かつて
あの重々しき仕事に従事した
企業戦士たち
彼らは軍服を着て提督となり
故国を守る誇りの仕事に就く
函館提督もその一人
そんな彼に熱視線を向け
熱い思いに包まれた
艦娘たちの
此処は決戦場
無数のカリギュラたちの
ギラつく欲望に晒されて
コロッセオな講堂に引き摺り出される
函館の街の剣闘士
魂無き艦娘たちが
ただ己の婚姻を賭けて激突する
『キッスは目にして』
ぐるぐる回る目玉から
提督に熱い視線が突き刺さる
※今回は三九〇〇文字程あります。
函館鎮守府の講堂。
『公開キッス試験会』と墨痕(ぼっこん)鮮やかに書かれた垂れ幕が飾られている中、舞台に立たされた私はギラギラしたカリギュラたちにも似た視線を無数に浴びている。
これ、公開処刑じゃね?
満員御礼を上回る堂内。
熱気が暑さを助長する。
小豆色のジャージを着た女の子たちや深海棲艦たちもぞろっといた。
幾つもの探照灯に照らされて。
幾つもの熱い視線を注がれて。
決戦仕様の艦娘たちが私へ期待と欲望との入り混じった目を向けた。
こわいで御座るこわいで御座るバザールでござーる。
いやまあ、それはさておき。
既にそのかんばせを真っ赤に染め上げた鳳翔が、私の目の前にいる。
彼女によって見出だされたことから、我が提督生活は始まったのだ。
なんちゃって提督なんだけど。
その華奢な両肩をそっと掴む。
彼女は、初夜を迎えんとする新妻のように震えていた。
息が荒い。
目の焦点がボヤけてきている。
大丈夫かな?
声をかける。
「鳳翔さん?」
「は、はい!」
いつもは添い寝や混浴を甘えるようにせがむ彼女が、今は大規模作戦に参加するかの如くに緊張している。
唇が赤く赤く濡れていた。
いかん、ムラムラしてくる。
トランスフォームしてしまいそうになる。
いかん、いかん、このままではいかんぞ。
私はやさしく彼女の頬を撫で、そっと素早く額(ひたい)に接吻(せっぷん)する。
この方が損害は少ないだろう。
そう思って。
だが。
「あっ!」
仰(の)け反る胸元。
汗ばむ彼女のにおい。
ぎゅっとしがみついてきた彼女の体が、びくんびくんと跳ねる。
はあはあと息が荒い。
「いよいよ、終わりの来ない夜が始まるのですね……。」
え?
「貴方のために壊れてゆくのも、おんなとして本望です。」
そして彼女はぶるぶると体を何度も痙攣(けいれん)させ、吐息を何度も漏らしながら、おんなを色濃く感じさせる顔で失神した。
涎(よだれ)が垂れている。
彼女の袴に染みが広がった。
オイル漏れが発生したのだ。
……いかん、見惚れて興奮してしまった。
司会進行役の大淀がこれを見て叫んだ。
「……メディーック! メディーック! 衛生兵! 担架をすぐ此処へ! 直ぐ様入渠を!」
待機していた駆逐艦たちが青ざめた顔で鳳翔を担架に乗せ、素早く工廠へと向かう。
ざわつく講堂。
私の次の相手として準備していた間宮の顔が、真っ青になったり真っ赤になったりしている。
いや、間宮だけではない。
何名もの艦娘たちが、緊迫した表情でこちらを窺っていた。
大本営から来た青葉衣笠姉妹も、想定外の事態に困惑しているみたいだ。
間宮の顔が、熟成したトマトのようになっている。
不味いな。
大淀が戸惑いながら、彼女を促した。
はあはあ言いながら、彼女が近づく。
抱き締めた体はぶるぶる震えていた。
額に接吻。
一撃大破。
症状は鳳翔に同じ。
鼻血涎オイル漏れ。
不味いぞ、これは。
司会進行役をほっぽり投げ、大淀が青いドレスに早着替えして私の眼前に現れる。
いつものバールのようなモノではなく、なんだか立派そうな剣を腰にはいていた。
「私は剣に生き、剣に死す者。」
「なんだかいつもとノリが違いますね。」
「提督。」
「はい。」
「なにがあろうとも、私は提督の剣であり楯であります。」
鼻血がぽたぽた垂れ初めている。
理性で相当制御しているようだ。
「テイトク、ハヤクキスシロ!」
新たに司会進行役となったロシア艦の子が私を催促する。
彼女は手に持ったゼロを振り回している。
致し方あるまい。
おでこにチュー。
彼女も一撃大破。
急遽舞台の床掃除が行われ、艦娘やらそうでないモノやらと私がナニをする辺りには大量のバスマットが敷かれるのだった。
続く長門教官や戦艦棲姫も双方大層意気込んではいたのだが、両名も甲斐無くそれまでの面々同様一撃大破の憂き目に遭う。
鼻血涎オイル漏れ。
もうこれヤダなあ。
艦種は関係無いの?
駆逐艦の一撃轟沈なんてヤダよ。
様子を見に来た提督代理の妙高先生は、この惨事に呆然としていた。
加賀教官とひそひそ話をしていたが、一体なにを話していたのかな?
最前列に座る教官がなにやら問いたげな視線を私に向けるが、生憎と勘働きはよくないのだ。
彼女の隣にいるツインテール艦がその隣にいる姉艦みたいな存在になにやら耳打ちしているが、その姉めいたものは非常に困惑した視線を私に投げかけている。
言わなくてもわかるよね、ってことは全然ありもさん。
言われんとわからんけん。
この公開処刑的茶番を中止しよう。
私はこの試験会の中止を宣言した。
このまま継続すれば、ろくなことになるまい。
待機していた雲龍龍驤春日丸龍田足柄島風吹雪叢雲曙霞の一〇名はかなりの抵抗を示したが、一撃大破並びに轟沈などあってはならないことから頭を撫で撫でしてほっぺをぷにぷにして顎をつるりと撫でて抱っこしてどうにかこうにか全員を説得し納得させた。
どさくさ紛れに胸部へ我が手を誘導する子もいたが、お痛はあきまへんで。
その手は桑名の焼きハマグリよ。
さて。
終わりにしようか。
こんな状況になるだなんて、誰にも想像が付かなかったに違いない。
厭な意味で『最終兵器』扱いされるだなんて、真っ平御免こうむる。
これ以上はイヤだべ。
と思っていたその時。
「ここはあたしの出番ね!」
勢いよく椅子から立ち上がる艦娘。
ツインテールが揺れる、教導艦娘。
彼女は幸運艦として知られた教官。
実戦経験深く男性経験は皆無だ。
情報通の青葉がそう言っていた。
キミが何故ここで立ち上がるのか、私には全然理解出来ないよ。
両隣の艦娘と艦娘モドキが慌てて、彼女を説得しようと試みる。
「瑞鶴! 貴女、なにを言い出すの!」
「ズイカク、ヤメタホウガイイワヨ!」
「なーに、大丈夫、大丈夫ですって。」
心配する先輩艦娘と姉役のナニカにひらひら手を振って、 にやにや笑う彼女。
ホントに大丈夫か?
自信満々の五航戦。
「へっへーん、このあたしには提督さんの神通力だか飯綱(いづな)の力だかなんて、これっぽっちも効かないわよ! ズバリ! 提督さんに恋愛感情を持つ相手にだけ、おでこにチューは効力があるのよ! つまり、提督さんのことをなんとも思っていない相手には効かぬ道理! どうよ!」
「瑞鶴、悪いことは言わないからやめておきなさい。」
「ソウヨ、ズイカク。ソレハトテモアブナイコトヨ。」
「ふっふふーん、先輩もお姉も心配し過ぎなのよ。この瑞鶴にお任せあれ!」
彼女の披露するずいずいダンスが冴え渡った。
とおーっ、と彼女は舞台に飛び上がる。
いいのかなー。
一応、話しかけてみる。
「その、止めておいた方がいいと思いますよ。」
「おでこにチューでしょ。ノーカンノーカン。経験の内に入らないわ。そんなの気にせず、ちゃっちゃとやりましょ。」
「わかりました。では。」
抱き締めて、チュッ。
しんと静まった講堂。
世紀の一瞬……ではないな。
衣笠の構えた撮影機器が、静かに瑞鶴を映している。
震えだす瑞鶴。
「……あれ? やだ、なんで涙が出てくるのかな? あら? 鼻血が出て……あれ、なんだか変なキモチに……あれ、こんなの絶対おかしいよ! あ、あたしは……。」
ぽたりぽたりと透明な液体と紅い液体とが、何滴も何滴も床に敷かれたバスマットへ落下する。
オイル漏れも発生したらしく、彼女の袴にその痕跡を容赦なく発生させた。
彼女の頬がみるみる内に紅潮し茹で蛸状態化し、お目々ぐるぐるになって、結果、歴戦の正規空母は一撃大破した。
仮面の暗殺者ならば、「他愛なし。」とでも言うのだろうか。
絶対有り得ないと思われていた事態が現実化し、講堂は大混乱に陥る。
私は即時に閉会宣言し、他言無用と守秘義務を徹底させるべくすべての報道関係者を拘束させた。
記録用の媒体はすべて焼却処分だ。
報道関係者に対し、厳しい身体検査が行われる。
今回のコレは外部に知られたら滅茶苦茶不味い。
抗議されたが、緊急措置であることを理解して欲しい。
灯油缶に放り込まれたテープやらシリコンやらが、素早く燃やされる。
物理的証拠を一切残しておく訳にはいかない。
後程彼女たちを『説得』しなくてはならない。
こんなことがよそに知られたらどんな事態を引き起こすのか、想像するだにおとろしい。
この後、舞鶴の武蔵が立候補して他の大和型三名に止められたり、ケッコン経験艦が何名も自薦してきたりと、なんだか事態は混沌としてくるのだった。
舞鶴の武蔵があまりにも自薦するので、ぎゅっと抱き締め耳に息を吹きかけてみる。
彼女は程なく呆気なく失神した。
涎とオイル漏れを発生させつつ。
どうやら提督成分の瞬間的大量摂取が原因らしいが、じゃああんなことやこんなことをしてみたらどうなるのだろうか?
今回のコレは急性アルコール中毒に近いのか?
妙高先生と加賀教官に腕を掴まれ、おでこにチューを懇願されたが断った。
その日は戒厳令を発動させ、すべての関係者に沈黙を誓わせる。
気分はゴッドファーザーだ。
瑞鶴はその後、大本営のお偉いさんにメチャメチャ怒られた。
演習で無茶苦茶をしたという筋書きに基づいて、彼女はそう言ったのだ。
同じく演習に参加したことになった舞鶴の武蔵も、相当怒られたらしい。
私もついでとばかりに複数のお偉いさんからメチャメチャお説教された。
懲りない青葉が間接キッスはどうかというので、彼女を被験者としてみる。
ギラつく視線が交差する食堂の中。
私から渡された檸檬水を受け取り、ストローでちゅちゅっと飲み干す重巡洋艦。
「なーんだ、なんともありませ……あれ? 体がなんだか熱く……あれ? あれ?」
鼻血涙涎オイル漏れが発生した。
事前に敷いたバスマットがすべての液体を受け入れる。
その夜。
私に関する封印指定的ななにかが、幾つか制定された。