はこちん!   作:輪音

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『はこちん!』に於けるメリケン艦娘は以前からちょこちょこ述べていますが、基本的に『Pacific』という画集に出てくる子たちです。
タグに『USN fleet collection』とあるのはそのためです。
November☆氏の精緻な挿絵は見事なものです。
ちなみに拙作でアイオワが出てくる場合、こちらの紺色のワンピースを着た方になります。
悪しからずご了承くださいませ。


今回は三九〇〇文字程あります。



CCLⅩⅣ:小さな誘惑

 

 

 

大本営が広報の一環として、少女ファッション雑誌の『年上彼氏』特集号に協力することが決められた。

様々な『おじさん』たちが若い娘たちと腕を組んだりなんだりで、誌面の一画を飾るという。

読者の要望が強かったとか。

組織票らしきものもあったらしい。

年上か……そんなにいいもんかね?

おっさんにはよくわからない話だ。

撮影場所は函館とその周辺が予定地。

私は提督の正装やらポロシャツにチノパンやら新撰組のダンダラ羽織(実際の彼らは着ていなかったという説もあるが)やらオサレな服を着用し、全国にこの冴えない面を晒さねばならないのだという。

 

それ、なんて罰ゲーム?

 

私の気分と反比例するかの如く、艦娘たちは何故か興奮しまくっていた。

旧い写真機や、八ミリフィルムのビデオカメラをも用意する者までいる。

浮わついた雰囲気で、これではとても日常業務が出来そうには見えない。

大湊(おおみなと)に恥ずかしながら業務委託しようかと電話してみたら、あちらの筆頭秘書艦のあきつ丸に断られた。

あちらもなんと浮わついた雰囲気らしい。

ギリギリの業務しか出来ない状況だとか。

 

「この程度でヤワになるとは、実に嘆かわしき事態であります。愛だの恋だのへうつつを抜かす前に、やらねばならないことは山程あるというのに。艦娘の本分を忘れてはならないのであります。」

「え、ええ、そうですね。」

「提督殿も怒られる時は、ビシッとやらねばならないでありますよ。」

「は、はあ、心得ておきます。」

 

ケッコンカッコカリ済みの艦娘と言えど、甘くはないということか。

しかし、大湊はどうしてふにゃふにゃになったのだろう?

冷静そうな妙高先生に選抜してもらった艦娘たちで、日常業務を回すことにしよう。

困ったものだ。

とぼとぼ本棟を歩いていると、背後から声をかけられる。

 

「あの、提督さん。」

 

振り向くと、艦娘になりたい娘群のあんこちゃんたちが勢揃いしていた。

皆何故か悲壮な顔つきだ。

なにかあったのかなかな?

 

「はい、なんでしょうか?」

「結婚はされませんよね?」

 

……はい?

 

「あの、一体、なんの話でしょうか?」

「モデルの女の子たちは可愛いから、提督さんがよろめいちゃうんじゃないかって現在噂が飛び交っているんです。」

「あのですね、おじさんは今のところそういうことをしませんから大丈夫です。それは根も葉もない噂です。ばらまいた張本人を捕らえた方に間宮羊羹をあげましょう。」

 

色めきたって、彼女たちは走り始めた。

よかばいよかばい。

そもそも何故そんな心配をされるのか、心外であります。

皆、勘違いしているのであります。

 

 

噂をばらまいた娘は、駿河問いの刑に処した。

『鳥籠』も考えたが、それはやり過ぎだろう。

講堂で緊急集会を行い、虚報に惑わされないようにと厳重注意した。

素早く逃走する犯人との体力差を人海戦術で補い捕縛したあんこちゃんたちに、褒美の間宮羊羹を皆の前で与える。

月餅やマドレーヌやどんぐりクッキーもおまけにつけた。

『普通の女の子』に戻ってもらわなくてはならないのに本末転倒かとも思われたが、それはそれこれはこれだろう。

彼女たちを力ずくで『普通の女の子』にするのではなく、知恵を用いてそうなって欲しいのは贅沢な悩みだろうか?

 

 

 

国内の『ニコライ』『ハイティーン』、上海っ子御用達の『飛燕(フェイエン)』、フランスに於ける新進気鋭的服飾誌の『アントレ』の三ヵ国合同企画だとかで、集められたモデルの女の子も小学六年生から中学三年生くらいまでの多感な思春期の女の子たちが函館の赤煉瓦倉庫群に集結する。

 

うわー。

ないわー。

これはないわー。

おっさん、浮いているけんね。

どがいせえと。

どぎゃんもこぎゃんもありもはん。

まっこと困ったきに。

世界の笑い者になるじゃんかよう。

モデルのおじさんたちは余裕綽々(しゃくしゃく)みたいだが、モデルに撮影関係者に雑誌関係者に護衛の艦娘たちでなんとまあ三桁の人員がごちゃっとおるがね。

ちなみに艦娘の数が最も多い。

さりげなく私の傍で細々と用事を行っている大井北上や紅茶姉妹は、何処の所属艦なのだろう?

大淀が大本営の人々と雑誌関係者との折衝役をしている。

何処かの天龍とうちの龍田らしき両名が、駆逐艦たちを捌いていた。

特別編成の糧食班を鳳翔間宮の指揮下で行わせ、函館駐屯地から野外炊具1号改と2号改を借りておさんどんに励んでもらう。

野外炊具には何故か貼り紙が為され、『技の一号』『力の二号』とそれぞれ墨痕(ぼっこん)鮮やかに書かれていた。

 

 

モデルの女の子たちは度胸があるようで、私のような冴えないおっさんにでもにこやかに対応してくれる。

ありがたやありがたや。

妙にペタペタ触られている気もするが、気のせいだろう。

モテているんですね、と感心していたからおもちゃにされているだけですよと答えておく。

 

天気は台風の影響が心配されたけれども、その合間を縫って撮影撮影撮影。

私はダメ出しされまくる。

いや、ホンマすみません。

緊張しているのがイカンらしい。

遺憾ではあるが如何ともし難い。

 

若手の女性編集長の愚痴も何故か聞かされる。

私は編集者しか出来ないんだとか、撮影が面白いと思ったことはないんだとか、撮影の時はいつもお弁当で味気ないんだけど今回特設の炊事班の人が拵(こしら)えた麻婆丼やらお粥やら点心やらはおいしかったとか、締め切りが近づくと編集部へ缶詰めになって延々校正しているとかを撮影待ちの時に拝聴した。

気持ちはわかるが、暗い話ばかりだなあ。

その後、何故かモデルの女の子たちに取っ捕まって質問攻勢を受けた。

数ヵ国語のちゃんぽんで繰り広げられる記者会見みたいだな。

ちょっと待て、何故BBCの特派員がいるんだ?

面白そうに撮影している衣笠と無言でせっせとなにやら帖面に記入している青葉には、後でお小言をあげよう。

ドイツや地中海で活躍している同胞の話も聞けたから、まあよかんべか。

しかし何故恋人の話になると、皆鼻の穴が広がるのだろうか?

こんなおっさんの恋の話なぞ聞いてもおもろくないだろうに。

そもそも語るような話はありもさん。

私はすっからかんの人間なのだから。

 

 

 

ひなびた雰囲気の海沿いの倉庫を背景に、海外の少女モデルたちが私に密着する。

この子たち、ちょっとおっさんにくっつき過ぎではなかろうか。

君たち、この冴えないおっさんをからかっているだろう?

この後、外国人墓地近くでもビシバシ撮影するのだとか。

隠れ家的に好んでいるあのイタリア料理店も既に彼らに把握されていて、国際的熱烈攻勢を受けた店主は頑として撮影を断ったのだとか。

その代わりではなかろうが、鎮守府の食堂での撮影は行うらしい。

 

 

馴れぬナチュラルメイクを受け、眩しい照明を当てられ、多数のレンズに晒され、なんだかどんどん疲れてゆく。

私の分の撮影が終わり、李さんが鍋を振るっている近くの椅子へ腰掛けた。

よっこらせ、のよいよいよいと。

机に頬杖を突き、ため息を吐く。

私の目の前にずい、とお茶が置かれる。

 

「提督さん、元気出しなよ。」

 

ダンダラ羽織を着た瑞鶴だった。

 

「ありがとうございます。」

「提督さんのことは翔鶴姉の次の次の次くらい、大切に思っているからさ。ちなみに加賀先輩は殿堂入りの別格だけどね。」

「そう言っていただけますと、嬉しいですね。」

「卑しい女ずい。」

 

へ?

私と瑞鶴が声の方へ向くと、不機嫌そうな加賀教官が見えた。

 

「そうやって、弱った提督の心につけこみ忍び込んでやさしい言葉をかけ、いともえげつなく容易く落とすのね。」

「か、勘違いですよ、加賀先輩! 私は翔鶴姉一筋ですから! 先輩も大好きですし! 」

「それが偽装だったと、今わかったわ。」

「落ち着いてください、教官。瑞鶴さんが翔鶴さんや教官を慕っているのは周知の事実でしょう。」

「私はいつも冷静よ。でもね。」

「「でもね?」」

「好きな男の前でうろちょろする娘がいたら、嫉妬の炭火焼きで焼き鳥屋が開けそうになるのよ。」

「嗚呼、教官の焼き鳥はとてもおいしいですからね。」

「そうなのよ、提督さん。塩もタレもおいしいのよ。」

「鶏肉の熟成加減が絶妙なんですよね。」

「わかっているじゃない、提督さんも。」

「何故、この期に及んで和気藹々(あいあい)としていられるのかしら?」

 

ふっ、と加賀教官のセブンセンシズな闘気が弱まってゆく。

 

「まあ、私としては落ち込んで困りきった提督を見たくないの。瑞鶴も程々にね。提督の妻の座に於ける競争率は、現在とんでもない方向に向かっているのだから。」

「お気遣いに感謝します、教官。」

「流石は先輩! 見事です!」

「貴女も早く相手を見つけなさい、瑞鶴。」

「うーん、今は興味ないですし、別にいいかなってとこです。」

「提督はあげないわよ。」

「ええと、謹んで辞退します。」

「私の大好きな人へダメ出しをするなんなて、これだから五航戦は。」

「今日は特に辛辣(しんらつ)ですね、先輩。でもそんなところも素敵です。今の、小町的にポイントが高いですよ。」

 

風が強くなってきた。

上空の警戒に当たっている航空機が宙を舞う。

龍驤と雲龍とヨークタウンかな?

我々はしばし空を見る。

 

「強風時の同時制御をもう少し鍛えましょう。手の空いた空母系艦娘を招集し、合同教育するようにします。」

「戦闘中に強風が吹いて航空機が飛ばされたなんて、あって欲しくない事態ですけどね。」

「函館を含む道南の渡島(おしま)地方はしばしば風が強いですから、そういった事態を想定するのも有意義でしょう。」

 

「テイトクサーン、サツエイサイカイヨー!」

 

モデルの連合戦隊に捕まり、そして華やかに撮影は続くのであった。

これこれ、そんなところを触ろうとしてはいけませんよ、お嬢さん。

 






次回の話では、提督と艦娘のお見合いをやります。
つきましては、その話に出演する艦娘を募集しております。
詳しくは活動報告をご覧くださいませ。

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