のオクラホマはトマホークを使う。

 

 

夕飯の時間。

待ってたぞい。

比較的近場にあるというビール工場限定生産版麦酒を友と呑み、地酒を艦娘たちとも酌み交わす。

よきかな、よきかな。

 

友人の奥方が白桃と葡萄を皿に載せて持ってきた。

相変わらずまっちろけだ。

鳳翔間宮や随伴艦たちが歓声を上げる。

嗚呼、こういった珠玉の果物を函館に持ち帰らねば。

無邪気に私の膝の上で喜ぶ二名の駆逐艦たち。

交代しながらその位置を他の艦種に譲らない。

大した連携力だ。

背中にのしかかる巡洋艦群。

空母群に戦艦たちが密着してきて、身動き取れぬ。

君たち、自重したまえ。

蒸し暑くてたまらないので、早くどいて欲しいものだ。

そんなに密着してどうするつもりだ?

 

酔ってはどうにもならぬので、客間で雑魚寝させてもらった。

だが、皆の寝相が思った以上に悪く、寝惚けたりなんたりで次々……まあ、その……とても困ってしまう。

 

『瀬戸のべた凪(なぎ)』によって夜も蒸し暑く、結局あまり寝られなかった。

やはり道南とはまるで気候が違うな。

 

 

翌朝、ご飯に味噌汁に焼き魚に玉子焼きという日本的朝食をいただいた。

そして、メリケンの古きデザートを参考にしたという白桃アレキサンドリアバナナスプリットが鳳翔間宮によって作られた。

呉鎮守府の先輩から貰った台湾バナナに岡山県産の清水白桃とマスカット・オブ・アレキサンドリア、そして生クリームやバニラアイスクリームや木の実やチョコレートソースを使った実に贅沢な一品。

バナナスプリットとは、一本のバナナを縦に二つ割りして丸ごと使う甘味。

東京の某老舗ホテルが経営困難への対抗策として打ち出した、復刻献立祭にて見事蘇った古典的甘味。

正に蘇る金狼。

それは昔を知る者知らぬ者双方に、強い影響と衝撃を与えたという。

 

駆逐艦の子たちのみならず、巡洋艦や空母や戦艦たちまで私へアーンしてくるものだから大変困った。

もう少し自重したまえ。

私はガチョウではないのだぞ。

今回二艦隊もいるのだ。

一名一名の差し出す量が少なくても、合計するとその量はすこぶる多くなる。

太らせてどうする気だ。

お返しにそのスプーンでアーンしてくださいと言ってくるもの故に、とても困った。

結局、全員要望通りに匙を口中へ突っ込んだが。

友人と彼の奥方からとても生暖かい視線を貰ったので、余計に暑くなった気がする。

 

 

さて、北海道に帰ろう。

いざ帰らんいざ帰らん。

甘き夏よ、疾く来たれ。

 

 


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