はこちん!   作:輪音

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両の目を閉じたなら
あの懐かしい日々を
思い出す
希望と共に思い描いた未来像は
一瞬で大きく変貌することがある
心の準備が出来ていようとも
いなくとも
それは
誰にでも起こり得ることだ
今度は覚悟が出来ている
私には類稀なる教訓があるからだ



書いている内にドイツと駄洒落まみれになりました。
ご寛容の程、宜しくお願い致します。
今回は三七〇〇文字程です。


CCLⅩⅩⅠ:愛を込めて、あなたたちの敵より

 

 

 

第二次世界大戦当時、東京ローズという女性放送員群が存在した。

彼女たちは連合国側への謀略放送を担い、その魅惑的且つ流暢な美声で敵国兵士たちをメロメロにした。

謎に満ちた彼女たちは複数の秘密を宿したまま、今も歴史の狭間で微笑み続けている。

 

 

 

『東京シュティーフミュッターヒェン』なる放送員群が結成されたのは、つい先日のことだ。

それは大本営主導の『三色すみれ作戦』の一環であり、シュティーフミュッターヒェンとは三色すみれのドイツ語訳に当たる。

 

函館鎮守府では提督並びに初雪望月の番組を放送するための施設が建設され(近場の公共放送を自称する放送局に大きな貸しを作ることは大本営にとって望ましくないこととされた。また、機密保持の観点からも民間施設の利用は好ましくないとされた)、そこを利用して深海棲艦の戦意低下番組を放送するのだ。

 

そのラジオ番組の名は『ヌル・アワー』。

深夜零時から放送される毒の花。

 

その放送は深海棲艦たちを釘付けにし得るだろうか。

発信源は北海道函館市にある函館鎮守府。

某紅茶戦艦の四女が熱烈に所属を希望したけれども、それは敢えなく却下されたという噂まである。

『ウスケシ放送局』と名付けられた鎮守府放送部門では、現在三つのラジオ番組が放送されている。

番組は以下の通り。

提督が放送員を務め、適当なお喋りが行われるも女性聴取者たちから圧倒的支持を受けており、時には怪談も聴ける『クロスマカニトテン』。

初雪と望月と特別出演者の軽妙な会話と独特の雰囲気が好評の『ハッチーモッチーステーション』。

音楽と報道番組と軽快毒舌なお喋りを含む

対深海棲艦番組の『ヌル・アワー』。

 

 

 

ある晴れた、風の冷たい日。

秋の深まり始めたそんな日。

『三色すみれ作戦』という可愛らしい名前の調略の発動について協議すべく、大本営からお偉いさんが来ることになった。

気分は蜀の簡雍(かんよう)である。

 

その上官殿は私に目をかけてくれている稀少な人物であり、以前は内閣情報調査室に勤務していたらしい。

見た目は普通のにこにこおじさんなのだけれども。

彼の祖父は陸軍中野学校で鍛えられたそうだし、ご先祖の中にはかの柳生但馬守宗矩に師事していた人さえいるという。

上官自身、稀少な柳生宗矩直伝系の新陰流を使うのだ。

武芸全般をそつなくこなし、語学に堪能。

世界の各地を飛び回っていたのだそうな。

つまり、我が上官殿はリアルな〇〇七号?

目の前で間宮羊羹と月餅とパウンドケーキをぺろりと平らける姿は、どうにもこうにもそんな姿を想像しにくい。

或いは、この姿さえもが擬態なのかも知れない。

 

「いやあ、函館へ来る前は舞鶴へ出張に行っていたのでね。ついつい寝台特急の『日本海』に乗りたくなってさ。新潟山形秋田を経由して、青森まで向かったのだよ。上野発の夜行列車も風情がありそうだったけれども、こちらにしてみたんだ。」

「そう言えば、復活しているのですね。」

「ああ、我々は京都駅から乗り込んだんだ。車内販売があったから、すこぶるよかった。京都駅舎内の弁当屋が、丁度全部売り切れだったからね。思わず翌朝の駅弁を五名分頼んだよ。」

「どこの駅弁でした?」

「秋田の牛めしだったよ。」

「それはおいしそうです。」

「ああ、あれはなかなかよかったね。」

 

お昼前の食堂。

軽くお茶を飲みながら、上官殿と私は雑談する。

今回の彼の護衛は全員艦娘で、軽空母の神鷹(しんよう)並びに駆逐艦の浦波と岸波の運用試験も兼ねているそうな。

彼女たちに新規建造された大淀を加えて計四名の艦娘。

彼女たちは私に向かって挨拶してくれた。

 

「あの、せ、先週建造されたばかりの大淀です。ふつつかものではございますが、何卒宜しくお引き回しの程お願い申し上げます。」

 

初々しいなあ。

痛い痛い止めてけれ大淀。

 

「元ドイツ製貨客船のシャルンホ……もとい、軽空母の神鷹です。ドイツ料理と神戸流洋食には自信があります。ちなみにこの熊の縫いぐるみはシャルンホルストという名前です。」

 

ふうん。

痛い痛い止めてけれ春日丸。

 

「特型駆逐艦の浦波です。どうぞ宜しくお願い致します。このカメラはバランといいます。」

 

ほう。

痛い痛い止めてけれ吹雪。

 

「夕雲型駆逐艦の岸波です。貴方が提督? まあ、いいけど。この万年筆の名は朝ちゃんです。」

 

あの跳ねている毛はどうなっているのだろう?

痛い痛い止めてけれ曙。

 

……なんとも個性派揃いだな。

大淀は普通っぽい。

何故みんなぎらぎらした視線を私に向けるのだね?

 

うちの大淀が大本営の大淀に剣術を教え始めたので、止めなさいと言った。

女騎士強化計画、ってなんじゃらほい?

すると、上官殿はにこやかに言った。

 

「大丈夫だよ。彼女には新陰流の基礎を教えてあるから。」

「えっ? そうなのですか?」

「ここに来ている、あの三名にも教えている最中なんだ。」

 

そう言って、上司殿は自由行動を許可された艦娘たちへ慈愛の表情を向けた。

浦波は古そうなフィルム式写真機でパチパチあちこち撮影しているし、神鷹は厨房に入って李さん鳳翔間宮春日丸といった面々となにやら熱く語っている。

岸波は曙に『ぼの先輩』と話しかけ、「あんのエロ漣(さざなみ)がーっ!」と怒りを露(あらわ)にされながらものほほんとして見える。

けっこうフリーダムだな、この子たちは。

あ、大淀が大淀を連れて道場へ向かった。

どうじよう。

 

 

昼食はそのまま食堂で摂ることに相成った。

我が上官殿は庶民派故に。

本日はドイツ料理中心だ。

ザワークラウト。

羊や豚や牛などの腸詰め。

李さん特製火腿(かたい)。

これは中華式ハムのことだ。

酸味の強いパンを中心にした焼きたて。

ドイツ人は焼きたてのパンが大好きだ。

きのこのスープ。

南瓜のスープ。

きのこのオムレツ。

豚ヒレ肉ときのこのクリーム煮。

豚バラ肉とキャベツの煮込み。

玉ねぎとマカロニとチーズのオーブン焼き。

ドイツ流カツレツのシュニッツェル。

スズキのバター焼き。

 

巴旦杏(ケルシー)のケーキ。

これはスモモを使ったケーキ。

玉ねぎのケーキはドイツの秋の風物詩。

甘くないので、辛党にも対応可能な品。

洋梨のちっちゃめのパンケーキ。

焼くことで甘みも向上している。

 

 

昼食後、小会議室で『三色すみれ作戦』についての打ち合わせを行う。

『ヌル・アワー』の放送員を誰にするかで侃々諤々(かんかんがくがく)する。

声に色気と艶があって尚且つ知性的に聴こえるのが基本条件にはなったものの、誰に担当してもらうかで困ってしまう。

上官殿は二階堂有希子さんとか増山江威子さんとかを推し、私は田中敦子さんや大原さやかさんを推した。

……なんか違う。

少しばかり過熱した後、蕎麦茶で脳味噌を冷却する。

上官殿が口を開く。

 

「姉妹のいない数名の霧島が立候補しているね。」

「最前線の子ばかりじゃないんですか?」

「まさにその通りだ。」

「それは駄目ですね。」

「そうだなあ。じゃあ、元艦娘たちを鍛えるか。」

「適性のありそうな子にやってもらうとしましょう。」

 

諜報、防諜の話も行う。

函館市内に間諜が来たら、浣腸の刑……うむ、駄洒落を言っている場合ではないな。

近隣の北斗市や七飯町も人口が増えつつあるそうだし、そうした人々に紛れて練達の『草』がやって来るのだろう。

いや。

既にかなり侵入してきているのかも知れない。

用心、用心。

私はそれなりの要人らしいし。

 

 

 

 

深夜零時。

今宵もあの声が聴こえる。

昨日から今日にかけては贅沢な時間だ。

あの男の放送に加え、情報番組も聴けるのだから。

傾聴に値する番組が聴けるのはとてもありがたい。

我々の数少ない娯楽と言えよう。

 

「深海棲艦の皆さん、今晩は。ヌル・アワーの時間です。暗い海の中で過ごしている皆さんへ、今夜も素敵な北海道の話と日本各地の話をしますね。投降の際は、函館鎮守府までどうぞ。では今宵もお聴きください。先ずは一曲目、李紅蘭の『東京的休日』です。」

 

夜は毒の花咲く素晴らしき時間。

艶のある声が夜開く。

古い記憶が闇の淵からそろりそろりと顔を覗かせる。

ふむ、日本攻略が完遂した暁には、この東京シュティーフミュッターヒェンの面々に会いたいものだ。

 

「姫級、鬼級の深海棲艦の皆さん、気を付けてください。この世界であなたたちが強者だと思っているようですけど、日本のすぐれた科学者群があなたたちに打ち勝つ秘密兵器を続々と開発しています。世界一優秀な日本製の武器を。」

 

「西方前線泊地に所属する深海棲艦の皆さん、地獄へようこそ。あなたたちの期待している増援なんて来ないわ。お仲間さんたちの船はみんな海の藻屑になってしまったの。可哀想に、あなたたちは完全に孤立して、波間に漂う椰子の実になっちゃったのよ。」

 

「可哀想なお嬢さんたち。あなたたちが狐の穴よりも居心地の悪いねぐらで眠っている間に、あなたたちの大切な資源や資材は焼き尽くされて灰になってしまっているのよ。」

 

ほほう、なかなか言うじゃないか。

こういうのも悪くない。

懐かしい曲が流れてきた。

ふと口ずさむ。

明日は強襲作戦の予定だ。

高速戦艦主体の機動作戦。

小賢しい泊地に打撃を与えてやる。

これを聴き終えたら寝るとしよう。

そう思った時。

曲が終わり、女の声が響き始める。

 

「明日行われる高速戦艦主体の強襲作戦はきっと失敗するわ。だから、そんな作戦に意味は無いのよ。」

 

 


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