少し時期的に遅れましたが、ハロウィーン的な話をどうぞ。
今回は二六〇〇文字程あります。
ハロウィンという欧米系行事がある。
異国に於けるお盆なのかも知れない。
死者や魔物が跳梁跋扈する百鬼夜行。
死霊の盆踊りは関係無いと思われる。
神々入り乱れる日本では、近年仮装行列を行う日であるとの認識が広がりつつあるようだ。
海域開放が順次行われている感はあるものの、不況感の拭えない不透明な日常を非日常で埋め尽くしたい願望でもあるのかも知れない。
暴力で満たそうという心持ちよりは、ずっとずっとましである。
日本の国は、周辺のどの国よりも恵まれた環境にあるのだから。
無政府状態のまま、人権もなく暴力が渦巻く地域は少なくない。
ちょっとしたことで暴力的な気質を剥き出しにする人間は世界的にある程度かそれ以上生息しており、それは抑える存在がいなくなった途端に本性を表に噴出させる。
切っ掛けなくば『普通』の振りをし続ける人間も、ゴーストの囁きで悪の性質が表面化するのだ。
『新宿騒乱』のような事例は二度と起こってならないこととして、今も警察による残党狩りが続けられている。
海洋上での戦力として不十分な位置にあるなんちゃって艦娘。
その『彼女』たちを海外派遣する試みが、現在進行形で行われている。
派兵ではなく、復興支援としての派遣名目だ。
行政が生きている地域ではそれなりに機能しているものの、世紀末的地域では防戦一方だったりする。
陸戦型に改装されたなんちゃって艦娘は派遣先で不正規戦部隊や犯罪組織などと接触しても、対人戦闘に秀でた訳でもない為に次第にその数を減らしていた。
武装することと人を撃てることとの間には深い溝がある。
それを易々と超えられる人間は、数多くない。その筈だ。
人材及び物資双方の補充が不十分で壊滅する部隊も複数あり、大本営と日本政府が撤退の時期を窺っている場所は日を追うごとに増している。
大本営発表で一定以上の戦果が上がっていることにはなっているものの、実情はそんな感じだった。
海外派遣に賛成した政治家や官僚は、よほど綱渡りが上手くない限りは将来的に左遷されたり行方不明になったりするだろう。
戦前はオサレな若者の街と謳われた渋谷。
『新宿騒乱』の余波で大破した街並みの復興は遅々として一向に進まず、今も空き店舗を示す貼り紙がそこかしこに変色しつつも存在している。
部分的に現在も廃墟の雰囲気を残すその街で、艦娘による催しが行われた。
その中心にいるのは、函館鎮守府所属のローマと横須賀鎮守府所属の朝潮。
彼女たちの衣装は既に魔女仕様で、それはまさにハロウィン仕様と言える。
先のとんがった黒いつば広の帽子。
黒いマントと黒い服装に魔法の杖。
様式化された魔女の姿に彼女たちは変化する。
百貨店では北海道物産展が同時開催され、北の国の旨いもんを作る屋台がハチ公付近から歩行者天国にかけて軒を連ねている。
他にもどこかの航空駆逐艦のたこ焼き屋や、どこかの罵倒系駆逐艦のおにぎり屋などが賑わっていた。
様々な地方の物産展も屋台群に隣接して行われており、米や野菜や林檎などがよく売れている。
それは全国に於ける求心力を失いつつある旧帝都へ侵食せんと欲(ほっ)する、蝦夷地などを含む地方からの逆襲。
人口が戦前よりも格段に減ったとは言え、今も札幌のそれよりは多い東京圏。
利用する理由は充分にある。
さあ、蹂躙を始めようか。
私の名はローマ。
イタリアの戦艦の魂を有した、誇り高き艦娘。
今日はシブヤという街で、魔女の仮装をして艦娘の宣伝に明け暮れる。
補佐役はアサシオという名の艦娘。
頼れる忠犬って感じで持ち帰りたいくらいの可愛い子。
彼女も私みたいな扮装をしている。
人間の女性たちも似た姿で愛想を振りまいていた。
リュージョーとカスミからの差し入れもあったし、ふふふ、充分だわ。
シブヤは今も所々焼け跡が残っている。
それでも人はたくましく生きてゆくのだろう。
ハロウィンという異国の行事を平然と行えるこの国は、とても柔軟性が高いのだと思う。
私のアドミラルによると、洋菓子屋とかお洒落な店の宣伝材料らしいけど。
必死の顔立ちをした男性陣が高そうな撮影機具で、私たちを撮影してゆく。
その形相は鬼気迫るものが多く、何故彼らはここまでシグルイ的な表情なのかと考えてしまう。
あまりにも接近しようとする人間や態度の怪しい人間は憲兵によって連れ去られ、少なくとも私の認識している限りでは撮影の戦列に復帰していない。
撮影の催しが終わり、私は私のアドミラル及び仲よくなったアサシオと共に食事へと出掛ける。
以前は人気ラーメン屋や回転寿司屋や薬局が沢山あったとか、センター街は若者がいつもたむろしていたとか、空き店舗の目立つ寂れた街並みをとことこ歩く。
戦争が終結した後、この街が復興することはあるのだろうか?
復興したとして、それは往時の姿を取り戻せたものだろうか?
硝子窓が割れたままの建物、鈍器を叩きつけたり火炎瓶を投げつけたりしたような痕が残る壁。
割れたり焼けたり。
弾痕が今尚ある壁。
市街戦の爪痕は今もあちこちに残っていて、完全撤去には程遠い。
てくてく歩くと、中心街から少し離れた場所にその店は存在していた。
北イタリアの料理を提供する店だという。
ピッツァの無い店は日本で珍しい部類だ。
青く塗られた枠の硝子窓から見える店内は落ち着いた雰囲気だ。
白い壁に黒板が無造作に掲げられていて、肉料理や魚料理の名前や本日のオススメなどが書かれていた。
焦げ茶色の扉をくぐり、店内に入る。
「いらっしゃいませ。」
穏やかな日本語が聞こえてきた。
アドミラルよりも年嵩(としかさ)と思える人物が、洗いざらしの白いエプロンを着たまま現れる。
イタリア人だ。
直感的にそう思う。
奥さんらしき人も現れた。
彼女は日本人だ。
アサシオと目が合う。
同時にこくりと頷き合った。
彼女と背中合わせになった。
左手側にこの店の主がいる。
私は左手に杖を持ちて構えた。
アサシオは右手に杖を構える。
我々は口を揃えて言い放つ。
信仰の異なる国で言い放つ。
平和の素晴らしさを噛み締めつつ。
アドミラルと共にいられる喜びを胸に秘めつつ。
「「トリック・オア・トリート!」」
店の主人から貰った帝政ローマ軍仕様の軍用糧食的ビスケット的ヴィスコッティは、素朴な風味がして歯触りよくおいしかった。
勿論、本題である北イタリアの家庭料理は思った以上の味わいで、とどめのティラミスもマスカルポーネの風味豊かで遥かな故国を感じさせた。