はこちん!   作:輪音

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なにもかもが
焔の海の中に沈んだ
微笑みかけた友情も
芽生えかけた姉妹愛も
秘密も
すべてが海の底へ
飲み込まれてゆく
そしてそれは
深海棲艦も同じ
あらゆる事象が
振り出しに戻る
それは海域突破
艦娘は死した魂を
疲れた体に包み
砲雷撃戦荒れゆく
海へと向かう
「死ぬものか。」
そう呟きながら
決意を胸に進軍する

艦娘は時に夢を見る
愛に生きる夢を見る
艦娘の誰もがそう生きたいと願い
果たされぬまま何名も散ってゆく

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか




ⅩⅩⅥ:おっさんは姉妹艦のことをあれこれ聞いちゃいました!

 

 

三日前にいきなり厚生労働省のお偉いさんが訪函すると伝えられ、ここ数日は慌ただしい日々を過ごした。

その後彼は部下たちと函館市長と北海道知事とマスメディアを引き連れた大病院院長回診状態で訪れたものだから、とてもとても面倒だった。

案内なんか慣れてまへんで。

 

『ヒテイシテアリキタリノケツロンイウオレカッコイイ』と思い込んでいる人たちのなんちゃって連合艦隊をやり過ごすのは、結構手間暇かかる。

『ワカッテナクテモワカッタフリスルオレカッコイイ』と勘違いした中身すかすかの人たちの、論理が破綻した砲雷撃戦を急速潜行して防御する。

A.T.フィールド全開!

 

やれやれだぜ。

 

 

少し蒸し暑く感じられる、函館の初夏の午後遅く。

本日は執務室にてお役人たちのせいで滞った書類仕事をしているのだが、軽巡洋艦の龍田が妙にくっついてきて微妙に業務しづらい。

そんなことをされると、おじちゃんとっても困っちゃうんだ。

 

「龍田さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「なんですか、提督? お触りですか? 服は着たままの方がいいですか?」

「なにを真っ昼間から言っているんですか。」

「そうですよね、やっぱり夜にしましょう。」

「なにがやっぱりですか。人をエロエロ仮面みたいに言わないでください。」

「それでご用件はなにかしら? 今日穿いているショーツはエロくないわ。」

「桃色思考はそこまでにしてください。聞きたいことがあるんです。」

「天龍ちゃんを他所から呼ぶってこと? 三人ってのもいいわねえ。」

「その姉妹艦について聞きたいんですよ。」

「どこの所属の天龍ちゃんがいいかしら?」

「そう、それです。」

「全員は幾らなんでもダメよ。」

「『貴女』にとって、『どの天龍』が『本当の姉』になるんですか?」

「そうねえ、同じ鎮守府に所属していたってことだったら、横須賀第二鎮守府にいた時の三人目の天龍ちゃんね。とっくの前に沈んじゃったけど。」

「……それは失礼なことを聞きました。すみません。」

「いいのよ。私たちにとって轟沈は日常茶飯事だし。」

「では今の龍田さんにとって、貴女のお姉さんはどこの天龍さんになるんですか?」

「そこがちょっとややこしいのよね。どこの天龍ちゃんが来ても、私のお姉ちゃんになるし。」

「成程。」

「逆に言うと、どこの天龍ちゃんも明確には『本当のお姉ちゃん』じゃなくて、『仮初めのお姉ちゃん』になるかしら。最初に一緒だった天龍ちゃんが『本当のお姉ちゃん』と仮定した場合の話だけど。『仮初め』とか『本当』とか、実際はあんまり気にしないわ。天龍ちゃんは天龍ちゃんですもの。」

「『仮初め』、ですか。」

「ややこしいのよ、意外と。まあ、あんまり考え込む子はいないんじゃないかしら? 転属が多いとか、同姿艦が複数いるとかなら話は別でしょうけど。後は余程のこだわりや執着があると違うでしょうね。」

「『こだわり』と『執着』、ですか。」

「ええ、私たちが執着するのは提督か姉妹艦ですから。」

「……。」

「失礼する、提督。龍田、昼食の準備を手伝ってくれ。」

「わかったわ、天龍ちゃん。」

 

そう言って、函館の龍田は小樽の天龍と共に仲よく厨房へ向かって歩いていった。

 

 

 

昼食後、駆逐艦の曙が私の膝の上で書類仕事を手伝ってくれている。

やってくれていることはありがたいが、場所が大変問題なのだった。

これこれ、体を揺すっているとおじちゃんとっても困っちゃうんだ。

 

「曙さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「えっ、なに、即席提督? 今夜も開けてあるわ。いよいよ夜戦かしら?」

「誰もそんなことは言っていません。当たり前のように脱ぎ出さないでください。姉妹艦について聞きたいんですよ。」

「潮(うしお)がいいの? あの子は大きいしね。私はそんなに大きくないけど、即席提督の為にしっかり練習したから。」

「はい、自分自身でそこを揉み揉みしてはいけません。桃色思考から離れなさいな、曙さん。純粋に知りたいだけですよ。」

「今日穿いているのはペパーミントグリーンで、シンプルよ。」

「駆逐艦の下着の色を聞いて喜ぶ提督がどこにいるんですか?」

「全国各地にいるんじゃない? 私は即席提督以外に教えるつもりがないけど。」

「えーとですね、『貴女』にとって『本当の姉妹艦』は一体誰になるんですか?」

「第七駆逐隊の艦娘よ。決まっているじゃない。」

「稚内の三名だけじゃなくて、例えば横須賀第五の漣(さざなみ)さんも舞鶴第八の朧さんも佐世保第七の潮さんも?」

「当たり前じゃない。」

「『当たり前』、ですか。」

「そうよ。横須賀第五の漣はこないだの脱出時に力になってくれたし、夜戦の方法もかなり教えてくれたわ。舞鶴第八の朧は徒手格闘術の使い手でその技術を教えてくれたし、佐世保第七の潮はケッコン生活のあれこれを教えてくれるわ。」

「えっ? 佐世保第七の潮さんは提督のお嫁さんなんですか?」

「そうよ。だから私たちが結ばれてもなんの問題もないわよ。」

「駆逐艦の子が相手とは相当大変だったでしょうに。」

「佐世保の提督たちが一致団結して邁進したそうよ。」

「つまり、全員で前例作りに東奔西走した訳ですか。」

「函館でもそうなったら、事態は更に好転するわよ。」

「余計に混沌化します。今も例の転属騒動で混乱の余波が残っているのに。」

「ここの艦娘全員とケッコンするって手もあるわね。」

「やめてください、死んでしまいます。」

「今夜の添い寝で手を打ってあげるわ。」

「今夜は妙高先生と足柄さんなんです。」

「じゃあ、明日でもいいわよ。」

「ではそれで。」

「今のうちに、ちょっとやる?」

「当たり前のように脱ぎ出さないでください。憲兵の國江さんが刀を持ってすっ飛んできます。」

「残念ね。」

 

 

曙が休憩に行った間隙を縫って、大淀に質問する。

 

「大淀さん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが。」

「はい、ローションとワセリンとティッシュと強力わかもとと亜鉛とマカと金蛇精の備蓄は充分ですので、いつでも全力出撃可能です。」

「準備万端ですね……ってちっがーうっ! 誰もそんなことは聞いていません。」

「今治(いまばり)タオルも温泉も万全です。」

「流石は大淀さん、用意がいい……って違う! 姉妹艦について聞きたいんです!」

「私にはいませんね。同僚という意味では明石がそれに近い感じですね。あと礼号作戦つながりですか。……わかりました。」

「なにがわかったんです?」

「明石が欲しいんですね。」

「はい?」

「ここには建造施設が無いので、着任は難しいです。着任したがる明石や夕張は複数いるんですけれども。」

「そうなんですか。」

「そうなんですよ、提督。罪作りな男ですね。」

「またまたー。でも着任予定はないんですね。」

「どうやら明石や夕張を着任させて、いろいろな器具を開発させるつもりではないように見えます。」

「器具ってなんです? そんなことしません!」

「必要性が生じたら、作らせそうに見えます。」

「えっ?」

「ある意味大湊(おおみなと)の清霜ちゃんも私の妹みたいな存在ですが、やっと彼女を受け入れる決心をされたんですか?」

「あのですね、彼女は大湊所属ですよ。むしろ、佐世保第一鎮守府の武蔵さんとかそちらに転属したがりそうなものですが。」

「あれだけ提督になついているのに?」

「艦娘の所有数が今でも多すぎます。」

「規則を変えてしまえばいいのです。」

「いやいや、それは大変不味いです。」

 

 

 

小樽の天龍から話しかけられたのは、夕方近くのことだった。

なんだか妙に疲れる日だ。

 

「提督、ちょっと話をしたいんだが、時間を貰えるか?」

「かまいませんよ。」

「その……龍田が提督に迷惑をかけていないかな? 抱きついたりキスしたり。」

「いえいえ、そのようなことは日々ありますが、いつもとても助かっています。」

「そうか。迷惑でなかったらいい。ただでさえ俺たちは旧式艦艇で火力に難ありだからな。」

「遠征任務も重要な仕事ですよ。」

「まあ、それはそうなんだが、俺はあちこち転属していて複数の鎮守府の裏事情を厭でも知ってしまったから、それには安易に頷けないな。」

「事情通の経験者は稀少ですね。」

「そう言ってくれるのは提督みたいな人だけさ。以前は、意見具申が通らないこともしょっちゅうだったからな。鉄底海峡では横須賀第五鎮守府の先遣艦隊の指揮をよく取ったが、量産型艦娘を含めてよく沈んだよ。その時に当時の相方だった龍田も轟沈した。」

「……そうですか。」

「艦娘にとって轟沈は日常茶飯事だから、気にしないでくれ。俺だって何度轟沈しそうになったことか。」

「……。」

「つまらない話をした。要は龍田を大切にして欲しいってことだ。」

「わかりました。大切にしますよ。」

「ケッコンした時は教えてくれよ。」

「えっ?」

「えっ?」

「一体なんの話ですか、天龍さん?」

「今の錬度はまだ足りないが、将来的に龍田を正妻に迎えるんじゃないのか?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 

 

龍田は翌日小樽の天龍からしみじみと説教されて、少し大人しくなった。

 

 

 





【オマケ】

……青葉か。
なんだよ、お前。
いきなり人んち来て、なにか用かよ。
よく消されなかっ……ああ、あれは別のお前か。
横須賀第一か。エリート様じゃん。
南方の青葉と目付きが全然違うな。
ん?
あたしが辞めた理由?
聞かない方がいいよ。
腹が立つだけだから。
で、ここになんか用?
来客に安い茶しか出せない生活をしてんだけどさ。
ふん、あたしは中途半端に退役した艦娘だからね。
職務経歴書ってなんだい?
二年しか生きていないって、端からはどう見えるのかね?
日雇いの金でどうにかやってんのさ。
助兵衛親爺様のお情けにすがってね。
今更人類のためだとか平和のためだとか、そんなおためごかしは聞きたくないね。
崇高な目的を持った気高く立派な連中は、全員まとめて鉄底海峡の底に沈んだよ。
あんたも青葉なら知っているだろうに。
元艦娘だから、風俗店へ勤めることも出来やしない。
水商売の店は軒並み断られたよ。
憲兵隊も余計な手を回しやがる。
ふん、安い同情ならいらないよ。
下衆な提督もどきはいなくなったし、憲兵もどきもいなくなった。
量産型艦娘が運用されることもなくなったし、不正運用も減った。
いい世の中じゃないか。
例の函館の提督だったっけ?
なんか騒動があったみたいだけど、今はだいぶ沈静化したんだろ?
あたしに用がある?
なんだい、誰かの愛人でもやれってか?
こそこそ隠れて金稼ぎかい?
一体なにを企んでいるのさ?
函館?
北海道がどうかしたのかい?
事務員?
素人に潜入捜査をさせるつもり?
出来る訳ないだろ。
なめてんのか?
度胸ならそこそこあるけどさ、重巡洋艦の誇りなんてとっくの前に失ったよ。
あの海で相方だった隼鷹(じゅんよう)と不知火が轟沈してからは、あたしの鉄火場もかなり減っちまってね。
いい奴ほどさっさと逝っちまう。
量産型艦娘もさ、朝下ネタを言い合っていた奴が夜更けになっても帰ってこないなんてザラだったよ。
初陣で一発も撃てない内に火だるまになって轟沈する奴も、一人二人じゃなかった。
艤装に一発喰らっただけで動けなくなり、雷撃を受けて轟沈する奴も普通にいたよ。
量産型艦娘の島風とは時折組んだが、あいつは強かった。背中を任せられる奴だな。
佐世保第一の武蔵にも会いたいけどよ、機会すらないからそれが心残りと言えるか。
お前、横須賀第一の青葉だろ?
参加したことすら忘れたのか?
三人目?
お前が?
……すまん、悪いことを言った。
で、函館へ行けばいいのかい?
面接に受かる自信なんてないけど……その田中っておっさんに話が通っているんだな。

……わかった。
やってやろうじゃないか。
おう、行くぜ!
抜錨だ!


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