はこちん!   作:輪音

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嘗て
あのソヴィエトマーチに
送られた戦士たち
故国を守る誇りを
熱き忠誠心に包んだ
ヴィソトニキたちの
ここは墓場
無数の無法者たちの
ぎらつく欲望に晒されて
コロッセオに引き出される
ロアナプラの剣闘士
魂なきボトムズたちが
敬愛する元大尉の命令を受け
組織の生存を賭けて激突する

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか





ⅩⅩⅧ:最凶姐さんに気に入られたるはおっさん提督

 

悪徳の街ロアナプラから総員が小樽へ引っ越したホテルストリチナヤだが、首班である元大尉には提督になれる素養があった。

 

本式提督になれるだけの力を持つ彼女だったが、大本営からの招致に対して本式だの略式だのどうでもいいと一蹴した。

入学した千葉の茂原にある提督促成養成校では、顔に傷ある副官と共に施設内では比較的広い特別室を仮の拠点とした。

 

「同志軍曹。この狭い部屋を臨時本部とする。ホテルストリチナヤの面々はここから動かすことにしよう。『夢の国制圧作戦』を継戦させろ。陣頭指揮は軍曹に任せる。私は退屈しのぎの授業で時間を潰す。詰まらないヤポンスキー(作者註:日本人のこと)を合間に潰せば、少しは楽しめるだろう。」

 

「同志軍曹、このまま戦力が低下するのは避けたい。元スペツナズと元空挺連中で部隊を固めるようにしろ。事務屋連中や密偵どもは結社への楯にして構わん。いや、寧ろ積極的に楯にしろ。以降の捜索班は三期までの隊員で行うように。必ず二人一組でかかれ。」

 

彼女を正面から論破出来る者など、教官級の艦娘くらいしかいなかった。

失禁に至らしめた提督艦娘は数知れず、行方不明者まで発生したという噂さえある。

人間の教官を前に、ロシア番長はこう言い放つ。

 

「陸の上で海の男を育てるとは、トーキョーの名ばかり有名店へ食事に行って舌鼓を打つようなものだ。自分自身の味覚さえ覚束ないのか? ちゃんちゃらおかしい。そもそもの前提が間違っていることに気づかないのか? それとも気づいていないふりをしているだけか? それに、お前の語る『正義』は随分生臭いな。市場で売れ残った夕方の魚みたいなにおいがする。艦娘は兵器か? 我らが同志とする兵士ではないのか? 作戦も兵士もろくに扱えない案山子(かかし)が大層な口をきくとはな。役に立たないスピーカーなぞ取り外してしまえ。その方が余程案山子として役立つぞ。縫い合わせるつもりなら、幾らでも手伝ってやる。その階級章は飾りか、『大佐』?」

 

 

彼女は外出時も自らの規範に従い、その通りに振る舞った。

 

「迎えが来る。道を開けろ、憲兵ども。」

 

 

くだらない本式提督が講話をすると、反論することも忘れない。

 

「よく聞け、腐れ変態提督。お前から聞きたいことなんてなにもない。知りたいことはとっくの前に知っている。祈れ。部下を大切にしろ。生きている間、タマなしのお前に出来るのはそれくらいだ。」

 

 

函館鎮守府の提督になる予定の中年提督候補生を一目見て、彼女はそのおっさんに躊躇なく近づく。

 

「ふふふ、ははは、気に入ったぞ、お前。ヤポンスキーにしておくのは勿体ない。お前は『女殺し』の目をしている。古いロシアの悪霊の話を思い出した。昔、近所に『魔女』を名乗る婆さんが住んでいてな。よく妖精や悪魔や悪霊の話をしてくれたよ。妖精には気をつけろ、特に笑いながら話す内容には気をつけろ、あれの行動を妨げるのは困難だ、といった話だ。悪霊や悪魔は、なにも特別な姿をしている訳ではないという話も興味深かった。おそらく、何名もの艦娘がお前の元にひれ伏すだろう。お前は『いい悪党』になる素質がある。光栄に思え、私がその成長を見極めてやろう。」

 

 

女は要望を口にする。

男は無難な答を返す。

 

「ヤー ハチュー マロージナイエ。」

「イズビニーチェ、ヤー ニズナーユ パルースキー。」

「私はアイスクリームが食べたいと言ったのだ、同志。」

「そうですか。では私が間宮さんに頼んでみましょう。」

「私はそれを今すぐ食べたいと言っているのだ、同志。」

「私たち提督候補生が仮に許可を取ることが出来て、今から街中へ出るだけで夜中になりますよ。それよりは、間宮さんに頼んで明日食べることが出来る方が合理的と意見具申します。それに、間宮アイスは絶品と聞き及んでいます。」

「わかった。仕方ない。ここは同志の顔を立てることにしよう。」

 

 

そして、彼女は卒業すると富と人脈を片手に鎮守府へ向かう。

 

「そうだな、軍曹。『コレ』は我々が楽しめる唯一の『戦争』だ。大切に扱うことにしよう。」

 

「行こうか、同志諸君。撃鉄を起こせ! 艦娘と共に深海棲艦の鰓(あぎと)を喰い千切れ!」

 

 

 

 

おっさん提督候補生と千葉市内へ出掛けた際、二人は洒落た喫茶店で珈琲を飲んだ。

 

「カフェモカを貰おうか。」

「なんだこれは。泥水みたいな味だな。」

「不景気だ厳しい世の中だと日夜喚いている割に、ヤポンスキーは豊かな生活を送っているように見えるぞ。本当に苦しい社会とは、このようなものではない。」

「アフガンにいた時、補給を絶たれたことがあってな。あの時は本当にこわかった。軍人にとって、補給が途絶えること程こわいことはない。」

「『イケない萬九郎』はよい漫画だ。あれは日本の文化だな。」

 

 

おっさん提督候補生と元大尉が歓談する。

 

「歳を食ったら、思い出すのも一苦労ですよ。」

「気にするな、『艦娘たらし』。私もそうだ。」

 

 

 

休日出勤のように、彼女には時折『映像作品』の確認作業が存在する。

 

「退屈で退屈でたまらない無為の日々を過ごしたいと考えることはあるわ。特にこんな作業をやっている時はね。こっちのは好きなのを持っていっていいわよ。こういうものが必要になる時があるでしょ。」

 

 

 

 





※即席提督促成養成校は千葉県茂原市にのみあります。
佐倉市の方は間違いです。
皆様、大変申し訳ありません(二〇一六年六月一二日修正)。

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