はこちん!   作:輪音

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男と女
くっついたり離れたりする恋愛
それは古今東西人々を悩ませる
最適解も適正解も存在はしない
試行錯誤が何度も繰り返されて
悲喜劇が何度も何度も幕開ける
素敵な大団円を迎えるべくして
ツクリモノの女たちは奔走する
男と共にあらんと四苦八苦する
男よ
ゆめゆめ忘れるなかれ
女たちの気持ちと愛を
女よ
ゆめゆめ忘れるなかれ
男たちの浮気心と夢を
愛は深く悲しくせつなく

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか






今回は、気づいたら叢雲乱舞になりました。

今話は五三〇〇文字程あります。



CCLⅩⅧ:渡島おもてなし隊

 

 

 

場末の酒場。

薄暗い照明。

男と女がぼそぼそと会話している。

男は黒く、女は白い。

イジメを行った奴らは犯罪者だとか、会社員になってもそれを続ける奴らは全員吊るせばいいとか、物騒なことを男は言い続けていた。

女は微笑みながら聞いている。

男は分厚い書類を女に渡した。

これが俺たちの復讐だと言いながら。

女は慈愛あふれるまなざしで男を見つめ、そしてやさしくバカねと言った。

紅い瞳を少し細めながら。

 

 

 

 

 

 

「あんた、私たちを枕にしたり、蒲団にしたりしなさいよ。」

 

函館鎮守府の名物となった中華粥定食(粥が絶品の上に内容は日替わりだ)の朝飯を食べていたら、目の前にいる本日の秘書艦殿がそうのたまった。

彼女の朝食も中華粥定食。

しかしまあ、ほんにまあ。

キミ、なにゆうとんねん。

 

「なにを朝から錯乱しておられるのですか、叢雲さん。」

「あんたも言うようになったわね。別に言葉通りよ。陽炎型駆逐艦のお腹を枕にした提督がいるって話を聞いたから、それもよさそうだと思ったの。」

 

唇を舌で湿しつつ、勝ち気な駆逐艦はにやりとして言った。

 

「そういうのって、男の浪漫なんでしょ?」

「違います。私には生憎と、そういった特殊性癖は御座いません。」

「別に隠さなくたっていいじゃない。」

「隠してなどいません。」

「あんたがどんなに特殊な性癖を持っていても、すべて受け止めてあげるわよ。あんたが望むなら、なんだってしてあげるし。」

 

ざわつく食堂。

ギラギラベギラマした幾つもの熱視線が、レーザー砲のように我が紙装甲を容易く貫いてゆく。

やめてください死んでしまいます。

 

「朝からなにをゆうとるですか。」

「気づいたのよ。」

「なにをですか?」

「あんたみたいに艦娘を尊重し過ぎて自己評価が低すぎて引っ込み思案で内気で女の子に積極的な態度を取れない男には、こちらが積極攻勢に出ないと進展なんて一切無いってね。童貞だとか、恋愛経験値がゼロハリバートンだとか、精力絶倫でないとか、夜戦の満足度がどうとかは、別に気にしないから。」

 

ガタリガタリ、と周囲の椅子から次々艦娘たちの立ち上がる音が聞こえてくる。

 

「ねえ?」

「はい?」

「やらないか?」

「えっ?」

 

あっと思う間もなく、丸められた白い布を口の中に突っ込まれた。

それはほの温かい。

えっ?

いつの間にキャストオフしたのか、なにも装備していない艦娘たちが一斉にこちらへルパンダイビングしてきて……アーッ!

 

 

……ゆ、夢か。

寝汗が酷いことになっていた。

背中がぐっちょぐちょだがや。

いやあ、危ないところだった。

寝相の悪い駆逐艦のあんよが口の中に入っていたので、すっと引き出す。

唾液がツーッと口とあんよの間で糸を引き、それは薄闇に一瞬光をきらめかせつつ呆気なくぷっつり切れた。

ちり紙であんよを丁寧に拭き拭きして、明け始めた空を窓越しに眺める。

枕元に置いてある、八雲町産カルシウム名水を水筒よりらっぱ飲みした。

眠気は失せたし、むくむくさんが起動している。

ぎんぎらぎん状態。

これでは阿寒湖だ。

ひとっ走りするか。

 

 

 

今日の朝食だが、李さんには悪いけれどもフレンチトースト定食を注文する。

えっ? という気配の厨房に、私は定番化したことを曲げない性格だと思われているのかもしれないと考えた。

頑固に見られているのかも知れない。

艦娘に手を出していないことが、そうした考えを助長しているやもしれぬ。

でも、簡単に艦娘へ手を出すなんて理解し難い考えだ。

部下に手を出すだなんて。

駆逐艦は幼いし、海防艦なんていろいろな意味で不味いだろう。

海防艦二名と三角関係になった提督もいるらしいが、何故そうなったのかまるでわからない。

…………人生、わからないことだらけだ。

朝食に集中しよう。

先ずは食べるべし。

素晴らしい品々だ。

フレンチトーストは鳳翔版と間宮版との二皿仕様で、ヨーグルトをかけたグラノーラと低温殺菌牛乳と李さんの野菜スープが付いてくる。

厨房から私を見つめている彼女たちは、どことなくうきうきわくわくそわそわしているように見えた。

李さんがなんとなくがっかりしているように見えるので、後で一言ゆうとこう。

 

「珍しいわね、あんたが朝食で中華粥を食べないなんて。」

 

目の前にいる本日の秘書艦殿がそうのたまった。

彼女の朝食は夢と同じ中華粥定食。

素早く手の甲をつねって現実かどうかを確認しておく。

よかった。

痛みは生きているゲンノショウコよ。

 

「ええまあ、たまにはこういうのもいいかと思いましてね。」

 

じっと彼女が私を見る。

数秒経って、まっ、いっかという顔になった。

時折、彼女はこうしたことをする。

中学二年生時の委員長を思い出す。

あの子も美少女だった。

やさしい目の娘だった。

ポプラ通りの小さな家。

そこが彼女の育った家。

彼女も既に大人の恋をして、私のことなど忘れてしまっただろう。

あの日のことは……いや、今更なにを言わんやだな。

思わずうつむく。

食堂がシンとしていたので顔を上げたら、ざわめきが戻ってきた。

多数の視線があったように思ったのだけれど、気のせいなのかな?

やさしい視線を、眼前の駆逐艦が私へと向けていた。

 

「……ふうん。まあ……いいわ。今日は『渡島(おしま)おもてなし隊』の出陣式がある日よ。わかっているわね?」

「ええ、わかっていますとも。」

 

唇を舌で湿しつつ、勝ち気な駆逐艦は憮然としながら言った。

 

「で、なんであんたが雑兵(ぞうひょう)役なのよ。」

「大変似合っているでしょう?」

「バカね。そんなことを言っているから、艦娘たちとさして相性もよくない癖に威張るおたんちんどもが吠えるのよ。謙虚を美徳だなんて思っているから、四大鎮守府の選良意識丸出しであんぽんたんな連中になめられるのよ。」

「は、はあ。」

「いい、あんたは私たちが認めた男なの。自らの価値を下げるような物言いや態度や振舞いなんてやめなさい。それは自らを貶(おとし)める、不恰好なことよ。」

「お、おそれいります。」

「あんたのことがきちっと理解出来る程の解析能力を持ってちゃんと接することの出来る人間なんて、ごく少数なの。そういった人はレアなの。遠くから石を投げて喜ぶダメ野郎どもに、愛しく大切なあんたを蹂躙(じゅうりん)されたくないの。」

「お気遣いいただきまして、ありがとうございます。」

「悪いのはすべて他人。自分自身に落ち度があるだなんて、省(かえり)みようとすらしない。そんな考えだから反省なんて出来ないし、ろくに心の成長も出来ない。世の中、小器用で自分自身すら騙せるろくでなしが地位も金も得られる仕組みなんだから。誠実で不器用な人間は損ばっかり。それにそうした自虐行為は、あんたを好きなおんなが厭がることなの。わかってちょうだい。」

「え、ええ、肝に銘じます。」

 

みんな目を丸くしている。

吾が輩もでーれー驚いた。

私の顎をつるっと撫でて、叢雲はふふふと笑った。

四大鎮守府の提督でも立派な人はいるんだけどな。

まあ、言わぬが華か。

 

「例えばの話だけどね。」

「はい。」

「今、私がこの指をあんたの口に突っ込んだらどうなるかしら?」

 

……は?

キミ、なにゆうとんねん。

さっきまでええ話しとったのに。

ぜーんぶ、ぶち壊しやん。

 

「どうなるんですかね?」

「試してみようかしら?」

「やめた方がいいと思いますよ。」

「一撃大破かしら? 一撃轟沈かしら?」

「嬉しそうに言わないでください。」

「あら、好きなおとこのために死ねるのはおんなの本望よ。」

「それでもダメです。」

「ケチね。」

「気に入った相手は、出来得る限り長く健やかであって欲しいんです。」

「あら、気に入ってくれているの?」

「当たり前じゃないですか。」

「ここにいる全員?」

「決まっているじゃないですか。」

「ふふっ、ならいいわ。」

 

……あれ?

失言したか?

常々冷静沈着と見える駆逐艦に抱きつかれる。

その後、様々な艦種の娘たちに抱きつかれた。

餡ことか違うモノが出そうになる。

ニントモカントモで御座るナリヨ。

 

 

 

大和級艦娘四名が、ようやくそれぞれの鎮守府へ帰ってくれた。

待遇面での不満を訴え続けていた彼女たちの要求が、やっと受け入れられたからである。

私にしがみついていた舞鶴武蔵は、他の大和級艦娘三名並びに長門戦艦棲姫ネヴァダローマ航空戦艦加賀ヨークタウンショウカク瑞鶴キエフ清霜らの尽力によって帰投を渋々受け入れた。

制服が一着ダメになったので、舞鶴へ請求書を出しておく。

破棄しようとしたら、欲しいと言われたのでタダで与えた。

 

 

 

北海道の旧国名は渡島国という。

蝦夷地(えぞち)はやたらと有名だが、渡島国の名は函館に来てから知った。

人生、知らないことだらけだな。

北海道の観光強化策として、今秋から『渡島おもてなし隊』が打ち出される。

どこぞのうつけ者的な観光誘致策みたいだが、北海道では艦娘たちが積極的に協力すると決められた。

東京辺りが文句を言っているらしいけれども、知らんがな。

ちなみにお隣の青森では『南部』と『津軽』とで大論争が日々繰り広げられていたけれども、結局『青森おもてなし隊』に落ち着いた。

無難な線でまとめた模様。

こちらは大湊(おおみなと)が全面的に協力することになっている。

青森県は広島県同様早くから艦娘を広く深く受け入れている地域なので、一旦動き始めたら大丈夫だろう。

『呉越同舟』が合言葉になったとか。

根の深い対立は他国を利する要因だ。

『漁夫の利』をさせてはならぬのだ。

都会の介入は極力避けるべきだろう。

商社とかは滅茶苦茶なことをするし。

インチキな人間はどこにでもいるし。

そうした人間は己の過ちに気づかぬ。

過ちなき人間など存在せぬというに。

あなおそろしきかな。

 

 

 

 

函館駅前の広場で、『渡島おもてなし隊』の出陣式が行われる。

気分は常に初陣で御座るナリ。

雑兵役の私も火縄銃を構えた。

鈴鳴りの人々が撮影を始める。

パチパチパチパチパチパチと。

土方歳三役は、役者の卵でせいたかのっぽなイケメンが担当している。

まさに、ザ・爽やか!

ちょっと違うような……でも今時はあんな風な若者がいいのかな。

死に場所を得た彼は、今も北の国の有名人。

箱館戦争といえば土方、土方といえば箱館。

箱館戦争には他にもいろいろな人物が関わっているのだけれども、知名度では断然彼が上だ。

北海道を舞台にした明治ハイカラバイオレンスチチタプ活劇的漫画でも、老齢版の土方が出演している程である。

石川啄木役は愛嬌たっぷりな雰囲気の男性。

彼も役者の卵だとか。またもやイケメンだ。

アイヌ姿の男女も数名いる。いすれも美形。

屯田兵までいた。

ごたまぜだがね。

リアルなヒグマの着ぐるみまでいる。

よく出来ているなあと感服する程だ。

役者やモデルの卵及びアイドルっぽい子やらの美形が主演陣で、癖のある感じの人らが雑兵役ってとこか。

私は出陣式限定のエキストラとして出演を承諾した。

どこに需要があるのかちっともわからないけれども、それなりに頑張ろうか。

 

何故か、女子中学生や小学生らしき女の子たちに囲まれる。

ABCD包囲網ナリヨ。

どうやら、少女雑誌に掲載された写真の影響らしい。

なめていた。これ程までとは思いもよらなかったな。

土方や啄木といった美形の周りには男女問わぬ年期の入った愛好家たちが集(つど)い、ぴかぴかの高級写真機などで重厚に記念撮影をしている。

昭和だ。

昭和があそこにあるぞい。

私の周りでは若すぎる女の子たちがなにやらおじさんにわからぬ謎めく片仮名言葉を用いながら、携帯端末などでお手軽にパチパチ撮影している。

新世紀がここにこそある。

 

 

ようやく出陣式その壱が終了した。

これから五稜郭へ移動し、そこでもまた式の続きを行う。

そこだとこんなことはもう起こらないだろう。

気軽におじさんと腕を組んだり抱きついてくる女の子たちに戸惑いながら、これが若さかと感じ入った。

たぶん、これは少女特有の気紛れ蜜柑街道だ。

握手したり、抱っこやおんぶしたりと大忙し。

これこれ、胸を押し当ててくるのはやめなさい。

君たちはなんともかんとも悪戯好きなようだね。

あれ?

あんこちゃんに似た子たちもいたような気が……髪型が違うし、雰囲気もちゃうから別人だろ。たぶん。

あんなにぐいぐい来る子はいないし、違う子だと思う。

第七(だいしち)師団仕様の屯田兵の男性がこちらをちらちら見ていたけれども、どうしようもない。

男前なのだが、彼の周りは今一つ集まりが悪い。

がっしりした体型で、でも少し気が弱そうで受けか攻めかと聞かれたら受けと言いそうな風に見える。

彼の本領は旭川だろう。

私は本日限定のモブだ。

気にしないでくれ給え。

これが終わったら休みを貰い、道南いさりび鉄道に乗ろうかな。

渡島当別駅からてくてく歩いてトラピスト修道院まで行き、駐車場そばの売店で素晴らしきソフトクリームを堪能するのだ。

あれにはあそこまで行く価値がある。

あれこそが特別なソフトクリームだ。

そうしよう、それがいい。

ふっと空を見上げる。

空は果てしなく青い。

ふと地上に目を戻すと出陣式限定出演の決戦仕様瑞鶴がこちらを見ていて、私の視線を受けて彼女はにんまり笑った。

 

 


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