【我々は愛と好意にはたやすく丸め込まれる。おそらくはあまりにたやすく。しかし、脅しによって丸め込まれることは絶対に無い。】
(オットー・フォン・ビスマルク)
今回は三五〇〇文字少々あります。
【危険であることを忘れないうちは安全である】
(競技用紙雷管の注意書より)
「テイトクー、ゴハンタベニキタヨー!」
にこやかに笑う、美しき異形。
彼女の背後に複数の仲魔たち。
気分は女神転生か魔界転生か。
場所は函館鎮守府食堂の厨房。
時間帯は深夜を回ったくらい。
つまり夜戦ならぬ夜食の時間。
わくわくそわそわするは異形。
仕方ありませんねえ、とばかりに提督は鍋に水を入れて沸かし始め、讃岐うどんの乾麺をどさどさ用意し出す。
手早く茄子を斬り刻んで塩水に浸けてあく抜きし、その間にお汁(つゆ)を作り始める。
魚のアゴを使った天然素材系出汁の素と醤油味醂ザラメで、簡単系お汁の出来上がり也。
長葱を刻んで茄子を炒め、乾麺を茹でて丼に入れ、お汁を注いで具材を載せたら完成だ。
彼女たちが来る前に仕込んでいたキャベツと胡瓜の浅漬けも添えて、さあ、召し上がれ。
七味や一味や新潟名物たる唐辛子の発酵辛味調味料『かんずり』なども、卓上に載せる。
『提督の夜食』と呼ばれる、まかないにも似た簡単料理。
小さな幸せを噛み締めつつ、彼女たちは食事を堪能した。
福岡県北九州市八幡東区にあった遊園地。
その名はスペースワールド。
そこに飾られていた実物大模型のスペースシャトルが欲しいのだと、地球人の中年日本人仕様なメトロン星人が言った。
解体するのは勿体ないとのことらしい。
彼は私を口説き落とそうと考えている。
気配がそうしたものに満たされていた。
「函館鎮守府前にそれを陳列する訳にはいかないよ。」
「そこをなんとか頼みたい。君と私の仲じゃないか。」
「どうしてそんなに欲しがるんだい?」
「君たちだって、縄文式土器や弥生式土器が出土したら喜ぶだろう。或いは、ヒッタイトやらシュメールやらの痕跡を示す品が出土した場合でもいい。」
「それはまあ、喜ぶだろうね。」
「我々地球外生命体にとっても、ああした原初的且つ粗削りな宇宙船を見ると胸がときめくのだよ。」
「そういうものかな。」
「縄文時代の船を見たら、君たちだって感心するだろう? それに君自身が縄文式ドングリクッキーを焼くじゃないか。」
「そうだね。」
「だから、実物大のスペースシャトルを買おう。」
「そんな、物置を買うみたいに。」
「金ならある。問題ない。」
「悪さをした結果で得た金じゃ……ないよね?」
「まさか。以前デイトレーダーで稼いだ分さ。」
「そんなこともしていたのか。」
「昔は黒ダイヤとか赤ダイヤをよく利用したんだけどね。メタンフェタミンもよく売れたし、人工甘味料で合成甘味料のチクロにズルチンやサッカリンもよく売れたなあ。」
「チクロ、ねえ。」
「チクロは旨みを感じる成分があるという説があってね、砂糖よりもおいしいと断言する人さえいる程だ。キミは製菓業界に於ける製品の八割が砂糖なのは知っているかい? ズルチンは口内に後味が残るのだけどね、チクロは後味がさっぱりするんだ。そのチクロが昭和四四年に使用禁止とされた時、そりゃあもう酷い騒ぎになってね。缶詰製造会社が幾つも倒産したんだけれども、こっそり販売する会社もあったんだ。サイクラミン酸ナトリウム表記にしたりしてね。つまり、羊頭狗肉は永遠に無くならないのさ。人が人である限りはね。」
「人の敵は人、みたいですね。」
「今の地球人の科学では、合成甘味料が人間の代謝機能にどう影響を与えるのか、実は明確に分かっている訳でもない。そのことに留意したまえ。」
「摂取しない方がいいんでしょうね。」
「それは経済的な問題を取るか、従来品を重視するかで変わるのではないかね? 合成甘味料をどう位置付けるかで考え方も変わるだろうし。」
「ううん。合成甘味料の薬っぽさが苦手なんですよ。」
「世の中にはそうしたモノを感じる人間とそうでない人間とが存在する。また、感じるから厭だとする人間ばかりではない。そこに合成甘味料の入り込む隙間がある。」
「成程。」
「で、ズルチン同様に発ガン性があるとされて使用禁止になったチクロなんだけどね、そんなことは無いという結果が出て、欧州や隣の国……ああ、あそこは現在三國志状態だが、まあいい。おそらくは食品業界も滅茶苦茶になっているだろうがね。それらの国々ではチクロが今も普通に使われている。皮肉なもんさ。日本に於いては凋落の一途を辿って、復活することすら出来ないというのにね。」
「あ、ああ。まあ、その、難しい問題だね。……そう言えば、福岡県に黒ダイヤというお菓子があるよ。」
「ほう。一度食べてみたいものだね。」
この頃、蒸発する人や行方不明になる人が増えているという。
職業は公務員やら会社員やら自営業やらと多岐に渡っている。
メトロンに聞いてみたら、私はやっていないとの証言を得た。
社会的に成功している人や、友人知人の多い人が殆どらしい。
なにかしら共通項があるとしたら、学生時代になにかやらかしていたようだがよくわからない。
学校側が隠蔽していたり、状況を把握していなかったり。
教員で行方不明になった人物もいるとか。
ある日、ドロンと消え去ってしまうとか。
海沿いの街に限らず、街中でも発生する。
おそろしい話があるものだ。
事務局の田中さんと愉快な仲魔たちが、血まみれで夜更けの執務室にやって来た。
清浄魔法によって直にいろいろなにおいが消え去ったものの、激戦だったようだ。
彼は現職の魔王であり、異世界で防衛戦やらなにやらを行って暴れてきたらしい。
彼らの背後には貴族令嬢やら村娘みたいな女性が複数いて、彼女たちに対して田中さんは私のことをこの港町の方面軍司令だと説明した。
おずおずと頭を下げる彼女たち。
視線がもう狙っている感じを受けるのだけど、気のせいだろう、たぶん。
彼女たちは追放されたり婚約破棄されたり牢獄に入れられたり処刑寸前だったり略奪の末に暴力を振るわれそうだったのだと、魔王は語った。
彼女たちは全員肉体を地球仕様化されており、料理技能も与えられて、地球の言語を八ヵ国語理解し会話し筆記することが可能となっている。
勿論、日本語にも対応だ。
うむ、大盤振る舞いだな。
彼女たちは厨房勤めを基本とし、『異世界おもてなし隊』として異世界カフェを展開する予定にしているとか。
メトロンも協力体勢にあり、パスポートやマイナンバーカードや住民票も既に用意していた。
写真はあのエロいエロい写真家の火野山鬼神が担当したそうな。
……彼女たち、大丈夫だったのかな?
意気揚々と説明するおっさんメトロン。
世帯主が私で、彼女たちは同居人?
おう、後でじっくり話し合おうか。
ねえ、お二人さん?
魔王とメトロンの顔が引きつっていたように見えるが、それも気のせいだろう。
『提督の私室見ちゃいますマル秘作戦』とやらで、さほど広くない我が城は代わる代わる入室と退室を繰り返す人間の少女たちに満たされていた。
小豆色のジャージ娘たちがはあはあ言いつつ、あれこれ見ている。
三名が毎晩むにゃむにゃしてもなんともない、頑健で大きな寝具。
衣類を収納した家具。
典籍を詰め込んだ本棚。
SF小説推理小説ファンタジー小説歴史小説時代小説百科事典辞書各種資料。
カセットテープとCDとMDに対応した音楽鑑賞用音響装置。
八〇年代九〇年代の名曲を収めた楽盤群。
ちなみに呉第六の先輩はアナログレコードを沢山持っていて、真空管に一家言(いっかげん)ある。今の時代、稀少な音源にもなっているという。
手洗い場と風呂場の一体型空間。
机と椅子。
スイス製のアナログ式壁掛け時計。
実用性を重視した照明器具。
小型冷蔵庫。
ごく大雑把に言うと、ビジネスホテルの一室みたいな感じだ。
出張から帰って来ると、不定期に改装されていることがある。
設計図は自前で引けちゃうし、ネジや勲章は要らないらしい。
現在、改三甲だとか。
防御力が極めて高いとは、複数の明石や夕張や北上らの弁だ。
見学する娘たちの頬は紅潮し、きゃあきゃあと高ぶっている。
おじさんにはついていけないよ。
これは、一種の侵略行為なのではなかろうか?
これこれ、おじさんに抱きついたりしがみついたりしてはいけないよ。
どうも、その辺りの線引きが上手くいかない。
エッチな本は無いんですか? と聞かれたが、そんなものは有りません。
覆いを使っての偽装なんてやっていませんし、本をくりぬいたりもしていません。
隠し部屋も戸棚もありませんよ。
江戸川乱歩じゃあるまいし。
これこれ、寝具の下や中にそのようなものが置かれてなんていませんよ。
何故不服そうな顔をしているのだろう?
解せぬ。
その翌日。
講堂で『提督接触禁止令』を発布しようとしたら驚く程の批難にさらされてしまい、撤回せざるを得なかった。
異世界の娘たちもそれに同調していた。
ほんと、もうどうちよう。
年頃の娘たちの扱いは難しい。