はこちん!   作:輪音

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エロい仕事の人たちに焦点を当ててみました。
ほんのりエロい内容です。
そういうのが苦手な方はご注意くださいませ。


今回は五七〇〇文字程あります。


CCLⅩⅢ:惚れてはならぬ

 

 

日本の夏は、年々過酷になっている気さえする。

そんな酷暑の中、汗だらけになって仕事をした。

一仕事終えて事務所へ行くと、鷹さんと社長が雑談をしている。

鷹さん。

俺の鷹さん。

尊敬する先輩は渋くて恰好いい男なのだ。

思わず、その姿をじっと見つめてしまう。

社長補佐役の香緒里ちゃんは帰ったみたいだな。

鷹さんが気さくに話しかけてくる。

 

「おう、ユーイチ。どうだった?」

「素人さんこわい、って感じですね。」

「素人っても、一体なにしてきたのかわかんないからなあ。」

「検査結果は問題ないんですけど、いやあなんというのか。」

「そんなことを気にしていたら、仕事にならんぞ。鷹、ユーイチ。」

 

苦労人の社長が苦笑いする。

深海棲艦という存在が現れてからも、人がエロいことにかける情熱は廃れることなどない。

俺たちは、そんな欲望をほんの少し叶える仕事に就いている。

鷹さんが俺に流し目を向けてきたので、ドキッドキッとした。

先輩のセクシーな口元が開く。

 

「そうそう、ユーイチ。俺、来月から千葉へ山籠りに行くから。」

 

…………は?

 

「え? あの、断食とか修行とかするんですか?」

「ユーイチ、鷹はな、提督適性検査に受かったんだよ。」

「へ?」

「こういう仕事をしているから、検査は先延ばししてもらっていたんだけどな。適性検査を受けてみたら一発合格だぜ。笑えるよな。」

「鷹さん……。」

「て訳で、俺は腰を振る仕事から、釣竿を振る仕事へと転職することになった。」

「竿を振るのは一緒なんですね。」

「鷹、艦娘のお嬢ちゃんたちには絶対手を出すなよ。タレコミ屋のマサによると、艦娘に迂闊に手を出した奴が続々と行方不明になっているらしい。しかも、あの狡猾でしぶといマサと最近連絡がつかん。変だろ? 常時提督を募集しているってのも非常に胡散くさい話だし、いつも人手不足ってことは裏があるということだ。あそこは真っ黒な組織の常套手段の疑いさえある。常に心してかかれ。」

「気をつけますよ、ボス。」

「ユーイチもだ。お前、検査を受けていないだろう?」

「俺が受かる訳ないですって、社長。」

「そういうのをフラグ、って言うんだぜ、ユーイチ。」

「脅かさないでくださいよ、鷹さん。」

「兎に角だ、大本営なんて名前を今更持ち出していること自体が胡散くさい。提督なんて職業に半年の訓練でなれるなんて、学徒出陣みたいに見えるぞ。軍属だなんて言ってはいるが、お前たち、テレビか新聞雑誌でそいつらを見たことがあるか?」

「函館の冴えないおっさん提督と小樽のおっかない姉さん提督が、仲良く肩を組んでいる写真なら見たことがありますよ、ボス。」

「横須賀、呉、舞鶴、佐世保が四大鎮守府でしたっけ? なんか提督料理対決って番組はチラッと見たことがあります。あれ、正規の提督ばかりだったっけ?」

「軍属でまともに知られている提督が殆どいない、ってことは軍規もあるだろうが、怪しいと思った方が安全に繋がると思え。鷹だけでなく、ユーイチも気をつけろ。奴らの言うことを鵜呑みにするな。いざとなれば逃げてこい。生き抜く方が大切だ。」

「わかりましたよ、ボス。」

「気をつけますよ、社長。」

 

 

 

女優を三人募集したら、桁三つ違う応募数に戸惑っていたのは少し前までの話。

今では、普通の企業と並行してこの業界の門を叩く女性が当たり前に存在する。

異様な感じさえするが、社長に言わせるとバブル崩壊後からこんな感じらしい。

流石に、こんなにも女性の応募数が増えることはなかったらしいのだけれども。

間違って元艦娘が応募しないように、現存する艦娘の顔は把握させられている。

 

ごく普通の家庭で育って両親が健在で暴力とも借金取りとも薬物とも縁の無かったような女の子が、男性の欲望を満たす仕事の募集に応じる。

あり得ない筈の話が、今では当たり前になりつつある。

不景気が悪いのか、倫理観が段々壊れてきているのか。

うちの如き零細でも年一〇〇〇〇人以上応募者が来る。

高校を卒業したばかりの子から、子供のいる人妻まで。

在学中の子は流石にお断りしている。

履歴書の誤魔化しが無いことを祈る。

悪いのは全部こっちになるんだよな。

 

 

東京で仕事をしていた同業者たちが、現在次々に西日本へ移動している。

東京じゃ飯が食えないってことで、桃色産業の連中も西へ移動している。

厳しいねえ。

横須賀は鎮守府とそれに付随する百貨店や複合型商業施設があるから景気もいいのだけど、同じ神奈川県内の駅ビルでも長いこと『テナント募集中』の貼り紙がはっつけられたままのところがちらほらある。

一等地の筈の場所が更地のままってのも、ざらにあるのは悲しいぜ。

工事延期で鉄骨剥き出しの大きなマンションが、みなとみらい辺りにごろごろある。

疎開が増加傾向にあるってのは、横浜市民としては嬉しくない話だ。

 

 

馴染みの泌尿器科で検査を受けて、合格通知を受ける。

仕事前にこれを徹底しないと、場合によっては訴えられるからな。

医者も看護師も手慣れたもので、彼ら彼女らはどうやって欲望を満たしているのか気になる。

まあ、聞いて変態だったら困るので聞かないが。

新人だった頃、若気の至りで元看護師の女優に話を振ったら酷い目にあった。

 

 

社長が北海道ロケをやるぞと言ったので、函館小樽札幌旭川釧路辺りを候補地として話し合いする。

夕張炭鉱が復活してあの辺りも賑やからしいのだが、治安の面で不安があるとして社長が渋い顔をしたことから行かないことになった。

気の荒い人間が増えているらしくて、そいつらがしばしば問題を起こすという。

自警団もやり過ぎの方向が強く、活気はあるが問題解決の糸口も見えないとか。

喧嘩は慣れているが、女優が傷付いたら困るからなあ。

その代わり、函館ロケは力を入れることが決定される。

函館は今や、東京以北で最も活発な街のひとつらしい。

仕込みの女優はどういう設定にするかとか、素人OL風にするのか女学生風にするのか若奥様風にするのかとか様々な意見が飛び交った。

企画女優を何人使うかとか使い回しをするかとか、ドラマ風にするかとか、いっそ孤独な男が食べ物屋で女性と出会う話にするかとか。

男優は三人体勢だ。

俺とトニーとシマケン。

シマケンは制服マニアで、個人的にいろいろな学校の制服を持っている。

今回も何着か持ち込むのだとか。

それは兎も角。

女優に対して男優が少なすぎる。

女優の一パーセントも満たない。

互助精神で他社作品とも遣り繰りしているが、体調管理出来ない男優は容赦なく脱落してゆく。

女優と付き合うこともご法度だ。

技巧派の鷹さんが業界から抜けるのは、まさに痛打だと思う。

俺たちは撮影に一般女性を使わない。

使うところもあるが、それは少数だ。

ナンパしてその場かぎりのつもりで使ったシロウトさんは後々こじれる可能性があるし、どんな性感染症を持っているかわかったものではない。

つまりは不発弾なのだ、彼女たちは。

見た目はカワイコちゃんでも、病原体の百貨店である可能性は存在する。

ホンモノの素人なんて、とてもおそろしくて使えない。

裸一貫で仕事をするからには、事前の対策が不可欠だ。

そういった訳で、素人ものでは本物の素人を使わない。

そういう演出はするが。

旅行者ナンパものとか温泉ものとかススキノものとか、まあそんな感じにしようかとまとまる。

素人物専門の女優たちは別口で北海道入りするとか。

化粧を変えたり髪型を変えたり衣装を変えたりして、彼女たちは七変化する。

女って、けっこうこわい。

女優にストーキングされたことも、何度か経験がある。

社長に言わせると、男優は惚れられてナンボらしいが。

決して全否定するな、と忠告された。

付きまとう女性を全否定して、その結果刺された男優が何人かいたらしい。

 

函館で、ウクライナやベラルーシやポーランドなどから出稼ぎに来ている女優たちと合流だ。

まさに国際企画だぜ。

 

 

電力消費量や新幹線の本数が削減されている状況に対し、旧國鐵は在来線特急を増やす方策に打って出て、上野仙台間ではL特急ひばりが復活した。

一九六一年から一九八二年まで東北のエース特急として名を馳せた、往年の車輌の再生だ。

ご丁寧に、車輌は昔のボンネット型と鉄仮面型を再採用ときた。

 

また、L特急はつかりも同時に復活した。

上野発青森行きで、一九五八年から一九八二年まで走った列車だ。

 

L特急つばさは上野秋田間を走る特別急行として復活しており、これは一九六一年から一九九二年まで走った列車だ。

 

上野盛岡間は一九五九年から一九八二年まで走ったL特急やまびこが復活。

 

上野山形間は一九六四年から一九八五年まで走ったL特急やまばとが復活。

 

特急あいづは一九六八年から一九九三年まで上野会津若松間を走っていた特別急行で、これも復活。

 

寝台特急では、一九六四年から二〇〇二年まで上野青森間を走ったはくつるが復活だ。

 

同じく、一九七〇年から一九九〇年まで上野秋田間を走った寝台特急あけぼのも復活。

 

上野発青森行きの寝台特急としては常磐線を経由するゆうづるやみちのく、札幌五輪記念のオリンピア号も復活。

 

マスメディアが停滞だ退化だなんだと散々批判していたけれども、赤字経営が常態化している旧国鉄がどうにもならなくなっては困るからか、何処からかなんらかの圧力があったのか、糾弾する内容の報道は日々減少していった。

 

社長に男優に撮影照明化粧録音担当の人員を含めた俺たちは『津軽海峡冬景色』で知られる夜行列車の津軽に乗り込み、誰も彼もが無口な車輌でひっそり北の国へ向かうのだった。

今は夏だから、青森駅は雪の中じゃないけどな。

社長がぽつりぽつりと俺たちに話をする。

 

「昔は横長のでかいリュックサックを背負った、カニ族と呼ばれる旅行者が沢山北海道へ来たもんさ。東京オリンピックの頃に知床が大人気になってな。若者がわんさか北海道に押し寄せたんだよ。」

 

「で、帯広に住む伯父さんによると、金の無い若者がヒッチハイクをするためとかで国道にびっしり並んでいたそうだ。うっかり車を停めると、彼らはすぐに乗り込んできたらしい。そして非常識なことをする者が何人もいたから、ヒッチハイクは徐々に廃れるようになった。時々思うんだが、そうした連中は今頃なにをやっているんだろうな。」

 

元女優の化粧担当の子も、元男優の照明担当も、興味深く社長の話を聞いている。

 

「その後、一般家庭へ宿泊や食事を求める酷い者も出てきた。セイコーマートなんて便利なもんは無い時代だったし、わからんでもないが、まあ、非常識だわな。それが頻発して社会問題になり、北海道の市町村や旧国鉄は駅周辺や観光地に『カニの家』と呼ばれる簡易無料宿泊施設を設けた。ミツバチ族と呼ばれるモーターサイクル乗りが北海道へやって来るようになって、『カニの家』は『ハチの家』になった。だが、今ではすべて消えていった。帯広はカニ族の聖地だったが、それを現在知る者はあまりいないだろうな。函館にいる叔母によると、今でも夏場になるとモーターサイクル乗りがブオンブオンとエンジンを鳴らして走り回っているそうだ。まだまだリッター五〇〇円ほどするのに、ご苦労なことだ。まあたぶん、それが彼らの心意気なのだろうな。」

 

「やれ高速化だ、やれ快適化だ、と日本のみならず各国は鉄道を進化させてきたが、深海棲艦がぜーんぶぶち壊しちまったなあ。新幹線の本数はがた落ち、旧き懐かしきL特急や寝台特急や夜行列車が復活。時代の逆行現象だな。利便性を追求したくとも出来ない状況ってとこか。苦渋の選択なんだろう。今後二〇年以上は社会が停滞か発展しにくいらしいから、それに合わせた施策なのだろうさ。昔を知る人間から言わせると、こうした車輌を使えるのも贅沢に思えるがね。当たり前に存在する、存在し続けると思っていてもそれが実際に継続出来るとは限らん。半世紀後に新幹線がばんばん走れる状況とは、ワシには到底思えんね。未来予測は困難だから、今喋っていることは老人の与汰話と思ってくれ。」

 

「昔はよかったなあ、ってのは年寄りの繰り言に聞こえるかも知れんが、昔の方が時間がゆっくり進んでいて、今みたいにせかせかして荒々しく過酷では無かったよ。貧乏な人間は沢山いたが、それをバカにする奴はあまりいなかったなあ。」

 

「今は重箱の隅をつつく人間が、随分と増えたように思えるね。気にいらないから全否定して悦に浸るなんて、ダメな人間のやり口だ。お前たち、そういう人間になるなよ。あれは堕落への道だ。そうした人間は、必ず何処かでしっぺ返しを喰らう。本人にいかなくても、本人が一番大切にしている人間に矛先が向かうこともある。それと、どんな人間にも大切にしているものがあるんだ。そういうものはつつかないようにしろ。恨んだ人間は本当にこわいものだからな。因果は巡るんだ。因果応報と言うだろう。あれは本当のことだぞ。他人を平気で傷付ける奴は、何処かでその仕返しを喰らうんだ。逃げ切れることなど無い。何時かはツケを払う時が来る。そういうものなんだ。だから、後悔しない生き方をするようにしろ。それが大切なんだ。」

 

 

青森駅を降りて、青函連絡船乗り場へと向かう。

青函トンネル開通後に塞いだ場所が、再度開かれるとは時代の皮肉か。

或いは、ノスタルジアの復活か。

紅白幕と垂れ幕とが見えてきた。

秋田の農業高校が、夏の甲子園で優勝したことを祝うものだ。

秋田の物産を扱う出店が複数あり、そこには人が多く集まっていた。

我々も少し買い物をする。

きりたんぽ、旨し。

先っぽを化粧担当の子がかじっていて、なんだか少しドキッとした。

 

船着き場につくと、船の護衛に当たるのだろう、艦娘たちがおでんを食べながら雑談している。

竹輪を頬張る艦娘に何故かドキッとした。

 

「あれは青森名物の味噌おでんだな。」

 

社長が言った。

 

「旨いんですか?」

「旨いぞ。濃いめの味噌をかけるのが特長でな。撮影が終わったらまた此処に来よう。駅近くの店で旨いところを知っているんだ。あそこはいいぞ。焼き魚や握り飯も旨いからな。」

 

風がびょおびょおと吹いている。

艦娘たちがじっと俺を見つめた。

その内の一人が、何故か俺を見つめながらこちらへ近づいてくる。

なにか用かな?

天気は曇りだ。

あちらは晴れるといいな。

 

 


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