はこちん!   作:輪音

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【人は平和というくびきから自由であらねばならない】
(佐藤大輔)


今回は三五〇〇文字程あります。




CCLⅩⅩⅢ:フロイライン・ウント・ランツェンレイター~勝利なき名誉

 

 

 

【自分の正しさを確信するなど、まさに狂気以外のなにものでもない。僕は良く知っている。たまに、僕は正しいと思うことがあるからね。だからこそ自分自身が信用出来ない。】

(新城直衛)

 

 

 

 

北関東のとある港町には、『おんな騎兵道(きへいみち)』と呼ばれし騎兵科を学ばせる女子高が存在する。

騎兵科に所属する女学生たちは『ランツェンレイター』と呼ばれ、将来的には皇室騎兵隊や陸上自衛隊所属の典礼騎兵隊や騎馬警官や乗合馬車の馭者や活劇女優や馬牧場のお姉さんなどになるべく、日々研鑽を積んでいる。

騎兵道は基本的に連携力を競い合う競技で、戦術理論や実際の用兵などを通常の学問と共に学ぶことが要求される。

その町の名物は以下の三つ。

蜜団子。

鮟鱇。

馬刺し。

その町の特産物で品質がよいとされるもの三つ。

馬油。

馬革。

馬具。

沿岸の地方都市では、今日も騎兵を目指す少女たちの声が高らかに聞こえてくる。

 

 

 

 

軍令部……もとい大本営から、北関東沿岸部に存在する小型鎮守府や警備府への『指導』を行いつつ、ある女学校の騎兵科に所属する少女たちと艦娘の模擬戦を行うようにとの通達が届いた。

人間と人間でない存在を闘わせることに論理的理由が見出だせないけれども、そんな理屈は賢い賢いお偉いさんたちに届かない。

彼らの耳は驢馬の耳。

戦後七〇年以上を経ていながら、未だ我々はあのむごたらしい結果から殆ど学ぶことが出来ていない。

 

艦娘が一名か二名いるのが基本仕様な民家改造型基地を訪れるのはある意味家庭訪問に似ていて、気分は熱中時代である。

昭和の残像めいた引き戸をくぐると、きちんと並べられた男物の靴と女物の靴。

玄関からは二階へ続く階段と台所へ向かう廊下が見えて、大抵すぐにこじんまりとした応接間へ通される。

こちらが大所帯で訪れると向こうも負担大となるので、大淀とだけ訪問するのが常日頃のやり方だ。

帳簿を見せてもらい、『提督』との何気ない会話を行い、庭や物置小屋を含む『おうち』を見せてもらう。

生活感に満ち溢れた台所。

執務室という名の元書斎。

艦娘たちが普段寝起きする、二階の元子供部屋。

仲睦まじい親子のような関係の基地も存在する。

中には提督の免状を持たない民間人もいるのだけれども、そこら辺は日本人お得意の先送り的なあなあで済ませておく。

石部金吉的判断がすべて正しいとは限らない故。

また、彼らは部下たちによって自分自身が提督だと思い込まされているのであって、彼ら自身に罪はない。

そういった民家では大体提督と艦娘や艦娘めいたナニカが一緒に寝起きしており、激しき夜を過ごした痕跡さえ見えてしまうことすらある。

見て見ないふりをするのが賢明だろう、こうした場合は。

最近マンネリ化してきてといった相談には答えられないのに、時折真顔で打ち明けられる。

ええい、童貞に訊くでないわ。

官能小説でも参考にされたらどうかと示唆しているが、勘弁して欲しいわい。

 

短期現役提督の中でも比較的ましと思える人間が基本的に小型基地へ配属されているけれども、たまに既に限界を迎えていたり行方不明になっていたりする。

目に光が無かったり虚ろな表情をしている場合は要注意だ。

艦娘や艦娘めいたナニカが必死にしがみついている場合は、更に要注意だ。

仮に彼らが行方不明になったとしてもすぐ次の提督が着任するとは限らないし、基本業務は艦娘一名でも回せるようにしてあるからわざわざ報告までもないとする横着者な艦娘も稀にいるので油断出来ない。

老練な艦娘からすると彼らの一部は、『何年か経てば大手を振って退役し、呑み屋や小料理屋などで艦娘とののろけ話を自慢気に語る生活』を目指しているように見えているのではなかろうか。

だが、そうした覚悟不完了で『すらんこ』な提督は大抵が途中でおかしくなったり蒸発したりすることもしばしばあるから、補充のことも視野に置きながら上手にやりくりしなくてはならない。

 

 

 

 

和洋折衷的な、職人技が光る校舎へ到着する。

生徒たちは折り目正しく、校風がしのばれる。

案内係の快活な雰囲気の少女は上官を敬愛しているみたいで、信頼している様子が言葉の端々から感じられた。

 

騎兵隊隊長は二〇代後半の背高な女性で、相当出来る雰囲気を漂わせていた。

彼女は練達のおんな騎兵道の教官であり、空挺部隊出身の猛者でもあるのだ。

会談とも言えぬ話し合いはすぐに終わり、腹の探り合いめいた会話を行った。

騎兵隊隊長がにやりと笑う。

習志野出身の彼女は言った。

彼女の背後には揺らめく陰。

 

「マスメディアの連中で、不思議な人々が存在します。」

「不思議な人々、ですか?」

「自身の『正義』を疑う判断力すら存在しない、何故ああもチンピラやゴロツキめいた小悪党が多いのでしょうか?」

「はい?」

「自分たちで勝手に我々のことをなんとか女子だのなんとかガールだのと騒いでおいて、その対象たる女性たちが自分たちの思惑通りにならないとなると愚鈍な無知蒙昧の如くに荒れ狂う度しがたき連中をなんと表現すべきか判りますか?」

「ええと、まあ、情報をきちんと取り扱えない人々が少なからず存在するのは確かですね。」

「ダイオウグソクムシというんですよ。」

 

くくく。

喉を鳴らす音が聞こえた。

彼女は口元を奇妙な形にねじ曲げている。

陰が形を変えた。

笑っているのだ。

鮫の如く獰猛に。

現代では時代錯誤なる兵科たる騎兵などという骨董品に属しているだけあって、彼女は我々がとうに忘却してしまったなにかを生物学的に所有しているのかも知れない。

のらりくらりと彼女の矛先をかわしつつ、対戦時間までしばし別れることと相成った。

 

 

 

あれはなかなかの喰わせ者だ。

昼行灯(あんどん)なものか。

提督をそう評価する歴戦騎兵。

歳経た廊下をずんずん歩いてゆく。

戦中戦後をくぐり抜けた木造校舎。

伝統的な建築物と言えば聞こえはいいが、所々劣化が見え隠れしている。

老朽化が進む故に予算が必要不可欠。

なんとかしなくてはならない状況だ。

背後からの声に彼女は振り向いた。

騎兵隊隊長に話しかける少女。

案内係を任せた知略溢れる娘。

美穂か。

やさしく微笑みかけるは隊長。

対照的に緊迫した顔つきの娘。

思い詰めたかのような表情で。

それは覚悟を決めた女の顔だ。

 

「私は突撃が好きです! 毎日突撃したい程です!」

「そうか。頼りにしているぞ。」

「ありがとうございます!」

 

娘は頬を真っ赤に染め上げる。

嗚呼、到頭、言ってしまった。

自分は騎兵に憧れる唯の娘で、凛々しい隊長についてゆくしか無いのに。

気分が高揚している。

皆にご武運あれかし。

 

 

 

優秀な生徒と別れた後、私はひび割れた天井を見上げる。

それはまた長くなっていた。

思わず、ため息が出てくる。

…………。

少し思考を方向転換しよう。

いいことばかりは無いが、悪いことばかりでもない。

そうとも。

騎兵道に憧れるような娘は、こちらが募集をかけるまでも無い。

そういった少女ならば、自主的に必ず連絡してくるものだから。

突撃の号令が聞こえてくる。

甲高い、気迫に満ちた声だ。

やがて、馬の駆ける音が響いてきた。

そう。

それでいい。

流鏑馬(やぶさめ)の日程も近づいている。

今年こそは、雪辱を果たさねばならない。

予算をなんとしてももぎ取らねばならぬ。

見ていろよ、ダイオウグソクムシどもめ。

 

 

 

艦娘たちとの模擬戦の時間がやっと来た。

戦場は平原。

馬の鍛錬場。

関東草千里。

騎馬隊の威力を最大限に発揮し得る場所。

東京の廃校となった小学校から譲られた帆布製天幕が、陣幕のようにも見える。

かつては四〇〇〇万を超えた人口の関東圏も、今では大幅に減っていた。

一旦失われたら、なかなか取り戻せない。

なのに、あの老人どもからは危機感がさほど感じ取れなかった。

葡萄酒の搾り残しならばグラッパやマールを醸し出せるが、あいつらはそれ以下だ。

中身の無い雑談が此処にまで聞こえてきそうだ。

俗物どもめ。

今すぐ蹴散らしてやりたいものだが、反逆罪になってはこちらも困る。

気分を変えよう。

さあ、これから戦争だ。

楽しい楽しいいくさだ。

騎兵隊副隊長以下、我が女子高の精鋭たちが微笑みながらシグルイの時間を待っている。

対するは函館鎮守府の駆逐隊。

精強を持って鳴る生体兵器群。

 

「アハトゥング! 総員、傾聴せよ!」

 

騎兵服のよく似合う副隊長の号令。

彼女の眼鏡が陽光に反射した。

私は気合いを入れて、声を張り上げる。

 

「我が勇敢なるランツェンレイターたちよ! 我らを喰らわんと、今あちらに百戦錬磨の戦鬼たちが待ち受けている! だが! おそれることは無い! お前たちは一騎当千! 私の誇り! 各位、我らは来たり! そして見たり! 誓って勝ち、そしてまた共に学ばん! 総員、突撃用意! ランツェンレイター・フォー!」

 

 


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