はこちん!   作:輪音

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動乱の東南アジア
吠える作詞家
唸る編曲家
叫ぶ作曲家
遥かなる函館を目指し
少女たちの血は燃える
そして
風都函館を目前にして
偶像たちの心ははやる
提督に無事会えるのか
鋼鉄淑女たちは翼拡げ
荒ぶる魂がテイクオフ

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか




今回は四六〇〇文字程です。


CCLⅩ:愛の花咲く命のように

 

 

 

スラマッシアン69。

インドネシアはジャカルタに本拠を置いて、国際的に活躍する人海戦術的偶像群である。

スラマッシアンとは現地の言葉で『こんにちは』を意味し、親衛隊含む愛好家たちと気軽に交流出来るアイドルを標榜しているのだという。

深海棲艦による侵攻が発生する直前頃、いとも容易くえげつないことを行う日本人たちと地元資本集団の合意によってそれは産声(うぶごえ)をあげた。

日本にも同様の人海戦術的偶像群は存在しており、それの劣化型汎用品と位置付けているかに見えた。

 

ローカライゼーションと呼ばれる局地化。

日本での賞味期限が終了しきる前に二軍落ちした偶像を受け入れるための、なんとか下り先としてそれは考えられていたという。

或いは都落ち。

解雇を受け入れるか、はたまた支店へ行くのか。

偶像を会社員化する行為が推し進められてゆく。

たとえ業界内にて首班が毛嫌いされようとも、勝てば官軍なのである。

そして、偶像たちは益々短命化してゆく。

僅かな愛好家たちが有らん限りの情熱を向けようと、それは蟷螂の斧。

流された涙の重さは羽毛の如し。

本家に対する分家のごとき扱いはそれを当然と考える首班と周囲の首振り人形たちが平然と悪魔的に推進し、追従するしたたかな人々の電撃戦にインドネシア側が勝てよう筈も無かった。

 

見よ、人の悪意はここにある。

 

しかしながら最初期に選ばれた少女たちは美しく且つ意気軒昂であり、戦意に満ちて頑健でもあった。

それが、彼女たちとその周囲にとって吉と化してゆく。

戦局の不安を払拭すべく東南アジア各国で彼女たちは積極的に慰問し、その結果として熱狂的な人気を得るまでになる。

偶像としての旬が過ぎて『卒業』を余儀なくされた一期生たちは、大抵がスラマッシアン69の運営を手助けしたり補佐に回ったりした。

それが彼女たちの環境を好転させ、結束力の強さで難局に立ち向かう力を与える。

協調性の高さが連帯感を生み、その連帯感が目標達成への意気込みへと繋がった。

 

当初、彼女たちに独自の楽曲が与えられる予定は無かった。

えげつない日本人側が完全な支配体制を望んだからである。

自由?

なにそれおいしい?

本社が子会社に対する仕打ちの如く、彼らは彼女たちや現地の人々を軽んじた。

それは静かなる怒りや反発を生み出し、緩やかな離反さえ発生しそうになった。

 

戦局の激化に伴って、日本人側からの強力な制御は難しくなってゆく。

そして、日本と三年間の断絶された期間を利用し、独自の楽曲を発表。

現地に残った日本人では、耐えがたきを耐えた人々に勝てよう筈無し。

念願の独自曲は熱狂的に地元へ受け入れられ、日本人側が再び彼女たちへ接触した頃には是正が困難な状況に陥っていた。

以前よりも狂犬的強権を発動しなくなった日本人側との交渉は存外上手くいき、共存共栄路線が選択される結果となった。

 

東南アジアの『顔』として彼女たちはインドネシアのみならず、複数の国家から段々と期待されるようになる。

戦前は日本色がかなり濃かったのだが、混乱と動乱に満ちた時期を経て彼女たちはアジアの期待の星と化した。

 

意外と先進的な面もある岡山県との接触に成功した彼女たちは、『おかやまフルーツ大使』として鮮烈に白桃とマスカット・オブ・アレキサンドリアを宣伝する。

売り上げは例年を遥かに上回ったとか。

岡山県産の白桃のジャムや罐詰、マスカット・オブ・アレキサンドリアの葡萄酒が広く東南アジアに知られる切っ掛けとなり、日本の地方自治体が彼女たちに着目する出発点ともなった。

彼女たちは艦娘たちとも交流し、提督たちについても知るようになる。

 

そして、次なる彼女たちの目指す場所は風都函館。

狙うは観光大使。

函館は欧州の雰囲気や冬の寒さが手軽に味わえ、しかも観光にそれほど時間がかからないのが利点。

欧州的雰囲気と富良野メロンと提督を堪能すべく、彼女たちは進撃を開始した。

 

 

 

那珂ちゃんとスラマッシアン69との共同音楽会が開かれることを知ったのは、やや風の強い真夏の午前のことだった。

アジア各国は、日本の観光先として京都や奈良神戸大阪などと同様に函館を重視しているらしい。

折角なので、季節の果物を味わっていただこう。

函館メロンも夕張メロンも時期的に終盤戦へ入っているため、富良野メロンの活躍に期待したいところだ。

 

日本のアルファベットな本家同様、二三人三群より成る彼女たちはA群B群C群で人海戦術を行うらしい。

一三歳から一八歳までの年齢の少女を中核的戦力として構成する偶像集団に於いて、所属後一年以内に成果を出せないとその新人偶像は強制的に『卒業』させられるという。

なんとも過酷だなあ。

台湾、タイ、フィリピン、インド、ヴェトナムでも近年中に展開予定だとか。

特に前の三国に於いては既に実働可能であり、後の二国では数ヵ月で動かせるようになるそうだ。

斯くて効率的大金収集機構はアジアを席巻するのか。

看板商法の変形版というかなんというか。

看板を変えないままに中身の交換なのか。

偶像の使い捨てが加速化しないといいが。

使い捨てにされた子はどこへ向かうのか。

花の命は短くて。

 

 

人海戦術的制服必須型少女たちが、函館鎮守府へ表敬訪問に現れた。

この鎮守府は、なんだかどんどんと観光地化してきている気がする。

此処は一応軍事基地なんだがな。

艦娘も忍者もいるから大丈夫か?

私自身が軍属だから、やりやすいのか?

大本営が文句を言わないからいいのか?

今回地元インドネシアのみならずマレーシアや台湾やタイやフィリピンやインドやヴェトナムの放送局が共同取材を行い、国際的に報道されるそうな。

正に多国籍で御座りまする。

気さくな彼らと打ち合わせをしながらも、なんとなくの違和感はぬぐえない。

ギスギスしているよりは余程マシだが。

今回の訪日は、彼女たちの新曲『愛の花咲く命のために』の宣伝も兼ねているとか。

日本語版は那珂ちゃんが歌うのだとか。

 

アカペラで伴奏なしに、彼女たちがその歌を鎮守府前の広場で唄う。

上手い。

美声だ。

皆がちゃんと声に出して歌っている。

口パクも無く、誤魔化すことも無く。

見事ナリヨ。

その場の全員が拍手すると、彼女たちははにかみなからも誇らしい表情を見せた。

成程、これがアイドルなのか。

 

彼女たちと記念撮影。

異国情緒溢れる軍勢。

美しき狩人たちだな。

なんだか距離が近い。

私と握手しようとする娘がやたら多い気もするが、それはきっと気のせいだな。

七〇人ほどの娘さんを覚えきれる筈も御座りませぬ。

日本のAKE69やSAN69やKNK69やKYS69や比良坂69や伊佐坂69や有坂69とかだって、なにがなにやらよくわからないのに。

おっさんは可愛い女の子に弱いと相場が決まっているから、勘違いは禁物ぜよ。

ははぁ、距離を近いと誤認させて交渉を好条件でまとめる腹積もりなのだろう。

ぺたぺた触られているようにも思えるが、彼女たちの宗教的に大丈夫なのかな?

あれ、違ったっけ?

チューとかじゃなかったらよかった?

通訳の、出来るおんな感溢れる女性から話しかけられる。

少し肌がなまっちろい。

白人系なのかもしれぬ。

 

「テイトクさんは、ごケッコンされているのですか? ワタシたちはそれが大変気になります。」

「はい?」

「テイトクさんがごケッコンされているかどうか知ることは、ワタシたちにとってとても重要な情報です。」

 

ええと。

変な質問だな。

周囲にいる異国の少女たちと艦娘たちと艦娘のつもりでいる『あんこちゃん』たちの熱視線がぎらぎらぎんぎんと、この冴えないアラフォーおっさんへざんざんばらばら降り注いでいる気さえする。

 

「私は現在独身です。ケッコンはしていません。」

 

阿蘭陀通詞のような眼鏡美人が少女たちへ素早く訳した言葉を伝え、室内の温度が何度か上昇したかに思えてくる。

ムワッとしてきた。

夏色のナンシーだ。

数秒ざわめきが発生し、それはすぐに沈静化した。

なんだかドラマの撮影みたいにも感じられるぞい。

 

「テイトクさん、誰か付き合っている女性はおられるのですか?」

「いません。」

 

艦娘たちがこわい目で私を見つめてくる。

えっ、という微かな声まで聴こえてきた。

 

「今後、ケッコンされるご予定はあるのですか?」

「あります。」

 

『あんこちゃん』たちが、何故か不安げな目で私を見つめてくる。

なんだ、この空気。

向こうの言葉に訳された途端、異国の美少女たちは嘆きの言葉らしい発言を行った。

……わかった!

これは、私が彼女たちにからかわれているのだな!

そういう演出だ。

放送局的演出だ。

私は詳しいんだ。

なんてな。

 

「貴女がたのような素敵なお嬢さんたちに先に出会えていたならば、心が動かされなかったことは無いでしょう。」

 

誉めておかないとな。

サービス、サービス。

こんな冴えないおじさんが可愛い娘さんと結婚出来る訳などまったくないし、彼女たちもからかっているに違いない。

でもまあ、どうやら艦娘たちは私とケッコンしたがっているかに見えるし、それ自体に偽りは無いのだろう。

精力的精神的双方での維持は困難を極めるだろうから、破綻を如何に遅らせるかが大切だろう。

下手を打ったら細切れにされるかもしれないが、まあ、その時はその時だ。

人間、何時かは死ぬのだから。

 

私の言葉を伝えられた彼女たちは私を取り囲んで口々になにか言ってきたが、なにを言われているのかちんぷんかんぷんだ。

通訳の女性を見るとニヤニヤしているし、放送局の撮影者たちも機材を下ろしている。

オフレコなのか?

何故か、部下たちや預かっているお嬢さんたちが私を睨んでいる。

やめたまえ、その鋭い視線は私に効く。

 

何故か大淀鳳翔間宮長門教官加賀教官妙高教官たちなどにリネン室へ連れ込まれ、かなり怒られてしまった。

解せぬ。

 

 

夕食の時間となる。

食堂はいつにも増して、大にぎわいだ。

私のこさえた大量の浅漬けは出すや否や即時になくなって、東南アジアの娘さんたちも食べてくれたみたいだ。

カレーと野菜炒めを担当したが、客人側の要望も多く、大和級戦艦四名の手助けあらばこそなんとかこなせた。

野菜のカレー、豆のカレー、魚介類のカレー、牛肉を使ったカレー、豚肉を使ったカレー、鶏肉のカレーは瞬く間に売れた。

スダチやカボスや広島檸檬を事前に仕入れておいた甲斐があったようで、異国の人々でそれらの絞り汁を料理にばんばん振りかける人はけっこういる。

割りと多めに用意しておいたイタリア風檸檬水も好評で、それは短時間で容赦なく減っていった。

ラッシーも用意しておいてよかった。

放送局の人々にも好評だったようで安心した。

李さん無双で、中華料理は絶讚の嵐であった。

宗教的観点で肉は鶏肉のみにしてもらったが、判断に間違いはなかった。

通訳の人によると、今まで食べた料理の中で最上等の部類に入るそうな。

 

 

その夜、洗い物を終えた後で富良野メロンをいただいた。

何故かインドネシアのお嬢さんたちに囲まれる。

ひっそりいただくのを、慣例にしているのだが。

夜更けにバスを見送って、ほっとする。

 

 

翌早朝、再度の人海戦術的偶像群の攻勢を受けて驚く。

聞いてませんがな。

イエーイ、と笑顔の彼女たちに囲まれ再度の記念撮影。

ふと思ったのだが、此処が『聖地』にはならないよな?

なっちゃったらとても困るだよ。

 

焼きたての芳しい香りが食堂から伝わってくる。

テーブルを埋め尽くさんばかりの、大量のパイが発生していた。

なあ、パイ食わねえか?

嗚呼、東南アジアどうでしょう。

 


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