体はペンで出来ている
血潮はインクで心はノート
幾たびの戦場を越えて不敗
ただ一度さえの敗走もなく
一度たりとての勝利もなし
担い手はここに独りきりで
ペンの丘にて原稿を埋める
我が生涯に意味は存在せず
この体は
無限のペンで出来ていた
慢心ダメ、絶対。
財布の中身は充分ですか?
健康状態に留意されていますか?
よろしい、ならばコミケットだ。
今回は三〇三二文字あります。
老朽化がかなり進んでいる、東京は有明にたたずむビッグサイト。
その衰えゆく国際的催事場に集まった戦士たちがいる。
心までヲタク色に武装した勇者たちが聖地に集結する。
そう。
かつて三日間で五〇万とも六〇万とも言われる人々を集めた同人誌即売会が、この地にて今年の夏も開催されるのだ。
コミックマーケット。
コミケットともコミケとも呼ばれる、かつての民間開催としては世界最大規模の催し。
今は最盛期の頃ほど無茶苦茶で無い。
オイニーがゴイスーな人は、昔同様にちらほらおられるが。
中には、激しい威力の化学兵器めいたナニカを醸し出している人までいた。
本人は気にならないのだろうか?
彼らは秘密結社から派遣された怪人の如くに、独特な毒々しいスメルを周囲に放出している。
どうして彼らは入浴しないのか?
人口が激減し、流通網が潰滅し、物価高に毎日嘆息しようとも、空想作品愛好家たちの心の炎は止まらない。
水筒タオル保冷剤携帯糧食などを持ち歩き、年二回行われる祭りに参加する。
半世紀以上昔の作品を今も愛する人、新作ゲームの同人誌を楽しみにしている人、三世代参加する人。
様々な愛の形が許容される、地母神のような存在。
それがコミックマーケット。
勇気ひとつを友にして。
今回問題があるとするならば、何故私がまたも売り子としてサークル参加することになったのかだ。
しかも、大手ですがな。
艦娘とおぼしき、或いは地球人と思われるご婦人たちがずらりと並ぶ壁サークルで、私はにこにこしながら握手したり撫で撫でしたり一緒に女性と写真を撮って貰ったりしている。
聞こえてくる言語は多彩で、はるばる海外から訪れた人までいるようだ。
姫様っぽい子もいる。
通訳付きの人やお国の言語で話しかけてくる異国のお嬢さんたちに抱き締められ、チューされそうになったりしてちょっとした騒ぎになった。
君たちの需要が何処にあるのか、おじさんには全然わからないよ。
行列している年代は三〇年くらいの幅か、またはそれ以上かも知れない。
私が行っている行為は購入特典だ。
需要がある需要があると熱烈に口説かれて結局折れたが、成程現実に体感してみると実感がある。
こんな冴えないおっさんにさほどの価値があるとも思えないのだが、そう言うと何故か皆から怒られた。
解せぬ。
同人誌やDVDや写真集や小物類を買った人や艦娘らしき女性たちの殆どが睦月型駆逐艦たちに誘導されて私の元へ辿り着き、握手撫で撫で肩抱き一緒に撮影という一連の流れ作業を行っている。
人海戦術的偶像群よりは良心的かな?
中央もなにもあったものではないが。
通りかかる男性群が奇異なモノを見るかのように、私を凝視しながら去ってゆく。
よくわかるよ、その気持ち。
渦中の私にだってなにがなんやらだし。
試しに私でいいんですかと中学生らしき少女に聞いたら、貴方がいいんですと真顔で言われた。
おっさんは恥ずかしい。
ファンレターらしきものまで渡してくる女性が何人もいたのには驚いた。
あの、私は一般人なんですが。
函館と違って有明は暑いが、近年酷暑地帯になりつつある地域ほどではないだろう。
昔は山形の天童が最高気温で知られていたが、それを上回る都市が幾つも現れてきている。
日本は亜熱帯地域になりつつあるのだろうな。
加賀教官や龍驤や龍田や鹿島や雲龍にも手伝ってもらっているが、肌色の多い同人誌に彼女たちは困惑していた。
まあ、それがすべてではないが、それが目立つのは確かだ。
面白おかしくマスメディアが報道するのは止めて欲しいな。
今回のコミケットでの私を題材とした作品は健全方向に向かっているみたいだが、女性の欲望を侮ってはならない。
業の深さに性別は関係無い故に。
あの大きく薄い封筒はなにかな?
封かんまでしてある茶色い封筒。
見せて貰おうとしたら断固拒否される。
購入者全員がそれを貰っていた。
行列に並ぼうとした男性はことごとく拒否され、ごねる人はどこからともなく現れたニンジャっぽい人たちによって何処かへ連れ去られていった。
販売品目がこんなにあっても捌き切れないだろうとたかをくくっていたが、蓋を開けるとさにあらず。
大行列に乙女買い。
アホみたいに積まれていた段ボール箱が、みるみる内に数を減らしてゆく。
私のイラストが描かれた団扇(うちわ)やねんどろいどぽい人形もばんばん売れていた。
不景気とは一体……。
マスターオータムクラウドが一般参加者と握手しながら、和(なご)やかに会話している。
トラブルは殆ど無く、滑らかに商いは進んでいった。
難点を言えば、この日射しと休憩する間もないことくらいか。
購入者たちからの差し入れはけっこうあって嬉しいのだが、原因が今一つよくわからない。
カリスマ性とやらは一切持ち合わせていないのに。
謎だ。
直衛の島風や吹雪からお握りやら鶏の唐揚げやらポテトサラダやら漬け物やらを口に入れてもらったりお茶を飲ませてもらったり保冷剤を当ててもらったりしながら、この耐久レースをどうにかこうにか戦ってゆく。
午後一時過ぎには旧作を含むすべての在庫が売り切れ、周囲の皆さんから盛大な拍手をいただく。
なんでこんなにいるのかな?
そしてポスターや掲示物などの争奪戦が始まり、じゃんけんに参加しようとする配下の艦娘たちを押し留めるのに苦戦した。
目と雰囲気がまるで歴戦の装甲擲弾兵だ。
今の彼女たちならば、装甲擲弾兵総監をも討ち果たせるかも知れない。
ようやく暇を貰い、非電源型ゲームのサークルや小物類の販売をしているサークルや文房具関連のサークルなどを覗く。
この辺はゆっくりじっくり見ることができるのでありがたい。
配下の艦娘たちには自由時間を与えたのだが、結局私にくっつくこととなった。
好きなものを見に行けばいいのに。
個性的な同人誌を何冊か購入する。
初雪が私に聞いてきた。
「提督、あっちのとてもエッチな本は買わないの?」
「買いませんよ。」
「欲しくないの?」
「そういう目的で来ているのではありませんから。」
望月の追撃が来る。
「でもやっぱり、男の人の溜まった欲望の捌け口って大事だよね。ホントは欲しいんじゃないの?」
「まあ、そこはそれなりに。」
「誰が特にいいのですか、誰を多く相手にしているのですか?」
「顔が近いです、加賀教官。」
「あら、私も興味あるわあ。」
「龍田さんまで。」
「キミはやっぱり浮気もんや。」
「風評被害です、龍驤さん。」
「何時でも受け入れるから。」
「勝手に覚悟完了しないでください、雲龍さん。」
「あの、その、気に入ったエッチな本くらい買った方がいいんじゃないですか?」
「錯乱しないでください、鹿島さん。」
「好きなだけもてあそんでくれていいぞ。」
「なにを言っているんだ、島風。」
「なにをされても我慢します!」
「吹雪、お口を閉じておきなさい。君たち、ここは公共の場なのだから自重しなさい。」
周囲の男性陣の視線が殺気に満ちてゆく。
勘弁してください死んでしまいますがな。
西館一階に出店していた画材店で幾つか買い物して、混沌の魔空間から撤退した。
いやに積極的な屋台の娘さんからフランクフルトを購入し、食べているところを撮影してもいいかと言われて思わず許可する。
近場のアイスキャンディー売りの娘さんにも何故か食いつかれ、おっさんが食べているところを艦娘含むおぜうさんたちにパチパチ撮影された。
これって、なにか意味があるのか?
握手したり撫で撫でしたり一緒に撮影したりして、彼女たちと別れる。
さて、今夜はなにを食べようかな?
いつもの浅草の洋食屋に行こうか。